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第四章~大人扱編~
♀087 浮気疑惑
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ある朝起きたら突然夫に外出を告げられた。
「すまないが、俺はこれから行くところがある。だから君には少しの間この部屋で待っていてもらうことになるんだが……」
そう言われている最中にも私は寝ぼけまなこに目を擦りながらふわふわの毛布の中に下着姿で包まっていた。ふわ~と呑気に欠伸をしながらフェルディナンを見上げている私の隣にフェルディナンが腰を下ろしてくる。
「……がいしゅつ、……するの?」
フェルディナンはもうすっかり身支度の整った格好で毛布の中にうずくまっている私を見下ろしている。
「たいしたことじゃない。だから気にするな」
眠そうに毛布に顔を摺り寄せてふにふにしている私の頭を撫でながら、フェルディナンは手にした何かを私の身体に宛がった。
「それとこれは念のための保険だ。悪く思わないでくれ」
そう言ってフェルディナンは私の足首とベッドの柱を銀色に光る鎖で繋いだ。あまりにも自然な動きだったから私は繋がれている間、不覚にもボーっとフェルディナンがしていることを見守ってしまっていた。
「……あのぉこれはいったい何ですか……?」
ハッと我に返ってジャラリと重々しい金属音を立てるそれを私は摘まみ上げる。
「何とは?」
「だからっこの鎖はなに!? 何でこんなのつけたの~~!」
片足だけとはいえ、こんな重たいものを付けられては堪らない。
「ああ、それは約束の鎖だ」
綺麗な顔にニッコリと爽やかな笑みを浮かべているフェルディナンに私はぶち切れた。
「約束なんてしてない――っ!」
怒って叫んでもフェルディナンは我関せず。ツーンとした顔で無視された。そして挙げ句は涼しい顔で足枷に連なる鎖を指先にクルクル巻いて楽しそうに遊んでいる。
「フェルディナン! ちょっと人の鎖で遊ばないでちょうだい!」
「君の鎖なのか?」
「えっ!? いえ、あっそうじゃないのっ! そうじゃなくてっわたしの鎖じゃないんだけどっ」
「違うのか?」
「えと、だからあのっあ~もうっ! そうじゃないのぉっ! 何でそんなことにだけ反応するのよっ!」
言葉尻を捕らえていちいち揚げ足取るなと顔を真っ赤にして怒っても、フェルディナンはくすくす笑うだけで取り合ってもくれない。
「とにかく、君はここにいろ。部屋を出るな」
「い~やっ! ここまでするってことは相当に大事なことなんでしょ? わたしもいくっ!」
「……だから鎖が必要だと言ったんだ」
「どうして? わたしちゃんとフェルディナンの傍で大人しくしてるから! わたしも一緒に連れてって! 一人にしないで! 置いていかないで~っ!」
うるうると瞳に涙を溜め込んで必死にフェルディナンの腕を引っ張った。置いて行かれるのが嫌で心細くて鳴いている子犬や子猫の気持ちがよく分かる。
「そう長くはかからない。だから少しの間だけ我慢してくれないか?」
「やだっ! 一緒にいく!」
「月瑠……」
絶対に行かせるものかと毛布の中から這い出るとフェルディナンの身体をよじ登る様にしてひっついて跨がって最後はキュッと全力でしがみつく。
先程からずっとベッドの上でキャンキャン泣き喚いて何を言っても言うことを聞いてくれない妻の身体を労りながら、フェルディナンはその武骨な男の手でゆっくりと背中を摩ってきた。
「今日はどうしてそんなに強情なんだ?」
「フェルディナンがわたしを置いていこうとするからでしょ?」
「これから向かう場所が君にとって安全と言える所なら、こんなものを付けてまで君を置いていくことはしない。それこそ片時も手放さず傍に置く」
「それってフェルディナンにとっても危険な場所なんじゃないの?」
「まあな。だが妊娠している素人の君と軍人で危険を職務としているような人間とは根本的に役割が違う。俺はこういうことに慣れているが君は……」
「危険なことならわたしだって慣れてるもの!」
そういうことだけ自信満々に言われてはフェルディナンも頭痛を禁じ得ない。従ってそれを聞いた瞬間、フェルディナンが頭に手をやり深くため息を付いたのは言うまでもないだろう。
「……そう、だったな。こちらの言うことを聞かずに平気で危険に突っ込んでいく君には慣れっこかもしれないが。だが駄目なものは駄目だ」
「どうしても?」
「月瑠、良い子だから今度こそ大人しく……待っている気はなさそうだな……」
フェルディナンは話している途中で言葉を切ってプイッと横を向いてしまった私の様子に苦笑してる。どうしたものかと困った顔をしている姿は端から見ると完全に妻の尻に敷かれている図だが(正確には跨がられている)そんなものは気にしない。嫌なものは嫌なのだ。
「それに行くってどこに行くの? どうして場所を教えてくれないの?」
それが一番引っかかっていたことだった。フェルディナンは何時もならそれとなく教えてくれるし、心配させないように配慮を怠らない。なのに今回だけはこれから行く場所について何も教えてくれないのだから気にするなと言う方が無理がある。
「こんなことになるのなら、君には最初から偽の情報でも掴ませるべきだったな」
「……それって嘘ついて外出するってことじゃない。何だか浮気する人の常套句を聞いている気分……ん? もしかして浮気!? 浮気なの!? だからあんなに教えるの嫌がったの!?」
「……違う」
浮気されるのわたし? と次第に本格的に泣き始めてしまった私にフェルディナンはかける言葉を失っている。妊娠してからというものどうにも涙もろくて困っていたのだが今回ばかりはそれが役に立った。
「う、嘘だぁ~、ひっく、フェルディナンに浮気される~、ひっく、捨てられる~、ふわ~ん」
「つ、月瑠!? 違う! そんなことをするわけが……」
「ひっく、フェルディナンの、ひっく、嘘つき~! わたしに飽きたのなら飽きたって、ひっく、言えばいいじゃない! うわ~ん」
妊娠中の妻に盛大に泣かれて。それも言いたいことを言いたい放題言われて太刀打ちできず困り果てた様子のフェルディナンをチラッと盗み見る。そして最後の仕上げの一言を私は口にした。
「わたしも、ひっく、浮気して、ひっく、やるんだから~!」
「……頼むからそれは止めてくれ」
「い~やっ! うっく、浮気する~! ひっく」
「――っ! 月瑠! 少し落ち着きなさい!」
「いや~っ!」
自分も浮気すると言い出した妻の予想外の言動にフェルディナンがこれだけ慌てるとは正直思わなかった。確かに、あれだけ普段から一途に妻しか愛していないと常々言い続けているというのに、浮気を疑われた上それの復讐よろしく浮気し返してやると言われては堪らないだろう。
「ああくそっ! もう分かった! 分かったから! 今回は外出しない。だからもう勘弁してくれないか……」
正直、こんなに弱気な夫の姿を見るのは初めてだった。
*******
夫が浮気疑惑の残る外出を取りやめてルンルンの私とは正反対に、フェルディナンは気難しい顔で私の背中を撫でながらひたすらにご機嫌を取っている。ベッドの上で私を大切そうに抱えているフェルディナンの眉間に寄った皺の深さに多少の罪悪感を感じながらも私は夫の胸元に頬を寄せピッタリくっついて甘えていた。
「確かに妊娠してから以前みたいに激しいのは出来ないし。セックスレスが原因で浮気する夫が多いって聞いたことはあるけど。まさか自分までそんな状況になるとは思ってもみなかった……」
やっと泣き止んだと思ったらとんだ憎まれ口を叩く妻の唇を指先でなぞりながら、フェルディナンは困惑の表情を浮かべている。
「どうして君の中では俺が浮気をすることが確定しているんだ?」
「違うの?」
「違う……」
「ならどうして教えてくれないの?」
「知れば君が言う事を聞かずに付いて来るのが分かり切っているからだ」
「……信用してくれないの?」
「信用しない。何時も君は心とは逆のことばかり口にするからな」
「じゃあフェルディナンを愛してるって言葉も信用してくれないってこと?」
「それは信じてる」
「……言ってること、無茶苦茶だよ?」
「そうだな。だが、俺にそうさせているのは全部君のせいだ」
「――ぁっ」
ギシッと音を立てながらベッドの上に優しく押し倒されて顔を覘き込まれる。
「行くのは暫く延期する」
「ホントに?」
「ああ、だから今から君を抱いても構わないだろう?」
「うん……」
仲直りのセックスを求められて断る理由はない。それに、いくら行ってほしくなかったとはいえ。嘘泣きではないけれどフェルディナンの様子を見て一番打撃の強いものを口にしたり仕掛けて心を揺さぶるような事をしたのは事実だ。その私が仕掛けた小悪魔的所業にフェルディナンは気付いていないけれど、悪いことをしたなぁとは思っていたし、埋め合わせに何かしたいとも思っていた。
そう思っている間にもフェルディナンの指先が服の隙間から侵入してそっと花弁に触れてくる。その優し過ぎる手付きにビクッと身体を震わせてフェルディナンを見つめると唇をしっとりと合わせられた。唇を合わせて目を瞑っている間に聞こえて来る衣擦れの音と花弁にくちゅっと差し込まれる指先の動きに徐々に身体が熱くなってくる。
取り払われた衣服が床に転がっているのが見える。外気に晒された互いの素肌を重ね合わせながら躍動する夫を受け入れようと足を開いたところで足首に付けられている足枷と鎖が重たい音を立てた。
「フェルディナンこれ外して?」
そう言ってもフェルディナンは首を横に振って外してくれない。それどころか唇を再び塞がれてそれ以上の言葉を遮られてしまった。私はどうやら相当に警戒されてしまっているらしい。鎖の外されていない不自由な片足を重たく動かしながら、ゆっくりと熱く潤ったそこへ巨大な一物を誘導していく。舌を差し入れられた唇を離して夫を見るとちょっとだけ困ったような顔をした。
「フェルディナン? どうしたの?」
「いや……何でもない」
「もしかして、したくないの……?」
「違う。だが……」
「どうしたの? 言って?」
「君に身体で無理やり言う事を聞かせているような気分になってどうにも……」
「……えと、それって浮気がどうのって話を誤魔化してる気分になるってこと?」
フェルディナンは返答する代わりにコクリと頷いた。どうやら夫は私よりよっぽど誠実な人らしい。確かに勝負を仕掛けるなら正面切ってするのを信条としているフェルディナンなら、愛する人から中途半端に疑われているような状況は嫌で仕方がないだろう。煮え切らない気持ちにもやもやしてエッチに集中出来ないのかもしれない。
「うん、分かった」
「何が分かったんだ?」
「じゃあ、わたしがして欲しい事いうからフェルディナンはその通りに動いてくれる? それなら無理やりとかそういうことにはならないでしょ?」
「そうだが……」
「ほーらっ細かいことはいいから。わたしの言うこと聞いて?」
「分かった……」
どうすればいい? と半ば興奮して潤んだ瞳を切なく細めて、フェルディナンは支持を促してくる。
「妊娠する前みたいに沢山抱いて? それに最近フェルディナンは優し過ぎるからちょっとだけ強めに抱いて欲しいの。あと、出来るなら手はずっと繋いでいたいし、イクなら一緒にイキたい。それとね、キスも沢山したいしずっと身体は繋げていたいの。じゃないとフェルディナンどこか行っちゃいそうなんだもの」
一気に捲し立てて最後は「めっ!」と注意するようにフェルディナンの鼻先に指を立てる。すると、フェルディナンはキョトンとした顔をしてそれからくすくす笑い出してしまった。
「な、何で笑うの?」
「言う事を聞けというから何を言われるのかと思ったら、あんまり可愛いことを言われたから驚いただけだ」
そう言うなりフェルディナンの熱い肉棒が身体の中に勢いよく入ってきた。
「ふぁっ!」
「なるべく善処はする……が、やはり全部は聞けないな」
「はふっ……ふあっ……はっぁっ……ぁっきゃんっ!」
確かに少し強めに花弁を押し広げて入って来る太く熱い肉棒は、膣内を擦り上げるようにズッズッと何度も何度も突き上げて愛液を絡めながら激しさを増していく。けれど、どうしても昔の様には抱いてくれないことに私は気付いていた。
「ふぇっ、フェルディ、ナン……?」
その疑問をはっきり言わなくても私が言いたかったことは伝わったようで。フェルディナンは少しだけ腰の動きを緩めた。
「これ以上は駄目だ」
「ど、してふぁっ……強く、あっ……抱いて、くれな……の?」
「善処はすると言ったが、言う事を聞くとはいっていない」
「ふえっ?」
「どうして君は自分の身体をもっと大事にしようとしないんだ」
そう言ってフェルディナンは今度こそ完全に動きを止めてしまった。
「もしかして、怖いの?」
「……何だと?」
「わたしを強く抱いたらもしかしたら赤ちゃんが流れちゃうかもしれないとか、そういうこと心配してる?」
「それが分かっているならどうして君は少しも自制してくれないんだ?」
珍しく怖いと認めてフェルディナンは本心を曝け出した。恥じることなくそうして私に言い聞かせるように話してくるのは、そうでもしないと私が言う事を聞いてくれないと分かっているからだ。なりふりなど構ってはいられない。そのくらいにフェルディナンを追い詰めてしまっていることにようやく私は気が付いた。
「大丈夫なのに……だって妊娠が分かる直前にもフェルディナンすごく激しく抱いてたけど平気だったでしょ?」
「それはそうだが。それとこれとは別の話だ。分かってしまったらそう同じように君を抱けない」
「そんなに怖いの?」
「怖い」
「…………」
まさかこうもきっぱりと言われるとは思っていなかった。普段からあんなに強くて弱い部分をけして見せない人なのに。
「だが子供のことよりも、何より……君を傷付けるようなことになるのは嫌なんだ。どうしてそれを君は分かってくれないんだ?」
「……もしかして赤ちゃんの心配よりもわたしのこと心配してるの? あんなに欲しがってたのに」
「子供を欲しいとは言った。だが君の命に関わるような事態になるくらいならいらない。作らなければよかったとさえ思う」
確かに流産は子供だけではなく時に母体の命にも関わる事態になることもある。それに出産は常に命がけの行為だ。それによって私を失うことを恐れているフェルディナンの気持ちが手に取る様に伝わってくる。あまりにも珍し過ぎる弱気なフェルディナンの姿を見て私は納得してしまった。
「そっかぁそうだよね。フェルディナン、父親になるのは初めてだもんね?」
誰だって初めてのことは怖いし、自信なんて持てない。それが大切な人の命に関わることなら尚更だ。
「子供なんていらないって思うくらい怖がってたなんて気が付かなかった……」
そう言って優しく夫の頬を撫でると固くなっていた表情がちょっとだけ和らいだ。その頭を私の胸元に乗せてキュウッと抱き締めてくる。私はようやくフェルディナンの抱えている不安な気持ちを理解した。やっと心が大人のフェルディナンに追い付いたようなそんな気がしていた。
「すまないが、俺はこれから行くところがある。だから君には少しの間この部屋で待っていてもらうことになるんだが……」
そう言われている最中にも私は寝ぼけまなこに目を擦りながらふわふわの毛布の中に下着姿で包まっていた。ふわ~と呑気に欠伸をしながらフェルディナンを見上げている私の隣にフェルディナンが腰を下ろしてくる。
「……がいしゅつ、……するの?」
フェルディナンはもうすっかり身支度の整った格好で毛布の中にうずくまっている私を見下ろしている。
「たいしたことじゃない。だから気にするな」
眠そうに毛布に顔を摺り寄せてふにふにしている私の頭を撫でながら、フェルディナンは手にした何かを私の身体に宛がった。
「それとこれは念のための保険だ。悪く思わないでくれ」
そう言ってフェルディナンは私の足首とベッドの柱を銀色に光る鎖で繋いだ。あまりにも自然な動きだったから私は繋がれている間、不覚にもボーっとフェルディナンがしていることを見守ってしまっていた。
「……あのぉこれはいったい何ですか……?」
ハッと我に返ってジャラリと重々しい金属音を立てるそれを私は摘まみ上げる。
「何とは?」
「だからっこの鎖はなに!? 何でこんなのつけたの~~!」
片足だけとはいえ、こんな重たいものを付けられては堪らない。
「ああ、それは約束の鎖だ」
綺麗な顔にニッコリと爽やかな笑みを浮かべているフェルディナンに私はぶち切れた。
「約束なんてしてない――っ!」
怒って叫んでもフェルディナンは我関せず。ツーンとした顔で無視された。そして挙げ句は涼しい顔で足枷に連なる鎖を指先にクルクル巻いて楽しそうに遊んでいる。
「フェルディナン! ちょっと人の鎖で遊ばないでちょうだい!」
「君の鎖なのか?」
「えっ!? いえ、あっそうじゃないのっ! そうじゃなくてっわたしの鎖じゃないんだけどっ」
「違うのか?」
「えと、だからあのっあ~もうっ! そうじゃないのぉっ! 何でそんなことにだけ反応するのよっ!」
言葉尻を捕らえていちいち揚げ足取るなと顔を真っ赤にして怒っても、フェルディナンはくすくす笑うだけで取り合ってもくれない。
「とにかく、君はここにいろ。部屋を出るな」
「い~やっ! ここまでするってことは相当に大事なことなんでしょ? わたしもいくっ!」
「……だから鎖が必要だと言ったんだ」
「どうして? わたしちゃんとフェルディナンの傍で大人しくしてるから! わたしも一緒に連れてって! 一人にしないで! 置いていかないで~っ!」
うるうると瞳に涙を溜め込んで必死にフェルディナンの腕を引っ張った。置いて行かれるのが嫌で心細くて鳴いている子犬や子猫の気持ちがよく分かる。
「そう長くはかからない。だから少しの間だけ我慢してくれないか?」
「やだっ! 一緒にいく!」
「月瑠……」
絶対に行かせるものかと毛布の中から這い出るとフェルディナンの身体をよじ登る様にしてひっついて跨がって最後はキュッと全力でしがみつく。
先程からずっとベッドの上でキャンキャン泣き喚いて何を言っても言うことを聞いてくれない妻の身体を労りながら、フェルディナンはその武骨な男の手でゆっくりと背中を摩ってきた。
「今日はどうしてそんなに強情なんだ?」
「フェルディナンがわたしを置いていこうとするからでしょ?」
「これから向かう場所が君にとって安全と言える所なら、こんなものを付けてまで君を置いていくことはしない。それこそ片時も手放さず傍に置く」
「それってフェルディナンにとっても危険な場所なんじゃないの?」
「まあな。だが妊娠している素人の君と軍人で危険を職務としているような人間とは根本的に役割が違う。俺はこういうことに慣れているが君は……」
「危険なことならわたしだって慣れてるもの!」
そういうことだけ自信満々に言われてはフェルディナンも頭痛を禁じ得ない。従ってそれを聞いた瞬間、フェルディナンが頭に手をやり深くため息を付いたのは言うまでもないだろう。
「……そう、だったな。こちらの言うことを聞かずに平気で危険に突っ込んでいく君には慣れっこかもしれないが。だが駄目なものは駄目だ」
「どうしても?」
「月瑠、良い子だから今度こそ大人しく……待っている気はなさそうだな……」
フェルディナンは話している途中で言葉を切ってプイッと横を向いてしまった私の様子に苦笑してる。どうしたものかと困った顔をしている姿は端から見ると完全に妻の尻に敷かれている図だが(正確には跨がられている)そんなものは気にしない。嫌なものは嫌なのだ。
「それに行くってどこに行くの? どうして場所を教えてくれないの?」
それが一番引っかかっていたことだった。フェルディナンは何時もならそれとなく教えてくれるし、心配させないように配慮を怠らない。なのに今回だけはこれから行く場所について何も教えてくれないのだから気にするなと言う方が無理がある。
「こんなことになるのなら、君には最初から偽の情報でも掴ませるべきだったな」
「……それって嘘ついて外出するってことじゃない。何だか浮気する人の常套句を聞いている気分……ん? もしかして浮気!? 浮気なの!? だからあんなに教えるの嫌がったの!?」
「……違う」
浮気されるのわたし? と次第に本格的に泣き始めてしまった私にフェルディナンはかける言葉を失っている。妊娠してからというものどうにも涙もろくて困っていたのだが今回ばかりはそれが役に立った。
「う、嘘だぁ~、ひっく、フェルディナンに浮気される~、ひっく、捨てられる~、ふわ~ん」
「つ、月瑠!? 違う! そんなことをするわけが……」
「ひっく、フェルディナンの、ひっく、嘘つき~! わたしに飽きたのなら飽きたって、ひっく、言えばいいじゃない! うわ~ん」
妊娠中の妻に盛大に泣かれて。それも言いたいことを言いたい放題言われて太刀打ちできず困り果てた様子のフェルディナンをチラッと盗み見る。そして最後の仕上げの一言を私は口にした。
「わたしも、ひっく、浮気して、ひっく、やるんだから~!」
「……頼むからそれは止めてくれ」
「い~やっ! うっく、浮気する~! ひっく」
「――っ! 月瑠! 少し落ち着きなさい!」
「いや~っ!」
自分も浮気すると言い出した妻の予想外の言動にフェルディナンがこれだけ慌てるとは正直思わなかった。確かに、あれだけ普段から一途に妻しか愛していないと常々言い続けているというのに、浮気を疑われた上それの復讐よろしく浮気し返してやると言われては堪らないだろう。
「ああくそっ! もう分かった! 分かったから! 今回は外出しない。だからもう勘弁してくれないか……」
正直、こんなに弱気な夫の姿を見るのは初めてだった。
*******
夫が浮気疑惑の残る外出を取りやめてルンルンの私とは正反対に、フェルディナンは気難しい顔で私の背中を撫でながらひたすらにご機嫌を取っている。ベッドの上で私を大切そうに抱えているフェルディナンの眉間に寄った皺の深さに多少の罪悪感を感じながらも私は夫の胸元に頬を寄せピッタリくっついて甘えていた。
「確かに妊娠してから以前みたいに激しいのは出来ないし。セックスレスが原因で浮気する夫が多いって聞いたことはあるけど。まさか自分までそんな状況になるとは思ってもみなかった……」
やっと泣き止んだと思ったらとんだ憎まれ口を叩く妻の唇を指先でなぞりながら、フェルディナンは困惑の表情を浮かべている。
「どうして君の中では俺が浮気をすることが確定しているんだ?」
「違うの?」
「違う……」
「ならどうして教えてくれないの?」
「知れば君が言う事を聞かずに付いて来るのが分かり切っているからだ」
「……信用してくれないの?」
「信用しない。何時も君は心とは逆のことばかり口にするからな」
「じゃあフェルディナンを愛してるって言葉も信用してくれないってこと?」
「それは信じてる」
「……言ってること、無茶苦茶だよ?」
「そうだな。だが、俺にそうさせているのは全部君のせいだ」
「――ぁっ」
ギシッと音を立てながらベッドの上に優しく押し倒されて顔を覘き込まれる。
「行くのは暫く延期する」
「ホントに?」
「ああ、だから今から君を抱いても構わないだろう?」
「うん……」
仲直りのセックスを求められて断る理由はない。それに、いくら行ってほしくなかったとはいえ。嘘泣きではないけれどフェルディナンの様子を見て一番打撃の強いものを口にしたり仕掛けて心を揺さぶるような事をしたのは事実だ。その私が仕掛けた小悪魔的所業にフェルディナンは気付いていないけれど、悪いことをしたなぁとは思っていたし、埋め合わせに何かしたいとも思っていた。
そう思っている間にもフェルディナンの指先が服の隙間から侵入してそっと花弁に触れてくる。その優し過ぎる手付きにビクッと身体を震わせてフェルディナンを見つめると唇をしっとりと合わせられた。唇を合わせて目を瞑っている間に聞こえて来る衣擦れの音と花弁にくちゅっと差し込まれる指先の動きに徐々に身体が熱くなってくる。
取り払われた衣服が床に転がっているのが見える。外気に晒された互いの素肌を重ね合わせながら躍動する夫を受け入れようと足を開いたところで足首に付けられている足枷と鎖が重たい音を立てた。
「フェルディナンこれ外して?」
そう言ってもフェルディナンは首を横に振って外してくれない。それどころか唇を再び塞がれてそれ以上の言葉を遮られてしまった。私はどうやら相当に警戒されてしまっているらしい。鎖の外されていない不自由な片足を重たく動かしながら、ゆっくりと熱く潤ったそこへ巨大な一物を誘導していく。舌を差し入れられた唇を離して夫を見るとちょっとだけ困ったような顔をした。
「フェルディナン? どうしたの?」
「いや……何でもない」
「もしかして、したくないの……?」
「違う。だが……」
「どうしたの? 言って?」
「君に身体で無理やり言う事を聞かせているような気分になってどうにも……」
「……えと、それって浮気がどうのって話を誤魔化してる気分になるってこと?」
フェルディナンは返答する代わりにコクリと頷いた。どうやら夫は私よりよっぽど誠実な人らしい。確かに勝負を仕掛けるなら正面切ってするのを信条としているフェルディナンなら、愛する人から中途半端に疑われているような状況は嫌で仕方がないだろう。煮え切らない気持ちにもやもやしてエッチに集中出来ないのかもしれない。
「うん、分かった」
「何が分かったんだ?」
「じゃあ、わたしがして欲しい事いうからフェルディナンはその通りに動いてくれる? それなら無理やりとかそういうことにはならないでしょ?」
「そうだが……」
「ほーらっ細かいことはいいから。わたしの言うこと聞いて?」
「分かった……」
どうすればいい? と半ば興奮して潤んだ瞳を切なく細めて、フェルディナンは支持を促してくる。
「妊娠する前みたいに沢山抱いて? それに最近フェルディナンは優し過ぎるからちょっとだけ強めに抱いて欲しいの。あと、出来るなら手はずっと繋いでいたいし、イクなら一緒にイキたい。それとね、キスも沢山したいしずっと身体は繋げていたいの。じゃないとフェルディナンどこか行っちゃいそうなんだもの」
一気に捲し立てて最後は「めっ!」と注意するようにフェルディナンの鼻先に指を立てる。すると、フェルディナンはキョトンとした顔をしてそれからくすくす笑い出してしまった。
「な、何で笑うの?」
「言う事を聞けというから何を言われるのかと思ったら、あんまり可愛いことを言われたから驚いただけだ」
そう言うなりフェルディナンの熱い肉棒が身体の中に勢いよく入ってきた。
「ふぁっ!」
「なるべく善処はする……が、やはり全部は聞けないな」
「はふっ……ふあっ……はっぁっ……ぁっきゃんっ!」
確かに少し強めに花弁を押し広げて入って来る太く熱い肉棒は、膣内を擦り上げるようにズッズッと何度も何度も突き上げて愛液を絡めながら激しさを増していく。けれど、どうしても昔の様には抱いてくれないことに私は気付いていた。
「ふぇっ、フェルディ、ナン……?」
その疑問をはっきり言わなくても私が言いたかったことは伝わったようで。フェルディナンは少しだけ腰の動きを緩めた。
「これ以上は駄目だ」
「ど、してふぁっ……強く、あっ……抱いて、くれな……の?」
「善処はすると言ったが、言う事を聞くとはいっていない」
「ふえっ?」
「どうして君は自分の身体をもっと大事にしようとしないんだ」
そう言ってフェルディナンは今度こそ完全に動きを止めてしまった。
「もしかして、怖いの?」
「……何だと?」
「わたしを強く抱いたらもしかしたら赤ちゃんが流れちゃうかもしれないとか、そういうこと心配してる?」
「それが分かっているならどうして君は少しも自制してくれないんだ?」
珍しく怖いと認めてフェルディナンは本心を曝け出した。恥じることなくそうして私に言い聞かせるように話してくるのは、そうでもしないと私が言う事を聞いてくれないと分かっているからだ。なりふりなど構ってはいられない。そのくらいにフェルディナンを追い詰めてしまっていることにようやく私は気が付いた。
「大丈夫なのに……だって妊娠が分かる直前にもフェルディナンすごく激しく抱いてたけど平気だったでしょ?」
「それはそうだが。それとこれとは別の話だ。分かってしまったらそう同じように君を抱けない」
「そんなに怖いの?」
「怖い」
「…………」
まさかこうもきっぱりと言われるとは思っていなかった。普段からあんなに強くて弱い部分をけして見せない人なのに。
「だが子供のことよりも、何より……君を傷付けるようなことになるのは嫌なんだ。どうしてそれを君は分かってくれないんだ?」
「……もしかして赤ちゃんの心配よりもわたしのこと心配してるの? あんなに欲しがってたのに」
「子供を欲しいとは言った。だが君の命に関わるような事態になるくらいならいらない。作らなければよかったとさえ思う」
確かに流産は子供だけではなく時に母体の命にも関わる事態になることもある。それに出産は常に命がけの行為だ。それによって私を失うことを恐れているフェルディナンの気持ちが手に取る様に伝わってくる。あまりにも珍し過ぎる弱気なフェルディナンの姿を見て私は納得してしまった。
「そっかぁそうだよね。フェルディナン、父親になるのは初めてだもんね?」
誰だって初めてのことは怖いし、自信なんて持てない。それが大切な人の命に関わることなら尚更だ。
「子供なんていらないって思うくらい怖がってたなんて気が付かなかった……」
そう言って優しく夫の頬を撫でると固くなっていた表情がちょっとだけ和らいだ。その頭を私の胸元に乗せてキュウッと抱き締めてくる。私はようやくフェルディナンの抱えている不安な気持ちを理解した。やっと心が大人のフェルディナンに追い付いたようなそんな気がしていた。
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