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51.組まないか?
何が待ってるね、だ。なんだあいつ。本当に、一体どういうつもりなんだ。
昨日、やろうと思えばやれたくせに、あいつはしなかった。
昨日は、僕は体が動かなくて、拒絶することも死ぬこともできずにあいつを受け入れるしかなかったのに、あいつは手を止めた。
……なんでやめたんだ……続けようと思えば、できたはずなのに。
握ったマグカップからは、まだ湯気が上がっている。
「変なやつ……」
まあ、いいや。いつか必ず、あいつに勝ってやる。その時せいぜい後悔すればいいんだ。
そう思ってみても、頭の中がモヤモヤしたままだ。
そのまま僕は、洗面所へ向かった。
涙で濡れてぐちゃぐちゃだった顔も、もう元に戻っている。
……なんだか、何事もなかったみたいだ。
洗面台には、コップが二つ。歯ブラシも二つ。洗顔料まで二つ。僕のと、フュイアルさんのだ。
苛立つ。気持ち悪い。僕の家の中に、僕じゃない奴がいる。なんでいるんだ。僕の家の中には、僕だけいれば十分なのに。
カッとなって、憎い男の歯ブラシが入ったコップを取って振りかぶる。すると、突然、僕の前に煙のようなものが現れた。魔法の煙だ。それは輪の形になって、中に人の姿が映し出された。
またフュイアルさんかと思ったけど、そこに映し出されたのは、昨日僕にしつこく話しかけてきた男だ。
煙に映る男は、僕に向かって片手を上げる。
『よう。人族』
「お前……」
『おっと……大きな声を出すなよ? フュイアルに隠れて魔法使ってるんだ。あいつに見つかったら、俺もお前も困るだろ?』
「別に……困るのは、お前だけ。僕はあんなやつ、怖くないから。それより、何? 魔法使って、昨日の仕返しに来た?」
『まさか。俺も魔族だ。人族の魔法使い一人追い回すほど、暇じゃねえよ』
「じゃあ、なに? フュイアルさんに仕返しにでも来た?」
『まあ……そうだな。俺は、あいつをぶっ殺したい。それは、お前も同じのはずだ』
「だから、なに?」
『……俺と組まないか?』
煙の向こうの男は、ニヤリと笑う。
組む……? 僕が、こいつと?
突然のことに、僕がキョトンとしていると、そいつは、僕を誘うように手招いた。
『お前と俺が組めば、あの野郎をぶっ殺せる。何しろ、お前はあいつの、唯一の弱点だからな』
「……なんで僕が弱点なんだよ?」
『はあ? お前……自覚なしかよ……』
「自覚? なんの?」
『……まあ、いいや。自覚ない方が、お前があいつに絆されて裏切ることもなさそうだ』
「……さっきから、何言ってるの? 絆される?」
『なんでもないんだ。忘れてくれ。俺の名前は、エイリョーゾ。お前となら、俺はあいつに勝てる。お前だって、あいつを殺したいんだろ? 俺もだ。二人であいつの息の根を止めるんだ』
「……僕、誰かと組みたい訳じゃない。だいたい、僕は一人でフュイアルさんに勝てるから」
『……お前本気で言ってるのか? フュイアルは、ああ見えて魔界一の魔力の持ち主だ。そんなもん相手に、人族が一人で向かっていく気か?』
「僕はっ……」
『落ち着け落ち着け! 大きな声出すな! フュイアルに気づかれる!!』
「……」
『だいたいお前、フュイアルに勝ちたいのなら、もっと上手くやれ。俺が調べたところによると、お前は唯一、あいつの弱点をつけるやつだ』
「僕が……?」
『ああ。お前がだ。その意味も、俺と組むなら教えてやる。だから、俺と組め。このままだとお前、いつかフュイアルに犯されるぞ』
「……っ!!」
それを聞いて、僕の体は大きく震えた。
昨日はなぜかあいつが勝手に引き下がったけど、こんなことばかりとは限らない。いつかあいつに押さえ込まれたら、また今回みたいに逃げられるとは限らないんだ。
「……僕は……」
つい、口を開いてしまう。
フュイアルさんとだけは嫌だ。だけど……あいつが本気になったら、僕は……今度こそ犯されるかもしれない。
そんなことになる前に、あいつを……
それでも迷う僕に、煙の中のエイリョーゾが、畳み掛けるように促す。
『いいだろ? 俺と来い。トラシュ!』
「……何か策でもあるの?」
『策? あるに決まってるだろ』
そう言って、そいつはニヤリと笑う。そして、僕をじっと見つめて、言った。
『俺と付き合えよ』
「は? 誰が?」
『お前だよ! お前!! お前が俺と付き合うんだよ!!』
「僕が……?」
『ああ。俺とお前が付き合うんだ。そうすれば、あいつに勝てる。なんで勝てるのかは、俺と付き合ったら教えてやるよ』
「…………お前、僕のこと、好きなの?」
『え? ああ……うん。好きだよ。つーか、そんなの、適当に付き合ってやったら好きになるって。深く考えんな!』
そう言って、そいつが煙の中で僕に手を伸ばす。
その手を見て、僕は感じた。
この人は、よさそうだ。
僕は、この人を好きになれる。また、夢中になれる。また、夢中になって、他の余計なことなんて、全部忘れるくらい、好きになれる。
僕は、無意識のうちに、その手に向かって、手を伸ばしていた。
この人を好きになれる。きっと愛せる。
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