乙女ゲーム世界で少女は大人になります

薄影メガネ

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第一章~子供扱編~

♂019 行き違う心

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「フェルディナンさん……?」

 おそるおそる話し掛けた私に彼は明らかに怒気どきを含んだ固い声で返してきた。

「――すまない、来るのが遅くなった」

 フェルディナンの声を聞いた刹那せつな、そんなことはない――と私は思わず無言でかぶりを振って応えた。声が出なかった。止めどなくあふれ出てくる涙に頬をらしながら、私は必死にフェルディナンの方を見た。

 私のそんな様子をフェルディナンは一目いちもくしてからイリヤを真っ向からにらみつけた。今にも殺しかねない形相ぎょうそうのフェルディナンに、それまで事の成り行きを傍観ぼうかんしていたイリヤが楽しそうに口を開いた。

随分ずいぶんと来るのが遅かったじゃないかフェルディナン。あと少し遅れていたら君の大事にしている異邦人ラヴァーズが俺の元にくだったかもしれないのに……」
「ふざけるなっ!」

 フェルディナンの怒りの咆哮ほうこうと同時にひらめく一筋の光がイリヤに向かって伸びた。そしてイリヤはそれを避けるため更に後方へと思いっ切り飛びすさると、その血の様に赤い瞳を私とフェルディナンへ交互に向けた。

黒将軍くろしょうぐんが執着している異邦人ラヴァーズか……」
「お前は――一体何を考えている?」

 声をあらげてイリヤをけるフェルディナンの声が路地裏に響き渡る。イリヤをとらえることが出来なかった抜き身の漆黒しっこくの大剣がくうを切り、鈍く黒光くろびかりさせながら彼の手元でその怒りを受けて小刻みに刀身を震わせていた。

「君達のその御飯事おままごとみたいな関係が何時いつまでもつのか見物だな――」

 イリヤはフェルディナンの怒りの反応を楽しそうに眺めながら最後は他人事ひとごとの様につぶやいて、消え入る様に薄暗い闇の中へと姿をくらましてしまった。
 路地裏に残された私とフェルディナンとの間に気まずい沈黙が流れる――イリヤが先程までいた方向に目をやりながら危機が去ったことに安堵あんどして、私はひとまず地面にひざを付いたままぐ後方にある壁に寄りかかってほっと息をらした。

「……助かった」

 一気に気が抜けて半ば放心状態でぼんやりとしていると頭上ずじょうに大きな黒い影が落ちて来た。上向くとフェルディナンが目前にいて心配そうに眼を細めてこちらを見ている。フェルディナンは何時いつものように身をかがめて私と視線を合わせると、涙でぐちゃぐちゃになった私の頬にそっと手を添えた。フェルディナンが私の涙をぬぐうその仕草しぐさが、私に触れる指先が優し過ぎてまた涙があふれそうになる。

「すまない……」

 また謝るフェルディナンに私は先程と同じように大きくかぶりを振って応えた。

「フェルディナンさん、来てくれてありがとうございます」

 フェルディナンの大きくて武骨ぶこつな手をつかんで引き寄せると自らの頬に当てて私はそっと目をつむった。その手の温かさが今の私には丁度いい。私がとったその甘えるような行動をフェルディナンは許してくれたようで何も言わずに私のなすがままになっている。
 そうして彼の体温を感じながら少しの時間が経過した。黙って私を見守っているフェルディナンの存在と彼の大きな手から直接伝わってくる体温が心地よくて私はなんとか落ち着きを取り戻すと、私が落ち着くタイミングを見計みはからっていたかのようにフェルディナンが有無うむを言わさず私をさっと素早く抱き上げてしまった。びっくりした顔でフェルディナンを見上げると彼は静かな表情で私を見ていた。

「きゃっ! あ、あの? フェルディナンさん?」

 こ、今回は腰が抜けているわけでもないのに何でお姫様抱っこされてるのっ!?

 フェルディナンの腕の中でジタバタと暴れる私を制するように彼はその端正たんせいな顔を向けると、少し不機嫌そうにしかめて口を開いた。

「帰るぞ」
「はい。あのフェルディナンさん私今回は腰を抜かしている訳ではないので歩いて帰れますよ?」
「そうだな」
「えっと、あのですから下ろして頂きたいのですが」
 
 フェルディナンは不機嫌な表情のまま短い返事しかしてくれない。彼の短すぎる返事に物足りなさを感じて更に何か言おうと私が口を開きかけた時、フェルディナンはおもむろに私に顔を近づけてきた。  

「月瑠」
「はい」
「そろそろ黙らないと無理やり口をふさぐことになるぞ?」

 その命令口調にムカッとして私は肝心かんじんのどうやってふさぐつもりなのか、ただすことをすっかり置き去りにして抗議した。

「――なっ!? 私、自分の足で歩いて帰ります! だから下ろしてくださいっ!」
「だめだ」
「フェルディナンさんっ!」
「だめだと言っているだろう」

 即答、それも選択権はないとばかりに却下されてしまう。

 フェルディナンさん怒ってる? でも怒っているというのとはちょっと違うような気がする……

 フェルディナンは普段から口数が少ない方だ。それも必要なこと意外はほとんど話をしないことだってある。私が一方的いっぽうてきに話をしているような状況も多々ある。16の私と45のフェルディナンとの年の差は29歳もある。騒ぐ子供をあやすような彼の大人の言動にせつなさを感じながら過ごすことが今までも数えきれないくらいあった。

 私の事はきっと子供にしか見ていない――そう思うと胸が苦しくなる。
 フェルディナンは何時いつも私のやることなすこと全てを、寛容かんように包み込むような優しさで許してくれる。これも大人の余裕というやつなのか。今回も私が嫌がってジタバタ暴れていれば下ろしてくれるだろうとたかくくっていたのだがフェルディナンは放してくれなかった。むしろより一層、私を抱き上げている腕に力を込めて暴れる私を押え込んでしまう。そして何事もなかったかのように自身の屋敷へとフェルディナンは歩き出した。
 まったく下ろしてくれる気はないようだ。私は渋々しぶしぶといった様子で諦めると彼の首に手を回してギュッと抱きついて小声でフェルディナンに話掛けた。

「フェルディナンさん、怒ってる……?」
「……怒っていない」
「本当に?」
「ああ、本当だ」

 本当だと言いながらもフェルディナンの声は相変わらず固いままだ。

 どうせ子供としか思われていないのなら思いっ切り甘えても何も弊害へいがいもないですよね?

 そう思って不機嫌な顔のまま歩いているフェルディナンに抱きついたこの行為が、まさかフェルディナンの独占欲をき立てる要因の一つになっているということに、この時の私は全く気付きもしなかった。



*******



 屋敷に戻ると私は貸し与えられた自分の部屋のベッドの上に下ろされた。そして部屋に戻ってから一言も話してくれないフェルディナンの様子に酷く緊張して、思わずベッドの上でピンと背筋を伸ばして正座の恰好で待機してしまった。犬で言うところの待ての姿勢にも少し似ている気がする。まるでお小言こごとを受ける前準備でもしているような気分だ。
 フェルディナンの発言を待って大人しくしている私の前には部屋に置かれた椅子を持ち出して、対面する格好でフェルディナンが座わっている。足を組んで更に腕組みをして固い表情のまま、こちらを見るでもなく顔に影を落としているフェルディナンからの威圧感いあつかん半端はんぱない。
 屋敷に戻ってからもフェルディナンは始終しじゅうずっと黙ったままで――そんなフェルディナンの姿に私はどうしたらいいのか分からなくて何だかそわそわしてしまう。
 
 一連いちれん騒動そうどうのせいで時刻は夕刻をとっくに過ぎてしまっていた。外は薄暗いを通り越してすっかり夜の闇に染まり始めている。それに合わせるように薄暗い室内にただよ静寂せいじゃくとピンと張り詰めた空気に息が詰まりそうだ。

 う~なんだかとっても怖いんですけど……

 私は視線を自分の手元に落とした。そして自分の両手首が赤くなっていることに気が付いた。イリヤに押さえ込まれた時、彼が男で自分が女であることを嫌という程味わった――その時のあとが残された手首をさすりながら溜息をつく。

 ――女では男に力ではかなわない。

 それも平時へいじは情報屋だがイリヤの本業は暗殺者だ。かなはずのない相手を前によくもまあ未遂みすいで終わったものだ。

「……月瑠、イリヤに何をされた?」

 長い沈黙を破ってフェルディナンが話しかけてきた。椅子から腰を上げて私に近づくと赤くなっている私の手首をおもむろつかんで手首に唇を押し当ててきた。

「フェルディナンさんっ!?」

 驚く私の声を無視してフェルディナンが触れた場所から次第に痛みが消えていく。フェルディナンが唇を手首から放すと先程まで赤く腫れてあざになりかけていた皮膚が健康的な色に戻っている。続けてフェルディナンはもう片方の手も取って口づけた。そうしてフェルディナンが唇を放した時にはもう片方の手首からも痛みが消えて赤みも引いていた。 
 フェルディナンは黒将軍くろしょうぐん異名いみょうを持つ軍人だがその属性は光。癒しの力を持っている光属性の使い手だ。いま私の両手をいやした力はフェルディナンが持っている魔力によるもので怪我を治してもらうのはこれで三度目になる。

「まったく――君は怪我ばかりしているな」
「ごめんなさい……」

 治療を終えたフェルディナンは私にその紫が混じった青い綺麗な瞳を怖いくらい真っ直ぐに向けてくる。

「何があった?」

 何時いつ温厚おんこうで私が何かさわぎを起こしても穏やかに見守っていてくれるフェルディナンにしては珍しく怒っているようにも見える。まあ、付いてくるなと言われていたのにこっそりと付いて行った挙句あげく、怪我までされたうえ襲われてしまったのだから怒るなという方が無理な話だった。

 ――でもそう改めて何があったかと言われると……キスされてあやうく――何てフェルディナンさんにはとてもじゃないけど言えない、よね?
 
 これ以上心配は掛けられない。

「月瑠?」
「…………」

 私は話し掛けてきているフェルディナンに気付かず、何とか誤魔化す方法はないものかと頭の中で悶々もんもんと言い訳を考えていた。そうして一人の世界に没頭ぼっとうして一向いっこうに返事をしない私にしびれをらしたフェルディナンがベッドの上にあがってきた。そのギシッとベッドがきしむ音にハッと我に返って私は急いでフェルディナンに視線を戻した。

「――あっ、フェルディナンさん?」

 紫混じった青い瞳に短い金髪、そして分厚い筋肉に包まれた強靭きょうじんな肉体。そんな美丈夫びじょうふにこうも近づかれると、ドキドキと鼓動こどうが早くなってきて何だかこっちがおかしくなりそうだ。

 あれっ? おかしいな? 危機は去ったはずだった。それなのに何だか今の状況の方がとっても危ない気がするのは気のせいだろうか?

「あの~、フェルディナンさん?」

 後ろ手にベッドに両手を付けて後ずさりする恰好の私の前に、フェルディナンはするっとおおいかぶさるようにして身体を近づけてくる。

 何だか夜這よばいか何か掛けられているような体勢たいせいなんですけど……というかせまられているような感じ? そんなわけないんですけどね……

 と他人事たにんごとの様に受け止めながらも高鳴る心臓の鼓動こどうを気付かれたくなくて、私はフェルディナンから視線を外してそっぽを向いた。でもフェルディナンはそんな私の行動を許してはくれなかった。

「イリヤに何をされた? ちゃんと話してくれ」

 彼は私のあごつかんでクイッと自身の方へ向かせると、紫混じった青い瞳を近づけてのぞき込んできた。その真摯しんしな瞳に思わず本当の事を言いそうになる。

「イリヤとはちょっと喧嘩けんかというか話がこじれてしまっただけで何もなかったですよ? それにフェルディナンさんがぐに来てくれましたから」
「…………」
「そんなことよりもあのっ! フェルディナンさんの後をこっそりつけてしまってごめんなさい! 私まさかはぐれてしまうなんて思ってもいなくて。異邦人ラヴァーズは自由人だから何処どこに出入りしてもOKだし、どんな行動をとってもほとんど皆許してくれるから大丈夫だって思い上がっていて……結果的にフェルディナンさんにご迷惑をかけてしまって本当にすみませんでしたっ! 今後は私、フェルディナンさんのお仕事の邪魔をしないように付きまとったりしないように気を付けます! ちゃんと一人で町中にも出て行けるように何か方法を探して迷惑かけないように頑張ります! だからもうしばらくここにおいてくれませんか?」

 一気にまくし立てている間、私は目をつぶっていた。
 そうしないとあの綺麗なフェルディナンの瞳に気圧けおされて、話せなくなってしまいそうだったからだ。

「月瑠、君はまた……何を言っているんだ? 一人で町中に出て行くだと? そんなこと私が許すはずがないだろう? そもそも私は君のことを邪魔だとも迷惑だとも思ってはいない」
「でもっ!」
「それ以上また無謀むぼうなことを言うつもりなら流石さすがに私も怒るぞ?」
「でも私……」
 
 相当に迷惑かけているのは事実な訳で。

「それも君は本当に本気で実行しかねないからな」
「…………」

 それは本気で言ってますから。でもまさか怒るとまで言われるとは思わなかった。私は気まずさに目を泳がせてしまう。そんな私の様子を見てフェルディナンが疑いの眼差まなざしを向けてきた。

「まさかとは思うが――本気で言っていたのか?」
「……はい」
「…………」

 フェルディナンは頭痛を抑えるように額に手を当てて黙り込んでしまった。
 どうしたのかな? とフェルディナンの顔をのぞむように近づくと――フェルディナンは何故かとてもせつなそうに眼を細めて私を見つめ返してきた。
 辛そうに眼を細めるフェルディナンが痛々しくて、私は思わず彼の首筋をつかんで自身の方へと引き寄せた。
 彼の頭を胸元に抱え込んでフェルディナンが普段してくれるように頭をでてみる。何時いつもとは逆の恰好に何だか少し可笑しくて笑いそうになる。

「……っ!?」

 そんな私の行動をフェルディナンは予想していなかったのだろう。小さく驚きの声を上げたきり、私の胸元で固まっている彼に愛しい視線を向けながら、私はフェルディナンとキスしたいと思った。そうすれば分かるかもしれない。
 嘘でも幻でもなく真実、私自身がフェルディナンを欲しいと思っているのか――自分自身の心が・・・・・・・

「フェルディナンさん、私……フェルディナンさんにキスしてもいいですか?」
「……月瑠?」

 いきなりのとんでもない提案に、流石さすがのフェルディナンもどうしたんだと問う様な驚いた瞳で私を見上げている。そして心配するようにこちらを見ている彼の顔を見て私はハッとした。

  ――っ! 何を言っているの私はっ!? これ以上心労を増やすような事言っちゃダメだってば!

「ご、ごめんなさいっ! 今のは冗談です! 冗談ですから!」
「――本当はイリヤと何があったんだ?」
「なっ、なんにもないです! だから私は大丈夫なんですっ!」

 急いで胸元に抱え込んでいたフェルディナンの頭を放してベッドから降りようとして、今度は逆に私の方がフェルディナンに抱き締められていた。というよりも私はその太くたくましい腕にガッチリ拘束こうそくされていた。

「月瑠っ!」
「ごめんなさい! 本当に今のは冗談です! 私はもう大丈夫ですからだから……」
「嘘をつくな」
「私、嘘なんかついてないっ!」
 
 必死にかぶりって否定する私の言葉を無視して、無言で私を抱きしめたまま放してくれないフェルディナンの温かく分厚い胸元と、聞こえてくる力強い心臓の音に私はホッとして最終的にはそのたくましい胸元に頬をせてしまった。そして私は彼の背中に手を回してギュッと抱きついてから泣いてしまった。
 これまでグッとこらえてきた沢山の不安と恐怖、そういったあらゆるマイナスの感情がどっとあふれ出して止まらなくなる。そしてとどめとばかりにフェルディナンがトントンと私の背中を優しく叩いて抱きしめてくるから余計に涙が止まらなくなってしまう。

「……フェルディナンさん」
「ん? どうした?」
「キス、して下さい……」

 フェルディナンの胸元に埋めていた顔を上げて、涙にれた顔で様子をうかがうように彼をそっと見上げると、フェルディナンはやっぱり少し驚いた顔をしていた。こんな状況なのに紫混じった青い瞳が綺麗で見惚みほれてしまう。

「…………」

 フェルディナンは何も言わずにそっと私の額に唇を落とした。チュッと音を立てて額から離れる。いつもの挨拶のような額への口づけ。

 やっぱりそうなるよね……

 予想は出来ていた。だから私はフェルディナンの背中に回した手をほどいて彼の首筋に回し直した。 

「本当にどうしたんだ? 月――」

 フェルディナンが話している途中で私は涙を流しながら彼の唇に唇を重ねた。軽く触れ合うだけの口づけ。でもそれだけでも、私は本当に自分が誰としたいのかはっきりと分かってしまった。

「ごめんなさい……今のは忘れて下さい」
 
 私から突然口づけされて硬直したまま目を見開いて動かないフェルディナンにそう言いながらも、本当に忘れなければいけないのは自分自身だということに私は気付いてしまった。

 ――どうしよう私、フェルディナンさんのことが本当に好き。

 元の世界に帰れなくなってしまうから攻略対象キャラと恋はしないって決めたのに。本気で好きになってしまった。
 叶わない叶えてはいけない恋心を胸の内に抱きながら、それにおぼれてしまうかもしれない未来に私は恐怖した。この感情をどうしたらいいのか分からなくて私はフェルディナンから離れようと彼の胸元に手を当てて身をよじらせた。

「……月瑠……?」
 
 フェルディナンの腕の中で身を引いて逃げようとする私の動きに、彼は即座に反応してその強靭きょうじんな両腕で私の身体を丸ごと包むように軽々と押さえ込んでしまった。

「月瑠……」

 優しく私の名前を呼び続けるフェルディナンの声に逃げ出すのも忘れて応えたくなってしまう。

「フェルディナンさん私――」
  
  ――貴方が好き

 その言葉が出るすんでのところで私はフェルディナンに後頭部を押さえ付けられて唇をふさがれていた。あやうく本心をこぼしてしまう失態を回避出来たのは良かったけれど、正直この展開は予想していなかった。

「んっ……」

 私の長い黒髪ごと後頭部を片手で押さえ込みながら、フェルディナンは私の口腔内に深く侵入してくる。太く長い舌を私の舌にからませながら強く吸い上げてそれでも執拗に追ってくる。むさぼるようなフェルディナンの動きに息が荒くなる。

「あっ……まって……」

 息継ぎのタイミングで制止を掛けるもフェルディナンは聞き入れる様子を見せない。それどころか更にフェルディナンを深く受入れることを強要されて強引に唇を大きくひらかされてしまった。大きくけた唇にフェルディナンはピッタリと自身の唇を重ねて、互いの唾液を飲み込みながらクチュッと水音を立てて激しく私の口腔内を蹂躙じゅうりんする。
 フェルディナンの激しい動きから逃げようと必死に後退しても彼の力強い舌にからめとられてたちまちのうちに引きずり出されてしまう。

「あっ……いやっ……んんっ」

 クチュクチュとえず唇から発生する卑猥ひわいな水音と呼吸音が部屋の中に響く。互いの唾液を交換しながらフェルディナンは逃げ続ける私をつかまえて自身の口腔内にグイッと引き入れた。フェルディナンは私を抱いている手を腰に回して強く引き寄せると体を密着させて更に深く唇を重ねてきた。

「ん――……っ!」

 フェルディナンのあまりの激しさに思考が溶けてしまいそうになる。強引に口を割られたまま互いの荒い息遣いと彼を感じ続けて段々と体が熱くなっていく。 
 うれいの涙が止まった代わりに別の涙が流れ落ちて頬をらした。フェルディナンが何を思って唇を重ねているのか分からなくて、私はこうして深く唇を重ねている最中さなかにも、激しい口づけで熱っぽくうるんだ黒い瞳で問いかけるようにフェルディナンを見つめた。フェルディナンも私と同じように紫混じった宝石のように綺麗な青い瞳に熱をともして唇を重ねたまま私を見つめ返してきた。
 その何かを欲するような強い眼光がんこうにまたも私は逃げ出したくなって、思わずフェルディナンから離れようと逃げ腰になってしまった。そうして離れようとした私の行動をフェルディナンが許してくれるはずもなく、再び強く腰を引き寄せられて今度は彼の厚い胸板に一部いちぶすきもない位にぴったりと身体を合わされてしまう。

「――ふぁっ……やぁ……っ」

 フェルディナンの熱をびた強い視線が怖いのにでも何故か離れがたくて――どうしようもない気持ちに思考が雁字搦がんじがらめになって身動きが取れなくなる。
 視線をまじえながらこんなに深く唇を重ねていてもフェルディナンが何を考えているのか全く分からない。そんな互いの行き違う心の溝を埋めようとするかのように、フェルディナンは私の唇に強引に自身の唇を重ね続けた――
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