普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐

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87*レヴェリルイン視点*離れられなくなるほどに

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 コフィレグトグスが部屋に戻ったのを確認してから、俺はドアを閉めた。

 本当は、可愛いあいつを今すぐ追いかけたい。追いかけて、もっと触れてやりたい。あいつは最近、少し触れただけで、真っ赤になって、潤んだ目で俺を見上げるようになった。

 可愛くてたまらない。早く抱き寄せてしまいたい。

 だが今は、こっちを先に処理しなくてはならない。憎い男の方を。

「あの……レヴェリルイン様?」

 振り向くと、俺が部屋に呼んだ男は、恐る恐る俺を見上げている。

 この男は、コフィレグトグスの兄だ。そして、彼を長く苦しめてきた男のうちの一人だ。今すぐ一族郎党、頭を弾き飛ばしてやりたい。だが、そんなことをするために呼んだんじゃない。

 仕方なく我慢する。怒りが顔に出ることくらいは、仕方がない。何しろこの男は、俺がここにくるまでの間、コフィレグトグスと二人きりでいたんだ。またあいつに手を上げていたのかもしれない。

「それで……? 貴様は俺のコフィレグトグスと二人で、ここで何をしていたんだ?」
「え……? ふ、二人って……な、なんのことでしょう?」
「なんのだと……? コフィレグトグスと何をしていた!?」
「な、何をと言われてもっ……! 俺は禁書を…………い、いえっ……コフィレグトグスがここに勝手に入っていたので、注意していただけです」
「……何か、話していなかったか?」
「は!?」
「俺のコフィレグトグスに何か話していただろう?」
「ほ、本当に、何も……わ、私たちは兄弟なのです。ただ少し……昔を懐かしんでいただけです」
「昔を……だと? あいつに何かしたのか?」
「な、何もしていません! い、今は、レヴェリルイン様の従者……のようですし……」
「…………貴様らがあの屋敷でコフィレグトグスにしたことは知っている。あれは今は俺の従者だ。次にあいつに手を出したら、ただでは済まないぞ」
「は、はい……」

 その男は、小さな声で返事をする。

 気に食わない男だ。

 確かにコフィレグトグスはこれの弟だ。しかし、今は俺のものだ。

 それなのに、こんな男が来たから、俺の大事なコフィレグトグスが怯えてしまった。あいつの家族でなければ、俺のものに手を上げる前に殺していたのに。

 しかし、これはコフィレグトグスの家族。少なくとも、コフィレグトグスがもういいと言うまでは生かしておかなくては。コフィレグトグスを傷つけたくはない。

 それに、殺しさえしなければいいだけだ。

 俺は、そいつの体に軽く触れた。

「え……? あっ……」

 デーロワイルは、こめかみを抑えてふらついている。そして、すぐにその場に膝をつく。効いてきたらしい。

「な、なんだ……? 今のは……」

 そう言ってその男はこめかみを押さえていたが、ほどなくして、自分に起こったことに気づいたようだ。両手を見下ろしている。

「な、んで……魔力がっ……」
「無理に魔力を使おうとすれば、体が崩れるぞ」
「……なんで……? 何をしたんですか!?」
「お前の体の魔力を封じた。心配しなくても、いずれ戻る」
「い、いずれっ……!? それは困ります!! 海岸線の魔物退治には、俺も同行させていただけるはずでしょう!?」
「勝手にくればいい」
「し、しかし、魔力なしでは……!」
「嫌なら来るな。俺の大事なコフィレグトグスに二度と手を上げないようにするための措置だ」
「は!?」
「どうせ、結界と毒の魔法を盗み見るのが目的なのだろう? だったら魔力などいらないはずだ」
「ぬ、盗み見だなんて…………そんなことは……」
「……」

 デーロワイルは、俺から目を逸らしている。これの目的が、魔物に対する対抗策であることはわかっている。

「魔物に対する結界が欲しいなら、後で教えてやる。なんなら、領地へ行って張ってやる」
「そ、そんなわけには……」
「だが、言っておくが、あいつがお前たちを不要と判断するなら、俺はお前たちを殺す」
「え…………? お、お待ちください!!」
「コフィレグトグスには、今後一切近づくな。あれは、俺の従者だ。話は終わりだ。失せろ」

 俺は、その男を置いて、部屋を出た。あまり長い間顔を合わせていない方がいい。俺の方が手を上げてしまう。

 廊下に出ると、ちょうど俺を訪ねてきたらしいドルニテットと鉢合わせになった。彼には、ロウィフを見張るように言っておいたはずなのだが。

「兄上……こちらでしたか……デーロワイルとの話は終わったのですか?」
「ああ」
「脅したり手を上げたりするなら証拠を残さないようにしてください」
「……していない。あれはコフィレグトグスの兄だぞ」
「珍しく、殊勝なことを言いますね。どうしたんですか?」
「……今死んだら、あれはずっとコフィレグトグスの頭の中にいる。そんなこと、許せるものか。あれがコフィレグトグスの記憶の中にいるだけでも腹立たしいのに」
「……兄上…………」
「これから、海岸線に向かう。お前はどうする? ロウィフは?」

 俺が聞くと、ドルニテットは、何を白々しいといって、食堂に向かって歩き出した。

「ロウィフなら食堂ですよ。なぜそんなことを聞くのです? ロウィフには、使い魔をつけているのに。全て知っているのではないのですか?」
「全てなんてことはない。俺も、ずっと監視していられるわけじゃない。異常があれば、すぐに気づけるようにしているだけだ」
「でしたら、なぜ昨日、脱走を許可したのです?」
「ロウィフの魔法に邪魔された。あいつ、俺の使い魔に気づいているな……」
「ロウィフには、あいつの力を妨害する魔法をかけていたのではないのですか?」
「ああ。向こうもだいぶ無理をしたようだ。貴族どもが予想に反して王子側につかなかったことで、焦っているのかもな」
「しかし、だからといって、ロウィフに逃亡を許すとは。兄上……油断されては困ります」
「……お前が言うな。ロウィフの監視を頼んだだろう? 何をしていた?」
「申し訳ございません。あの従者といると、今のうちに葬ってしまいたくなるので」
「……コフィレグトグスに手を出したら、お前でも容赦しないぞ」
「分かっています。しかし、兄上。最近の兄上は、あれに夢中なせいで、他のことが疎かになっているように見えます。どうでしょう? あれのことはそろそろ忘れてしまっては」
「嫌だ」

 ドルニテットにも困ったものだ。しかし、彼はなんだかんだ言いながら、俺のものに手を出すことはない。

 あの時、ロウィフを逃してしまったことは、油断だったと反省している。

 それにまさか、コフィレグトグスがロウィフを置いて、屋敷に入ってくるとは思わなかった。
 あの屋敷に、デーロワイルがいることはわかっていた。彼があの兄に会えば、きっと怯えてしまうだろうと思ったから連れていかなかったのに。
 彼がロウィフのそばをはなれてしまい、見つけるのにも、時間がかかってしまった。

 そのせいでコフィレグトグスは傷つけられたのに、あいつは、俺が心配だったと言う。俺が心配で走って来たらしい。

 可愛くてたまらない。

 そんなことを言われて、俺は平静を保つのに必死だった。あと少しで襲い掛かりそうになっていた。あいつは気づいていないだろうが。

 ドルニテットは、ため息をついていた。

「俺には、なぜ兄上がそこまであの男に肩入れするのか、心底不思議です。兄上がそんなふうだから、あの男は、あんなふうに不気味なくらい懐いてしまっているんです」
「不気味とはなんだ。コフィレグトグスは、あれでいいんだ」

 初めて会った時、彼は逃げるばかりだった。狼の俺から、あれだけ逃げられる奴がいるなんて思わなかった。
 城に呼び寄せた後は、ただ、機械的に俺に従うだけだった。何を言っても拒絶しない。俺のことを、ろくに見もしなかった。
 そして、あの城を出て、あいつは少しずつ、俺に懐いてきた。

 少しずつ懐いて、俺を追ってくるようになった。それでいい。俺だけ見ていればいい。俺だけでいい。部屋に入りたいのなら、入ってくればいい。俺のところに来たいなら、くればいいのに。

 ビクビクしながら俺を見上げる目が可愛くてたまらない。すぐに襲い掛かりたくなる。簡単なことだ。あれを押さえ込むなんて。
 しかし、一度そうすれば、あいつはもう二度と、俺を追いかけてこなくなる。また俺のことを見もせずに、怯えながら、はい、とだけ繰り返すようになるかもしれない。

 それでもよかったのかもしれない。あれをそばに置いておけるなら。けれどもう、ビクビクしながらも追いかけてくるあいつを知ったら、それが欲しくなってしまった。

 もっと懐けばいい。離れられなくなるほどに。

 きっと後少しだ。もう少しすれば、あれは俺に繋がれるようになる。

 けれど、ドルニテットはしつこく忠告してくる。

「兄上、あの男は、最近おかしいと思いませんか? あれだけ怯えて、泣いてびくびくするばかりだったのに、兄上を追っている時はまるで別人です。不気味だとは思わないのですか?」
「思わない。あれはあれでいい。俺のことだけ考えて、俺だけ追っていればいいんだ」
「……ますます面倒臭くなって来ましたね……なんでクズとゲスの次に俺が産まれてしまったのか……」
「お前に迷惑はかけない」
「兄上は、コフィレグトグスのことさえ忘れてくれれば、優秀な魔法使いなんです。どうか正気に戻ってください」

 しつこくそう繰り返すドルニテットに適当に返事をしながら、俺は食堂へ向かった。
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