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chap12.うまくいかない計画
239.集まる期待
しおりを挟む苛立ちながらシグダードが言うと、領主は噴き出している。
「あなたも、噂通りの方だ」
「……どうせ無礼な噂だろう? 事実だしな……」
「どうかな……? 浮浪者の奴隷の噂はまるで知らないからな」
「馬鹿にしているのか?」
「いいや。そうじゃない。私はあなたがここにきてくれて良かったと思っている。そうでなければ、ここはあの水の玉に飲まれていただろう……こんなことをヴィザルーマ様……いや、ヴィザルーマが……」
「……」
「……あの方が望んだのは、解毒薬だ。チュスラスに……対抗のためだろう」
シグダードも、うなずいた。
「……よほどヴィザルーマはチュスラスを恐れているのかもな……」
すると、リーイックが頬杖をついて言った。
「それだけとは思えない。確かにシュラが作り出したチュスラスの毒は、気づかれないように敵を無力化できる。だが、死ぬわけじゃない。ここを使ってこんな大掛かりなことをしてまで解毒薬を求めたのは、他に理由があったのだろう」
「どういうことだ?」
シグダードがたずねると、リーイックは「ラディヤだ」と答える。
「わざわざ、ララナドゥールからの使者がここに来ている。それほどまでに、あの力を打ち消す解毒薬は、力を扱う種族にとっては脅威だ。それを使い、彼らに対する切り札とするつもりなのかもしれない」
「……」
すると、領主が難しい顔をしていった。
「……ララナドゥールまで、敵に回すようなものか? 確かに、魔法だけをとってみても、チュスラスはヴィザルーマに遠く及ばない。今も、王だなんだと言っているが、実際はイルジファルアとストーン様の言いなりになっているはずだ」
「ストーン……ストーン・ミラバラーテか?」
シグダードがたずねると、領主は首を傾げる。
「知っているのか?」
「もちろんだ。名前とその地位くらいだが……イルジファルアに次ぐ貴族だろう?」
「ああ。港町の貴族で、彼の城には、魑魅魍魎が跋扈するとの話だ」
「ちみ……? なんだそれは……おい、まさか、幽霊が出るんじゃないだろうな……」
シグダードが顔を青くして言うと、領主に笑われてしまう。
「シグ殿は、幽霊が怖いのか?」
「うるさい。貴様は幽霊屋敷に囚われたことがないから、そんなことが言えるんだ」
「安心してくれ。幽霊じゃない。ミラバラーテ家の城には、奇妙な術を使う種族がいるらしい。私も詳しくは知らないが……」
「……本当に幽霊ではないのだろうな?」
「あ、ああ……そんなに怖いのか?」
「……うるさい。それで、これからどうする?」
「……もう、ここで大人しくしていても、いずれ秘密を知った私たちは消されるだけだろう。何しろ、向こうは魔法使いだ。チュスラスたちや、ヴィザルーマがここでしていたことも、いずれバレる。その前に私達を秘密裏に皆殺しにするつもりだろう」
それを聞いていたオイニオンが、小さな悲鳴をあげて、キャヴィッジェの後ろに隠れてしまう。
伝達役であったのであろうイウィールも、ヴィザルーマの使者のアギジイタトルも捕らえた。しかし、使者が帰らず、報告も途絶えれば、異常を悟ったヴィザルーマは、ここを焼き払うだろう。
すでに、ここにいる誰もが、水の玉との争いで疲れ果てている。そもそも、昔から兵などほとんどいないらしい。ヴィザルーマが魔法で雷を落とせば、終わりだ。それは、チュスラスがここの存在に気付いても同じこと。
イルジファルアも、いずれここの存在に気づく。そうなれば、ヴィザルーマが解毒薬を作るために使っていたここを、放っておくはずがない。
「シグダード殿……あなたは? これからどうする?」
領主は、シグダードを見上げていた。
すでに、心は決まっている。何度も悩み振り向いたが、もう、自分に歩き続けることができるとすれば、この道だけと分かっていた。
「私の城に非道な真似をして、同じことばかりを繰り返し、陵辱と暴虐を繰り返した連中を、このまま放置して置けるか!!! ただでは済まさん!! 私の城を蹂躙した連中に、目に物見せてくれるわ!」
するとフィズも、どこか嬉しそうにシグダードを見上げている。
「私も行きます、シグ……」
領主もうなずいた。
「たのもしいかぎりだ。シグ殿。ここは、見捨てられた場所だ。このまま行けば、私たちは存在しなかったものとして、この場所ごと、都合のいい理由をつけられて何事もなかったかのように葬られるのだろう。私たちも、微力ながら力を貸す。最後の悪あがきになるかもしれないが」
領主は、オイニオンに振り向いた。
「オイニオン、今聞いた話をみんなに伝えてくれ。村を……守れなくてすまない。ここを去りたいという者は、なんの遠慮もいらない、キャラバンたちと、ここから避難してくれ」
「り、領主様は……?」
「私は領主だ。ここを守るために戦う。ここを……私は取り戻したい。だが、勝てる見込みがあるとは言えない。お前たちにも、大事な人がいるだろう?」
「領主様……はい! ぼ、僕は残りますけどね!」
それを聞いたシグダードは、彼をからかうように言った。
「ふん。臆病なくせにどうした?」
「ぼ、僕は臆病じゃないよ!! あ、じゃなくて……臆病じゃ、あ、ありません……ここには、シグもいてくれるし……ねえ! シグ!! あ、じゃなくて……えーっと、シグダード様?」
「やめろ! 気持ち悪い! これまでどおりでいい。私は、今はもう王ではない。お前の前にいた奴隷で浮浪者のシグと、何も変わっていないんだ」
「じ……じゃあ、シ、シグ……こ、これからも、よろしくね……」
オイニオンが、まだぎこちないまま微笑んだ。シグダードと握手を交わすと、彼は、じーーーっとシグダードの手を見下ろしている。その様子が不思議に思えてきて、シグダードは、首を傾げた。
「オイニオン? どうした?」
「だ、だって……し、シグは……その……魔法使いなんだろ!?」
「……は?」
「だ、だったら、水の魔法っ……! 水の魔法も、使えるんだろ!?」
「それは……」
「すごいなぁ……どうやって使うの? 手のひらから水が出るの? ねえ! 水の魔法を見せてよ!」
「………………なに?」
シグダードはオイニオンを睨みつけるが、彼は期待に満ちた顔で言う。
「水の魔法だよ!! シグは、キラフィリュイザの王族なんだよね!? み、水の魔法が使えるはずだ!! それがあれば、きっと何にだって勝てるよ!!」
「……」
すると、領主までもが同じことを言い出した。
「これまでは、正体がバレると思い、使わなかったのだろう? もう隠すことはない。思う存分、力を発揮してくれ」
今度は、キャヴィッジェが目を輝かせる。
「す、すげー!! 本当に使えるのか!? なあ!! やってみせてくれよ!!」
「……」
ついにはリューヌまで、キラキラした目を向けてくる。
「し、シグ……王様だったなんて…………ま、魔法も使えるんですか!??」
彼の後ろにいたバードルットは、「本当かー? そいつが? なんかインチキ臭えぞ!」と、からかうように言い、ヘッジェフーグまでもが期待に満ちた顔で言う。
「水の魔法……そ、そんなもん使えるなら、早く言えよ! それがあれば、切り札になるかもしれないじゃないか!」
他にも、そこに集まったフィズとジョルジュ、バルジッカとリーイックを覗いた全員の期待の目が、シグダードに向けられる。
この時ばかりはシグダードも、その場を逃げ出したくなった。王として振る舞っていた頃から、冷たい視線を浴びせられることには慣れているが、まさかこんな風に、期待の視線が集まるとは思っていなかった。本当のことなど、なかなか言えない。
見かねたのか、フィズが何か言おうとしていたが、それをバルジッカが止めていた。
そうだ。こんな時にまで、フィズに心配をかけてどうする。そう思ったシグダードは、無理やり胸を張った。
「使えない」
キッパリ言った一言に、領主は首を傾げていた。
「使えない……とは、どういうことだ? なにか、魔法を使うことに不都合なことがあるのか? 心配せずとも、ここには、あなたを糾弾するような者はいない」
「そうじゃない。水の魔法は使えないんだ。よく分からんが、チュスラスの雷を受けて、突然、使えなくなった」
これだけの人数がいるにも関わらず、部屋の中がしーんとなる。
開け放たれた窓から、風が通り過ぎる音が、やけにはっきりと聞こえるほどだった。
静まり返ったそこで、腕を組んで虚勢を張るシグダードに、バードルットが言った。
「領主様。こいつ、インチキです!」
「なんだと!」
シグダードは早速怒鳴りつけるが、バードルットも負けていない。
「だってそうだろ! なんで水の魔法も使えねえんだよ!! ちょっと喜んじまったじゃねえか! 期待させやがってこの詐欺師!」
「貴様っ……! キラフィリュイザの王族を詐欺師だと!?」
「詐欺だろーが! 何が王族だ! てめえ、自分でそう言ってるだけで国もねえしなんも持ってねえし果ては魔法も使えないんじゃ、どこが王族なんだよ!!」
怒鳴るバードルットの言うことももっともで、シグダードには、返す言葉が見つからなかった。唯一残っていた魔法も取り上げられてしまい、今の自分には何も残っていないのだから。
オイニオンまでもが、落胆したように口を開いた。
「えー……魔法、使えないの……? じゃあシグって、ただの偉そうで乱暴な人じゃん……」
呆れたように言う彼の言葉に、ジョルジュまでもが頷いている。
「せめて戦力になればな……」
するとキャヴィッジェが、シグダードを庇うように言った。
「や、やめろよ! シグが可哀想だろ! た、単に偉そうなだけの奴のままってだけじゃないか! お、俺は別に期待なんかしてなかったぞ! 落胆もしてねえぞ!」
「貴様……それは庇っているつもりなのか……?」
シグダードが睨みつけると、キャヴィッジェは「もちろんだ! ま、魔法なんか使えなくていいじゃないか!」と言い出す。
散々な言われようのシグダードを、今度はフィズが庇った。
「皆さん、やめてください! し、シグは確かに魔法は使えませんが……こ、これでよかったんです! だってシグ、魔法が使えるとろくなことしないから……」
フィズに言われたことが何よりショックで、シグダードは肩を落としてしまう。
すると、領主が困ったように言った。
「すまない……シグ殿。変に期待してしまって」
「いいや。別にいい」
こうなることは、分かっていたことだ。今の自分には何も使えない。ひどく情けないが、仕方がない。何しろ、いつ魔法が戻るかも分からないのだから。
それでも落ち込んでいると、ドアの方から悲鳴がした。数人が、ドアが開かないように、ドアを押さえている。
ドアは外から蹴られているらしく、どんどんと音がして、ついにそれを蹴り破り、白竜たちが飛び込んできた。リアンとダラックだ。彼らと一緒に、なぜかヴィフもいて、彼は小さな袋を持っていた。
驚いて道を開ける人たちの間を通って、リアンは、シグダードに近づいてきた。
「……シグ。そちらの話は終わったかい?」
「……白竜……お前たち、水の玉を追っていったのではなかったのか? リリファラッジはどうした?……貴様ら! まさか、リリファラッジをっ……!」
「あの男を救え。さもなくば、ここで貴様らを殺す」
「なんだと……? どういうことだ?」
シグダードがたずねると、リアンはシグダードを睨んで、ゆっくりと話し始めた。
「湖のほとりに湧いていたトゥルライナーなら、全て潰した」
リアンに目で合図され、ヴィフがシグダードに小さな袋を放る。
中には、食いちぎられた太い根のようなものと灰のようなものが入っていて、根は切り口から、灰になりかけていた。
リアンは、さらに続けた。
「それは、トゥルライナーを食い殺した証拠だ。湖のあれは全て倒したのに……そこに、あの人族の街で見た、雷の鳥が出てきた」
「雷の鳥……? まさか、チュスラスの塔か!!」
「あれより、大きさはずっと小さいが、威力はずっと大きかった。ほんの一瞬で、湖とその周辺を焼き払い、湖は蒸発してしまった。そして、それを操っていた男は、リリファラッジを連れて行ってしまった」
「誰が……そんな真似を?」
「鳥を率いていたのは、人族とは思えない……長い髪の、不思議な雰囲気の男だった……」
すると、ヴィフが苛立った様子で吐き捨てるように言った。
「アメジースアだ」
「アメジースア? ヴァルケッドも、そんな名前を口にしていたな。誰だ? それは」
シグダードがたずねると、ヴィフはシグダードを睨むようにして言った。
「ミラバラーテ家の男だ。あいつは……陛下に取り入って、私からあの塔を奪ったんだ! あいつは、あれを強化して、自分のものにする気なんだ!!」
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