嫌われた王と愛された側室が逃げ出してから

迷路を跳ぶ狐

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chap13.最後に訪れた朝

256.暗闇の人影

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 シグダードは、白竜たちに振り向いた。彼らは、話し合いが終わるまでの時間が退屈だったのか、ダラックは木の周りの雑草に噛み付いていて、リアンは、背中に乗せたリリファラッジに鼻先を近づけようとした他の四匹を振り払っている。

「白竜、手伝え。城壁を越える」

 シグダードが言うと、リアンは「話し合いとやらは終わったのか?」とつまらなさそうに言って振り向いた。

「ああ。今から城壁を越える。手伝え」

 すると、それを聞いたヴァルケッドが言った。

「……待て。白竜に乗って、城壁を越えるのか?」
「ああ。彼らに飛び越えてもらう。何か問題があるのか? 海側の方に回れば、人目にもつきにくいはずだ」
「……そのあたりは警備が厳しい。向こうに警備が甘いところがあるはずだ……」
「……そうか。では、案内はお前に任せよう」







 西側の城壁の前にきたフィズとシグダードは、蔦が絡みついている城壁を見上げた。城壁の周りを見張るようなものもなく、ここからなら、蔦の助けも借りて、城壁を越え中に入ることができそうだ。

 シグダードは、ヴァルケッドに振り向いた。

「よくこんな場所を知っていたな……いつもここから城壁を飛び越えていたのか?」
「いいや。城壁を越える時は、アロルーガ様から渡された道具を使って空を飛ぶ」
「空? そんなことができるなら、私を連れて飛べ」
「命じられて帰ってきていない限り、それは使えない。神力を使う、貴重なものだ」
「融通の聞かない奴め。ここまできたんだぞ。協力しろ」
「ダメだ。俺は、ミラバラーテの駒だ…………」

 そこまで話して、ヴァルケッドは頭を抱えだす。

「……どうした? ヴァルケッド」
「……なぜこんなところを教えたんだと後悔していた……俺はこんなことしていていいのか? ミラバラーテ家に対する反逆になるのでは……」
「悩むのはいいことだ。そうしているうちは私のことを殺さないからな。そのままでいろよ」
「……馬鹿にしていないか?」
「いいや。私もお前を殺したくない」
「……殺す? 俺を? お前は俺に勝てると思っているのか? ……俺はミラバラーテ家が生み出した暗殺者の中でも最高傑作と呼ばれたんだぞ」
「それがなんだ? 私は王だぞ」
「お前はもう王ではないだろう……魔法も使えない」
「それに、私たちは何も、盗みを働きにきたわけではない。ミラバラーテ家に喧嘩を売る気もない。その踊り子は、ストーンがいたく気に入っていたようだし、教えてやった方がいいだろう? その方が、ミラバラーテ家のためだ」
「……俺をフィズと同じ方法で騙そうとしても無駄だぞ」
「心配しなくても、私たちはお前の主たちを害するために来たのではない。胸を張って、私を助ければいい」
「……そんな気になれない。ミラバラーテ家の一族を傷つけるようなら、俺はお前を止める。俺は……ここに恩があるんだ」
「恩……? お前を暗殺者に仕立て上げた家だろう?」
「……確かにそうだが、アロルーガ様がいなければ、俺は生きることができなかった……」
「アロルーガ?」
「俺を暗殺者として育て上げた人だ。アロルーガ様は、奴隷の売れ残りだった俺を助けてくれたんだ。あの方がいなければ、俺は殺されていた」
「……ヴァルケッド……」
「…………俺は……ミラバラーテ家に逆らうつもりはない……」
「分かっている……」

 そう言って、シグダードはリアンに手を伸ばした。

「私とリリファラッジを連れて、城壁を越えられるか?」
「……本当にそうすれば、リリファラッジが助かるんだろうな?」
「……お前たちは随分リリファラッジに懐いているな。人族など、ただ戦って欲望を満たすための道具としか見ていなかったのではないのか?」
「懐いてるんじゃない。あれは、私たちが手に入れた捧げ物。それを勝手に壊されることは、私たちにとっては敗北だ。だから助けるだけだ」
「そうか……」
「もう、長話はいい!! 乗れ!! リリファラッジが死ぬ!!」

 言われて、シグダードはリアンの背中に飛び乗った。フィズとヴァルケッド、嫌そうな顔をしたままのヴィフも、他の白竜たちにしがみつく。

 リアンたちは、蔦に足を引っ掛けて、城壁を飛び超えた。壁の向こうにあった背の高い木に飛び移り、そこから、二階のバルコニーにおりて、城に侵入することができた。

 目立つ白竜たちに、城壁の外で待つように言うと、白竜たちはリリファラッジを助けることを条件に承諾してくれた。

 先頭を行くシグダードは、リリファラッジをヴィフに任せて、バルコニーの窓から、フィズとヴァルケッドを連れて、中に入る。

 そこは、本棚が並ぶ部屋で、窓から入ってくる月の明かり以外に、部屋を照らすもののない、暗い部屋だった。並んだ棚を抜けていくと、光が漏れている扉が見えてくる。

 シグダードが、その扉に耳を当て、外に誰もいないことを確かめて扉を慎重に開くと、天井の明かりが煌々と灯る、広い廊下に出た。

「ずいぶん警備が手薄だな……ミラバラーテ家は、今は警戒しなくてはならない時ではないのか?」

 首を傾げるシグダードに、フィズは廊下の窓の外、砂浜が見える方を指して言った。

「そうでもないみたいです。砂浜の方には人が多いみたいだし……水路の方にも……」

 彼の言うとおり、窓の外の砂浜がある方で、小さな明かりがいくつも動いている。そちらの方には、見張りの人が集中しているようだ。場所によって、警備のあり方が大きく違うらしい。

「ヴァルケッド、警備が厳しいのは、砂浜の方だけか?」

 シグダードが聞くと、ヴァルケッドは「水路もだ」と答える。

「ララナドゥールが、力を奪う解毒薬のことを知り、警戒を強めている。彼らの間者が来るなら、海か水路からの可能性が高いからだ」
「では、城の中はそれほど警戒していないのか? ちょうどいい。見つからないうちに、ストーンの部屋へ行くぞ。どこにある?」
「話せない」
「……大事なところは話さないのか……それなら、自分で探す。ついてこい!」

 シグダードは、廊下に飛び出して行こうとしたが、フィズに腕を掴まれ止められた。

「シグっ……! だ、誰かいます!!」
「なに?」

 フィズは、ずらっと並んだ本棚の向こうに、少しだけ見えているテーブルを指差している。そのテーブルは、本棚の影になっている上に、円形のテーブルの端が少し見えているくらいだったが、そのテーブルの上に、微かに人の指のようなものが見えた。

「な、なんだあれは……まさか、幽霊……」
「シグ! 何言ってるんですか!? 誰かいるんです!!」
「そ、そうか……」

 シグダードは、もう一度そちらのテーブルに向き直るが、本棚の端から微かに見えているテーブルの上の指は、ピクリとも動かない。周りは暗くて、近づかないと、それがなんなのか分かりそうにない。

 幽霊ではないだろう、そう固く信じて、シグダードは、懐に忍ばせた短剣を抜いた。フィズの前で、幽霊に怯えるようなところを見せるわけにはいかない。

 それなのに、フィズはあっさりシグダードの横をすり抜けて、テーブルの方にいってしまう。

「怖いなら私が行きます!」
「は!? おい! やめろ!! 何が出るか分からないんだぞ!!」

 フィズはテーブルに駆け寄っていく。そして、誰が倒れていますと言って、シグダードたちを呼んだ。

 幽霊が出なかったことに安心しつつも、フィズに情けないところを見られてしまい、名誉を挽回したいシグダードが一番に駆け寄ると、本棚に隠れたテーブルに、誰かが突っ伏している。

 真っ黒な長い髪の男で、真っ白なドレスのような服をきた、背の低い、不思議な雰囲気の男だった。
 城下町で、逃げるシグダードたちを追ってきた男で、ヴィフから雷の塔を奪ったというアメジースアだ。

 ヴィフが、倒れたその男を見て、声を上げた。

「あ、アメジースアっ……! なぜっ……こ、こっちに帰っていたのか? よ、よくも私の一族をっ……! シグ!! 短剣を貸せ!! 寝ている間に首を切り落としてやる!」
「やめておけ。お前には無理だ」
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