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不穏な足音

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 ひとりで自宅におり、そろそろ楽器の練習をしようかと立ち上がったタイミングで鳴ったスマホの音に、出鼻をくじかれてしまう。
 相手が姉だと確認して、ギクリと体が強張った。

 一度切れた電話は、間を開けずして再び鳴りだした。こちらが出るまで続くのだろうと察して、渋々通話に応じる。

「もしもし」

『私よ』

 名乗りもしない唐突な切り出しは母にそっくりで、さすがに横暴が過ぎる。そう苛立ちはしたが、彼女に言い返す気力はなかった。

『音羽は、私がいなくなって喜んでたんでしょ? あなた碧斗さんをずいぶん気にして、実家の玄関先でアプローチしていたものね』

「アプローチ?」

 脈絡のない話に、理解が追いつかない。

『あら、そうじゃない。彼の前ではやけに愛想がよくて、演奏会に出るとかコンクールがなんだって、わざとらしく話していたでしょ? あざといったらなかったわ』

 そんなつもりは断じてない。
 彼がいつも待たされているのが申し訳なくて、場をつなぐように話していただけで、決して姉が言うような下心はなかった。

 姉から放たれた言葉はどれも悪意に満ちており、唖然としてすぐに言い返せない。

『あなた、今は彼に贅沢をさせてもらってるんでしょうね』

 徐々に冷静さを取り戻し、姉の嫌味にようやく気づく。
 定職に就いていない私に対する、当てこすりなのだろう。

『彼は優しすぎるから、婚約者の妹を突き放せなかったのよ。そもそも、私たちが上手くいかなかったのは、あなたのせいでもあるのよ。音羽あんなふうに彼の気を引こうとするから、あの後いつも口論になっていたわ』

 そんなの、言いがかりだ。

 碧斗さんのことは当時から好きだったが、私の言動はあくまで婚約者の妹としての立場を逸脱していなかったはず。
 それどころか、姉の婚約者に横恋慕しているなど、碧斗さんが知れば軽蔑するかもしれないと今でも恐れているくらいだ。

「私はただ、あの場で彼を放っておくのも失礼だと思って」

『都合のいい言い訳ね。私たちの喧嘩の原因の大半は、音羽にあったわ』

「そんな……」

 理不尽な言いようが悔しくて、唇を噛む。

「で、でも……姉さんが時間を守っていれば……」

 そうすれば碧斗さんが待たされることもなかったし、私と彼との接点も最小限になっていたはず。

『私のせいだって言うの? 言いがかりはやめてもらいたいわ。それに、少し待たされたくらいで腹を立てるような、器の小さな男ならこっちから願い下げだわ』

 酷い言い草に、スマホを握る手に力がこもる。
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