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52.僕はこの人を愛せる
しおりを挟む僕は絶対に、この人を好きになれる。そう確信したのに、その人に向かって伸ばした僕の手は、途中で止まる。
なんで……いつもなら、絶対にすぐにこの人の手を取れたのに。
それなのに、僕は途中で躊躇した。
そんなことをしているから、その人は、少し苛立ったように言った。
『おいっ……! どうしたんだ!? これが一番いい方法なんだよ!! 来いよっ…………チッ……これ以上話してると、フュイアルに見つかるっ!! また連絡する! じゃあな!』
そいつがそう言うと、煙はぐらりと揺れる。そして、消えかけたそれの中で、男は振り向き、僕に『好きだぞ。トラシュ』と言って消えた。
完全に男の姿が消えると、元の静かな洗面所に戻る。
だけど、僕の前で起こったことは嘘じゃない。あいつ、本気でフュイアルさんを殺す気だ。
あいつと組んだら……僕は……
考え事をしていて、力の抜けた手から、握っていたコップがずれて、歯ブラシが落ちる。こん、と音がして、僕は我に返った。
そして、すぐに後ろから声がした。
「トーラシュ」
「うわあっっ……!」
びっくりした……いつのまにか、洗面所のドアのところに、フュイアルさんが立っている。
何してるんだこの人!!
こんなところに急に現れて、洗面所のぞいて!!
フュイアルさんは、相変わらずにっこり笑って、僕が握ったコップを指差した。
「何してるの? 俺のコップ握りしめちゃって」
「は?? え……あ……べ、別に、お前のコップ握りしめてた訳じゃない!!」
「そんなに俺が恋しかった?」
「そんなはずないだろっ!! 死ね!!」
「そんなに強がらなくていいよ。後でキスしてあげるからね」
「必要ないって言ってるだろ!! バカ!!」
叫んで、コップを投げつける。それなのに、コップは途中で花束になって、そいつの手の中に収まってしまう。
「俺に花を送りたかったの?」
「何言ってるんですか? 今、自分でコップを花に変えましたよね? 自分で出した花、自分で受け取っただけですよね? キモいんだよ!! 死んでろ!!」
「朝食できたから、早くおいでー」
「いらない! 食べたくないっっ!!」
「トラシュが気に入りそうなジャム、いっぱい塗ったパン用意したよ」
「……いりません。死ね!!」
「じゃあ、リビングで待ってるね」
そう言って、フュイアルさんは踵を返す。
さっきの、エイリョーゾのことは、気づいていないのか……? あいつも魔族だし、フュイアルさんを相手にするんだ。見つからないための魔法くらい、かけているだろう。
僕は、フュイアルさんの背中を睨みつけて、そいつの後について行った。いつもと変わらないフュイアルさんだ。
やっぱり、気づいていないのか……この腹立たしい男を、さっきの男となら、葬ることができるのか……?
その背中から、目を離さずに歩いていたら、フュイアルさんは、おもむろに、僕に振り返る。
「トラシュ」
「……なんですか?」
「さっき、何話してたの?」
「はっっ!!??」
息が止まりそうなほど驚いた。
さっきって、エイリョーゾのことか!? なんで……聞いてたのか!?
誤魔化さなきゃいけないのに、声が出ない。
すると、フュイアルさんは、いつもどおりの笑顔で、僕に言った。
「話し声が聞こえたから。誰かいた?」
「いっ……いない…………いません……独り言……です」
なんとか答えると、フュイアルさんは、にっこり笑って、そうかって言って、僕に背を向け、リビングに入っていく。
やっぱり……気づいてないのか?
さっきのあれがバレてたら、フュイアルさんなら絶対すぐに襲ってきて、お仕置きって言って僕を拷問にかけていたはずだ。それなのに、そうしないってことは、やっぱり、聞こえてなかったのか……?
なんだか疑心暗鬼に陥りそうだ。とにかく、あいつが襲ってきた時に、すぐに対抗できるように、常に身構えているようにしよう……
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