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1.せめて手に入れたすぐに消えるもの
しおりを挟む僕は、少し霞んできた目で、窓から空を見上げた。
空は青く、快晴。小さな白い雲が浮かび、遠くでは水路が流れる音がして、鳥が鳴いている。
心地いい涼風が目を覚ましてくれる朝。
庭では、青々とした草木と美しい花がさわさわと風に揺れている。爽やかな庭が見える広間では、朝食の用意が進められていた。
ここは、若くして名を上げた魔法使いの伯爵が管理する城。
今日は朝からパーティーらしい。広間には、すでに多くの人々が集まって、テーブルにつき始めている。誰もが魔法の名手で、伯爵に憧れて集まった人たちだ。美しい衣装に身を包み、楽しそうに魔法や最近増えた魔物の話をしている。
そんな彼らを遠目に眺めながら、部屋の隅でうずくまるのは、僕、コフィレグトグス。真っ白なボサボサの髪も、着ているボロボロの服も、いつもみたいに薄汚れたまま。身長の低い体を目一杯縮めていないふりをする僕は、どう考えてもこんな席には場違いなんだ。
だけど僕は、伯爵の弟、レヴェリルインに仕えている。その人にここにいろと言われたら、いなきゃならないんだ。
焼きたてのパンの匂いがした。バスケットにはたっぷりパンが盛られている。それを僕の前に置いて、レヴェリルインは、何も言わずに僕に背を向けた。かなりの魔法の使い手の、真っ黒な長い髪の男で、冷気を感じるようなアイスブルーの目をしている。狼みたいな耳と尻尾があるのは、狼の妖精族の血を引いているかららしい。
僕は、パンを掴んで口に突っ込んだ。
どれも焼きたてで熱いくらい。久しぶりの食事だ。
部屋の隅で、一人でそうやって食事を続ける僕からだいぶ離れて並んだテーブルでは、誰もが楽しそうにおしゃべりしながら食事をすすめている。
僕には見向きもしない人が多いけど、たまにこっちに振り向いては、何かコソコソ話している人もいた。
魔力を見込まれてこの城に仕えることになった僕は、伯爵家の面々に毒の魔法を教え込まれ、その体すら、毒の魔法を使うために作り替えられた最強の道具のなり損ない。結局、伯爵がどれだけ教えても、僕は魔法が使えるようにならなかった。僕の魔力と毒の魔法は、相性が悪かったらしい。
最強の道具どころか、僕は、魔力のほとんどを失った。魔法も使えなくなった。
自業自得と言われれば、多分そうなんだ。
僕はどうしても、強力な魔法が欲しかった。だから、甘い言葉に目が眩んで、彼らに強大な魔法が手に入れられると囁かれて、身を任せた。欲望のままに手を出したのは僕だ。
失敗作として邪魔者扱いされているけど、追い出されても、力を失った僕には生きる術なんてない。魔物に引き裂かれて終わりだ。
だから、多分この城をつまみ出されなかっただけマシ。屋根があるし、飯もたまにもらえる。
そんな失敗作の僕は、いるだけでいつもみんなを不快にさせてしまっていることは、わかっている。周りにいるのはみんな貴族。邪魔者の僕が、なんでこんなところにいるんだ。
部屋に戻りたい。
だけど、レヴェリルインに許可をもらわないと、ここから動けない。僕からレヴェリルインに話しかけるなんて、絶対に無理だし……どうしよう……
そんなことを考えながら、部屋の隅でひたすらパンをかじっていた僕は、近づいてくる男に気付けない。ネズミみたいにパンを齧る僕の目の前で、その男は杖を床に打ちつけた。レヴェリルインの弟のドルニテットだ。レヴェリルインと少し似ているけど、髪が短くて、狼の耳と尻尾がない。
ドンっと杖で床を叩かれて、僕の体がビクッと震えた。
見上げたら、ドルニテットは冷たい目で僕を見下ろして、言った。
「出て行け……」
「はい」
返事をして、バスケットいっぱいのパンを持って、僕は背中を丸めたまま広間を出た。
両手いっぱいに抱えたものを見下ろす。
今日はたくさんご飯を食べられる。
パンは、まだ焼きたて。生き生きした小麦の匂いがする。
せめて手に入れたものを、全部落とさないようにだきしめて、僕はその場を逃げ出した。
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