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chap11.深く暗く賑やかな森
190.立ち止まる旅路
しおりを挟む夜が更け、フィズたち一向は、松明の光を頼りに森を進んでいた。
街を出てからは、鳥に襲われることもなく、順調だと思えた。途中で一度、トゥルライナーの実が草むらから飛び出してきたが、それはバルジッカとジョルジュが難なく切り捨てた。
見境なく雷撃を放つ鳥がいないだけで、ひどく穏やかな森に思えた。けれど、先へ進めば進むほどに森は暗くなり、異様な雰囲気に包まれていく。
バルジッカが、行く手を塞ぐ草木を切り倒しながら、フィズたちに振り向いた。
「今日はここで野営しよう。夜に、何が出るかわからない森を、大人数で歩き回るのは危険だ」
それに異論はないらしい面々は頷き、チュスラスの兵士たちは、何の反応も示さない。白竜たちは、ダラックがなぜ休むんだと喚きだすが、リアンに黙っていろと言われて、素直に口を閉じた。
シグダードたちは、火をつけるための薪を集め初め、薪を拾いに行ったシグダードを探してフィズが森の中を歩いていると、ガサガサと、草むらが揺れた。ゾッとして、振り向く。まだ、あの鳥が追って来ているのかと思った。
「フィズっ!!」
叫んで、シグダードが飛び出してくる。彼は、フィズを守るように立って、音の聞こえた草むらに、剣をむけていた。
「し、シグっ……」
「フィズ……お前はさがっていろ」
「い、嫌です! そんなの!!」
彼はひどい怪我をしていて、魔法も使えない。そんな彼だけを戦わせるわけにはいかない。
フィズは、剣を抜いた。バルジッカから借りたものだ。
二人で剣を向ける先から、何かが飛び出してくる。それは小さな狼の子供だった。ここへは迷い込んできたらしく、フィズたちに気づいて驚いて逃げていく。
フィズもシグダードも、剣を下ろした。
「敵じゃ……ありませんでしたね……」
「いや、警戒はしておいた方がいい……狐妖狼族の使いかも知れない。夜が明けたら、すぐに出発する」
「シグっ……!」
フィズは、焚き火のほうに戻ろうとするシグダードを呼び止めた。
「待って……ください……」
「フィズ? どうした?」
「……もう、無理をしないでください……心配するなと言いますが、あなたは人族だし、も、もう……シグと離れるのは嫌なんです!」
「……私は何も、生きていたいわけじゃない。お前を自由にするためだけに生きているんだ」
「ふざけないでください! 私はっ……!」
「私がお前を自由にしたいんだ。お前の気持ちが私に向いていなくても、それは変わらない。お前が気に病むことはない」
「気持ちがって……な、何を言っているんですか!?」
「それに、ルイをここに差し向けたのは私だ!! 悪いのは私だ。だから責任を取る。それだけだ!! 分かったら、もうこんな話はやめだ! 向こうへ戻るぞ!」
「え……ま、待ってください!! シグっ!」
フィズは、慌ててシグダードの後を追った。それでもシグダードは立ち止まらず、フィズを置いてみんなのもとへ行ってしまう。
ずっと、シグダードがよそよそしい気がする。フィズが話そうとしても、フィズを置いていってしまう。それが寂しい。
「し、シグっ……! 待ってください! シグ!!」
*
フィズにどれだけ呼ばれても、シグダードは立ち止まろうとしなかった。
これ以上触れ合っていては、抑えられなくなってしまう。
強く抱き寄せて、好きだと告げたくなる。やっとフィズに会えたのだ。本当は殴って気絶させてでも、彼を連れ去りたかった。もう二度と、あの街にフィズを返したくない。リリファラッジもいなくては嫌だというなら、彼も連れて行けばいい。
けれど、そんなことをすれば、フィズが捨てられないと言って泣いたものを、強引にむしり取ることになる。
フィズを救ったジョルジュを置いて、白竜たちを置き去りにしたまま逃げれば、フィズはきっとまた、ルイを失った時のように、目を腫らして泣くのだろう。もう二度と、彼を泣かせたくなかった。苦しめたくなかった。
自分は、フィズを自由にするためだけの存在、そう言い聞かせる。
けれど、どうにもならない感情が生まれてくる。今すぐに、彼を抱き寄せて、キスがしたい。彼の心は、わがままで自分勝手な振る舞いを繰り返した自分からは離れているはずなのに。
シグダードは、フィズの声を振り切って、ジョルジュたちが焚き火をしている辺りへ走った。
焚き火の火は、シグダードが薪を探してくると言ってそこを離れた時より幾分大きくなっていた。そういえば、自分も薪を探しに行っていたのだと思い出す。
手ぶらのシグダードに、ジョルジュとバルジッカが振り返り、ジョルジュは安心したように「あまり遠くへ行くな」と言って、ため息をついた。バルジッカには「薪はどうした?」と聞かれるが、答えることはできなかった。
肩を落とすばかりのシグダードに、リューヌが駆け寄ってくる。
「し、シグっ……」
「リューヌ? どうした?」
「…………」
「リューヌ……話したいことがあるなら、話していいんだぞ?」
「……シグ……が、なかなか、帰ってこないから……何かあったのかと……」
「……何もない。薪を探しに行ったが、森の奥から小さな狼の子供が出て来て、びっくりして逃げて来た」
「狼? だ、大丈夫……ですか? 怪我は……」
「見てのとおり、何ともない。お前も気をつけるんだ。私のそばを離れるんじゃないぞ」
「……はい……」
そこへ、フィズが走ってくる。
「待ってくださいっ……! シグ!! もうっ……何で逃げるんですか!!」
「逃げてなどいない。私はお前を自由にするためにいる。ただそれだけだ」
「そんなっ……!」
すると、バルジッカが焚き火に薪を放り込みながら、からかうように言う。
「なんだぁ? 痴話喧嘩か。よそでやれ。よそで」
「おい、やめろ。フィズをからかうな」
自分とのことをからかわれては、フィズがまた気に病んでしまうような気がして咎めるが、バルジッカは、だったらちゃんと二人で話してこいと、できるはずもないことを言うだけだった。
フィズとは初対面になるリューヌは、ずっとシグダードの後ろにいて、フィズのことを見ている。その視線に気づいたらしいフィズが、リューヌに近づき微笑んだ。けれどリューヌはすぐにシグダードの後ろに隠れてしまう。
すると、そのやりとりを聞いていたジョルジュが、呆れたように言った。
「お前ら……少しは考えろ。あっちに兵士が二人いるんだぞ」
そう言って彼は、視線は焚き火の方に向けたまま、顎で一瞬だけ、少し離れたところの木に寄りかかっている二人を指す。フィズたち一向が本当にトゥルライナーを破壊したか確認するために同行している、イウィールとスデフィだ。
二人とも、今は兜も鎧も取り払い、楽な姿で寝ている。イウィールは、灰色の長髪の背の高い男で、スデフィの方は、茶色い髪が、顔を覆うほどに伸びた、眠そうな顔をした男だった。
彼らには、シグダードはリリファラッジの知り合いの奴隷で、フィズに憧れ逃げて来たと説明してある。
無理があるような気がしたが、突然の事態で出てくる言い訳など、それくらいだったとリリファラッジは言っていた。
そのリリファラッジが、空から降りてくる。羽衣を使っていたらしい。
彼は、彼を追って走って来た白竜たちに振り向いた。
「しつこいですよ。白竜というものは、逃げるものを襲うしか能がないんですか?」
すると、彼を追って来たリアンは、牙を剥き出しにして言った。
「お前は私たちの賞品になったのだろう? それなのに、拒否できると思うのか?」
「思います。私は確かにあなた方の賞品になりましたが、意思までなくした覚えはありません。嫌なものは嫌です! だいたい、不躾ではありませんか。突然、服をむしり取ろうとして」
「お前は既に私のものだ。言うことが聞けないのなら、その腕を食いちぎってやろうか?」
「何をされようが、嫌なものは嫌です。私は非力ですし、あなたに襲われれば逃げられはしません。けれど、あなたは壊れた私を手に入れて、それで満足ですか?」
あくまで自分の態度を変えないリリファラッジを、リアンはうめきながら睨みつけている。他の白竜たちは既にあくびをして寝ていて、ダラックだけは、だったら俺と足の勝負の続きをしろと喚いていた。
焚き火の周りで騒ぐ面々に、ジョルジュがパンパンと手を叩いて言った。
「やめろやめろ。とにかく、座れ。これから向かうところの話をするから」
しかし、リリファラッジの白竜たちに対する態度は、相変わらずのようだ。
シグダードの正体を知ってからも、リリファラッジはずっと強気な態度を崩さなかったし、チュスラスやイルジファルアを相手にしても物怖じしなかった彼らしいと、シグダードは思ったが、フィズはやはり彼のことが心配らしい。
「ラッジさん……大丈夫ですか?」
フィズがたずねても、リリファラッジはふいっと顔をそむけてしまう。
「あの方が乱暴なだけです。私は嫌なことを嫌だと言っただけです」
「……あ、あんまり飛ぶと、体に障りますっ……!」
「体の方はジョルジュ様のヘタクソな治療のおかげで、痛くない程度には治りました。それに、踊り子の私に対する触れ方も知らないような方のお相手をするなんて寒気がする!」
やけに大きい声で言うものだから、白竜たちに聞こえるのではないかと、シグダードは心配になった。リリファラッジが噛みつかれることは構わないが、フィズにまで牙を向けられては困る。
けれど、白竜たちはすでにそんなことには興味がないらしく、少し離れたところで既に眠っていた。ダラックはトゥルライナーを探しに行ってくると言って、森の奥の方へ行ってしまっていない。
リアンだけがリリファラッジを睨みつけた。
「お前は私への捧げ物だ。どう扱おうが、私の自由だ」
「私は確かにあなたへの賞品ですが、物になったつもりはありません。私にだって、意志はあります。そんなに乱暴に触れられるのは嫌です!」
プイッと顔をそむけるリリファラッジに、リアンは牙を剥き出しにして唸る。しかし、リリファラッジは意に介していない。
シグダードは、彼らの間に入って言った。
「もうやめておけ。今はトゥルライナーのことの方が先だ。白竜の長、お前たちも、トゥルライナーに勝利したいのではないのか?」
「馬鹿を言え。あんなものと戦いたいんじゃない。私たちが欲しいのは、魔法使いだ」
「……魔法使い?」
「私たちには、より強いものに勝つことこそ名誉だ。だから私たちはこんなところまで来た。あの、雷の力を使う魔法使いを相手にするために。トゥルライナーを潰せば、あの魔法使いは私たちの前に出てくる……そのために、お前さんたちに力を貸してやっているだけだ……」
「そう言うことか…………それなら、争う理由はない。むしろ応援する」
胸を張ってシグダードは言うが、それを聞いたフィズが、横から飛びかかってシグダードの口を手で塞いでくる。
「ち、ちょっと、シグ!!」
「どうした?」
平然と尋ねるシグダードに、フィズは声を小さくして忠告してきた。
「滅多なことを言わないでください! あ、あなただって、水の魔法を使います! 彼らは、あなたのことだって狙っているんです!」
「落ち着け、フィズ。私は今は水の魔法を使えない。バレるはずがない」
「そ、そんな楽観的な……あなたに何かあったら……」
「お前も、堂々としていろ。バレないと思えばバレない」
「無茶苦茶です!」
怒鳴るフィズを置いて、シグダードは白竜たちの前に立った。
白竜たちを手懐けトゥルライナーを倒し、グラスの街に平和をもたらすことで自由を手にすることがフィズの願いなら、叶えてやりたい。あの腹立たしいチュスラスの言いなりになることはしたくないし、チュスラスが約束を守るとも思えないが、フィズには、白竜たちもグラスもすべて捨てて逃げるという選択肢がないのだから仕方がない。
ならば、白竜たちがチュスラスと戦いたいというのは、シグダードにとっては好都合だ。
彼らがチュスラスを倒してくれるなら、こんなに都合のいいことはない。
シグダードは、リアンに向き直った。
「そう怖い顔をするな。私たちは、あのトゥルライナーを倒し、お前たちはそのあと、チュスラスを食い殺す。利害は一致しているんだ。共に行こう」
「…………胡散臭い男だ」
「そんなことはない。私はシグだ。シグ様とは呼ばなくていいぞ」
「……呼ばない。おい、フィズ。何だい? この男は」
聞かれて、フィズはビクッと震えて、答えられないでいた。
「何だ」と聞かれて、答えようがないのだろうと思ったシグダードは、自分の気持ちを押し殺して答えた。
「私とフィズは、ただの知り合いだ。そんなことはどうでもいいだろう。それより、トゥルライナーだ。そこの二人!! チュスラスに何か聞いていないのか!?」
シグダードは、一行から少し離れたところから、こちらの様子を伺っていた、イウィールとスデフィに振り返る。
スデフィは白竜たちを睨んだまま何も答えず、イウィールの方は、ぶっきらぼうに言った。
「俺たちは、陛下にお前たちの監視を言い付けられているだけだ。お前たちと馴れ合うつもりはない。協力する気もない。お前たちが逃げ出すようなら殺す。それだけだ」
「愛想のない奴だ。そんな風では、いざトゥルライナーの前に出た時に殺されるぞ」
「……俺たちはあれの前には出ない。戦うのはお前たちだけだ」
「あの化け物が、私たちとお前たちの区別をするとは思えない。だいたい、トゥルライナーの居場所まで私たちが辿り着かないと、お前たちも困るんじゃないのか? 何か知っているなら、話せ」
「何も知らない。トゥルライナーの居場所は自分たちで探せ。できないようなら殺す」
「物騒な奴だ。では、私たちはどうやって、トゥルライナーを倒したとチュスラスの前で証明すればいい? あの小さい実を破壊しただけでは、チュスラスは満足しないのだろう?」
「……知るか。陛下は、トゥルライナーを破壊して来いとおっしゃっている。あれの屍でも持って行け」
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