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番外編2.出張中の執事(三人称です)
62.酔い
しおりを挟む何度も殴られるような頭痛がして、セリューは目を覚ました。酷く気持ち悪い。もう朝だ。フラフラしながら起き上がると、すぐそばで寝ていたダンドの頬に手が当たった。
なぜダンドがセリューのベッドで寝ているのか、不思議に思ったが、すぐに、自分が座っているのが、ダンドのベッドであることに気づいた。
それから、昨日の記憶が蘇ってくる。彼と二人で酒を飲んでいたら、だんだん気持ちよくなってきて、ダンドのベッドに乗り込んで、彼に酒をすすめていたのだ。
昨日のことを思い出すと、血の気が引いて来る。調査のためだと言って、ダンドの手を振り払ったのに、結局は途中で逃げ出し、しかも彼の前で泣き喚いてしまった。部屋に戻ってからは、酒を飲んでダンドに絡んだ挙句、彼のベッドに上がり酔いつぶれた。
もう彼が起きる前に部屋を出て行きたい。頭は痛いが、起きた彼と目を合わせるより、二日酔いのフラフラした体でこの部屋を出た方がマシだ。
セリューは、まだ寝ているダンドを起こさないように、ゆっくりベッドから降りるが、すぐに呼び止められてしまった。
「おはよー。セリュー」
「あ、ああ……お、おはようございます……」
「……大丈夫?」
「な、なにがだ?」
「顔色悪い。もしかして、体調悪い?」
「そんなことはない……」
「でも、昨日酔いつぶれてたし、心配……」
「き、きのう……?」
セリューには、二日酔いの頭痛より、ダンドが昨日のことを覚えていたことの方が恐ろしかった。
ダンドも同じくらい飲んでいたはずなのに、彼は平気な顔で起き上がり、水を飲んでいる。顔色もいいし、まだ酔いが残っている様子もない。昨日のことは、セリューより鮮明に覚えているだろう。彼に忘れてもらうのは無理だろうから、せめて、彼以外に今回のことが伝わるのだけは阻止したい。
「だ、ダンド。頼みがある……」
「なに?」
「その……き、昨日のことだが……」
「……やっぱりまだ、気分悪いの?」
「ち、違う……そうじゃなくて……その……き、昨日のことは誰にも話さないでおいてくれないか?」
「ああ……分かってる。俺、そんなに他人にベラベラなんでも話したりしないよ」
「あ、ありがとう……」
「じゃあ、代わりに俺からもお願い」
「な、なんだ?」
「そのまま、敬語じゃないセリューでいて」
「……あ、ああ……分かった……構わないが……なぜだ?」
「そっちのセリューの方がいいから。冷静でいたいっていうのはわかるけど、俺の前ではそのままでいいでしょ?」
「……ああ……そうだな……」
本当は何を言われているのか、よくわからないが、彼の前で敬語を使わず話すくらいなら、難しいことではない。
「では、そうする。ほ、本当に秘密だぞ」
「うん。約束する。それより、セリュー、体、どう? 昨日の傷とか……」
「ああ……あのくらい、平気だ。薬が効いたようだ……」
「そう……よかった。だけど今日はおとなしくしてた方がいいよ。昨日、相当飲んでたし」
「そ、そのことは言わないでくれ……心配はいらない。今日も調査に行く……」
「無理しなくていいのに。俺が行ってくるから、セリューは休んでいた方がいい」
「無理はしていない。調査はする」
「……じゃあ、傷、見せて。薬塗るから」
「昨日塗った。もう必要ない」
「強がらないでよ。あれだけひどい傷だったのに、一日でなんて、治らないでしょ」
「あれはオーフィザン様の薬だぞ」
セリューは着ていた服を脱いで、ダンドに背中を見せた。彼はそれを見て、目を丸くする。
「……本当に治ってる……」
「あれはよく効くんだ。以前使った時もそうだった」
「以前って、セリュー、そんなにしょっちゅう怪我してるの?」
「……いや……ま、前は……その……書庫を整理する時に、本棚にハシゴをかけようとしたら、上から分厚い本が落ちてきたんだ。おい! 笑うな!!」
「ごめんごめん。セリュー、可愛い失敗するんだね」
「……あの書庫は、広くて大変なんだ。お前もやれば分かる。お前も執事なら、いずれすることになるんだ」
「どうかな? 俺、今回のことが終わったら、どうなるか分からないから」
「…………そうか……」
ダンドが言うまで、忘れていた。彼は今回のことを解決するために、執事ということになっているだけだ。正式に執事になったわけではない。
いつの間にか、ずっと彼と一緒に仕事をするつもりになっていた。自分でも不思議なくらい気落ちしてしまう。
肩を落とすセリューに、ダンドは笑顔で言った。
「ねえ、傷、治っているみたいだし、お風呂、いかない?」
「風呂? なぜだ?」
「昨日入ってないし、セリューも俺も、汗かいてるから。気持ち悪くない?」
「……そうだな。行くか……」
城を出て、中庭を横切り、大きな門をくぐると、真っ白い湯気がもくもく上がっている。この辺りは温泉地帯だ。少し行けば巨大な火山がある。
巨木が立ち並ぶ間を、流れる川の音を聞きながら、その上に作られた檜の廊下をしばらく行く。水が流れる音以外聞こえないような静かなところにいるのだと思うと、気持ちが安らいだ。
城から離れると落ち着く。今のうちに、昨日あったことをふまえ、これからどう動くか、考えておいたほうがよさそうだ。
「……ダンド、昨日のことだが、どう思う?」
「昨日? オーフィザン様の困った犬のこと?」
「いいや。コリュムのことだ」
「……ああ……ぶっ殺してやりたいと思う」
「……そうじゃない。あいつは釘が打たれた翌日、図書館にいたらしいし、あいつは狐妖狼しか持たないはずのペンダントを持っていただろう」
「……コリュムが釘の犯人?」
「……ああ。だが、そうだとしたら、面倒だぞ」
「なんで? 陛下に言ってやればいいじゃん。あいつが犯人ですよって」
「まだ証拠がない。それに、そう言ったところで、コリュムが犯人では、陛下もほとんど何もできない」
「なんで?」
「……昨日のアレを見ただろう。ここでは、なんでもコリュムの、というより、ヴァティジュの思い通りになる。何もしていなくても、伯爵の機嫌を損ねればああして囚われるし、罪があったとしても、伯爵がないと言えばない」
「……ひどいね。でも、それならそれでいいんじゃない? 俺たちの目的は、釘のことを調査すること。そのあとは、オーフィザン様に報告して終わり。それから先のことは、ここの人たちがなんとかすればいい」
「……冷めた言い方だな」
「俺はここに興味がないから。セリューは? 昔ここにいたみたいだけど、もしかして、未練があるの?」
彼に聞かれて、少し考えた。もう興味がない、そんなつもりでいたが、彼のようにはいかない。どこかでまだ、手放しきれないものがあったようだ。
「そうだな……古巣だからな……」
「……帰りたいなんて、言わないでよ?」
「誰が言うか。私はオーフィザン様の執事だ」
「……よかった……」
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