誰より重くて愛がないと言われる僕の後ろには、いつも監禁趣味のあいつがいる

迷路を跳ぶ狐

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92.最初から


 魔物対策用に強化されたはずの天井を突き破り、巨大な魔物が顔を出す。頭が蜘蛛のようになった、蝙蝠の羽を持つ魔物だ。牙を剥き出しにして、よだれのような黒い液体を垂らしている。それは床に落ちるなり、じゅっと、焼けるような音を立て、その場にあるものを砂のようなものに変えてしまう。魔物で汚染された魔力を含んでいるんだろう。普通にいるものとは違う。強化された魔物だ。牢の中の奴らの口ぶりから言って、奴らの援軍だろう。僕らを相手に話していたのも、やけに天井を気にしていたのも、これを待っていたからだ。

 周りでは、僕らと一緒にいたウィウントや討伐隊が魔法を放っているが、魔物にはまるで効いていない。魔物の魔力の方が優っているんだ。
 誰かが竜王と魔族の王に避難するように言って、彼らを守る護衛たちが、王を連れて行こうとしている。
 だけど、あの魔物は魔物対策のために強化された城の天井を易々と突き破っている。逃げたところで、あの魔物を倒さなくては、どこにいても危険だろう。
 彼らもまさか、魔物対策の拠点とされていた城が、こうも簡単に壊されるとは思っていなかったらしい。突然の強化された魔物の襲来に、誰もがパニックに陥ってる。
 そうでないのは、僕を見下ろして、いつもみたいににっこり微笑むフュイアルさんだけ。

 僕は、牢の中で魔物に殺せと指示を出す奴らを睨みつけた。
 魔物は彼らの言うことを聞いて、僕らに向かってくる。

 僕は、全身の魔力を呼び起こした。

 散々フュイアルさんにイタズラみたいに魔力を押し込まれていたからだろうか。焼け付くような魔力はすぐに集まり、烈火となって、魔物を焼いた。
 一度ついた火は一気に燃え上がり、そこにいた魔物は、天井もその上にあった城の上の階も巻き込んで突き抜けていく。
 魔物はあっさり焼き尽くされ、灰になって夜空に飛んでいった。

 魔物を従えて胸を張っていた男たちは、切り札が燃えてしまい、顔色を変えていた。中には涙を流して腰を抜かす奴までいた。

 僕……なんで怯えていたんだ。最初から、こうすればよかったんだ。

「…………僕の好きな人を侮辱して……ただで済むと思うなよ……」

 感情だけで、魔力が焼ける。まだ消えない炎は、僕に従って僕の周りで燃え上がっていた。

 すでに、魔物は燃え尽きた。だけどまだ、僕の大事な人を貶した男たちはそのままそこにいる。

 そいつらに向かって歩き出した僕を、数人が止めてきた。ウィウントと、王を守る護衛たちだ。

 ウィウントは、僕を羽交締めにしながら叫んだ。

「と、トラシュっ……! やめろっ……! 落ち着いてくれ!! これ以上やったら、城が壊れる!!」

 彼はそう言うけど、こんなの、我慢できない。僕の大事な人は、僕のために我慢してくれたのに、それを侮辱するなんて。

 僕は、ウィウントを振り払おうとするけど、彼は今度は、フュイアルさんの方に向かって叫んだ。

「フュイアル!! おい!! トラシュをなんとかしろ!!」

 怒鳴られても、フュイアルさんは、その場で固まったまま。ウィウントや、他の誰かが声をかけても、微動だにしない。

 どうしたんだ?

 フュイアルさんの顔を見たら、少し冷静になれて、僕は立ち止まった。

 だけどすぐに、大事なことに気づいた。

 さっき僕、好きな人って言ってしまったんだ。

 ど、どうしよう……フュイアルさん、聞こえてたのかな!?

 ウィウントがフュイアルさんを大声で呼んで肩を揺さぶると、フュイアルさんは、やっと目を覚ましたかのように、ウィウントに振り向いた。

「あ…………ああ……ウィウント……何?」
「なに!? なに? だと!? 正気かおいっ!! しっかりしろ!! 城が溶けかけているんだぞ!!」
「城……? ああ……うん…………そうだね……」
「そうだね!???」
「あ、後で直すよ……うちの所員がごめん……」
「ごめん!??」
「……なんでごめんで驚くの?」
「今のが一番驚いた……お前が謝るなんて……大丈夫か? 頭を打ったか? それとも立ったまま寝ぼけているのか?」
「……どれでもない。とにかく、城なら後で直すよ」
「今直せ」
「……あぁ……うん……そうだね……」

 言って、フュイアルさんが魔法をかけると、その場に転がっていた瓦礫が浮き上がり、天井から上の階を貫いて星空まで届いた大穴から吹き飛んでいった瓦礫が戻ってくる。貫かれた穴を埋めるようにそれらが重なり、城を修復していく。あっという間に穴は塞がり、何事もなかったかのように、城は元に戻った。

 誰もが驚きながらも、ほっとしたような表情を浮かべ、牢の中の奴らだけが、腰を抜かして震えていた。

 フュイアルさんは、僕に近づいてくる。そして、僕の頭を撫でて「トラシュ、やりすぎ」って言って、僕から顔を背けた。そして代わりにウィウントたちに振り向く。

「じゃあ、ここの処分は後で俺がするから」
「ああ……そ、そうだな……お前、本当に大丈夫か?」
「うん……」

 答えながらも、フュイアルさんはどこか上の空。僕の肩を抱いて、扉の方に向かう。
 ウィウントと王とその護衛たちもついてきて、牢の中の連中を残し、僕らは外に出た。


 牢の外に出たら、思い出した。僕の名前を呼んだの、僕を売った家族だ。きっと、一緒にいたのは、僕を買った奴らだったんだろう。


 牢の扉が閉まると、微かに背後から音がする。何があったのか振り向こうとしても、フュイアルさんが、僕の肩を強く抱いて、振り向くことすら許さずに連れて行ってしまう。



 初めて彼らにほんの少し同情した。だって、「好きにしていい」なんて条件で、フュイアルさんに引き渡されたんだから。

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