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50.手加減するな!
しおりを挟む次の日の朝、僕はぼんやりしたまま、目を開けた。
頭が痛い……朝だっていうのに、気分は最悪だ。
起き上がると、僕がいるのは、寝室だった。
僕がいるベッドのそばには、大きな窓があって、目を開けていられないくらい眩しい朝日が差し込んでいる。なんの植物かもわからない観葉植物のわきには、小さなサイドテーブルがあって、そこには、魔法がかけてあるらしい、冷たい水が入ったコップが置いてあった。
いつの間にか、寝室まで運ばれたらしい。ぐちゃぐちゃになったパジャマも、新しいものに変わっていた。
フュイアルさんめ……
ぎゅっと握った布団をそのまま千切ってしまえそうだ。これほどの怒りに駆られたのは、初めてだった。
あいつは手加減した。これまで、僕を殴り飛ばして縛って拘束して、いいように弄んできたくせに、今更、手加減したんだ。
何が、トラシュがいなくなると嫌だ、だ。僕はあいつに手加減される方が嫌だ!
ガチャ、と音がして、ドアを開けてフュイアルさんが入ってきた。
昨日、僕に無茶苦茶しておいて、殺すと喚く僕に対して手加減しておいて、この男は相変わらず、片手にいつもみたいにコーヒーを持って、僕に微笑むんだ。
「おはよう。トラシュ」
「……」
「はい。コーヒー」
「……っ!」
カッとなった。
こいつは、どこまで僕を馬鹿にすれば気が済むんだ。
僕は、ありったけの魔力で自分より大きな剣を作り出し、その男に切り掛かった。
フュイアルさんは、動かない。いつもならすぐに、避けるなり魔法を使おうとするなりしてたのに、そのどちらも、しようとしていないように見えた。
なんで…………もう、僕の相手をする気がないのかよっっ!!
振りかぶった剣を持つ手が、一瞬、微かに緩む。
そして突然、光に包まれ弾けるように消えてしまう。
「えっ……? うわっっ……!」
武器を失った僕に、鎖が巻きついてくる。そのまま、床に抑え込まれてしまった。
「このっ……! 離せよっ……!! フュイアルさん!!」
暴れようとした僕の背中に、何か温かいものが触れた。これ……媚薬の魔法だ!!
「ひっ……! こ、このっ……!!」
気づいた時には、僕の体から、力が抜けていっていた。抵抗しようとしても、体に力が入らない。逃げ出す力を奪われた僕を、鎖が抑え込む。どれだけ暴れようとしても、僕は動けなくて、鎖も解けない。
せめて怒りを込めて、僕はフュイアルさんを睨みつけた。
「フュイアルさんっ……! どういうつもりですか!!」
「なんのこと?」
「とぼけるな!! お前っ……手加減してるだろ!! 鎖だって、いつもより縛り方弱いし!! 僕相手に手を抜いてっ……ただで済むと思うなよ!!」
「そんなつもり、ないよ。単に、鎖の魔法じゃなくて、媚薬の魔法で押さえつけるようにしただけ。それとも、痛く縛られないのが不満なの?」
「そんなはずないだろっ……!! 手加減すんなって言ってるんだ!!」
「だったら、トラシュの魔力でその媚薬の魔法を打ち破ればいいだろ? トラシュの魔力じゃ、無理だろうけどね」
「……どうせまた、魔力を取り上げるくせにっ……!」
「そんなことない。トラシュが前みたいに、死ぬほど無茶しようとしてたら止めるけど、そうでない限り、魔力を取り上げたりはしないよ」
「…………やっぱり手加減じゃないか……後悔するなよっ……!」
「しないよ。トラシュは俺には勝てないからね」
「……っ!!」
僕は、再びあの剣を作り出した。
今度は自分の手の中ではなく、倒れた自分の体の上に。空中に生まれた剣は、僕目掛けて落ちてきて、僕を縛る鎖を断ち切る。僕の体には紙一重で当たらない。
簡単に鎖が切れて、やっぱりフュイアルさんが油断しているんだと思った。だけど、走り出そうとした足は、力が入らずにその場に倒れてしまう。
「うっ……ひっ…………やぁぁっ……!!」
くそっ……! また媚薬の魔法だっ……!
身体中、気持ち良くて、力が抜けていく。悔しくて見上げる僕のそばに、フュイアルさんはしゃがんで、僕を見下ろしていた。
「今度から鎖じゃなくて、それで縛るね。トラシュがいなくなるの、俺は嫌だから」
「ざけんなっ……! こんなのっ……すぐに打ち破ってやるっ……!!」
喚いて、体の魔力を呼び起こす。今回食らった媚薬の魔法は微かなもの。これくらいなら、僕の魔力で打ち破れるはず。
体に魔力を巡らせる。すると、僕を包んでいた気味の悪い快楽が薄れていく。
「うっ……!」
呻いて、僕は起き上がった。すぐにフュイアルさんに飛びかかってやりたいのに、まだ体が熱い……
ぼんやりしている僕の目の前に、湯気を上げるマグカップが差し出された。
見上げれば、僕に魔法を打ち破られたのに、全く悔しそうじゃないフュイアルさんが、僕に微笑んでいる。
「偉い偉い。よくがんばったね」
「ふざけないでくださいっ……媚薬の魔法、打ち破りましたよ? 覚悟はいいですね?」
「媚薬の粒一つだけ食らって、すでにふらふらのくせに、無茶をしない」
「……」
くそ……バレていたのか。
媚薬の魔法から回復したとはいえ、僕はもう、ふらふらだ。
こんな体のまま向かって行っても、絶対に負ける。
僕は、フュイアルさんを睨みつけた。
「……本当に、鎖から媚薬の魔法に変えただけで、手加減する気はないんですよね?」
「加減じゃなくて、媚薬の魔法の方が効果的だから、そうしただけ。こっちなら、気持ちいいだけで、トラシュがいなくなったりしないし、俺もトラシュで遊べるし」
「ふざけんなっ!! いつか絶対殺してやるからな!!」
「はいはい」
適当な返事をして、フュイアルさんは僕にコーヒーを差し出す。
まじめに聞いてるのかな……
イラっとしたけど、コーヒーは受け取ってしまう。
喉乾いてるし、ムカつくけど……まあ、いいか……手加減しないって言ってるし。
最近、こうしてフュイアルさんからコーヒーを受け取るのが日課になっている気がする……
いつも僕に渡すときみたいに、最初からミルクが多めにしてあった。
「朝食、できてるよ。食べる?」
「……顔洗ったら……食べます……」
「……」
「なんですか?」
「……なんでもないよ。待ってるね」
そう言って、フュイアルさんは部屋を出て行った。
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