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chap12.うまくいかない計画
240.呆れた視線
しおりを挟むどういうことだ? とたずねる領主に、シグダードはことの顛末を説明した。
すると領主は、ひどく難しい顔をしていた。
「……ということは、アメジースア様は、すでにここで起こったことを知っているかもしれないな……」
「……なんだと?」
「……湖のトゥルライナーを破壊した白竜たちから、リリファラッジという踊り子を奪い去ったのなら、竜たちを湖に誘き出し、チュスラスが作った雷を撒き散らすという鳥の塔を待ち構えさせていたのかもしれない。だが、そこにフィズはいなかった。それなら、連れ去ったリリファラッジから、ここのことを聞き出している可能性がある……」
「……くそっ……!」
苛立ちながら、シグダードは舌打ちをした。
部屋にいた誰もが、恐怖に包まれている。何しろ、すでにこの村で起こったことが、チュスラスかイルジファルアに知られているかもしれないのだから。
フィズが、不安そうに言う。
「…………ら、ラッジさん……大丈夫でしょうか……」
白竜のリアンは、首を横に振った。
「大丈夫なはずがないだろう。奴らは、リリファラッジを処刑すると話していた」
「処刑!!?? そんなっ……!!」
「私たちも追おうとしたが、あの塔の鳥が雷を撒き散らし、その相手をしているうちにまかれてしまった」
「……は、白竜さんたちは、大丈夫だったんですか?」
「ダイジョウブ? なんだそれは……?」
「……あの……お怪我はありませんか?」
「あったが治った。ダラックなど、体の半分が切り裂かれていた」
「え!?」
フィズは、驚いてダラックに振り向くが、彼の体には傷はなく、それどころか、開けっぱなしのドアから、廊下を飛んでいる虫を見つけて飛び掛かっていく。リアンと違い、ダラックはリリファラッジのことなど、まるで気にしていないようだ。
しかしリアンの方は、シグダードを睨みつける。
「リリファラッジを助けろ。できないのなら、この場で貴様らを皆殺しにする」
「落ち着け。ただでさえ面倒なものばかりを相手にしているときに、お前たちを敵に回したくはない。それに、リリファラッジは私たちの仲間だ。お前たちに言われなくても助けに行く」
「……」
「だが、なぜお前たちは自分達で助けに行かない? ダラックだけでも、城の庭で兵士たちや使用人を惨殺して回るほどの力を持つお前たちが」
「……あの雷を撒き散らす塔の鳥の力は、お前が思うよりずっと強い。頭上から雨が降るように雷撃が落ちてきては、私たちも戦えない」
「そうか……それで、私たちを頼ってここまできたのか?」
「頼ってきたわけではない。もともと、あの魔法使いの王が殺したいのはお前だろう? あの鳥の塔と魔法使いの王が、お前に気を取られているうちに、リリファラッジを取り返す」
「……貴様ら……私を囮につかう気か……」
呆れたように言うシグダードに、フィズが慌てた様子で言った。
「し、シグっ……! そんなこと言ってる場合じゃありませんっ! ラッジさんを助けなきゃっ……!」
「落ち着け。あの男には、お前を助けてもらった恩がある。殺させはしない」
「シグ……」
「ちょうど、トゥルライナーを破壊した証拠もここにあることだしな……」
シグダードは、ヴィフから受け取ったものを握った。
「ヴィフ……あの塔の鳥を止める方法はないのか?」
するとヴィフは、難しい顔をして言う。
「ない……かは分からない。あの塔は、魔力で動いてるんだ。それさえなんとかすれば、もしかしたら、止まるかもしれない……」
「魔力? それはどこにある?」
「この……鳥の首のあたりだ。そこの魔力を抑えることができれば、塔は止まる。だが、私が作っていたものは、白竜やトゥルライナーと交戦すれば、動かないほどに破壊されてしまうはずだ。それが、白竜を追い払い、湖と森を焼き払うまでに強化されている。今でもその弱点があるかは分からないぞ」
「使えない奴だ」
「なんだと!? 貴様!! 侮辱するのか!?」
「お前もこい」
「はあ!? 冗談じゃない!! 私は、私の一族のもとに帰る!!」
「……落ち着け。焦って突っ込めば、チュスラスの思う壺だ」
シグダードは、白竜たちに振り向いた。
「先に、お前たちがトゥルライナーを破壊し、塔の鳥に襲われた湖に案内しろ。トゥルライナーと塔の鳥がまだ残っていないか確認する」
「そんなことをしていて、リリファラッジが殺されたらどうする? 貴様ら全員、首を噛みちぎってやる」
「落ち着け。リリファラッジは、反逆者としてトゥルライナーを破壊するという処罰を受けている最中だ。それをわざわざアメジースアが連れ去ったのなら、何か目論みがあったのだろう。殺すなら、湖で殺している。その方が、すべてトゥルライナーの仕業にできるからな。殺されずに、連れ去られたのなら、すぐに殺されることはない」
「……」
「お前たちはリリファラッジを助けたいのだろう? だが、このままグラスの城に向かっても、お前たちを襲った鳥たちが飛び回る城からリリファラッジを助け出すなど、不可能だ。だからまずは、あいつを助ける準備をするため、トゥルライナーの湖に向かう」
すると、ジョルジュが言った。
「待て。ここはどうする?」
「リリファラッジの救出には、私とフィズ、ヴィフで行く」
「は!? た、たった三人で行く気か!?」
「ああ。バルジッカ、ここを頼む」
けれど、バルジッカは厳しい目をして言った。
「シグ……勝算はあるのか? 何の策もなく、ただリリファラッジのためにグラスの城に向かうと言うなら、俺はお前を行かせらんねえ。相手は、一度お前を打ち負かしたチュスラスと、白竜を追い払うほどの雷を操るものだぞ。ここにも、いつヴィザルーマやチュスラスの手が伸びるか分かんねえ。加えて、今のお前には、切り札であったはずの魔法も使えない。無策に乗り込めば、お前もリリファラッジも、この城ですら、奴らの雷に焼き払われるかもしれない」
「勝算ならある」
「……本当か?」
「ああ。チュスラスは、わざわざグラスの城中の人間の前で、白竜とともにトゥルライナーを倒せば恩赦を与えると約束している。トゥルライナーを破壊したという証拠を見せられれば、リリファラッジとフィズを自由にせざるを得ない。そして、リリファラッジを救うことは、ここを救うことにもつながるはずだ」
「……なぜだ?」
「あの腹立たしい生意気踊り子は、グラスの貴族たちに随分気に入られているそうじゃないか。その中には、チュスラスやイルジファルアのやり方に反発している貴族も多いはずだ。そして、ここにある、例えば解毒薬は、チュスラスへの対抗手段になりうる。うまく反チュスラス派の連中を抱き込むことができれば、ここに増援を送る約束を取り付けることができるかもしれない」
それを聞いたヴィフが顔を上げた。
「お前っ……」
「だから、お前の力が欲しい。お前なら、グラスの貴族たちの事情にも詳しい上に、顔が効く。チュスラスは、お前を広間で吊し上げ、なぶり殺しにしたような気になっているかもしれないが、そういうことをすると、恐怖と共に反発を招く。それは私が、ここにいる誰よりも、よく知っている」
「…………」
「お前がたった一人で一族のもとに戻ったところで、彼らと共に全員で拷問され、訳のわからん罪を押し付けられて反逆者として見せしめに処刑されるだけだ。だが、チュスラスに抗うにしても、今ここにある兵力だけで勝てるとは思えないだろう?」
「……」
黙ったままのヴィフに、シグダードは近づいていく。
「……どうする? ヴィフ・カウィ。ここで野垂れ死ぬか? それとも、一族のもとに帰って、全員で無惨に縛り首になるか? それとも、私に手を貸すか」
「……貴様のような、無礼でインチキくさい男が、知ったような口をきくな! 貴様が信じられるという証拠が、どこにある!! 私を騙してあの塔を手に入れる気だろう!! もう騙されるものか!」
「そうか。それは残念だ」
あっさりと引き下がったと思ったのか、ヴィフは怪訝な顔をしている。
シグダードは、バルジッカとジョルジュに振り向いた。
「バル、ジョルジュ、その男を拘束しろ」
「は!?」
二人は驚いて、その間にヴィフは、部屋から逃げ出そうとする。それに、二人が飛びかかって止めた。
「は、はなせ! はなしてくれ! 私は一族のもとに帰る!」
暴れるヴィフを羽交締めにして、バルジッカがシグダードに「いいのか?」と聞いてくる。
「その男を逃すわけにはいかない。何しろ、人手がないからな。無理矢理にでも協力させる」
「……帰してやった方がいいんじゃないか?」
「ダメだ。行ったところでどうせ殺される。それはそいつにも分かっているはずだ」
シグダードが言うのを聞いて、ヴィフは、体をビクッと震わせていた。
それを見て、シグダードはゆっくりヴィフに近づいていく。
「この男は、私を暗い牢に閉じ込め、さらには鎖で吊るして鞭で打ち、あの塔の雷撃で朝まで拷問した男だ。今こそ、その仕返しをするときじゃないか?」
「絶対そんな時じゃねえ……」
バルジッカがぼそっと言うが、シグダードはまるで聞いていない。腕を組んで、哄笑を上げた。
「存分に痛めつければ協力すると言うだろう! おい!! 領主!! 拷問部屋はどこだ!?」
「……そんなものはこの城にはない」
「では、キャヴィッジェ! 鞭を持ってこい!」
「……嫌だ」
いつのまにか、部屋中の呆れたような視線が集まっていたが、シグダードは全く構わず、怯えるヴィフの前で、今が楽しくてたまらないと言ったような笑みを浮かべた。
*
しばらくの言い合いの後、フィズが一言「やめましょう」と言って、シグダードは大人しく引き下がった。
すると、ヴィフも少しなら協力していいと言い出した。
城の番を、領主に託したシグダードは、日が暮れる前にフィズとリーイック、リューヌとヴァルケッドとヴィフを連れ、リアンとダラックに乗って、白竜たちがトゥルライナーを破壊したという湖に急いだ。
あまり大人数で行く気はなかったが、トゥルライナーや塔の破片を集めたかった。そんな理由で、ヴァルケッドとヴィフのことはシグダードが無理矢理誘って、リーイックはトゥルライナーの灰が欲しいらしく、リューヌはシグダードのそばを離れたがらずについてきた。
湖に着くと、そこは既に、灰燼が積もるだけの場所だった。白竜たちがトゥルライナーを潰した後で、あの鳥の雷が全てを焼き払ったらしい。塔のかけらのようなものも落ちていた。
湖のあったあたりは一面焼け焦げて、湖の水も全て干上がっている。
「恐ろしい威力だな……」
シグダードが、まだ焼け残っていたトゥルライナーの破片を拾い上げると、それはボロボロと灰になって崩れていく。
「……フィズ、証拠を集めるぞ。トゥルライナーを破壊したことを報告すれば、お前もリリファラッジも自由だ」
「でも……そんな約束を、チュスラスが守るでしょうか……」
「あいつは守らないだろうが、少なくとも、お前の反逆の罪は消える。チュスラスはすでに、全員の前で約束しているのだから。そうなれば、あとはどうしようが、こっちの勝手だ。あの鬱陶しい男を打ち倒して、自由になるぞ」
「……シグ……は、はい!!」
彼は元気に返事をして、あたりに落ちていたトゥルライナーの破片を集め始める。
リーイックはすでにトゥルライナーの灰に夢中で、リューヌにも手伝わせて、袋いっぱいに灰を詰めている。相変わらず、こういう時の彼は、恐ろしいくらいに楽しそうだ。
しかし、それとは対照的に、ヴィフはずっとシグダードを睨んでいる。
「貴様……こんな真似をして、ただで済むと思うなよ……」
「何をそんなに怒っているんだ?」
「何をだと!? 貴様……私に無理矢理協力を迫っておきながら……!!」
「無理矢理じゃない。協力すると言ったじゃないか」
「お前たちが自由になるための証拠を集めるなど、まっぴらだ!」
「お前が一族のもとに帰る手伝いをしてやってるんだろう。さっさと集めろ。フィズの自由のためだ」
「……私はフィズのためにここに来たんじゃない」
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