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68.そばに
しおりを挟む怯えた様子のロウィフを庇って、レヴェリルインとの間に入ったのは、彼らに一番傷付けられたはずのアトウェントラだった。
彼は、ロウィフに振り向いて言った。
「……今回のことは、王家の差金だったとはいえ、剣術使いを追い出すつもりだったんじゃないのか?」
アトウェントラに言われて、ロウィフはあっさり、そうですって答えた。
「だけどそれは、僕らの意思じゃありません。僕らだって、あの王家の回し者は鬱陶しく思ってるんです」
すると、レヴェリルインがロウィフを睨みつけて言った。
「王家は魔法使いには支援をしているのにか?」
「王家の支援なんて、ただの罠です。コエレシールさんが、それに頼り切りになっている間に、魔法ギルドの優秀な魔法使いたちはみんな貴族のお抱えになってしまい、そればっかりあてにしてたせいで、気づいたら、魔法薬や魔法具や貴重な魔法の書物の入手だって、全部王家側の貴族たちや商人たちからしかできなくなってました。そんなものまで王家に支援を頼んでいたんだから、当然です。おかげで今度は、支援の継続を条件に、毒の魔法に関する調査をするように言われてるんです」
「それで? 今はクリウールトの指示で動いているのか?」
「僕が、今ここに来たのは、違う理由です。王家からの指示ではなく、魔法ギルドの意思できました。レヴェリルイン様、あなたのお兄様が売り払った魔法具を返していただきたいのです」
「それか……」
「あなた方が先に王子殿下に捕まってしまうと、王子殿下に魔法具まで全部持っていかれるかもしれません。それで僕がきたんです。隣町に行くのは、魔法具の回収のためでもあるんですよね? 僕も行きます。同行させてください」
「……早い話、監視か」
「そんな人聞きの悪い言い方、しないでください。あなた方が魔法具を回収して、それをみんなに返すお手伝いをしにきたんです」
「ついでに、毒の魔法のことも盗み見ておこうと言う魂胆か?」
「回収の途中で僕が何かを見たとしても、それは僕のせいじゃないです。魔法の研究がてら、観察はさせてもらいますが……」
「……」
「も、もちろん、僕だって魔法使いです! ギルド内はもちろん、その後ろ盾の貴族にまで、見境なく毒の魔法の情報を流すことはしません。魔法を私腹を肥やすことばかりに利用する貴族にまで、そんな情報を渡してしまえば、せっかく魔物に対する有効な魔法が完成しそうなのに、むしろ魔物より恐ろしい争いの種になってしまいます。もちろん、回収した魔法具は、ギルドを通して必ず返却します」
「……」
「レヴェリルイン様、どうかお願いします。僕らだって、王家に言いなりになってしまいそうなギルドを盛り返すのに、必死なんです。魔法使いたちは、あなた方の拘束に反対してます。王子殿下の思い通りになんか、させません。お願いします。レヴェリルイン様。僕なら、隣町でも役に立てます」
「……どういうことだ?」
レヴェリルインに聞かれて、ロウィフは懐の短剣を抜いた。咄嗟にみんな構えるけど、ロウィフに攻撃の意思はないようだ。
それは、炎を纏うような剣で、ロウィフはそれを構えて、ニヤリと笑った。
レヴェリルインも、その剣を見つめている。
「……魔法? 剣術か?」
「僕、剣術も魔法も身につけてるんです。普段は魔法で戦いますが、強力な魔法使いを相手にする時は、剣術を使ったりもします」
「……魔力の感知を避けるためか? 暗殺でもしているのか?」
「違います。二つあると、便利なだけです」
「……」
ロウィフさんは、にっこり笑う。
「僕なら、隣町にも顔が効きます。お願いします。一応、コエレシールさんも返してもらわなきゃ困るし、魔法具の回収もしないと、僕ら魔法ギルドだって、メンツってものがあります。魔法具を返せと言っている貴族たちも、僕らが回収に行くといえば、少なくともしばらくは待ってくれます。お願いします」
「……」
レヴェリルインは、しばらく黙って「考えてやる」と言った。
するとロウィフはにっこり笑った。
「ありがとうございます。今回の同行、僕が強引に志願したんです。王子殿下のやり方に、僕は賛同できません。人を人とも思わないやり方は、これ以上続けられるべきではないんです。いずれ、王子殿下はあなた方を追ってきます。気をつけて、早く出発しましょう」
「……出発は明日だ。お前も、朝までここにいろ」
こうして、ロウィフも一緒に一夜を明かすことが決まり、誰もが彼を警戒していたが、とりわけラックトラートさんは怒りを露わにしていた。
小川の近くにレヴェリルインが風呂をつくってくれて、それで僕と二人でゆっくりあったまる間も、そばに作られた小さな木の脱衣所で体を拭く間も、ずっとロウィフに対する怒りばかりを口にしている。
二人だけの脱衣所には、彼の不満の声が響いていた。
「まったく、レヴェリルイン様は何を考えているのでしょう!! あんなインチキうさぎ、すぐに魔法で焼き尽くしちゃえばいいのに!! あのウサギを野放しにしたりして!! コフィレもそう思いますよね!?」
「ええっ……!? えっと……」
そんなこと急に言われても、僕にはどう答えていいのか分からない。
ロウィフのことは、レヴェリルインがここに置くと決めたんだ。だったら、僕がそれに対して意見する必要はないと思う。レヴェリルインがそう決めたなら、何か考えがあるんだろう。僕は、ロウィフがレヴェリルインに危害を加えないように、そばにいなきゃ……
「もう、みんな呑気ですよー。そんな風だと、あのウサギにしてやられちゃいますよ」
そう言いながら服を着たラックトラートさんは、今度は椅子に座って、ブラシで丁寧に尻尾をすいている。そのおかげなのか、彼の尻尾はツヤツヤだ。
僕がそれをじーっと見ていたら、ラックトラートさんが顔を上げた。
「コフィレ? どうしたんですか?」
「…………あ、あの…………そのブラシ……か、貸してもらうことって、できます……か?」
「え? これを??」
「はい……」
や、やっぱり、だめ、かな?? 大切なものみたいだし、彼はずっとそれを使っているのに。
「す、すみませんっ……無理なら……いいんです……」
「いえ。構いませんが……これ、髪の毛をとくのには向きませんよ?」
「そ、そうじゃなくて…………あの……ま、マスターのしっ、尻尾を…………」
言いながら、なんだか恥ずかしくなってきた。
ラックトラートさんが、いつも大事そうに尻尾の手入れをしてるから、レヴェリルインもするのかと思ったんだ。もしそうなら、僕がしてあげられたらいいと思って言ったんだけど、自分で説明しているうちに、早速自信がなくなってきた。だって僕には尻尾がないし、やったこともない。余計に、レヴェリルインに嫌な思いをさせてしまうかもしれない。
だけど、さっきアトウェントラに、避けているように見えるって言われた。僕はそんなつもりなかったのに。アトウェントラにそう見えたのなら、当のレヴェリルインはもっとそう思っているはずだ。
そんなつもりない。
そばにいても、もっとそばにいたいって思う。人が近くにいるのは、苦手なはずなのに。
今でも、レヴェリルインの隣にいると、緊張する。だけど、怖いようなものじゃない。心臓が痛くなるくらい、緊張するけど、そうやってそばにいられることが、僕には嬉しい。
レヴェリルインには、僕にできること、全部したい。
「あ、あのっ……! ラックトラートさんがそうしてるの見て……マスターの尻尾を……そうしたくなって……だから、あのっ……す、少しだけ……ダメですか?」
「なに言ってるんですか!」
彼はそう言って、立ち上がる。
「いいに決まってるじゃないですか!! そうだ。テントに予備のブラシがあります!! 来てください!」
「え!? ま、待って!」
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