40 / 105
40.刺客だ!
しおりを挟むレヴェリルインに帰れって言われても、ラックトラートさんはまるで聞いていない。
ついに、レヴェリルインの方が折れた。
「……どうなっても知らないぞ」
「はい!! 僕は大丈夫です!! さあ! 食事にしましょう!!」
ラックトラートさんが楽しそうに、鍋の方に向き直る。焚き火の上に吊るされた鍋では、ぐつぐつとスープが煮えていて、いい匂いがした。
「スープ、いい感じですね! では、僕はたぬきさんパンを焼きます!」
「たぬき……?」
レヴェリルインが眉を顰めるけど、ラックトラートさんは、ずいぶん張り切っている。そんな彼のところに、一羽の使い魔が飛んできた。小さなたぬきに羽が生えたようなそれは、大きなリュックを持って飛んできて、リュックをラックトラートさんの前におくと、すぐに消えてしまう。
使い魔が持ってきてくれたリュックの中から、ラックトラートさんは大きな袋をとりだした。
「これ、魔法具や魔物を追って山奥に泊まり込む時に、いつも使っているリュックなんです。その時によく焼いてるんですよ。たぬきさんパン! 魔法で作るのですぐ焼けます!!」
「楽しそうだな……」
呆れた顔で言うレヴェリルインに、ラックトラートさんは嬉しそうに答えた。
「はい! 僕、まさかレヴェリルイン様と食事ができる日が来るなんて、思っていませんでした!!」
「……」
「レヴェリルイン様にも気に入っていただけると思います!! あ!! せっかくだから、森で見つけたものを入れてみますね!!」
彼が指差したカゴには、りんごみたいな形の果実や、不思議な形の植物がたくさん積まれている。魔法の力を持ったものだ。城の敷地だった森には、たくさん魔法の植物が生えているんだ。
ラックトラートさんは、リュックから小麦粉やミルク、バターや調味料、ボウルを出して、慣れた手つきでボウルの中で混ぜ合わせている。レヴェリルインも、うまいじゃないかと言って、感心していた。
それに比べて、何にもできない僕……
早速何をしていいのか分からない。食事の用意、僕だって手伝いたいけど、僕にできることなんかあるのかな……
キョロキョロあたりを見渡す。
レヴェリルインは、鍋のスープをかき混ぜている。もうすぐ出来上がるんだろう。
ラックトラートさんは、そのそばでパン生地を捏ねている。魔法の粒がキラキラ光って、彼はそれを、あっという間に可愛らしいたぬきの形にしていった。
馬になった伯爵は、少し離れたところで草を食べている。ドルニテットはそのそばで、伯爵と何か話していた。
そして、何をしていいかわからない僕だけ突っ立ったまま。
な、何か……ぼ、僕にもできること……
そうだ! 果物を洗ってくるのはどうだろう!! それなら、僕にもできるっ……って、さっき失敗したんだ。
早速頭を抱える。
野菜も洗えなかったのに、果物洗うなんて、できるのかな……しかも、ラックトラートさんがせっかく集めてくれたものなのに。
だけど……
ちらっと、スープをかき混ぜているレヴェリルインに振り返る。この人の力になりたい。僕だって、この人のために何かしたい。
そのためなら……頑張れるはずだ!!
僕は、パン生地を捏ねているラックトラートさんに恐る恐る近づいた。
「あ、あ、あのっ…………」
「たぬきさんパン、おいしいんですよ!! もう少し待っていてください!」
そう言って、ラックトラートさんは笑う。よく笑う人だ。こんなふうに笑顔で僕と話す人……初めてかも……
その笑顔を見たら、ちょっとだけ勇気が出た。
「あ、あの…………あの……く、く……だも……の……よ、よかっ……たら洗って……きます……」
「え? えーっと……あ! 果物、洗ってきてくれるんですか?」
「……はい……」
な、なんて言ったのか、あんまり聞こえてなかったのかな…………?? 声、小さいし、たどたどしいし。
だけど、ラックトラートさんは微笑んで、僕にかごを渡してくれる。
「あ、ありがとう……ございます……」
お礼を言って、かごを受け取る。任せてくれるんだ……
あっ……そうだ。野菜の件があったんだ!!
僕は、レヴェリルインに振り向いた。ちょうど彼も僕を見上げていて、目があう。
「あ、あのっ……ま、マスター……」
「どうした?」
「あ、その…………あの……や、野菜のこと……ご、ごめんなさい……ぼ、僕、野菜を一つ台無しにして……」
「人参か?」
「……はい。き、気づいてたんですか!?」
「ああ」
彼は、僕の手をとって、湖に近づいていく。
「水中に魔物がいることは多い。そういったものに水の中に引きずり込まれると抵抗できない。何か出てきたら、すぐに逃げろ」
「は、はい!」
「そして、魔物は魔力だけで動く命のないものだ。普通、野菜を食べたりしない」
「え?」
「それに、この湖は俺がついさっき魔法で作ったものだ。魔物除けの魔法もかけてある。そんな湖に、魔物が現れるはずがない」
「え……で、でも……」
「つまり、お前の人参を食ったのは、魔物じゃない」
レヴェリルインはそう言って、水面に触れる。すると、レヴェリルインの手のひらから黒い鎖が現れて、水の中に飛び込んでいく。
しばらくして、鎖は水から何かを巻きつけた状態で飛び出してきた。
鎖に巻きつかれたそれは、人のようだった。頭に真っ白なウサギの耳がある。
その人は、地面に落ちる前に自分を縛る鎖をねじ切って、クルンと回って地面に着地し、一目散に逃げていく。ウサギの耳にウサギの尻尾。かなり小柄で僕と同じくらいの背の男だ。真っ黒な、夜の中にいるとすぐに紛れてしまうような色の服を着ていて、すぐに森の中に飛び込んでいった。
その後ろ姿を見て、ラックトラートさんが叫んだ。
「あーーーー!! ロウィフっっ! あ、あいつ……!! 魔法使いギルドの回し者ですよ!! レヴェリルイン様!! 捕まえてくださいっ!!」
「知り合いか?」
落ち着き払った様子で聞くレヴェリルイン。ラックトラートさんは、知り合いなのか、相当腹を立てた様子で言った。
「知り合いじゃありません! 僕らのたぬきさん新聞を馬鹿にする悪い奴らです!! 魔法ギルドで新聞作ってる奴で、王家の言いなりの連中です!! きっと殿下の刺客ですよ! 刺客!! 今すぐ捕まえてください!!」
「落ち着け。喚くな……すでに、使い魔はつけた。泳がせておけ」
そう言って、レヴェリルインは、僕に振り向く。
「ウサギが人参取って逃げただけだ。気にしなくていい。食事にするぞ」
「は、はい!!」
111
あなたにおすすめの小説
前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい
夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れています。ニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが……
◆いつもハート、エール、しおりをありがとうございます。冒頭暗いのに耐えて読んでくれてありがとうございました。いつもながら感謝です。
◆お友達の花々緒(https://x.com/cacaotic)さんが、表紙絵描いて下さりました。可愛いニャリスと、悩ましげなラクロア様。
◆これもいつか続きを書きたいです、猫の日にちょっとだけ続きを書いたのだけど、また直して投稿します。
家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている
香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。
異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。
途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。
「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!
【本編完結】断罪される度に強くなる男は、いい加減転生を仕舞いたい
雷尾
BL
目の前には金髪碧眼の美形王太子と、隣には桃色の髪に水色の目を持つ美少年が生まれたてのバンビのように震えている。
延々と繰り返される婚約破棄。主人公は何回ループさせられたら気が済むのだろうか。一応完結ですが気が向いたら番外編追加予定です。
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
胎児の頃から執着されていたらしい
夜鳥すぱり
BL
好きでも嫌いでもない幼馴染みの鉄堅(てっけん)は、葉月(はづき)と結婚してツガイになりたいらしい。しかし、どうしても鉄堅のねばつくような想いを受け入れられない葉月は、しつこく求愛してくる鉄堅から逃げる事にした。オメガバース執着です。
◆完結済みです。いつもながら読んで下さった皆様に感謝です。
◆表紙絵を、花々緒さんが描いて下さいました(*^^*)。葉月を常に守りたい一途な鉄堅と、ひたすら逃げたい意地っぱりな葉月。
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
【完結】双子の兄が主人公で、困る
* ゆるゆ
BL
『きらきら男は僕のモノ』公言する、ぴんくの髪の主人公な兄のせいで、見た目はそっくりだが質実剛健、ちいさなことからコツコツとな双子の弟が、兄のとばっちりで断罪されかけたり、 悪役令息からいじわるされたり 、逆ハーレムになりかけたりとか、ほんとに困る──! 伴侶(予定)いるので。……って思ってたのに……!
本編、両親にごあいさつ編、完結しました!
おまけのお話を、時々更新しています。
本編以外はぜんぶ、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる