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第6話 王太子の想い人
しおりを挟む――王太子クラウス現る。
そのことは一瞬で会場中に広がり、令嬢たちは自身のパートナーさえ放って、クラウスを見ようと身を乗りだした。
ただ現れただけで、黄色い声の飛びかう絵に描いたような騒ぎとなる。
(あら……淑女の矜持はどこへやらね)
エミリアはやれやれと肩をすくめながら、そんな騒ぎを傍観する。
クラウスはその美貌にかかわらず、女性関係は至ってクリーンだ。そもそも女性に興味がないとのうわさもあり、夜会の出席率は高くなく、人前に姿を表すことも多くない。
しかもここ最近は特に忙しかったのか、まったく社交界に姿を現さなかったとも聞いていた。だから皆の反応もひとしおなのだろう。
(わたしはよくお見かけした気がするけど……きっと運がよかったのね)
エミリアが夜会に出席するときは、たいていクラウスも出席しており、よく目の保養にさせてもらったものだ。
だから出席率が低いとは思わなかったが、運がよかったのだろう。
そうして――
『尊いわ……尊すぎる。自分があの宝石のようなその瞳に映ったと思うだけで、溶けてしまいそう』
『ここ最近は夜会にもお見えにならなかったのに、まさか舞踏会にいらっしゃるなんて……!』
『もしかして、声をおかけすれば踊ってくださるかしら……!』
誰ががそんなことを言った瞬間だ。
とたんに令嬢たちはまるで特売でも始まったかのように、我先にとクラウスに群がる。そしてそれぞれ全力で媚び媚びのアピールをし、国一の色男のダンスパートナーの座を射止めんとする。
もはやその勢いは、鼻息荒く暴走した猪の魔物のようである。
しかしそんな暴走令嬢の群れに――
「殿下、おひさしぶりです~♡」
強引にわりこんでいくものがいた。
ミーナだった。
暴走令嬢の群れを乱暴に押しのけ、クラウスの眼前に躍りでるミーナ。
婚約者のエドワードを相変わらず放って、上目遣いで全力の媚びた笑みをクラウスに向けながら、
「せっかくご出席なさったのだし、あたしとぜひ踊ってくれませんか~♡」
クラウスは無表情でミーナをながめたあと、はてと首をかしげる。
「……すまぬ、覚えがない。人の顔と名を覚えるのは苦手でな」
さらりとそんなことをのたまう。
ミーナはきょとんと目を見開き、ミーナに押しのけられたまわりの令嬢が、いい気味とばかりにクスクスと笑った。
ミーナは顔を真っ赤にし、だがそれをごまかすようにさらに身を乗りだす。
「ラ、ラビスリー男爵家の……ミーナです! あのディゴリー公爵家のエドワードさまの婚約者の!」
「ああ……エドワードの」
クラウスはうなずき、その切れ長の完璧な双眸を鋭く細める。
だが結局相手にはせず、
「誘ってもらえるのはうれしいが、婚約してまもない身なら婚約者といるべきだろう。常識的にな」
遠回しに非常識とミーナを非難する。
「で、でもでも……一度ぐらい!」
「それに最初に踊る娘は心に決めていてな。彼女のような魅力的な女性が……俺と踊ってくれるかはまだわからんが」
そ、そんなあ! と追いすがるミーナだったが、クラウスは完全無視。
身をひるがえしてミーナや数多の令嬢たちを置きざりにし、まっすぐ舞踏会場へと歩を進める。
(え~……素敵! あの殿下もやっぱりちゃんと人間だったのね~……)
エミリアは感慨深げにうなずく。
クラウスの言いかたから察するに、どうやらこの舞踏会場に想いを寄せるお相手がいるらしい。しかもあのすべてにおいて完璧なクラウスが尻込みするような高嶺の花のようだ。
並いる美女や姫君からの求婚を拒んできたクラウスの心を射止めたのはいったい何者なのか。
エミリアはミーハー心でわくわくしつつクラウスの動向に――クラウスの想い人に注目する。
だがしばしあって、クラウスがその優美な仕草で手を差しのべたのは――
「踊ってくれませんか、エミリア嬢?」
「!?」
エミリアだった。
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