嫌われた王と愛された側室が逃げ出してから

迷路を跳ぶ狐

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chap14.夜中の出発

284.晩餐会の後

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 グラスの城で、ファントフィたちとストーンたちの会議が行われた夜、アロルーガは、ミラバラーテ家の城にいた。

 月に照らされた海を見下ろして聳える城では、今日も晩餐会が行われ、賑やかだ。

 貴族たちとの晩餐会は正直面倒だったが、王権の失墜と共に、少しでも自分たちに有利にことを進めようとする貴族達の間で、駆け引きが激化している。
 チュスラスやヴィザルーマの早期の処刑を望む声もあれば、それでも王族の力は有効的に活用するべきだという声もあり、その調整は、困難を極めた。
 チュスラスの幽閉が決まり、チュスラス派だった貴族からは、その決定を先導したアロルーガたちを、裏切り者として糾弾する声もあった。それどころか、今回の件は全て、イルジファルアと王家を排除するためのミラバラーテ家の隠謀だという噂まで流れている。
 そんな中で、今ここを守るためには、貴族たちとの交流は欠かせない。

 緊張感に満ちた会合が終わり、アロルーガは、ミラバラーテ家の城の中を早足で歩いていた。

 廊下の窓からは、月明かりが入ってきていて、照明がなくても明るい。微かな暗がりの中、正面から、ファントフィが走ってくるのが見えた。
 彼は、朝からグラスの城での会議とララナドゥールへの報告で忙しいはずなのに、夜になると、わざわざミラバラーテ家の城の晩餐会にまで顔を出した。何か用でもあるのかと思っていたが、やはりそうだったらしい。

「アロルーガ!! やっと見つけた!!」
「……もうララナドゥールに帰ったんじゃなかったの?」

 冷たく言っても、ファントフィはものともせずに微笑む。

「まだまだいるよ。イルジファルアが行方不明になって、アロルーガが大変そうだし、助けになりたいなー」
「なんで僕が大変なの? あいつは城で急に倒れて、治療が終わったと思ったら、ベッドからいなくなってただけ」
「ふーーーーん……毒のことバレるの、嫌だったのかな?」
「さあ?」
「ミラバラーテ家を疑ってる奴もいるんだろ?」
「信じてる奴もいるよ。イルジファルアのことは、グラスのみんなが探してる。そのうち見つかるんじゃない?」
「僕も探そうかな」
「……君は帰れ」
「ララナドゥールから、例の解毒薬の報告が終わったら、こっちの議会がしている、シュラと毒の調査に加わっていいって言われてるんだ。だから、まだまだいるよー」
「裏から手を回して、その話、潰しておく。今のうちに喜んでおいて」
「やめてよー。やる気がなくなっちゃう」
「なって帰れよ。調査協力なら、ラディヤがいるだろ」
「ラディヤは、ヒッシュの領地の方にかかりきりだよ。あいつ、本気でヒッシュの領地に骨を埋める気かもよ」
「ラディヤが気に入ったっていうなら、別にそれもいいんじゃない? ヒッシュの領地はどうなってる?」
「えー……どうだったかなー……」
「ファントフィ」
「……例の、ヴィザルーマが撒いた毒は、全て破壊済み。増えすぎたトゥルライナーも、正常に戻ったみたい。カウィ家の方から、あの塔を使っての協力が得られて、予定より早く終わったって。あのお人好しの領主がお礼を言ってたよ」
「……ストーンもヴィフのことをすっかり信じちゃってる。あいつらがヒッシュの領地に援軍を出した代わりに、荒れた領地を元に戻す支援をする、なんて約束してきちゃうし……困ったな……」
「え? あんまり困っている風に見えないよ?」
「カウィ家との交渉には、リリファラッジが行くことになってるからね。ストーンの伴侶として」
「ふーん。力試し?」
「そんな言い方しないで。実績を作る手伝いをしてあげただけ。カウィ家は、ヴィフを中心として、城下町や周辺の街道に飛び散った雷の塔の鳥の処分に協力することに、既に合意している。雷を放たなくなった鳥たちを、塔の瓦礫を探す使い魔として利用する話にも、ヴィフはずいぶん乗り気だ。カウィ家の領地では、塔の作成の際に、民たちを使ってかなり強引な方法で人手や資材を集めたらしいから、反感は買ってるだろうけど、今は当主が交代して、誰もが希望を持っている。協力する人も多いだろうから、成功するお膳立てがしてあるところへの派遣だよ。そこへ行って、ヴィフたちが余計なことをしないように見張るだけでいいんだから、派遣を提案した僕に感謝してほしいくらいだ」
「あのしたたかな踊り子なら、ミラバラーテ家に不利な交渉はしないだろうしね。期待してるんだ?」
「……なんのこと?」
「結局アロルーガが一番あの踊り子に甘くない……?」
「エクセトリグはあんなんだし、アメジースアは、リリファラッジを追い出すって言って、ずーーっとチャンスを窺ってるんだから。僕くらい優しくてあげないと、フェアじゃない」
「フェアなんて、人族相手に考えるようになっちゃったんだ……君、昔はもっと怖い人じゃなかった?」
「なんのこと?」
「それじゃあしばらくは、ララナドゥールに帰らないの?」
「最初から帰るつもりなんかない。君はもうララナドゥールに帰れ」

 アロルーガは追い払うように手を振るが、そんなもので言うことを聞くような相手ではないことは知っている。

 まだ帰らないとうるさいファントフィと二人で、城の廊下を歩いていると、後ろからストーンが声をかけてきた。

「アロルーガ。ここにいたか」

 彼は、ファントフィに丁寧に挨拶をして、アロルーガに向き直る。

「探したぞ」
「ストーン……どうしたの? グラスの城にいたんじゃなかったの?」
「夜は会議もない。だから、アメジースアに頼んで戻ってきたんだ。こっちはお前に任せきりだったからな……」
「そんなこと、気にしなくていい。ストーンも、夜くらいは休まないと倒れる」
「私は大丈夫だ。リリファラッジのことも、貴族たちに紹介しておきたかったから、ちょうどよかった」
「……ストーンは、あの踊り子に甘すぎ」

 彼がやけに楽しそうな顔をしているのは、リリファラッジがいたからかと思うと、アロルーガは、少し妬けてしまいそうだった。

 しかしストーンが帰ってきたのは、彼が今話したことのためだけではないはずだ。

 アロルーガは、廊下の奥にぽつんとある扉の前まで来ると、ファントフィに振り向いた。

「……ファントフィ、ここから先は、一族だけの秘密だから。部外者は遠慮して」
「えーーーー!! なんで!? 僕だけ仲間はずれ!?」
「帰れって言っても居座るだろうから、エクセトリグに言って、部屋を用意してもらって。君の相手は、また明日してあげる」

 一方的に言って、彼に向かって手を振った。

「おやすみ。ファントフィ」







 扉を閉めると、ファントフィはもうついてこなかった。
 この先は、一族だけが鍵を開けることができる場所で、使用人も、一部の人間しか入れない。

 騒がしい男を置いてこれたことにホッとして、静かな廊下を歩いて行くと、隣を歩くストーンが、微笑んで話し始める。

「熱心だな。ファントフィ様は」
「ララナドゥールの議会が怖いだけだ」
「議会だけじゃない。お前を誘いに来ているのだろう?」
「……なんのこと?」
「優秀な研究者でもあるお前を、ララナドゥールの貴族が欲しがっているそうじゃないか。ファントフィ様も、お前の腕が欲しいのだろう」
「だから何? ストーンはまさか、僕に行けって言うの!?」
「まさか。逆だ。ファントフィ様が夜な夜なお前を誘っていると聞いて、不安で帰ってきた」
「……」

 少しホッとしたからか、顔が綻んでしまう。それがなんとなく癪で、その顔だけは見られないように俯いた。

 ストーンはニコニコしていたが、ファントフィを置いてきた扉がだいぶ遠ざかってから、真顔に戻って、城に帰ってきた別の目的の話を始める。

「…………それで、使者は?」

 彼が言う「使者」というのは、元チュスラス派の貴族が、ヒッシュの領地に秘密裏に送ったらしい使者のことだ。恐らくは、ヴィザルーマの毒のことを知って、あわよくばそれを横取りしようという魂胆だろう。

 一連の事件で、ただでさえ場が混乱している時に、火事場泥棒のようなものが湧いてくる。
 城に集まる貴族たちの相手をしながら、牙を剥きそうなものを探し出し、対処するのも、アロルーガの大切な仕事だった。

「ヒッシュの領地へは、すでにこっちからも使者を遣っている」
「港町の方に、その貴族と懇意にしてる豪商がいる」
「この街に? ……分かった。そっちに送る使者も用意する……って言いたいけど、今、頼りになる奴は出払ってるんだ。なんでヴァルケッドをあげちゃったの?」

 アロルーガは、ストーンを睨み付けた。

 グラスの城での毒の回収が終わり、シグダードが、回収したものを差し出す代わりに出した条件のうちの一つに、ヴァルケッドの解放があった。
 これを寄越せと言われて、ストーンはだいぶ迷ったようだが、彼らの様子を見ているうちに、「分かった」と言って、その条件を飲んでしまった。

「あれ、一番使えるものだったのに」
「お前も大して止めなかったじゃないか」
「だって……あいつ、楽しそうだったし、シグダードに懐いてるみたいだったから」
「ティフィラージを使ったらどうだ? もう動けるんだろう?」
「……裏切るかもしれない。そんな奴を、大事なところへはやれない」
「だが、使いたそうにしているぞ」
「…………」

 彼の言うとおりだった。

 あれからティフィラージのことは、ずっと地下に監禁し、イルジファルアに教え込まれたのであろうことを調べていた。そろそろ、あれを使ってみたいと思うようになっていたことも事実だ。

 しかしアロルーガには、まだ不安があった。

「…………まだ、あいつは僕の名前も呼んでない。僕の命令を聞くとは思えない」
「お前がいないところでは呼んでいるぞ」
「嘘。あれはまだ、回復もしていない。ティフィラージは使わない。別の奴に、僕の使い魔を貸して派遣する」
「……分かった。人選はお前に任せる」

 頼んだぞと言って、ストーンは立ち止まる。彼には、これから晩餐会の客を見送るという大切な役割がある。

「後は頼んだぞ。アロルーガ」
「うん……もう行って。貴族たちに礼を尽くしておかなきゃ」

 アロルーガにも、まだやらなくてはならないことが残っている。

 アロルーガは、ストーンに振り向いた。

「ストーン…………」
「どうした?」
「…………叶えてくれて、ありがとう」
「……? 何のことだ?」
「……もう行って。フロクグ家の長男がきてるんだろ?」
「……そうだな。アロルーガ、気を付けろよ。相手の豪商は手強いぞ」
「任せて」

 答えたアロルーガに微笑んで、ストーンは、玄関のあるほうに向かって去っていった。
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