普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐

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86.僕のことは呼んでくれないのに

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 もう、部屋で大人しくしておこう。

 そう思って、ドアから離れる。僕が会いに行っても、迷惑だ。僕には会いたくないのかもしれない。無理に会いに行ったら、僕のこと、嫌いになっちゃうかもしれない。

 だけど……

 気になって、会いたくて、どうしても止められない。
 伸ばした手は、ドアノブに触れてしまった。

 それだけで、おかしなくらいドキドキする。

 ……もしかしたら、レヴェリルインも起きているかもしれないし、廊下から、隣の部屋のドアが開いてないか見てみよう。それだけ。部屋には行かない。ドアの前まで……それだけで、帰る。

 そう思って、ドアを開けて、廊下に顔を出した僕は、すぐに部屋の中にもどった。

 部屋にいたラックトラートさんが、僕の訳のわからない行動を見つけて、首を傾げてる。

「コフィレ? どうしたんですか?」
「しー!!」

 僕は、口元に指を一本立てた。

「し、静かに……」

 こっそりドアを開けて、廊下のレヴェリルインの部屋の方を盗み見る。
 すると、レヴェリルインの部屋の前に、僕の兄のデーロワイルが立っているのが見えた。やっぱり、見間違いじゃなかった。

 何……してるんだ?? あんなところに立って。

 デーロワイルは、周りを気にしながら、レヴェリルインの部屋のドアを開けて、中に入っていく。

 あそこはレヴェリルインの部屋なのに、勝手に入って、何してるんだ…………まさか、禁書目当て?

 僕は、部屋を飛び出した。

 そのまま、隣のレヴェリルインの部屋に走る。扉を開けたら、デーロワイルは驚いて振り向いた。

 彼は、レヴェリルインのベッドのすぐそばに立っている。ベッドは少し布団が盛り上がっていて、レヴェリルインはまだ寝ているようだった。

 あの焼けるような感情が噴き出す。
 寝ているレヴェリルインのすぐそばに、勝手に入った侵入者が立っていると思うと、我慢できなかった。

「……何……してるんですか…………兄様……」
「コフィレグトグス……お前には関係ないだろう……出て行け。俺は大事な用事があるんだ」

 大事な用? それは何? レヴェリルインは寝ているのに、そんな彼にこっそり近づいて、何をする気だ。

 気持ち悪いくらいに、心臓が早く打っている。やけに体温が上がった気がした。

 今でも、兄のことは怖い。レヴェリルインの城に行く前は、毎日この男から逃げていたんだ。毎日、怖くて仕方なかった。

 僕の中に記憶として残る恐怖が、僕の足を止める。ひどく恐ろしかった。この男には近づきたくない。耐えきれないほどの恐怖が湧いてくる。

 それでも、あの感情が僕の背中を押した。焼け付くそれの方が恐れより強い。昔つけられた記憶すら焼いて、僕を連れていく。

 なんだこれは……なんでこんなに、腹が立つんだ。

 我慢できない。

 僕のマスターに近づく奴。

 フードの杖に注意がいく。昨日の件で、僕には微かに魔力が戻った。この杖なら使える。

「マスターに…………何の……用……ですか?」
「は?」

 兄は驚いていたようだった。

 僕はそれを無視して、レヴェリルインのベッドに駆け寄った。

 けれど、ベッドの中には誰もいない。単に布団が盛り上がって、そんなふうに見えていただけなんだ。

 なんだ……よかった……

 ホッとする。そこに誰もいなかったことで、レヴェリルインを追うあの感情も、すぐに僕の奥に隠れていってしまった。

 兄は、僕を睨みつけてくる。

「コフィレグトグス……俺は、レヴェリルイン様に呼ばれただけだ」
「え…………?」

 レヴェリルインが、兄を?

 なんで、レヴェリルインがこの人を呼ぶんだ? 僕のことは呼んでくれないのに。
 僕には部屋に来ていいって言ってくれないのに、なんで兄を呼ぶんだ?

 また、体の深いところから、あの感情が湧いてくる。それは縛るように僕を包んでいく。

 ……レヴェリルインの従者は、僕なのに。なんで、レヴェリルインは、僕じゃなくて、デーロワイルを呼ぶんだ。

「な、なんで……なんで、マスターが……兄様を……」
「そんなこと、俺が知るか。ちょうどいい……お前、禁書を知らないか?」
「……禁書?」
「ああ。この部屋にあるかと思ったんだが、見当たらない……」
「……知らないです……そんなの……」

 禁書? やっぱり、それが目当て?
 レヴェリルインに呼んでもらったくせに。
 僕は呼んでもらえないのに、頭にあるのは禁書のことか。
 あの人に呼んでもらえたのに。跪いて感謝するべきだ。
 僕は呼んでほしくても呼んでもらえなかったのに。
 従者は僕なのに、何でそれを差し置いて、この人が……

 握った手が震えてる。やけに力が入っていて、自分の指が、自分の掌に食い込んでいた。

「知らないです……禁書なんか……こ、ここから出て行ってください……」
「はあ?? だから、俺は呼ばれたと言っただろう。相変わらず、馬鹿な男だ……」
「そんなっ……!」

 感情的になった。声を荒らげそうだった。けれど、それは途中で途切れた。

 レヴェリルインが、部屋に入ってきたからだ。

「コフィレグトグス? 何をしているんだ?」
「マスター…………」

 レヴェリルインだ……会えた。朝から。こんな何早くから。

 嬉しくて、また心が満たされていく。

 だけど、本当は喜んでる場合じゃない。僕は、勝手にここに入ってしまったんだから。

「あ、あの……兄様が部屋に入っていくのが見えて……つい……も、申し訳ございませんでした……」

 どうしよう……

 僕が頭を下げていると、兄はレヴェリルインに振り向いた。

「全く、自分の弟とは思いたくないな。レヴェリルイン様、その男は、この部屋を覗き込んで、勝手に飛び込んできたのです」
「ちがっ……!」

 慌てて弁明しようとする僕に、兄が近づいてくる。

「違う? なにがだ?? 俺がこの部屋にいるのに気づいたのは、ここを盗み見ていたからじゃないのか?」
「ち、ちがっ……僕は……」

 違う。そんなつもりなかった。だけど、よく考えたら、僕はさっき廊下からレヴェリルインの部屋の様子をうかがおうとしていたんだ。
 だけどもちろん、盗み見なんてする気なかった。それなのに、うまく弁解できないでいると、レヴェリルインは首を傾げた。

「俺の部屋に入りたかったのか?」
「ちがっ……!!」
「違うのか?」

 そう言って、彼は僕に近づいてくる。

 違う……って、ちゃんと否定しなきゃ。だけど、本当は会いたかった。会いたくて来た。どうしても、自分すら抑えきれなくて。

 感情が溢れ出して、うまく説明できない。

 俯く僕に、彼が近づいてきて、僕は目を瞑った。

 そしたら突然、頬にくすぐるような感触が来て、そこがかすかに濡れたような気がした。

 え……今の……

 こ、これ、昨日もされた。ま、まさか、また……? 今度は頬にキスされた!??

 びっくりして、自分の頬に両手で触れる僕に、レヴェリルインは微笑んだ。

「部屋に入りたくてきたんじゃないのか?」
「え、えっと……」
「勝手に入っていたら、仕置きでもしようかと思ったのに」
「……し、仕置きって」
「そうだな……鎖でもつけて、俺から離れられなくするのはどうだ?」
「はい……」
「はいと言うんじゃない」

 そう言って彼は、また僕の頭をこんって小突く。

 なんで……? これだけ? 怒ってないのか?

 僕、勝手に部屋に来たのに。呼ばれてもいないくせに、勝手に来たのに、レヴェリルインは、僕に微笑んでくれた。

「俺の部屋に来たいなら、いつでも来ていい。いつでも頼ってこいと言ったじゃないか」
「え、えっと……あの……た、頼りたかったんじゃなくて……あの……その…………」
「どうした?」
「お、お会いした……かったんです……マスターに……あ、会いたかった、だけで……」

 自覚した感情を白状する。

 怖くて、僕はずっと俯いていた。

 僕にこんなことを言われて、レヴェリルインは嫌がるんじゃないかと思った。
 恐怖で、微かに体が震えている。彼に拒絶されたら、どうしよう。

 けれど彼の優しい手が、僕の頭を撫でてくれた。

「会いたかった時も、いつでも来ていい」
「え……ほ、本当にっ……!?」
「ああ。いつでも来い」
「はいっ……!」

 返事をしたら、涙が出そう。胸の中全部が温かくなる。

 マスターが、そばにいてくれる。そばにいていいって言ってくれた。それだけで、僕はもう嬉しくてたまらない。だめだ。ちゃんと我慢しなきゃ。泣いたりしたら、レヴェリルインが困るじゃないか。

 溢れそうな涙を堪えているのに、レヴェリルインは追い討ちとばかりに僕に微笑んでくれる。

「先に食堂へ行っていてくれ。俺もすぐに向かう」
「え……」

 一緒には……行けないのか……

 ちょっと寂しい。だけど、レヴェリルインがここまで言ってくれたんだ。それだけで、十分。そのはずだ。
 彼が微笑んでくれて、そばにいていいって言ってくれる。
 それだけで満たされると、そう思った。

 顔を上げると、彼と目があった。

「俺はデーロワイルとの話が終わったら行く」
「え……」
「ラックトラートたちと待っていてくれ」
「…………」

 しばらく、僕は黙っていた。だけど、なんとかはいって言ってうなずいた。

「では……失礼します。マスター…………兄……様……」

 震えながら囁いて、僕は部屋を出た。背後では、レヴェリルインが兄に振り向いている。

 何……してるんだろう……

 気になって仕方ない。なんで、彼だけが部屋に残してもらえるんだろう。僕だって、そばにいたいのに。僕だけがそばにいたいのに。
 それなのに、レヴェリルインが部屋に呼んだのは、僕じゃない人。

 話って、一体何だよ……僕が、レヴェリルインのそばにいたかったのに。僕のことはそばに置いてくれないのに、なんであいつを……

 湧いてくる気味悪い感情にまとわりつかれたまま、僕はレヴェリルインの部屋を出た。
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