上 下
65 / 174
番外編2.出張中の執事(三人称です)

65.邪魔

しおりを挟む

 朝から二人で調査に出たセリューとダンドは、一番に図書館に向かった。釘が打たれた翌日、コリュムがうろうろしていたことも気になるが、なにより、コリュムのことを話してくれたシーニュが心配だった。
 釘のことを調べていたセリューたちを、伯爵は邪魔だと思っているようだし、それならば、コリュムのことを話したシーニュのことも、放っては置かないような気がした。

 彼のことが伯爵の耳に入っていなければいいと願いながら図書館に向かったが、不安は的中してしまったようだ。図書館にシーニュの姿はなく、代わりに出てきた司書は、セリューに冷たく言った。

「シーニュなら、休みです」
「休み? なぜですか?」
「知りません。釘のことも知りません。もうここには来ないでください」
「え?」
「帰ってください」
「シーニュさんはどこにお住まいなのですか?」
「知りません」
「……あの、シーニュさんは私たちに無理やり協力させられただけですし、あの方は何も話していません」
「分かりました」
「せめて、シーニュさんが今日どうされたのか教えていただけませんか?」
「知りません」

 セリューはため息をついた。これ以上は無駄だろう。ダンドを連れて、セリューは図書館を出た。

 ダンドが肩を落として言った。

「冷たいね……シーニュとは雲泥の差」
「仕方がないことだ。ここは王立図書館だ。伯爵が手を回したのだろう。上の人間は金を受け取っているはずだ。シーニュさんはもうここには来られないだろうな……」
「まさか……シーニュ、クビ?」
「それは分からない。会って話さないことには……」
「でも、どこに住んでいるのか分からないよ?」
「農村から出てきたと言っていたな……ここで働いているなら、それなりに収入はあるだろうが、田舎にいる家族のために稼がなくてはならないと言っていたし、自分自身はできるだけ金を使わないようにしているはずだ。安い下宿が集まるあたりを探してみよう」
「うん……」







 ブレシーに渡された地図を頼りに、二人でいくつか下宿を回ったが、なかなかシーニュという男を知っているという返事は返ってこなかった。昼食の時間も過ぎた頃、間に合わせのパンをかじりながら、ダンドがきいてくる。

「セリュー、次はどこへ行く?」
「そうだな……次は……」

 セリューは地図を探してみるが、もう可能性がありそうなところもなくなってきた。まだ行っていないところを探していると、強い風が吹いて、地図が飛ばされそうになってしまう。急にまわりも暗くなり、風が吹いていく方を見上げると、巨大な竜の影が、空を横切って行くのが見えた。

 隣のダンドが、それを見て息をのむ。

「あれは……まさか……銀竜?」
「追うぞ!」

 セリューはダンドに叫び、走り出した。残忍と言われる銀竜がこんなところを飛んでいたのでは、放って置くわけにはいかない。

 空を行く竜の影を追って行くと、竜は空中で羽をたたみ、体を縮めながら、人通りのない路地裏に降りていく。暗い通りに足をつけた時には、その竜は人の姿になっていた。

 元は巨大な竜とは思えないほどか細い体の男になった竜は、こちらにゆっくり振り返り、不機嫌そうに言った。

「なんだあ? てめえら」

 竜を怒らせれば、セリューたちはもちろん、城下町ですら無事では済まない。セリューは、緊張しながらも、できるだけ優しい声で竜に問いかけた。

「すみません……お話を聞かせていただけませんか?」
「話ぃ? なんで俺がてめえらと話さなきゃならねーんだ?」
「あなたは銀竜ですね? なぜ銀竜がこんなところに」
「うるせえ! 偉そうになんの真似だ!! 俺がどこに行こうがてめえらに関係ねえだろ!!」

 どうやら、ずいぶん機嫌が悪いようだ。竜はこちらを睨みつけてくる。ダンドがセリューの服のはしを引いて小声でいった。

「セリュー、まずい……銀竜を怒らせたら、町なんかすぐに潰されるよ」
「だからこそ、何をしていたのか聞いておかないとまずいんだ!」
「じゃあ、もっと怒らせないように言って!」
「怒らせようとはしていない!」
「もう少し優しく言わなきゃダメだろ!」
「十分優しいだろう!」

 二人で小さな声で言い合っていると、竜はますます気分を害したようで、顔を歪める。

「今度は俺を置いて内緒話か? ムカつくガキどもが……竜を舐めるとどうなるか、わからねえのかよ……教えてやろうか?」

 竜が右手をあげる。するとそこから、ぎらりと光る爪が生えてきた。まだ人の姿をしているが、爪だけは竜のそれだ。どうやら、本気で怒ったらしい。

 セリューはなんとかなだめようと、後ろに下がりながら言った。

「お、落ち着いてください……私たちは、あなたがここにいる理由を聞きたいだけです」
「話す必要ねえ!!」

 叫んで、竜はこちらに飛びかかってくる。あんなものと戦っても勝てない。それどころか余計に怒らせてしまうだろうし、そうなれば城下町が危ない。

 セリューとダンドは、一目散に逃げ出した。

「どーするんだよ! セリュー!!」
「逃げるしかないだろう!」

 走るセリューは、角を曲がって、そこから出てきた誰かにぶつかった。ぶつかられた相手は、その場に尻餅をついてしまう。

「いって……わ! また出た!!」
「シーニュさん!?」

 こんな時に探していた彼と偶然会ったことには驚いたが、いまは悠長にそうしていられない。背後からは腹を立てた竜が追ってくる。

 セリューは倒れたシーニュの手を引いて走り出した。いきなりそんなことをされて、シーニュは戸惑っていたが、背後から襲ってくる異様なものを見て、走りながら悲鳴をあげる。

「な、なんだあれ!? 魔物!? なんでお前ら、いつも危ないもの連れて俺んとこ来るんだよ!!」
「そんなつもりはありません。ただちょっと……タイミングが悪くて……」
「タイミングの問題だけであんなのに襲われるのか!? 俺を巻き込むなよ!!」

 もうほとんど泣き出しそうな顔をするシーニュ。

 背後から竜が飛びかかってくる。その爪は、シーニュに向けられていた。

 セリューは、シーニュを道の端に突き飛ばし、短剣で竜の爪を受け止める。激しい衝撃に、腕がジンと痺れた。爪は受けたが、竜は左手を振りかざし、セリューを殴り飛ばす。

「ぐ……」

 頭がぐらりと揺れるような感覚がした。しばらく、まともに動けそうにない。
 滲んで揺らぐ視界に、怯えるシーニュの姿があった。巻き込まれてしまった彼だけはなんとか逃がさなくてはならない。しかし、手負いの自分がいては、それができない。セリューは、こちらに駆け寄ってくるダンドに向かって叫んだ。

「ダンド! シーニュを連れて逃げろ!!」

 セリューはふらふらなまま、短剣を構えた。こんな状態では、竜の攻撃を受け止められないだろうが、黙って食われるのはごめんだ。

 目の前に、笑う竜が迫ってくる。振り上げられた爪を受け止めたのは、セリューの前に飛び出してきたダンドだった。彼の頭からは狼の耳が、お尻からは狐の尻尾が五本生えている。彼は信じられない力で竜の爪を弾き飛ばした。

 ダンドから飛び退いた竜は、目を見開いて数歩下がる。

「お、お前……その耳……今の……魔法か……? まさか、お前ら、オーフィザンとこのガキか?」
「……なんのことだ……?」
「答えろ!!」
「……オーフィザン様は、俺たちがお仕えする方だ。それがなんだ?」
「…………………………」

 見る間に竜の顔からは血の気が引いていく。先ほどまでとは打って変わって怯えた態度で竜は後ろに下がり、セリューたちに背を向けて空に去っていった。その体から、何かが落ちたようだったが、力が抜けたセリューは、その場に座り込んでしまう。同時に少し離れたところで、シーニュもへたり込んで呟いた。

「な、なんだよ、あれ……勘弁してくれ……」

 シーニュは震えているが、無事なようだ。

 危機が去り、セリューはホッとした。まだフラフラする体で立ち上がり、竜が落としていったものを拾い上げる。

 それは、鍵だった。銀色で、その表面は水色に光りながらゆらゆら揺れている。似たようなものを、オーフィザンの魔法の道具を整理している時に見たことがあった。

 セリューはそれを懐に入れ、顔を上げると、耳と尻尾をつけたままのダンドがうずくまっているのに気づいた。

「ダンド? どうした?」

 近づくと、ダンドは真っ青な顔でガタガタ震えている。

「ダンド!? しっかりしろ!! どうしたんだ!?」
「……み、耳……」
「耳? 耳がどうかしたのか?」
「耳、気持ち悪い……尻尾も……」
「……まさか、狐妖狼の耳と尻尾のことか?」
「う、うん……い、いつもは魔法で抑えてるんだけど……ふ、封印、解いちゃったから……」
「封印はもうできないのか?」
「う……」

 どうやら、話すのも辛いらしい。彼はセリューに寄りかかってくる。早くどこかで休ませた方がいい。

 彼を抱えて立ち上がるセリューに、シーニュが言った。

「あの、俺んち、ここのそばなんです! そこまで運びましょう!」
「……ありがとうございます。ダンド、行くぞ」
「……」

 ダンドは答えなかった。耳も尻尾も、すっかり垂れてしまっている。
 いつもとは違う弱々しい姿の彼が、ひどく心配だった。

「ダンド、しっかりしろ! 今からシーニュさんの家まで行く。私につかまるんだ!」
「う、うん……」

 ダンドは怯えながら、セリューの体にしがみついてきた。力の加減ができないのか、爪が立っている。その爪も、普段の彼のものではなく、獲物を捕る猛獣のそれになっていた。とにかく彼を早く休ませたくて、セリューはしがみつく彼の体を支え、シーニュに案内される方へ歩き出した。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

妹ばかり見ている婚約者はもういりません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:71,720pt お気に入り:6,301

長生きするのも悪くない―死ねない僕の日常譚―

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:1,689pt お気に入り:1

オレはスキル【殺虫スプレー】で虫系モンスターを相手に無双する

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:4,268pt お気に入り:625

毒花令嬢の逆襲 ~良い子のふりはもうやめました~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:54,054pt お気に入り:3,644

【完結】ハーレムルートには重要な手掛かりが隠されています

BL / 完結 24h.ポイント:163pt お気に入り:2,841

実は私、転生者です。 ~俺と霖とキネセンと

BL / 連載中 24h.ポイント:390pt お気に入り:1

【完結】妹にあげるわ。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:171,537pt お気に入り:3,595

処理中です...