212 / 290
chap11.深く暗く賑やかな森
212.飛び込んできた敵
しおりを挟む「ここを出るなら、隊長に話を通しておいた方がいい。道順を教えてくれる。逃げるなら急げ。もたもたしていると、村の連中か使者に追われるぞ」
リーイックにそう言われて、シグダードは首を傾げた。
「……お前も、あの村とそこを束ねる使者に会ったのか?」
「ヴィザルーマに逆らう反逆者だと言われ、怪しげな水を撒く手伝いをさせられそうになった。俺は、キャラバン隊長のウォデシアスに助けられて、ここの連中と共に逃げたんだ。だが、使者たちは、その後も俺たちを探しているらしい。ここにいる連中も、水や食料を探しに行った際に追い回されている。俺たちがここを動けないのは、あの村の奴らがいるせいでもある」
「……そんな風でここから逃げられるのか? お前はキラフィリュイザに向かうのだろう? いつここを発つ?」
「いずれだ。この辺りの地理なら、大体頭に入れている。だが、今はここから離れられそうにない。キャラバンの連中が、水の玉が出ただの、森の中で村人と鉢合わせただのと言って、しょっちゅう俺のことを頼ってくる。それが落ち着いたらだな……」
そう言って、リーイックはため息をつく。腕のいい医術士として、頼りにされているのだろう。だからかもしれない。彼は、シグダードが心配になるくらい、ひどく疲れた顔をしていた。
「……リー、少し休め……もう……夜遅い」
「……そうだな」
大人しくそう言って、リーイックは壁にもたれてその場に座り込んだ。そして、バルジッカたちも無事で、奥の部屋で寝ていると伝えてから、目を閉じる。
アズマと、彼と再会して安心したらしいタトキも、すでに二人寄り添って寝ている。
誰もが、一様に疲れているようだ。
それはフィズも同じで、彼も壁にもたれて、うとうとしている。
もう早く寝なくては朝を迎えてしまうような時間なのだろう。あの使者のもとから離れた安心感もあるのか、シグダードにも眠気が襲いかかってきた。
「フィズ……少し、眠るか?」
「…………はい」
そう言って、彼はその場に座り込む。
早く彼を逃さなければならないが、シグダードも、もうくたくただった。
フィズの隣に腰を下ろすと、彼が振り向いた気がした。気になってシグダードも振り向いたが、その時には、フィズはもう、眠ってしまっていた。
*
体がひどく冷えた気がして、シグダードは目を覚ました。
隣で寝ていたフィズが、シグダードの肩に寄りかかっている。彼は、可愛らしい寝息を立てて、まだぐっすり寝ていた。
毛布でもかけてやった方がいい。そう思って、布団を取りに行こうとした。
その時、ドアの向こうから、激しい爆発のような音がした。それは何度も続いて、にわかに、ドアの向こうが騒がしくなる。
「なんだ……?」
シグダードが立ち上がって、ドアに近づこうとすると、ドアを突き破るような勢いで、一人の男が飛び込んで来た。短髪の体格のいい男で、彼はリーイックに向かって叫んだ。
「リー!! 逃げるぞ!」
「ウォデシアス? どうした?」
そう言って、リーイックはすぐに起き上がる。
飛び込んできた男が、ここの隊長のウォデシアスのようだ。彼は、相当焦ってここまで走ってきたらしく、額には汗が流れていた。
「洞窟の中に、あの水の玉が入ってきたんだ! それも、すごい数だ!!」
「なんだと……!?」
「入り口の方から、大量になだれ込んできたっ……! 今、全員で奥に向かってる!」
叫ぶウォデシアスの背後から、水の玉が飛んでくる。彼を狙ってきたのだろう。
シグダードは、持っていた短剣を構えて走った。水の玉を短剣で切り払うと、それは弾け飛んで、飛沫がシグダードの方に飛びついてくる。
体にまとわりつくそれを一つ握りしめて、口に入れる。ゾッとするような痛みに苛まれた。しかし代わりに、体の中に微かな力が流れていく。
シグダードは、飛んでくる水の玉目掛けて雷撃を放った。それは水の玉を破壊して、弾けさせる。
そんなことをして水の玉を割ったシグダードに、隊長はひどく驚いていたが、今はそんな場合ではない。
シグダードは、ウォデシアスに振り向いた。
「奥に逃げ道があるのか!?」
「……ヘッジェフーグから聞いてはいたが……お前、一体何者だ?」
「そんなことより、ここにいるのは怪我人ばかりだろう! 全員で逃げられるのか!?」
「戦える者が残って迎え撃つっ……! だが、どこまでできるかは分からないっ……それほどの数だ!」
そこに、ヘッジェフーグが飛び込んで来た。
「隊長! 大変だ!! 奥の出口にもっ……もうあの水の玉が迫っているっ……!」
「ちっ……そんな方にまでっ……だったら、動ける奴が水の玉を破壊して、入り口から突破するぞ!」
「だ、だけど……そっちにはもう……! いくつも水の玉がっ……!」
「俺がいく! ヘッジェフーグ!! 仲間と武器を集めろ!!」
「わ、分かったっ……!」
そう言って、ヘッジェフーグは部屋の外に飛び出していく。
しかし、あの水に襲われた時のことを思い出したシグダードには、大勢を連れて突破できるとは思えなかった。
「それで勝てるのか!? 勝算はあるのか!?」
「何度か振り切っている! お前はお前の仲間連れて逃げろ!!」
「待てっ……!」
シグダードは呼び止めるが、隊長はヘッジェフーグを追って部屋を飛び出して行き、リーイックも、彼についていった。
*
「シグっ……? 一体何が起きたんですか?」
目を擦りながら、フィズが体を起こす。タトキとアズマも、目を覚ましたようだ。
シグダードは、フィズの手を握った。
「逃げるぞ」
「え!?」
「水の玉が集まってきたらしいっ……リューヌとバルジッカを連れて、ここを出る!」
「ま、待ってください! リーイックさんは!?」
「あいつはあいつでなんとかする!! お前は私についてこい!!」
叫んで、シグダードは彼を連れて、部屋の外に飛び出した。そこには、すでに、あの水の玉が溢れていた。
誰もが逃げ惑いながらも、入口の方を目指している。
飛び交う水の玉に対して、剣を抜くものもいたが、切り付けたところで、弾けたそれに襲われていた。
シグダードは、部屋の隅のタトキたちに振り向いた。
「お前たちはどうする!?」
すると、アズマがシグダードを睨みつけて言った。
「もちろん、とっととここを出る。タトキ、ウロートを頼んだぞ」
アズマに言われて、タトキは小さな狼のままのウロートを抱きしめて、何度も頷いた。
アズマは今度は、シグダードに振り向いた。
「お前も……もう二度と会いたくないが、死ぬなよ。俺は、次に会った時に、お前を殺したいんだ」
そう言い捨てて、彼はタトキを連れて部屋を飛び出していった。
「……会いたくないと言ったくせに、次に会う話をするな」
呟いて、シグダードはフィズの手を握って走り出した。
部屋の外に出ると、多くの人が逃げ惑っていた。
飛び交う水の玉を避けながら、シグダードは、フィズの手を引いて走った。
バルジッカたちは奥の部屋で休んでいるとしか聞いていない。その部屋の場所を聞いていなかったことを後悔したが、周りの者たちは逃げることだけで必死のようで、シグダードが呼び止めても、振り払って逃げていってしまう。
「バルっ……! どこだ!! 返事をしろ!! バルジッカ!!!」
何度も叫んで、バルジッカを探す。すると、すぐそばで、悲鳴が聞こえた。振り向けば、転んだキャヴィッジェが水の玉に襲われている。
シグダードは、短剣を握って、彼に襲い掛かる水の玉を切り払った。
「しっかりしろ! キャヴィッジェ!」
「し、シグ……」
彼は腰が抜けてしまったのか、立てないでいる。
シグダードは、彼の手を握って、無理やり立たせた。
「立つんだ! 襲われるぞ! リーダーの男が手引きしてくれるはずだ! 入口まで急ぐんだ!!」
「お前は!? お前も行くんだよっ……!」
「私はバルを探す! 私の仲間なんだ!」
「バル……? おい!」
キャヴィッジェは、そばを走る男の腕を握って呼び止める。
逃げる途中で無理やり止められた男は、キャヴィッジェを怒鳴りつけていた。
「なんだよ! お前も早く逃げないと、危ないぞ!!」
「バルって男を知らないか!?」
「バルっ……!? そいつなら、奥で逃げ遅れた奴らを助けてる!」
その男が、洞窟の奥を指差すのを見て、シグダードは走った。フィズの手を引いて走りながら礼を言ったが、キャヴィッジェたちに聞こえたかは分からなかった。
「バル! どこだ!?」
奥の方が人が多いようで、シグダードは何度も人にぶつかった。
飛んでいく水の玉を殴り飛ばして進むと、バルジッカの声が聞こえた。
「バル! いるのか!?」
「シグっ……!?」
彼はちょうど、逃げる人に向かって飛んできた水の玉を切り裂いたところだった。弾けて飛び散る水を浴びて、バルジッカはびしょ濡れのまま、シグダードに叫ぶ。
「シグ!? 無事だったか……!」
「バルっ……よかった……」
彼の後ろから、リューヌが飛び出してきて、シグダードに飛びつく。
「シグっ……!」
「リューヌ……」
シグダードは、泣きじゃくる彼を抱きしめた。よほど怖かったらしい。リューヌはシグダードに抱きついて、離れようとしない。
「リューヌ……もう大丈夫だ」
「よ、よかった……」
「なに?」
「シグがっ……無事で…………」
嗚咽混じりに言う彼の言葉を聞いて、シグダードは驚いた。彼がそんなことを言うとは思わなかったのだ。いつも、あれだけ怯えていたのに。
シグダードは、強く彼を抱きしめて、バルジッカに向かって顔を上げた。
「リューヌを頼む」
「てめえはどうすんだ!!」
「私はフィズを連れて、ここを出る」
「だったらリューヌも連れて行け!!」
「それは……」
「てめえ!! フィズ自由にして、その後てめえはどうする気だ!?」
「…………」
黙るシグダードに、バルジッカは迫ってくる。突然胸ぐらを掴まれたが、いつものように彼を睨み返すことができなかった。
「答えろよ! なんでリューヌは連れて行けないんだ!?」
「……私とくれば、死ぬまで追われる身だぞ!」
「なんだと……?」
「私と来れば、罪人として一生追われる!! 捕まれば、リューヌが何をされるか分からない! だが、リューヌだけなら、チュスラスもむきなって追うことはないだろう! あいつが殺したいのは私だ!! チュスラスに追われているフィズは、私が連れて行く。リューヌに、まともな生活を与えてやってくれ!」
「ざけんな!! てめえは一生、あんなクズに罪人呼ばわりされて逃げる気かよ!!! 俺はそんなの、認めないからな! てめえだけ一生、あんな男になぶられ逃げてんの、黙って見ていられるか!」
「バル……」
バルジッカは、シグダードの胸ぐらを掴んで離さない。彼がそんな風に怒鳴るところを、シグダードは初めて見た。これまで、シグダードがなにをしても、怒ることはあったが、こんな風に彼が涙ぐむなんて。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。
竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。
あれこれめんどくさいです。
学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。
冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。
主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。
全てを知って後悔するのは…。
☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです!
☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。
囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。
僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!
「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!
だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる