普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

44.して欲しくない

　僕が俯いてしまったところで、テントにレヴェリルインが入ってきた。
　彼は、ラックトラートさんをつかみ上げてしまう。

「クソダヌキ。俺の従者を虐めるな」
「ええええ？？　ぼ、ぼぼぼぼ、僕はそ、そんなこと……す、するつもりじゃなくて……は、離してください！！」
「毒の魔法なら失敗だと言っただろう」
「で、でも……魔力を奪う杖が出来上がっているのに……」
「それは魔物にしか効かない」
「そ、それだって、大きな騒ぎです！！　レヴェリルイン様！」
「あの杖は、コフィレグトグスのためだけに作った。そいつが魔力を取り戻すためにだ。強欲貴族どもになど、くれてやるものか」
「レヴェリルイン様……あ、あの……さ、差し出がましいようですが、ほんの少し、意見させていただくと……あの……それができていれば、あなたもコフィレグトグスさんも追われることはなくなります。コフィレグトグスさんのためにもなるのでは？」
「……その後はどうなると思う？」
「え？」
「俺のことは、容易には消せないだろう。だが、コフィレグトグスは別だ。秘密を知った者として、目を離したすきに消されるかもしれない……もう、そいつを目の前で傷つけられるのはごめんだ……」

　レヴェリルインは、ラックトラートさんから目を逸らす。なんだか辛そう……

　ど、どうしたんだろう……

　僕を傷つけられたくないって……そう思ってくれてるのか？　僕が、レヴェリルインの城にいた頃、レヴェリルインのそばを離れたすきに、殺されそうになったりしたから。

　だけど僕は、レヴェリルインに辛そうな顔をして欲しくない……

　僕は、レヴェリルインに、そっと近づいた。

「あ、あの…………あのっ……ま、マスター……」
「……お前は、俺のものだ。勝手に消されてたまるか」
「え、えっと…………あ……」

　どうしよう……どうしたら、レヴェリルインがひどく辛そうな顔をしなくてすむんだろう。

　レヴェリルインが、なんでここまで僕に良くしてくれるのかは分からないけど、彼がこんなに辛そうにしているのは嫌だ。

　だけど……どうしていいのかわからない。

　心配しないで、とか、僕は大丈夫、なんて言っても、そんなの無理って、レヴェリルインになら、すぐに分かる。

　レヴェリルインは「話は終わりだ。早く寝ろ」と言って、僕に背を向けて、テントの方に行ってしまう。待って、そう叫びそうになった。

「まっ……ま、マスター！！！！」

　思ったより大きな声が出た。

　レヴェリルインは、驚いて僕に振り向いている。

　しまった。こんな風に呼び止めるつもりじゃなかったのに。

「あ、あのっ…………」
「……コフィレグトグス？」
「…………あのっ……あ、あ…………あの……！　な、何か…………ぼ、僕にっ……！　できる……ことはありませ……ん……か？」
「……」

　何を言っているんだ、僕……僕にできることなんて、ほとんどないくせに……それなのに、図々しいにも程がある。

　だけど、マスターの力になりたかった。だって、こんなに色々してもらっているのに、僕、何もできてない。この人の力になりたい。

　……っていうか、そもそも、何にもできてないくせに、野菜も落としたくせに、僕は何を偉そうに言っているんだっ！！

　マスターは振り向いたまま、何も言わない。

　僕の馬鹿……マスターを困らせている。

　な、何か言わなきゃっ……！
　差し出がましいこと言ってすみませんって。図々しくてごめんなさいって。ちゃんと謝るんだ。

　だけど、狼狽える僕の口からは、何も出てこない。

　そしたら、レヴェリルインは僕に微笑んだ。

「だったら、今日は早く休め。明日は早い」
「え……」
「寝不足でふらふらでは、追っ手を振り切れない。分かるな？」
「あっ……！！　は、はい！！」

　僕が答えると、レヴェリルインはテントから出ていってしまう。

　彼が出ていった後でも、僕はずっとドキドキしていた。

　ちゃんと、言えた……のかな……