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85.後ろ姿
しおりを挟むその日の晩は、レヴェリルインと一緒に、怪我をした人たちを治療して歩いた。
レヴェリルインの役に立てるって、すごく幸せだ。レヴェリルインが喜んでくれるし、僕に微笑んでくれる。
治療が終わってから、レヴェリルインは、僕を今日泊まる部屋まで連れて行ってくれた。
「今日はよくやった」
そう言って、彼が僕の頭を撫でてくれる。
「今日はこの部屋で眠れ。明日は海岸線へ行く」
「えっ……!?」
「どうした?」
「……あ、あの……マスターは……ど、どこで眠るんですか?」
「俺は隣の部屋にいる」
「……」
同じ部屋で眠るわけじゃないんだ……隣の部屋。すぐそばだけど、それでも寂しい。
俯いていたら、レヴェリルインは、僕を宥めるように撫でた。
「俺はまだ、しなくてはならないことがあるんだ」
「だ、だったら僕もっ……!! お手伝いします!」
「お前は今日は休め」
「でもっ……!」
離れたくない。そんな思いで追い縋る。
すると、彼は僕に顔を近づけてきた。
すぐそばにレヴェリルインの顔があって、ひどく心臓が高鳴る。もう、何も言えなくなっちゃうくらいに。
「明日は魔物のいる海岸線に行くんだぞ。ちゃんと休んでおかないと、戦えないだろう」
「…………は……はい……」
つい、返事をしてしまった。だって、レヴェリルインにそんなに近づかれたら、もう、冷静でなんかいられない。
こんなに彼が近くにいる。
今は触れられてないのに、そばにいるだけで、ドキドキして何も考えられなくなりそう。
鼓動に耐えきれずに僕は目を瞑ってしまう。その間に、彼はお休みと言って僕から離れてしまっていた。
慌てて、廊下を歩いていく彼の背中に向かって頭を下げる。
「あっ……あのっ!! お、お休みなさいませ!」
また、明日になったら会えるんだ。そう思ってみても、やっぱりその背中を見ると、恋しくてたまらなかった。
僕の部屋は、ラックトラートさんと一緒だった。彼は、自分も疲れているはずなのに、治療を終えた僕を労ってくれて、その日は二人で早く寝た。
レヴェリルインと同じ部屋で眠れなかったのは残念だったけど、もし同じ部屋だったら、緊張しすぎて眠れなかった気もする。
次の日の朝、ラックトラートさんは、たぬきさん新聞の取材があるらしく、まだ暗いうちから部屋を出て行った。ついでに城下町の情報も仕入れてきますって言ってくれた。
彼は本当に頼りになる。
僕だって、レヴェリルインの役に立ちたい。
早く彼に会いに行きたくて、僕は朝から身だしなみを整えていた。
顔も洗って、髪も整える。
レヴェリルインは僕のマスターなんだし、ちゃんと綺麗にして会いに行きたい。レヴェリルインのこと、考えているだけで嬉しいなんて。
何度も鏡で確認する。
自分が着飾っても、たいして意味がないのはわかってるけど……少しでもレヴェリルインに僕をそばに置いてよかったって思って欲しい。僕のこと、ちょっとだけでも気にして欲しい。
そんなことを考えながら、フードをかぶる。狼の柄のフードをかぶると、なんだかレヴェリルインに食べられているみたいで、嬉しい。
そろそろ、朝食の時間かと思って時計を見る。
まだ少し早い。だけど一階にある食堂で朝食をとるために着替えたり、準備をする時間を考えると、そろそろ起きる時間かな?
レヴェリルインはもう起きてるのかな……それとも、まだ寝ていたりするのかな……
昨日はいっぱい褒めてもらえた。それは、まるで魔法だ。彼は、言葉一つでいつも、僕を包んでくれる。
レヴェリルインに会いたい。朝から会いに行ったら、迷惑かな??
……少し……顔を見るだけだ。それで、寝ていたら戻ってこよう。そう思って、部屋を出ようとした。
そして、途中で止める。
そんなことしたら起こしてしまうかもしれない。それに、こんな早朝からたずねたら、レヴェリルインは嫌だと思うかもしれない。
どうしよう……
悩んで部屋の中を一人でうろうろしていたら、部屋のドアをノックして、ラックトラートさんが入って来た。
「コフィレー。ただいまですー」
「ラックト? も、もう帰ってきたんですか?」
「はいっ……! 何しろ今日は、レヴェリルイン様が海岸線の魔物退治に行くんですから、置いていかれないようにしないと!」
彼は、大きなリボンを二つ持っていて、そのうちの一つを僕に渡してくれた。
「これ、アトウェントラさんからです。魔物退治に行くので、お守りらしいです。守護の魔法がかかってるみたいですよ」
「ありがとうございます……あ、アトウェントラさんは?」
「コエレシールさんと、食堂の方へ行ってます。コエレシールさん、貴族たちからいくつも伝令が来ていて、ヘトヘトみたいで……」
「き、貴族たちからって……な、何て言われてるんですか?」
「レヴェリルイン様がこの街へ来たこと、既に噂になっているらしいんです。すぐに呼び戻して魔法の研究のことを聞き出せって言われてるみたいですよ? その上、城下町の方でも魔物の動きが活発になっているようで……みんな、レヴェリルイン様に帰って来て欲しいみたいです。クリウールト殿下も、彼らを宥めることだけで精一杯みたいなんです。貴族たちも、最初は毒の魔法の件を聞き出して処分しろなんて言ってたくせに、勝手なものですね……」
「……マスター……城に帰っちゃうんでしょうか……」
「えっと……城がないから帰れないんじゃないかな……? クリウールト殿下は、すでに魔法ギルドの人たちを使って、新しい城を建てたようですが。レヴェリルイン様は、そんなことに興味なさそうだし、なんだか楽しそうだから、やっぱり帰らないような気がします……」
「……」
昨日レヴェリルインが言ってたこと、本気かな……森に孤城を建てて僕を連れていくって。
本気だったら……嬉しい。僕のことは、本当にレヴェリルインの好きなようにしてくれていいんだ。
「コフィレ? どうかしましたか?」
ラックトラートさんに呼ばれて、やっと僕は我に返った。
何考えてるんだっ……! 僕! さっきから、変なことばっかり考えている。
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