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88.少し
「フュイアルさん……僕ら、ここにえっちなことしに来たんじゃないんですよね?」
「うん」
「じゃあ、少しは加減してください……」
フュイアルさんの少し後ろを歩きながら、その背中を睨みつけて言うけど、フュイアルさんは、やっぱりまともに聞いてない。加減したらまたしていいの? なんてからかうように言っている。
やめてほしい。だって今はそういうこと言われると、ひどくドキドキするから。
「死んでください……むしろ、今度僕が殺します……」
いまいち勢いのない声で言いながら、歩く。
路地で弄ばれた僕は、気づいたら目指していた古城にいた。体はすっかりきれいになっていて、服は着替えさせられていた。黒い、シンプルだけど気品を感じるもので、魔族の正装らしいが、僕は魔族じゃない。
僕を勝手にここに連れてきて勝手に運んで洗って着替えさせたフュイアルさんも、同じような服に着替えていて、僕を城の奥にある一室に連れていく。
そこで僕らを出迎えたのは、以前フュイアルさんの部屋で会ったウィウントだった。
「フュイアルっ……! 来てくれたのか!!」
「……横流しの連中は見つかった?」
「ああ、もちろんだ……来てくれ」
ウィウントは、フュイアルさんを連れて歩き出そうとしたけど、その前にフュイアルさんの隣にいた僕に気付いたみたいだ。
「……君は…………フュイアルの婚約者のトラシュだったな」
「婚約者じゃありません……」
そんな風に答えているのに、僕の言葉には自分でも呆れるほど勢いがない。
隣を見上げれば、フュイアルさんがすぐに気づいて、僕に微笑んでくれる。だけど僕は慌てて顔を背けてしまう。
フュイアルさんが、僕と同じ気持ちでいてくれているんだって思ったら、嬉しくて堪らない。だから、いなくなったら嫌だっていうのは僕も同じだって、それだけを伝えたかった。
それなのに……フュイアルさんがイカせるから!! あんなところでイカされて、射精して気持ち良すぎてフラフラで、そのまま気絶するなんて。
そもそも僕ら、仕事でここまできてるのに、何してるんだこの最低上司は!
そう思って睨むけど、フュイアルさんはニコニコするだけ。
勝手に着替えさせられた正装が、余計に誤解を与えたのか、ウィウントまで微笑んで、僕に言った。
「すでに婚姻届が出されている。君も一度、魔界に顔を出してほしい」
「出しません。フュイアルさんが渡したものは偽造です。後で焼きます」
「焼けるのか?」
そう聞いた彼は、僕の顔を覗き込んでくる。困っていたら、そんな僕を隠すように、フュイアルさんが僕の前に立った。
「俺のトラシュをいやらしい顔で見ないでね」
「そんな度胸はない……今回は、すまなかった」
「全くだよ。盗賊たちを捕縛するために協力していたのに、横流しなんて。どういうこと?」
「すまない……魔物の処理をしていた奴らが、本来処理されるべきものを、手懐けていたらしい。手懐けには奴隷が使われていたようだが、魔族が使われたという話もある。陛下も、相当お怒りだ」
そこまで聞いて、僕は立ち止まってしまった。
怖くてまた立ち止まる僕に、フュイアルさんが振り向いて、手を差し出してくれる。
「大丈夫だよ。トラシュ……俺がついている」
「………………」
無言で、フュイアルさんを見上げた。
フュイアルさんはいつもと変わらない。僕の前でいつも微笑んでいる時と。
なんで、フュイアルさん、僕をここに連れてきたんだろう。
「……フュイアルさん…………僕……」
「おいで。トラシュの隣には、ずっと俺がいるから」
「……はい」
今度はちゃんと、返事ができた。
そっと、フュイアルさんの手を取る。その手は、相変わらずひどく冷たい。それなのに、フュイアルさんのこの冷たい体温が、最近は気持ちいい。
その手を握ったら、不安と恐怖で乱れた心が、少し楽になった。
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