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身代わりの結婚

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「碧斗さん?」

 沈黙が気まずくて呼びかけたのはいいけれど、先が続かなかった。

「翔とは……」

 しばらくして、碧斗さんがようやく口を開いた。

「互いの家を行き来していたくらいだ。相当、仲が良かったのか?」

「え? ええ。高校生の頃に、翔君を含めた数人のグループで一緒に過ごしていたので」

 翔君とは意外と気が合い、一緒にいることが楽しかった。
 彼の友人と私の友人も含めた四人で苦楽を共にした時間は、なにものにも代えがたい。

 さすがに卒業後は以前のような頻繁なやりとりはないが、彼も含めてあの頃一緒に過ごしていた友人らとは変わらず関係が続いている。

 とはいえ翔君とはこうしてふたりで顔を合せる機会がそれなりにあったが、彼の友人であるもうひとりの男の子とはそこまで親しい関係にはない。
 翔君は親族になるのもあり、より気安い仲だと自覚している。
 
 ただ、彼がまさか私の義弟になるとは、さすがに考えたこともなかった。

「悪い。変なことを聞いた」

 まだなにか言いたそうな顔をのぞかせた碧斗さんだったが、すぐにいつもの穏やかな表情に戻る。

 それから一歩離れて、つま先から頭の先まで何回か視線を往復させた。

「うん、よく似合っている。本当に綺麗だ」

「あ、ありがとうございます」

 唐突な切り替えに上手くついていけず、しどろもどろになる。

 碧斗さんは、私の両手を自身の手で包み込みながら、熱い視線で見つめてきた。途端に、私の鼓動が騒ぎだす。

「会場で待っているから」

 なんとかうなずき返した私の頬をサラリとなでた碧斗さんは、名残惜しそうにしながら控室を後にした。


 最高潮に緊張した中で執り行われた式は滞りなく進み、誓いの口づけを促される。
 段取りを間違えてはいけないとばかりに注意が向いていたせいですっかり忘れていたが、これが私のファーストキスだとこのタイミングで気づいてしまった。

 碧斗さんの手で、顔を覆っていたベールが上げられる。
 もしかしたら私の瞳は、幸福と羞恥に潤んでいたかもしれない。

 きっと、碧斗さんは姉と何度も口づけを交してきたのだろう。
 切なげな彼の瞳を見てつい浮かんだ想像を、慌てて頭の隅に追いやった。

「音羽」

 これほど大勢の前で碧斗さんに恥をかかせるわけにもいかず、感情に引きずられないように気を引き締め直す。

「一生、大切にする」

 真剣な表情でそう言ってくれた彼に、小さくうなずき返した。

 ふっと表情を和らげた碧斗さんは、顔を傾けながらゆっくりと近づけてくる。
 そうして少し後に、触れる程度にそっと唇が重なった。
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