235 / 290
chap11.深く暗く賑やかな森
235.飛び込む影
しおりを挟む敵意を持った大勢の人間に罵声を浴びせられ、怯えるフィズを、シグダードはずっと庇っていた。
しかしシグダードが、フィズはただの友人でヴィザルーマの側室などではないと、集まった者たちに怒鳴っても、怯えた彼らはまるで聞いてない。
「……ふ、フィズって、ヴィザルーマ様を裏切った奴だろ!?」
「そいつに裏切られて、ヴィザルーマ様は失意に落ちたところを、チュスラスに狙われたって……」
「寝言だ! 裏切ったのは、ヴィザルーマの方だ!!」
叫んでも、集まった人たちはまるで聞かずに怯えている。
そして、フィズたちと共にいたラディヤまで、シグダードとフィズからゆっくりと離れていく。
「ふ、フィズ……? 嘘だろう?」
「わ、私は……」
弁解しようとしたフィズの手を、ラディヤが強く握る。
「う、嘘だろ!? フィズ!! 嘘だよな!?」
「……」
そう何度も、責め立てるように聞かれて、フィズは俯いてしまう。
シグダードは、フィズを抱き寄せ、ラディヤを睨みつけた。
「やめろ。フィズは関係ない。私が無理矢理連れてきただけだ! フィズに手を出すことは許さん! 聞きたいことがあるなら私に聞け!」
「じ、じゃあ聞くけど、なんで、焦るんだよ? 魔族は人と、血の色が違う。そいつの手を切ろう! そうすればわかるはずじゃないか!」
「ふざけるな!! そんなことのために、フィズを傷つけることは許さん!」
「潔白を証明するためだろ! 何でできないんだよ!! 手ェ切ってそれで潔白が証明できるんだぞ! 何で……まさか、本当に……?」
ラディヤがフィズから離れていく様子を見て、広間にいた面々が、ジリジリとシグダードたちに近づいてくる。酷い敵意だった。恐ろしくて、息をするのも苦しくなるほどに。
彼らの中心に立った男が言った。
「そ、その、フィズって男を渡せ! ヴィザルーマ様を殺したのが、そいつかもしれないんだ!!」
このままでは、彼らはシグダードたちに襲いかかってくる。そう思ったフィズは、シグダードの手を振り払い、前に出ようとしたが、シグダードはフィズの腕をとって、自分の背後に隠し続ける。
「フィズ、お前は黙っていろ」
「し、シグっ……でもっ……!」
「今のあいつらに何を言っても無駄だ」
シグダードは、広間に集まり自分達に異様な敵意を向ける面々を睨みつけた。
「仮に、フィズが側室のフィズだったとして、貴様らはフィズがヴィザルーマを裏切るところを見たのか? なぜフィズがあいつを裏切ったと言える? フィズは何もしていない!」
「そんなの、信じられるか!! ヴィザルーマ様が狂ったのも、お前のせいだ!! お前が、お前がヴィザルーマ様を壊したんだ!!!」
怒鳴られて、フィズは俯いていた。言い返すことができなかった。
ずっと、心の中にあった。優しかったヴィザルーマが、急に酷いことばかりするようになった。なぜそんなことをされるのか分からなくて、自分が何か悪いことをしたせいではないのか、ひどく傷付けて、怒らせてしまうようなことをしたのではないか、そんな風に思えて、苦しかった。
けれど、震えるフィズを、シグダードはきつく抱きしめてくれた。
「聞くな。聞く価値もない戯言だ」
「シグ……」
シグダードは、フィズを非難し続ける男たちを睨みつける。
「推測だけで勝手なことばかり言うなっ……! あの男は、愛を囁きながら、あの男の心を満たす物がないことに腹を立てただけだ! そんなものに付き合っていられるか! フィズに非はない!」
フィズは、シグダードを見上げた。彼は、敵意を持った人たちを睨みつけていて、フィズの視線には気づいていないようだった。
フィズたちを睨む男の様子も変わらない。
「いいからそいつをこっちに渡せ!!」
ジリジリと迫ってくる彼らを見て、フィズはシグダードの腕を握って言った。
「シグ……もういいです。逃げてください」
「黙れ」
「シグ! お願いです! 彼らが腹を立てているのは私なんです!」
「黙れ!! 私はお前を妻にする!!! 死んだとしても一人では逃げん!! お前とずっと添い遂げる!!」
「シグ……」
シグダードは、どれだけフィズが暴れても、フィズを離してはくれなかった。彼には、これ以上傷ついてほしくないのに。
ついに、集まった男たちのうちの一人が、剣を振りかぶり、フィズに襲いかかってきた。
その剣を、ジョルジュが受け止めてくれる。
「やめろ……剣を下ろすんだ!」
「ジョルジュさん……あんたはこっち側じゃないんですか?」
「どっちも何もあるか。確かに、フィズは側室のフィズだ!」
「なんだってっ……!?」
男たちは驚いて、一気に敵意が広がる。フィズのことを話したジョルジュを、シグダードが責めるが、ジョルジュも引かなかった。
「どうせすぐにバレることだっ……! あそこにいるイウィールは、全て知っているんだからな……」
ジョルジュは、イウィールに振り向いて、彼を睨みつける。
シグダードたちを取り囲む男たちの後ろに立ったイウィールは、フィズとシグダードを冷たい目で見つめていた。
ジョルジュの言うことはもっともで、事情を知っている彼に全てを話されてしまえば、シグダードたちは終わりだ。むしろ、これまで動かなかったことが、不思議に思えるくらいだった。
ジョルジュは、集まった面々に向かって叫んだ。
「フィズは側室のフィズだが、俺たちの仲間だ!! ずっと、俺たちを守るために戦ったんだ。それをなんだ!!! 勝手な憶測に振り回されて罪人扱いか!!」
「うるさい!! そいつが……そいつがっ……! そいつが、ヴィザルーマ様を裏切って、全てがおかしくなったんだ!!」
すでに水掛け論と化した広間での言い合いの中、それを眺めるようにしていたイウィールが、懐から何かを取り出した。それは、小さな瓶だった。その瓶の中身が、微かに揺れたように見えた。
咄嗟に、フィズは走り出していた。瓶の中身は、あの水の玉だ。これだけ人が集まった場所で、そんなものを撒かれてしまえば、この場にいる人たちだけではなく、シグダードたちも危ない。
しかし、シグダードから離れて飛び出したフィズを、集まった男のうちの一人が、手にした棒で殴り倒す。
「あっ……!」
激しく打たれたフィズのこめかみからは、色のない血が流れた。
「ま、魔族っ……お前がっ……! 全部っ……」
さらに殴りつけようと振り上げられたものを、シグダードの剣が斬り払う。
「フィズっ……! 馬鹿っ……!」
「シグっ……イウィールを止めてください! 水の玉を持っています!」
「何っ……!?」
シグダードが、イウィールに振り向いた。しかし、その瓶はすでに床に落とされている。ジョルジュがそれに向かって走るが、間に合わない。
瓶は、床に落ちてパンっと音を立てて割れた。すると、小さな瓶から飛び出した水飛沫は見る間に膨らんで、広間にいた面々に襲いかかる。
広間には悲鳴が響き、誰もが逃げ出した。
「ま、まただっ……!!」
「み、水の玉だっ……! 逃げろっ……!」
けれど、飛びかかるそれは、次々に逃げ惑う人を捕まえていく。
シグダードが、フィズを抱き寄せ自らに向かってくる水の玉を斬り払った。
そんな事態を引き起こしたイウィールが、シグダードたちに背を向け、逃げて行こうとするの見て、シグダードは彼を追って走り出した。
「待てっ……!」
叫んだシグダードが手を伸ばすが、その男には届かない。
それどころか、溢れた水は、シグダードを包もうと迫ってくる。
フィズは、シグダードを抱きしめて、水から守ったが、わずかに間に合わなかったらしく、シグダードは、右腕を水の玉に囚われて、ひどく顔を歪めていた。それでも、悲鳴は上げずにフィズの手を振り払おうとする。
「フィズ!? 離せっ……!」
叫ぶ彼に、何度も首を横に振って答えて、フィズは、シグダードから剣を奪い取り、向かってくる水の玉を斬り払った。
「シグ……その顔……本当はどうしたんですか?」
「は!? い、今はそんなこと、どうでもいいだろう!! 剣を返せ!」
あからさまに慌て出すシグダードに、フィズは振り向いた。彼は、ずっとこうだった。初めて会った時から、ずっと、下手くそなやり方で、フィズのことを愛してくれた。
「本当は……自分でやったんじゃないんですか? 顔を……隠すために」
「違う! 話しただろう!! これは、酔って暖炉に顔を突っ込んだんだ!!!! お前はっ……! 何も気にしなくていいんだ!!!!」
我慢できなくなって、フィズはシグダードから顔を背けた。魔法使いとはいえ、彼の体はひどく傷ついている。それでもそれを感じ取らせないでいようと必死になる彼を見ていると、涙が抑えられなかった。
「嫌です……そんなのっ……!」
乱暴に涙を拭い、フィズは飛んでくる水の玉を切り付けた。
「剣だけなら、私のほうが上です!」
すでに、フィズたちは、水の玉に囲まれていた。
広間には悲鳴が響き、その場にいた半数ほどは、水の玉に襲われて倒れてしまっている。
ジョルジュが、剣を使える人たちに指示を出し、逃げ惑う人たちを逃がそうとしているが、水の玉のほうが圧倒的に数が多い。
しかし、このままむざむざやられたくはない。
フィズは、剣を構え直した。
その時、広間にガラスが割れる音が響いた。フィズたちが既に割っていた窓を粉々に破って、中に真っ白な竜たちが飛び込んでくる。全て、処刑の際にフィズたちが連れ出し、森で別れた白竜たちだ。背中には、見知った男を乗せている。誰かと思えば、それはキャヴィッジェだった。
「うわっ……! わわわ!! お、落ちるだろ!」
「うるさい。貴様のような、鬱陶しい男を乗せてやってるんだぞ!! ああ!! 気持ち悪い!!」
苛立ったのか、白竜はキャヴィッジェを振り落としてしまう。落ちる彼を見て、ヴィラジェがかけより、彼を抱き止めた。
「き、キャヴィッジェ!? 何してんだよ!」
「ああ? ヴィラジェ、お前か……何って、白竜に乗ってきたんだよ!! いってー……」
彼は腰を打ったらしく、そこをさすっていた。
0
あなたにおすすめの小説
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。
竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。
あれこれめんどくさいです。
学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。
冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。
主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。
全てを知って後悔するのは…。
☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです!
☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。
囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
偽物勇者は愛を乞う
きっせつ
BL
ある日。異世界から本物の勇者が召喚された。
六年間、左目を失いながらも勇者として戦い続けたニルは偽物の烙印を押され、勇者パーティから追い出されてしまう。
偽物勇者として逃げるように人里離れた森の奥の小屋で隠遁生活をし始めたニル。悲嘆に暮れる…事はなく、勇者の重圧から解放された彼は没落人生を楽しもうとして居た矢先、何故か勇者パーティとして今も戦っている筈の騎士が彼の前に現れて……。
転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話
鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。
この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。
俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。
我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。
そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる