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95.僕が寄り添うものを脅かす悪い奴
しおりを挟むロウィフは、ため息をついて言った。
「僕も本当は……色々目的があってきたんだけど……もう手出ししない方がいいような気がしてきた。どっちにも手を出さない方が幸せでいられそう。雇い主にも、そう伝えるよ」
「え、えっと……ど、どういう……こと、ですか? 手を出すとか、雇い主……とか……」
「だから、僕は何もしないよ……お前からレヴェリルインに言って欲しい。僕はもう帰るから、もう僕のことは、監視してなくていいって」
「え?」
「後ろのやつ。使い魔だよ」
彼は、後ろに振り向く。すると、そこにいる小さな、小石くらいの大きさの竜に、僕も気づくことができた。
「これ……わ!」
僕が触ろうとしたら、竜はすぐに弾けて消えてしまう。そして床に、ポタポタと光る粒が落ちていった。
「壊れちゃった……」
「…………欠陥品だったんじゃない?」
「そんなはずありません……マスターが作るものが、欠陥だなんて……」
嫌だ。また、不安が湧いてくる。レヴェリルインの魔法が欠陥なんて、あり得ない。
レヴェリルインと一緒にいる時は、あんなに満たされているのに、離れていると、すぐに不安とか恐怖とか怒りとか、そんなものばかり湧いてくる。
敵意ばかりに感度が高くなる。ちょっとしたことでも、激しい敵対心が湧く。
マスターの使い魔が壊れるなんて、あり得ない。もしかしたら、誰かが壊したのかもしれない。僕らを攻撃する奴が現れたのかもしれない。ちゃんと、レヴェリルインに報告しなきゃ。
僕は、ロウィフを抱きあげた。
「おいっ! 離せよ!! 何する気だ!」
「……マスターに、使い魔が壊れたこと……言いに行かなきゃ……」
「必要ない。あいつも、僕のついでにお前の様子見てたなんて知られたら、さすがに気まずいんじゃない?」
「……な、なんでですか? 僕は……マスターがなさることなら、全ていいことだと思います……」
「……ちょ……ちょっと……お前……大丈夫?」
「何がですか?」
「えっと……頭? とか……」
「……? えっと……大丈夫です。心配かけてすみません」
「してないよ。してるとしたら、僕自身の心配をしてるんだ」
「ロウィフ、何か……心配事でもあるんですか? あ! 新しい使い魔をくださいって言ったら、マスターは……くれると思います」
「……お前、まさか僕が、使い魔が壊れたこと心配してると思ってる? 怖いよ……なんで僕がそんなこと言わなきゃいけないんだよ。僕はいらないから」
「ろっ……ロウィフが嫌ならっ……僕が、付けてもらって……僕がロウィフのそばにいます!」
「はあ!? キモ……なにそれ、なんの意味があるの? ……か、帰りたいよ僕……」
「……ロウィフも来てください」
「嫌だ。キモキモな現場に僕を巻き込むな」
「だって、マスターがロウィフのこと気にしてるなら、ロウィフが行かなきゃ……」
「気にしてるなんて言ってないだろ! いや、気にしてはいるんだろうけど、お前が考えてるのとは違って、疑ってるだけだから!」
「なんで……ロウィフばっかり気にしてもらえるんだろう……」
「僕の話聞いてた!? 羨望の眼差し向けんな! 僕は嫌だ!! もう帰るっっ!! キモいし怖い……僕、城下町に帰るから!」
逃げようとするロウィフを、僕は慌てて捕まえた。
マスターの目的はロウィフだから、離せない。ロウィフだって、こんなこと言ってるけど、マスターに気にしてもらって、本当は嬉しいんじゃ……
いいな……ロウィフ。
彼ばっかりずるいです……マスター……僕のことは見てくれないのに。
そこに、ラックトラートさんが飛び込んできた。
「コフィレ!? なんの騒ぎですか!? こっちからロウィフの声がっ……! ロウィフ!?」
彼は、僕の腕の中のロウィフを見て驚いて、すぐに駆け寄ってくる。
「コフィレっ……! そのウサギは危険です! 今すぐ離すべきです!!」
「どう考えても、僕の方が捕まってるだろ……離せよ! コフィレ!」
ロウィフが怒鳴るけど、僕は離す気なんかない。ぎゅっと彼を抱きしめている僕に、ラックトラートさんが首を傾げて言った。
「コフィレ? 何かあったんですか?」
「……マスターが……ロウィフにつけていた使い魔が、弾け飛んじゃったんです……」
「レヴェリルイン様の使い魔が……? ロウィフがやったんじゃないんですか?」
「え? そうなんですか?」
腕の中のロウィフに聞くと、彼は僕の腕の中でバタバタ暴れ出す。
「そんなわけないだろ!! こいつの前で適当なこと言うな!! ……も、もう離せよ!! コフィレ!」
「だ、だめです……マスターにちゃんと報告しなきゃ……」
「僕だって、雇い主が焦ってるの! 急がなきゃいけないの! 分かったら離せよ!」
「雇い主って……新聞のお仕事ですか?」
「それは王家が責められないようにやってるだけだよっ……!」
「え? 王家って……」
「あ……ぼ、僕は魔法ギルドから来たんだから、王家に味方するの、当たり前だろ!!」
ロウィフは、僕の腕の中でバタバタ足を動かしている。だけど、レヴェリルインのものが壊れたのに、放っておけない。
僕はロウィフを離さないように気をつけて抱っこしながら、下まで降りた。正面玄関を開けて外に出るけど、さっきまでいたところにレヴェリルインがいない。
どこ行ったんだ? さっきまで宿を出たところの大通りにいたのに。
僕は、レヴェリルインを探して、キョロキョロしながら走って、宿の裏手に回った。すると、レヴェリルインの声がする。彼は、大通りから横道に入ったところの路地裏に立っていた。さっきまで彼と話していたフィロッギはもういない。代わりに僕の兄のデーロワイルと一緒だった。
すぐに彼らからは見つからないように、建物の影に隠れる。
またかよ……デーロワイルはレヴェリルインに、何の用があるんだ。こんな狭くて暗い路地で。
僕の兄が、僕の何より大切なマスターに手を出している。
いちいち出てきて、僕の大事なものに近づく。
僕が寄り添う大事なものを脅かす。
悪い奴。
僕から、僕の唯一を奪おうとしてる。
そんな気がして、いつの間にか僕は、杖を握っていた。
二人は、何か話しているようだった。
レヴェリルインは片手に禁書を持っているし、まさか、デーロワイルが無理矢理レヴェリルインに禁書の中身を聞き出しているんじゃ……
じっと見つめていたら、ロウィフが僕を見上げて言った。
「……お前、目が怖いよ? なんで隠れてるの?」
「兄様が……マスターに迷惑かけてる……」
「……お前、どんな目してるの? どうみても、レヴェリルインがあいつを脅してる。禁書持ってるし、大方、魔物対策の結界張ってやるから帰れ、みたいなこと言って、帰るように迫ってるんだろ? 兄貴の方見てみろよ。どう考えても怯えてる。あいつ、ここ数日で痩せた。僕はそろそろあいつが気の毒だよ。きっと次にコフィレに手を出したら一族郎党、首を食いちぎるとか言われてるんだ……」
「……マスターはそんなことを言いません」
「……言ってたらどうする?」
「マスターにそんなこと……させません。マスターは優しいから……きっと、辛いはずです…………マスターを苦しめるなんて……僕が許しません…………」
「……僕の話、どこまでちゃんと聞いてた? ……レヴェリルインの言う、孤城に監禁の件は僕も賛成。その方が、きっと日常が平穏なものになる。ね? そうしよう。レヴェリルインのところに行こう」
そうだ。ロウィフの言うとおりだ。僕が、レヴェリルインを守るんだ。
走り出そうとしたら、ラックトラートさんが僕の腕を握って言った。
「コフィレがいなくなるなんて、僕は嫌です。レヴェリルイン様がコフィレを傷つけるなら、僕が止めます!!」
「ま、マスターは、そんなことしません! それに、僕はマスターになら……」
言いかけるけど、ラックトラートさんはさらに声を張り上げる。
「僕はコフィレの味方です!! 僕、コフィレと一緒にいたいです!!!!」
「え、えっと……それは僕も……」
僕だって、ラックトラートさんには感謝している。彼と一緒にいたいと思ってる。
すると、腕の中のロウィフが、ラックトラートさんを睨んで言った。
「……お前は本当に気楽……コフィレ、下ろして。お前が僕を抱っこしてたなんて知れたら、僕、明日にでも殺される」
ロウィフはそう言うけど、離せるはずない。だって、逃げちゃったら困る。
「……マスターはそんなことしません……このまま、マスターのところに連れていきます」
「なんでそんなに頑固なの!?」
そうだ。レヴェリルインのそばに行かなきゃ。
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