誰より重くて愛がないと言われる僕の後ろには、いつも監禁趣味のあいつがいる

迷路を跳ぶ狐

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41.消えてほしい

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 朝から最悪な目にあった上に、その日はフュイアルさんに、オフィスでずっと事務作業するように言われた。しかも、フュイアルさんと二人きりで。その上、わざわざフュイアルさんは隣の席に来た。

 何してるんだこの人は。

 フュイアルさんは「今日はまだ、体が辛いだろうから」なんて言ってたけど、僕はこの人がそばにいた方が体調が悪くなる。

 ずーっとフュイアルさんに付き纏われて、その日の仕事はいつもの倍疲れた。もうクタクタだ。

 それなのに、そんな時に限って小さなイライラが積み重なる。

 終業時間になって、フュイアルさんの目を盗んで帰路についた僕に、しつこく知らない男が話しかけて来た。

「な? いいだろ? 頼むよ」

 すぐ隣を歩く男が、僕にせまってくる。

 日が沈みかけた、人通りの少ない寂れた通りで、目が見えないくらいに目深にフードをかぶったその男は、全身を隠すような真っ黒なマントで体を覆っていた。ナンパするのに向いているとは思えないくらい怪しい。それなのに、さっきからずーっと僕に付きまとってくる。

 もうこいつに絡まれてからだいぶ経った。

 ずっと無視して歩いているのに、なんで諦めないんだ。

「なあ……お前だろ? 魔物退治やってる人族って。ちょっとでいいから話聞けって!! 悪いようにはしないから……」

 しつこい男は、僕に全く無視されているにも関わらず、ずっとついてくる。

 ここは、しょっちゅう砂嵐が起こる砂漠の真ん中の町。魔物や遠くの都から逃げてくる奴らが集まる荒れた街だ。

 そんな街で日が暮れてから一人で歩いていると、だいたい何かに襲われる。

 大抵は魔物で、後はそれを狙う盗賊。どっちも出会い頭に殺しにくる。それに比べれば、今回はしつこい男についてこられるだけだから、まだマシか……

「なあ、いいから止まれよ。お前、人族のくせにそれだけ無視して、ただで済むと思ってる? なあ……」

 だんだんそいつが声に怒りを込めてくる。

 前言撤回だ。口で喋る分、魔物よりうざい。

 いい加減我慢の限界で、僕は、初めて口を開いた。

「あの……困るんですけど……」

 ものすごく迷惑そうな顔をして振り向いたのに、その男は勝ったように笑う。

「いいだろ? 頼むよ。な? お前、知ってるんだろ?」

 今度はその男は、僕の手を取って、そばのビルの壁に押し付けてくる。

 周りにはもう、人通りは全くない。狭くて人通りも全くない暗い路地だ。
 だからこういうことをしても止めに来る人もいなければ、通報する人もいないと高を括っているのだろう。
 助けが来ないのは、そっちも同じなんだけどな……

「……知ってるって、何を?」
「フュイアルだよ!! 魔物退治してる奴!!」

 もっとも憎い奴の名前を出されて、僕は、もう一度そいつに振り向いた。

 フュイアルさんを知っている。こいつ、もしかして魔族か?

「……フュイアルさんのこと……お前は知ってるの?」
「もちろんだ。この街に来る奴は、みんな知ってる。だって、あいつだけここの魔物独占してずるいじゃないか。あいつのあの規格外の魔力は、ここの魔力を食い物にしてるからって言う奴もいるんだ」
「……」

 なんだ、そんな話か。

 そんなの、根も葉もない噂だ。フュイアルさんが魔物を独占してて、その魔力を奪ってるんなら、それを止めれば、僕はあいつに勝てている。だけど、あいつの異常な魔力はあいつが持っているもの。だから、僕は未だに、あいつに勝てない。

 興味がなくなってそむけた顔に、その男が手を伸ばす。

 もうこんな奴の相手なんかしてられない。フュイアルさんを倒す手がかりが得られないなら、こんな時間、無駄でしかない。

 やっぱりあの男は、僕がやろう。

 僕は拳を握りしめた。

 振り向くと、僕に付き纏っていた男は、僕が相手をすることにしたんだと勘違いしたのか、ニヤリと笑って、僕に手を伸ばしてくる。

 その腕を、横から出てきた男が取った。

「何をしている……?」

 珍しくかなり乱暴な様子で男の腕を取ったのは、僕の同僚のヴァルアテア。
 真っ黒いスーツを着た長身の男で、いつもは一つに括っている長い黒髪も、今日は下ろしたまま。そのせいか、こんな暗がりで突然現れると、かなり怖い。

 ずっと僕に話しかけていた男は、小さな声で悲鳴を上げるが、今度はその男の背後から、別の男が顔を出す。

「俺らのトラシュに変なことされたら困るよー」

 今度出てきたのは、ヴァルアテアより少し背の低いオーイレール。
 眩い金髪のショートカットの男で、背中には彼の身長ほどある大きな剣を担いでいる。魔族と人族のハーフで、魔界では少し名の知れた剣士らしいが、僕はまだ、彼が剣を抜くところを見たことがない。せいぜい、毎回真っ黒になった料理らしきものをすすめてくるくらいだ。

 二人の男にいきなり迫られて、さっきまで僕相手に余裕で付き纏っていた男は数歩下がる。人族の僕相手なら大きな態度をとるけど、魔族二人に囲まれると怖いらしい。

「な、なんだよお前ら……」

 怯える男に、オーイレールが迫っていく。

「そっちこそ、俺らのダチに何してんだよ。事と次第によっちゃ、この場でぶん殴るぞ!!」
「だ、ダチ? そんなものがいたのか!?」

 そんなものいたのかって、もちろんいない。そいつらが勝手に言ってるだけ。だけど、そんなことを教えてやる義理はない。

 男は、怯えながらオーイレールの手を振り払い、踵を返して走り出す。けれど、男の走る先には、ここにいる二人に捕まっておけば良かったと後悔させるほどの変態男が立っていた。

「お、お前はっ……!」

 真っ赤な長髪に、金色の目、黒い服を着て不気味に笑うフュイアルさんを前にして、男は、ひどく怯えているようだった。
 だけど、フュイアルさんはそんな問いに答えてくれるほど親切ではないし、そもそも質問に答えるという常識なんて、持ち合わせていない。怯える男に、全く感情のない笑顔のまま、鳩尾に蹴りを入れた。

「俺はそいつの上司。俺のトラシュに何してるの?」

 たずねられても、腹を打たれたその男は、そんな質問になんて答えられるはずがなくて、その場に腹を押さえて倒れてしまう。

 倒れた男の体を、闇の中から飛び出して来た鎖が縛り付け、フュイアルさんは、僕にだけ見せる恐ろしい顔で微笑んだ。

「トーラシュ。大丈夫? 何もされてない?」
「……別に……キモいんで、近づかないでください」

 いつも言っていることだが、こいつが僕が言っていることを理解した試しがない。というか、こいつに僕を理解する気なんて、ないんだろう。
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