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chap13.最後に訪れた朝
257.頑なな男
しおりを挟むシグダードは警戒しながら、テーブルに突っ伏したままのアメジースアに近づいた。
確かに、あの時「殺せ」と言って、雷を放つ鳥たちにシグダードたちを襲わせた男で間違いない。しかし、その時はなかった包帯を体のあちこちに巻いて、腕や足には焼けたような跡があった。首には、細い輪のようなものがはめられている。そして、テーブルに倒れ込んだ体勢のまま、ピクリとも動かなかった。
「……あの塔にでも襲われたのか? こいつは……」
シグダードが呟いて、彼に触れようとすると、アメジースアは微かに呻いて、体を震わせる。そして、ひどく苦しそうに息をしていた。その呼吸は弱々しく、今にも消えてしまいそうだ。
フィズがその男に、心配そうに声をかけた。
「あ、あの……だ、大丈夫ですか?」
「おい!! やめろ! 目を覚ますぞ!」
シグダードが小声で止めるが、フィズはアメジースアの体に触れてしまう。
「だ、だ、だって、倒れてるし……このままじゃ、死んじゃうかもしれません……」
「その男は、ヴィフから塔を取り上げ、チュスラスのために動いている。あの街でも、私たちを追ってきた。こうしてここにいるのも、私たちを追ってきたからだろう」
けれど、それを聞いたヴァルケッドが首を横に振った。
「それはない…………アメジースア様の首に、細い輪があるだろう? それは、アロルーガ様が使う、力を使うことを禁じるための首輪なんだ。おそらく、チュスラス側についたことを咎められ、謹慎を命じられているのだろう」
「……そうか……では、この怪我は取り押さえられた時に抵抗したものか……?」
シグダードたちが話していると、ヴィフが、ぐったりしたアメジースアの胸ぐらを掴み上げてしまう。
「おいっ……! ヴィフ!」
シグダードはすぐに止めようとしたが、彼の目には涙が滲んでいた。
「止めるなっ……!! この男は、私の一族と領地を、あの兵器を生み出すために使ったんだ!! こ、この男ならっ……! あそこがどうなったのかも知っている!! 聞き出すだけだ!!」
ヴィフはすでに声を張り上げていて、その声が聞こえたのか、アメジースアが呻きながら目を覚ました。
シグダードは、少しの間、悩んだ。止めるべきなのだろうが、目に涙を滲ませ激昂するヴィフを見たら、そんなことはできなくなってしまった。
止める代わりに、アメジースアが暴れ出した時にすぐに対処できるよう短剣を抜いて、フィズに振り向く。
「フィズ。扉を見張っていてくれ。誰か来たらすぐに言うんだ」
「で、でもっ……! シグっ……」
「殺すようなら、私が止める。憂さ晴らしくらい、させてやれ」
「シグ…………」
フィズは、まだ不安そうな様子だ。けれどヴィフの様子を見て、ドアに向き直った。
「シグっ……! ヴィフさんをお願いします! だ、だけどシグも、カッとなって殴ったりしないようにしてくださいね!」
「……分かっている」
シグダードは、ヴィフが掴み上げたアメジースアの首に、短剣を突きつけた。
ヴィフが今にも泣き出しそうな顔でアメジースアを怒鳴りつける。
「な、なぜっ……なぜあんな真似をした!? 最初から、塔が目的だったのか!?? あなたは、あの塔の製作のためにここに来た私を手引きしてくださったのに……!」
「ヴィフ……なぜここに……」
「答えろ!!! あなたは最初から、あの塔を横取りするつもりで……」
アメジースアは、しばらく驚いてヴィフを見上げていたが、少しして、頷いた。
「……ああ、そうだ。あんなものを、地方の弱小貴族なんぞに握らせておくはずがないだろう!!!!」
「き、貴様……」
「チュスラスの力は兵器だ!! だが、あれは物じゃない!! 意志がある……すでに勝手なことを始めている! あれが、自らの意思で勝手な行動するようになる前に、あれの力を完全に兵器にしてしまう必要があったんだ!! あれは、ミラバラーテ家の大きな力になるはずだった……そんなものを!! 貴様が持っていたのでは、宝の持ち腐れだ!」
「……アメジースア……」
怒りのあまり、ヴィフの手が震えている。
そんな彼を強く突き飛ばして立ち上がり、アメジースアはヴィフを睨みつけた。
「グズどもは黙ってあれを生み出す奴隷になっていればよかったんだ!! そうすれば悪いようにはしないものを…………塔の使用を中止しろなどと、寝言をほざき出して……! 塔の製作も、ろくに進んでいなかったではないか! だから私が代わってやったんだ!! 出来損ないのグズがっ……!! 聞いていた通りの役立たずぶりだった!」
「そ、そんなに、あの塔が欲しかったのか!? あ、あんな危険なものが……!! そんなことのために、私の一族は……領地は…………」
「一族? 領地だと? そんなもの、あれを生み出す奴隷として使ってやっている。感謝しろっ……! 何の役にも立たない荒れた地を、あれを生み出すための畑にしてやったのだからな! 役に立たないものなどっ……! 全て焼き払ってやるっ!!!! 分かったら貴様は、黙って従っていろ!!!!」
「…………」
怒鳴られ、ヴィフの拳は震えていた。怒りだろう。しかし同時に、自らが愛したものの今を知り、彼は涙を流していた。彼の拳がゆっくり下りていく。床には、いくつも涙の跡ができた。
そんな彼を鼻で笑い、アメジースアは乱れた服を直していたが、すぐにその体は、横からシグダードに蹴り飛ばされた。
あっさり倒されたアメジースアは、驚いてシグダードを見上げる。
「き、貴様っ……! 何をする!!」
「フィズが殴るなと言うから蹴っただけだ」
言いながらシグダードは、立ち上がろうとしたアメジースアの前に立ち、その腹を踏みつける。
「……ヴィフは確かに私を鞭で打った、塵以下の下郎だが、貴様はそれ以上に気に入らない。偉そうにヴィフを役立たずと罵っているが、貴様はその役立たずが作ったものを横から掠取っただけじゃないか。塵に集る蝿以上に不快な男だ」
「な、何だと…………貴様っ…………し、シグダードだな!! 魔法の使えない魔法使いめ!!!」
「まだそんな口をきけるほどに元気なのか? だったら殴っていいな? フィズ」
シグダードは、今度はその男につかみかかろうとした。
けれどそれを、ヴァルケッドが慌てて止めに入る。
「やめろっ……! シグ!!」
「お前はこの屑の味方か?」
「俺はミラバラーテ家の一族のために動かなくてはならないんだ!!!! と、とにかくやめろ!! こう見えて、アメジースア様はだいぶ弱っていらっしゃる!!」
「離せ! ヴァルケッド!」
暴れるシグダードを、今度はヴィフまでもが抑えようとして、腕を掴んでくる。
「や、やめろ!! し、シグ……それは、私がすることだ!!」
「お前は何を言ってるんだ? 私は別に、貴様の代わりに殴っているのではない。単純に、この男の言動が腹立たしいから殴るだけだ」
「は!? お、お前が腹を立ててどうする!!」
二人と揉み合っていると、フィズまで扉のところで見張りをしたまま言った。
「し、シグ!! 乱暴しないって約束ですっ……! そ、それに、あんまり騒ぐと誰か来ます!」
「……チッ…………仕方ない」
彼に言われると弱いシグダードは、苛立ちながらアメジースアから手を離した。しかし、離れる際に、「フィズがいないところでじっくり痛めつけてやる」と言って凄むことも忘れない。
「貴様の不快な話はもう聞きたくない。それより、ストーンの部屋はどこだ?」
「叔父上の? 貴様らっ……叔父上に何の用だ!?」
「ヒッシュの領地に援軍を送らせ、リリファラッジの治療をさせる」
「リリファラッジ…………?」
アメジースアは、気絶したまま本棚の前でぐったりと倒れているリリファラッジに気づいたようだ。
「その男は…………貴様ら……なぜそんな男を連れてきた!?」
シグダードは、腕を組んで言った。
「チュスラスに痛めつけられて、リリファラッジが目を覚まさない。ストーンなら、救うことができるだろう?」
「ふ、ふざけるなっっ!!!! 見逃してやれば調子に乗ってっ……!! 叔父上は、その男のせいで狂ったんだ!」
再び喚き出したアメジースアを、フィズがやめてくださいと言って制止しようとするが、彼は止まらない。
「ミラバラーテ家を背負って立つ叔父上を、私は、尊敬していたのに……それなのに、叔父上はその踊り子に会ってからというもの、すっかり腑抜けにされてしまったんだ! 淫らな罪人の弟を部屋に呼びつけて夜な夜な…………踊り子一人に利用されるあんな情けない男っ……もう叔父上ではない! 無力なグズだ!!」
それを聞いたフィズは、ついに怒鳴った。
「いい加減にしてください!! あなたなんて、ラッジさんのことを知りもしないくせに!! ラッジさんは一度だって、ストーン様の邪魔をしようとはしませんでした!! ラッジさんは、ストーン様を弄んでなんかいません! す、ストーン様だって、ラッジさんに、安らぐ時間をもらっていたはずです! ラッジさんを利用していたのは、そっちの方です!」
「なんだと!?」
カッとなったのか、アメジースアはフィズに飛びかかろうとするが、その場にヘナヘナと座り込んでしまう。部屋に入って来た時に、ぐったりしていたようだが、アメジースアは傷だらけで、ずいぶん弱っているようだ。
そんな風にされると殴りにくいシグダードは、腕を組んで言った。
「ストーンはどこにいる?」
「誰がそんなことを話すかっ……貴様ら、叔父上に何をする気だ?」
「腑抜けの叔父上は見限ったのではなかったのか?」
「だからと言って、なぜ貴様らにそんなことを話さなくてはならない? 言っておくが、ミラバラーテ家は、誰一人その踊り子を認めていない。そんな踊り子、誰が助けるものか!」
「ストーンは違うだろう?」
「貴様らっ……叔父上を利用する気か!」
「ああ、そうだ。貴様のように腹立たしい男に案内されるのは、吐き気がするほど嫌だが、我慢してやる。ストーンの部屋まで案内しろ。断るなら、私たちはお前を殺して、別の奴に聞いてストーンの部屋に行く。その前に、ヴァルケッドが話してくれるかもしれない。私たちはストーンに会ったら、そいつが協力すると言うまで殴るが、それを知っていても断れるのか?」
「…………このっ……! 下劣な罪人めっ!!」
吐き捨てて、アメジースアは、しばらくシグダードを睨んでいたが、やがて頷いた。
「……分かった。行ってやる……叔父上に手荒な真似はするな……」
「道中悪巧みをしたいのなら、勝手にすればいいぞ? 貴様程度では、私たちには勝てないが」
「……ゲスがっ!」
憎悪を込めたように言うアメジースアに短剣を向けたまま、シグダードは、椅子にかけてあったブランケットを頭から被った。
「これで顔は隠せるだろう。ヴァルケッド、普段グラスの城にいたのは、アメジースアとストーンだけだな?」
「ああ……」
「だったら、私の顔はこれで隠す程度でいいな……フィズ、お前はフードをかぶっていろ。アメジースア、誰かに会ったら、私たちのことは……そうだな。新しく雇った暗殺者とでも言っておけ」
そう言って、シグダードは、ヴァルケッドと肩を組んでみせた。
ヴァルケッドは肩を落として、絶対にすぐに見つかると呟いていた。
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