普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐

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101.帰らなきゃ

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 逃げる兄を追って飛ぶ。どうやら、僕の魔力もだいぶ戻っているらしい。急いで飛べば、追いつけそう。

 城下町が近いようだ。街道の先に屋根がいくつも見えてきた。

 けれど、飛ぶ途中、何かが突然、僕の体に絡みついてくる。なんだこれ? 魔法か?

 先を飛ぶデーロワイルにばかり気を取られて、地上へ注意がいってなかった。街道近くに、魔法使いらしき人が数人立っている。そいつらの魔法だろう。僕は、気を失ってしまった。







 目を覚ますと、僕は、暗い部屋にいた。兄を追っていたはずなのに。

 立ち上がろうとしたら、腕が動かない。足もだ。見ると、僕は、床に尻を落とした体勢で、部屋の端の柱に、鎖で繋がれていた。両手には手枷をつけられて、足には足枷まである。

 枷をつけられた足元には、ウサギのままのロウィフが立っていた。

「動かないで……」
「ロウィフ……こ、これは……どういうこと?」

 周りを見渡す。そこは、いくつも調度品が並ぶ広い部屋だった。窓の外は城だ。

 もしかして、レヴェリルインの城かと思った。だけど、違う。彼の城とは、景色が違う。レヴェリルインが初めて僕を迎えてくれた城が戻ってきたのかと思ったのに。

 魔法で眠らされていたんだろう。まだ、頭がぼんやりしている。

 周りの様子を確かめていたら、足元のロウィフが、僕に言った。

「レヴェリルインが城を破壊したから、新しい城だよ……魔法ギルドの奴らを使って作らせたんだ」
「……なんで、僕……ここに……」
「……デーロワイルを追って……お前が飛んできたから、城下町に入ったところを、城の魔法使いたちを使って拘束させた」
「……なんでですか?」
「……」
「禁書はどこですか!?」
「……あれは、偽物。デーロワイルが魔法で作った」
「……なんで、そんなことを……」
「……」

 ロウィフは答えなかった。だけど、すぐそばのテーブルに、僕の杖が小さいまま置いてあるのが見えた。

 なんで……あんなところに!

 杖は、僕がフードから抜けば元の大きさに戻るはずなのに、小さいまま。誰かが勝手に抜いたんだ。

「僕の杖っ……」

 すぐに拾いに行こうとしたけど、僕を壁に繋ぐ鎖に引き止められる。それでも、杖に向かおうとする僕の前で、誰かがその杖を取り上げてしまう。
 まだ僕を気味悪そうに見ている、デーロワイルだ。そいつはもう、僕とは目を合わせようとしなくて、すぐに顔を背けた。

 どういうことなんだ。これ。

「ロウィフ……? どういうこと?」
「僕が、殿下を説得するから……」
「え……?」
「……どうせすぐにレヴェリルインが追ってくる。こんなこと、無意味」
「ま、待って……! じゃあ、これ……クリウールト殿下が?」
「…………君のことは逃すから、レヴェリルインに殿下を助けるように話してほしい。殿下は……陛下から、君を処分して、毒の魔法を持ってこいって再三言われてて、追い詰められているんだ……僕だって、最初は君を連れて行って処分させる気だったけど…………もう諦めたよ。そんなの、レヴェリルインが許さない。そもそも、元々の目的は、魔物対策だったんだ。君を処分しなくてもいいように、僕が王家を説得するから……」
「待ってください……そんなことを言われても困ります。どうするかを決めるのは、マスターですから」
「それじゃ殿下が殺されちゃう!! だったら……僕のこと代わりに罰していいからっ……!」
「……え…………? な、なんでそこまで……」
「どうでもいいだろ。殺したいなら僕を殺せって、レヴェリルインに言ってよ」
「そ、それもダメです」
「は?」
「だって、ロウィフは……僕らがそばにいていいって、言ってくれました。僕たちが……一緒にいていいって、言ってくれたのに……」
「……そんなんで懐かれても困るよ……だったらさ、王子殿下のことも許すように、レヴェリルインに言ってくれない?」
「それはマスターが決めることです……」
「これだよ……もう……」
「あ、あの……! 僕の杖、返してくれませんか?」
「……それはダメだよ。王子殿下は、レヴェリルインが本当は、魔力を奪う杖を完成させてたって聞いて、メンツを潰された思いでいる。あれは返せない」
「……あれは、僕のです」
「それは知ってるけど」
「あれは、マスターが僕に渡してくれた、僕だけのものです」
「でも」
「マスターの許可のないものには渡しません。返してください」
「だから、それはできないんだって……! 代わりに、僕がレヴェリルインに交渉するから!!」
「マスターの許可がない人には渡せません」
「だからっ……!」

 話の途中で、ロウィフはドアの方に振り向いた。すると、暗い部屋に、着飾った男が入ってくる。

 ロウィフは、その男に頭を下げていた。

 クリウールトだ。レヴェリルインを、みんなの前で吊し上げにして傷つけた男。レヴェリルインのものである僕を殺せと喚いて、レヴェリルインを脅した男だ。

 その男は、部屋に入ってくるなり、不気味な顔で笑った。

「これか……これが……そうか…………」

 男の顔が、喜びに綻ぶ。僕のものを奪っておきながら。僕の大事なレヴェリルインのものを、横から盗んでおきながら。

 ロウィフは、王子を見上げて言った。

「王子殿下」
「ロウィフ……お前がこんなに役立たずとは知らなかった。これの存在を知りながら、いつになっても、そんなちっぽけな従者一人連れて来れない。お前はもう不要だ。消えろ。二度と、私の前に顔を出すな!」
「……あれは、レヴェリルインの従者です。彼好みに調教されてるんです。悪いことは言いません。やめましょう……こんなの、レヴェリルインにバレたら、僕らきっと、髪の毛ひとつ残さず破壊されちゃいますよ?」
「馬鹿を言え!! どうせこいつは廃棄処分になるんだ!! おいっ! あの杖のことを話せ!」

 怒鳴って、王子が僕の方に歩いてくる。やけに胸を張って。

 気分が悪い。なんだこれ。ひどく、イライラしている。
 この人は、以前レヴェリルインを馬鹿にした人なのに。
 なんでそんな奴が、僕に怒鳴るんだ。僕に何か命令していいのは、レヴェリルインだけ。レヴェリルインだけが、僕の唯一だ。

 それなのに、それを邪魔する。

 僕のレヴェリルインから、彼が作り出した大切なものを奪う。

「嫌です。僕は、マスターの言うことしか聞きません」

 王子の背後に、あの兄がいる。

 こういうつもりだったのか?
 僕を、レヴェリルインから引き離すつもりだったのか……?

 あいつが、僕をはめたんだ。杖欲しさに。あれは、僕のマスターのものなのに。

 僕の杖は、レヴェリルインから受け取ったものだ。

 他の誰にも渡さない。
 誰にもあげない。
 僕だけのマスターだ。

 それなのに。

 またあいつが、僕を壊しにきた。

 僕はマスターのためだけのものなのに。そのためだけにいるのに。

 ロウィフは、僕と王子を交互に見て、叫び続けていた。

「……クリウールト殿下!! どうか……ほ、本当にっ……やめましょう!! 殺されます! 殿下、僕が調査した結果、もうこの二人に手を出さない方が、国のためです!! 魔物のことは、レヴェリルインに任せて、ここからは手を引くべきです!」
「黙れっ……!! 今更っ……! どこに帰れと言うんだ!! あんな男に頭を下げられるか!!」

 王子はそう言うけど、ロウィフの方も引かない。

「殿下、よく考えてください。貴族たちがコフィレのことを疑っているのは知ってます。例の杖だって、そんなのあるなら寄越せって言われてるのも。だけどそれなら、レヴェリルインにそう話して、貴族たちを黙らせた方がいいです。王家だって、あの兄弟に直接手を下す気はないんです! だからあなたをここに送り込んだこと、あなただってわかってるはずです! こんなの無謀です……お願いです! あんなの……敵に回すべきじゃありません」
「何度も言わせるなっ……! 毒の魔法は手に入れる……結界もあるなら、それもだ! それを手に入れて……そうすれば、レヴェリルインだって……私の言うことを聞くはずだ! レヴェリルインだって、そこにいる廃棄物を処分して、私に従うはずだ!!」

 ……それが、目的なのか? レヴェリルインを跪かせることが。

 そんなことさせない。彼は、僕のマスターだ。僕のマスターに、そんなことさせない。絶対に。

 僕は、片手に力をいれた。存外簡単に、鎖はちぎれた。というより、音もなく消えたから、誰も気づかなかった。

 この程度か……

 兄の魔法の弾を見た時もそう思った。

 この程度で、レヴェリルインに逆らおうとしていたんだ。

 だけど、無理に力を使ったせいか、くらくらする。まだ、体の中で魔力が蠢いてるのか? それとも、怒りのあまりコントロールを見失っているだけ? せっかくだから、ここで全部出して行こうか。
 体の中の魔力、全部引っ張り出せば、こんな場所……城ごと。

 って、そうじゃない。それじゃダメだ。そうじゃなくて、僕は、奪われたものを取り返しにきただけだ。
 とられたもの、全部取り返して、レヴェリルインのところに帰るんだ。

 僕は、レヴェリルインためのものだ。レヴェリルインのためにいるんだ。彼のもとを離れているのかと思うと、ぞっとする。帰らなきゃ。
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