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5.早く逃げなきゃ
しおりを挟む僕は、買い物カゴを持って殿下について行った。
殿下の後ろ姿を見つめながら歩いていたら、城にいた頃を思い出してしまいそう。いつも、自信に満ちた姿で歩く殿下の後ろについて歩いていると、なんだか落ち着いたんだ。
そ、そんなことしてたから、殿下を誘った、なんて誤解されたのかな……
殿下は、今度はお菓子コーナーで、クッキーを選んでる。普段、甘いお菓子は召し上がらないのに……
「あ……あの……お客様……あ、甘いものは苦手ではないのでしょうか?」
「なぜ知っている?」
「ふえっ!?? え、えっと…………な、なんとなくっ……そんなふうに見えました!! そ、そんなことより、誰かにお渡しするのですか!? こちらは……」
「お前の一番のおすすめを教えろ」
「……こちらの、うみねこプリンです」
「普通のプリンとどう違う?」
「一緒です」
こんなに話しているのに、殿下は一向に気づいてくださらない……なぜですか?
目の前にいる殿下が遠い存在に思えてきた。こっちの世界に来て、人目を気にせず殿下のそばにいられて、少し、殿下と近くなれた気がしたのに。
それなのに、さっきも、僕が店から出て行くのを見て、追ってくれなかった。何で追わないんだ? 僕のことを怒っているはずなのに。
まさか……僕に愛想が尽きたのですか? 僕があんな風に怒鳴ったりしたから。嫌いだなんて言ったから。
あり得る。もともと、存在するはずのない愛情だ。
僕はただの召使い。たまたま魔力感知の力を見出していただけただけの平民だ。
対して、殿下は王族。釣り合うはずない。
そんなことは、ずっと前からわかっていたことなのに、今更僕は、何をしているんだ。
殿下が僕に振り向いた。
「お前の声……どこかで聞いたことがある……」
「えっ……?」
どうしよう……変幻の魔法が切れかけているんだ。
もうすぐ僕は、元の姿に戻ってしまう。早く逃げなきゃ……僕は、陛下から逃げているんだから。
それなのに、胸が痛い。殿下が離れて行ってしまうことが我慢できない。
大量の商品を持って、殿下がレジに来る。
会計をしている間、僕は俯いていた。目を合わせたら、僕ですって言っちゃいそう。もう、どんなふうにお仕置きされてもいいから気づいて欲しい。
自分で逃げたくせに、僕は何をしているんだ。
殿下は殿下なんだ。いつか僕じゃなくて、ちゃんとした伴侶を迎えて、国を守る人なんだ。いつか、別れなくていけない人なんだ。
だから僕は、何も言っちゃいけない。
買ったものを全部袋に詰めたら、殿下はそれを魔法で浮き上がらせる。
「ご苦労だったな。また来る」
そう言って、殿下が店から出て行こうとしている。
やっと終わった……結局、バレなかった。よかった。これでよかったんだ。
僕は殿下のそばにいちゃダメだ。殿下には、元の世界に戻ってもらうんだ。僕がいたら、必ず殿下の邪魔になる。僕のせいで、殿下は陛下と仲違いして、城を飛び出してしまったんだから。
だから、気づかれなくてよかったんだ。
それなのに、自動ドアが開いて、店から出て行こうとする殿下を見たら。
やっぱり……我慢なんてできないっっ……!!
「殿下ぁっ…………!」
気づけば僕は、殿下のローブを掴んでいた。
当然殿下は振り向いてしまう。逃げる気でいたのにもう遅い。この世界で、殿下を殿下って呼ぶのは、僕だけ。
殿下の魔法が僕の変幻の魔法をあっさり打ち砕いて、僕は元の姿に戻ってしまう。
「……キディルテ……お前か? こんなところでな何をしている?」
「……申し訳……ございません……」
謝りながらも、ひどくドキドキした。殿下が僕に振り向いてくれたからだ。
やっと……振り向いてくれた。
殿下のことを、横暴だなんて言っておきながら、僕だって、わがままがすぎる。ただの元召使のくせに、あんなふうに逃げた後で我慢すらできないなんて。
我慢しなきゃいけないのに。殿下は王子なんだから。釣り合いもしない平民がそばにいちゃいけない。僕のせいで、殿下は国に帰れないんだから。
だから僕は身を引かなきゃ。
分かっているのに、殿下が恋しい。殿下のそばにいちゃだめって、何度だって自分に言い聞かせたのに、結局僕は、こんなふうに我儘に殿下を呼び止める。
もう覚悟を決めなきゃダメだろう。こんな僕、殿下にめちゃくちゃにお仕置きされて、嫌われればいいんだ。そしたら殿下は、きっと城に戻ってくださるんだから。
泣きそうになる僕に、まだカウンターの下に隠れて、僕らの様子を見守っていた店長が言った。
「キディルテくん、今日はもう上がっていいよー」
「えっ……で、でも……」
「いいからいいから。殿下と仲良くね」
仲良く?? 殿下、めちゃくちゃ怒って僕を睨んでるのに?
これは……生半可なお仕置きじゃ済まないかも……
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