乙女ゲーム世界で少女は大人になります

薄影メガネ

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第四章~大人扱編~

086 可愛い人

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 やっとフェルディナンとの行為が終わり。私達は互いに抱き合う格好で行為の余韻よいんに浸りながら何時いつものようにベッドの上でゆったりと時を過ごしていた。
 疲れて力の入らない身体をそのたくましい胸元に預けながら、私がそこではむはむと力なく甘噛みしたりしてりもせずに遊んでいても、もうフェルディナンは止めるのを諦めていた。
 代わりに頭をなでなでしてくれるようになった。そうしてくすぐったそうに顔をしかめながらもフェルディナンが受け入れてくれたことが嬉しくて、その優しさととろけそうな甘さに胸がキューっとなる。フェルディナンにもっと甘えたくなって背中に手を回して抱き締めると額への口づけで愛情を返される。そのふわふわの綿菓子のような甘い心地よさに眠気をもよおしてきたところで、フェルディナンがふと思い出したように口を開いた。

「……それで、もう大丈夫なのか?」
「ふわっ?」

 襲ってくる眠気に半ば閉じかけていた目をこじ開けながら質問の意味を理解しようとしたけれど結局分からなかった。

「大丈夫って何のこと?」
「泣いていた理由を聞いていない」
「あっ……そっかぁそうだったよね……」

 古びた日記の最初のページを開いたことで姉の生死とその運命までも知ってしまった私と違い、日本語を解読出来ないフェルディナンは状況を把握できないでいる。それに私から何一つ姉のことを知らされてはいなかったのだから、私が古びた日記を開けて泣きだしてしまった理由を理解出来るはずがなかった。
 もっとも、勘の鋭いフェルディナンなら何かしら気付いていそうだが。

「フェルディナンは、私が――」

 もし元の世界に帰りたいと言ったらどう思うの? どうするの? そう思わず聞きそうになって、私は慌てて口をつぐんだ。それは結婚してからもずっとあまり話題に出来ない話だった。私の中で一種のタブー化していた話。愛する者の喪失そうしつを前提とした事なんてなかなか話せるものではない。

 当初の目的であった姉の消息が分かった今。そして彼女が何処どこにいるのかを知ってしまった今となっては。その遺骸いがいを手に女の子が産まれたら自分の身代わりとして置いて帰る事も出来る。そんなとんでもない言葉が一瞬だけ頭の中に浮かんだ。

 よくそんなひどいことを考えられるものだわ……本当に……

 残酷な可能性を考えた自分にゾッとした。もう元の世界に戻ることなんてフェルディナンと結婚して子供が出来てからは絶対に考えられないと思っていたのに。それなのに浮かんだ言葉の残酷さに身体が震えて鳥肌が立ってしまう。

「月瑠……?」

 そうして一瞬だけ身体を震わせてしまったら、私の様子がおかしいことに気付いたフェルディナンが顔をのぞき込んできた。

「ちがっ違うの! 何でもないからっ!」
「……どうした?」

 愛しい夫と生まれてくる我が子を置いて元の世界に帰ることを選択する……
 過去の異邦人ラヴァーズの中にはそれを選んだ人がいたのだろうか?

 もし私が元の世界に帰ろうとしたら、フェルディナンは今みたいに抱留だきとめて肉体と本物の檻に閉じ込めて一生外に出さないようにしてしまいそうなそんな気がする。
 そう思うとそわそわとどうしようもなく落ち着かない気持ちになって私はフェルディナンの胸元からそっと顔を上げた。それから互いに一糸いっしまとわぬ姿でピッタリと密着している身体に隙間すきまをあけるようにフェルディナンから少し離れようと動いたら。不意に離れた私の行動が理解できなくてフェルディナンは不思議そうに首をかしげた。

「月瑠?」

 私が先程まで何を考えていたのか。何も知らない彼の姿を見ていたら今度はそばにいてはいけないような気になってくる。あんな酷いことを考えてしまった自分が傍にいることが申し訳ない。こんなみにくい感情でフェルディナンを汚したくない。だからもっとフェルディナンから離れようと物怖ものおじするようにフェルディナンから徐々に身体を離していたところでフェルディナンのたくましい手が伸びてきて再び胸元に引き寄せられてしまった。

「あっ……! フェルディナン離してっお願ぃ……」
「何故離れようとする?」

 私の顔に手を当ててフェルディナンが顔を近づけてきた。フェルディナンの紫混じった青い宝石のように綺麗な瞳が切なげにれているのを見ていると、何でもポロッと話してしまいたくなる。

「あ、あのね? まだそのぉ……日記見て泣いちゃった理由はまだ話したくないっていったらダメかな?」

 そう言うとフェルディナンは無言で強い非難の色を宿した目を向けてきた。けれども不満と不安のこもったそれは私の事を非難する為に向けられたものではなく、心底心配しているからだということを私はよく分かっている。

「あっ! 落ち着いたらちゃんと話すよ? ただ、今はまだこうしていたいの」

 フェルディナンの胸元に頭をポテッと付けて。それからまだ甘えたりないとおねだりするような目線を向けたらフェルディナンに改めて抱え直された。後ろから抱き締める格好でフェルディナンの腕の中にスッポリと収まる。そうして抱き締められていると守られているみたいで安心する。

「分かった。君が泣いていた理由をまだ話したくないというのなら今はいい。君が話をしたくなるまで待つ」
「ん……ありがとう」

 待つという言葉に安堵して微笑み返すとフェルディナンが私のお腹に手をやりゆっくりと愛しそうにでた。フェルディナンとの大切な子供がいるその場所に温かい大きな手を置かれると身体が不思議と温かくなって幸せな気持ちになる。私とお腹の子供を愛しているフェルディナンの思いに思いを重ねるように、私はフェルディナンの手に自分の手をそっと重ね合わせた。

「君は一度決めたら頑固で我が儘になる」
「わがまま……」

 頑固だとは思われているのは知っていた。強情だとよく言われているし。けれど我が儘だとは初めて言われてちょっとびっくりした。

「ちなみにどんなところが我が儘にみえるの? 自分だとよく分からないからちょっと知りたいなぁ何て思ったりして……」

 直すかどうかは置いておいて。とりあえず率直に聞き返す辺り自分でも聞いていて笑ってしまいそうになる。でも仕方が無いと思うのだ。我が儘と言われたらやっぱりちょっとは……いや、かなり気になる。

「あえてそれを聞くのか君は……」
「うん」

 フェルディナンも私と同じ事を思ったようだ。あきれてどうしたものかと額に手を当てながら疲れた顔を見せた。

「君はどんな要求も最後は俺に言うことを聞かせるだろう? それもそういう時だけ平気で身体を使ってくる」
 
 あっ、そういえばそうなりつつあるなと身に覚えがあることを思い出す。

「それに普段より甘えて身体で誘惑してくるのもそういうときばかりだと思うんだが?」

 気のせいか? とフェルディナンが首を傾げるのを見てポンッと私は手を叩いた。

「あのぉフェルディナン? それってフェルディナンにとってはどうだったの? わたしからそういう事されてイヤだった? 嫌々了承したの? それとも誘惑に負けて折れたの?」
「……いったい君は何を聞いているんだ?」
「答えて!」
「……嫌ではなかったが」
「それってわたしからそういうお誘いされるの好きってこと? またされてもいいって思えたりする? それとももうされたくない?」
「本当に何を聞いているんだ君は?」

 しきりにフェルディナンの心情を知りたがる私の変な質問に、フェルディナンは何時いつもの事と不審の目を向けながらそれでも私の身体に回している手は離さない。

「良かった……」
「……何が良かったんだ?」
「ちゃんとフェルディナンを誘惑出来てたんだなぁって思うとちょっとだけ嬉しい。確信出来てなかったから。フェルディナンにわたしの誘惑が効果あるのかちょっとあやふやでどうなのかなって思っていたの」
「いったい君は何を確かめたいんだ?」
「えっとね。つまり、これからもそれ使えるかなぁと思って。だから確かめたかったの」
「…………」

 使うなと言い切れないところがフェルディナンの弱いところだ。そうやって惚れた弱みにつけ込んでからかい混じりに返答していたら、フェルディナンから想像以上の答えが返ってきて動揺する羽目はめおちいったのは私の方だった。

「どうやら俺は君に甘すぎたようだ」
「へっ?」
「少し仕置きが必要らしい」
「えぇっ!? お仕置きって……そんなのやだっ!」

 嫌々をしてじたばた藻掻もがいて逃げようとしたらもっときつく抱き締められて身動きが取れなくなる。仕方なく最終的に私は謝罪の言葉を口にした。

「う~っ!……ごめんなさぃ……」
「何を謝る必要があるんだ?」
「えとっ……あの、……」
「月瑠、何に対してのそれは謝罪なんだ?」
「フェルディナンのいじわるっ」

 何故だか謝ってもなかなかすんなり許してくれないフェルディナンに意地を張って言い返したら、ふんっと鼻で笑って無視された。その反応にカチンときて私はフェルディナンから思いっきり視線をらしてプイッと横を向いた。そうして自分の中では精一杯の抵抗を示したのだが。フェルディナンはやっぱり放してくれなかった。

「フェルディナン放し――」
「駄目だ」
「なんでそんなにいじわるするのっ!」
「未だに少しも反省しているように見えない君が、ちゃんと何に対しての謝罪か話すまで放さない」
「い~や~! 絶対に言わないんだからっ! 放してってばっ」
「駄目だと言っている」

 有無うむを言わせぬ強い口調から察するにフェルディナンは私から答えを聞くまで絶対に解放する気はないようだ。さらにはクイッと顔を上向かせられて無理矢理目線を合わせられてしまう。
 フェルディナンの大きくガッチリとした大人の男の手に捕らわれてらしていた視線が交わると私は途端弱気になった。フェルディナンの綺麗な瞳を正面から間近で受け止めて意地を張り続けるのは相当に難しい。本気で怒っていたり感情に頭が支配されていない限りはやはり無理だった。

「フェルディナン~」

 突如勃発した夫婦喧嘩にちょっとだけへこたれて、へにょんと眉尻まゆじりを下げる。そうして降参寸前の追い詰められた小動物のような姿をさらしてもフェルディナンはやっぱり逃がしてくれなかった。

「そんな顔しても駄目だ」

 フェルディナンのするどい野生の獣のような紫混じった青い瞳に射貫いぬかれて。誘導されるように自然と口が動いた。

「フェルディナンをだますような誘惑の仕方してごめんなさぃ……」
「それと?」
「へっ?」
「他にもあるだろう?」
「ほかにも……? ん? えと、ほかって?」

 他に何があるのかよく分からなくてよ~く考えてみた。そして私はフェルディナンに言われたとおりに他のことをちゃんと思いついた。

「えっと、あ~あのぉそのぉ……あっ!」
「分かったか?」
「うん! わたしもう今後一切フェルディナンに色目使ってエッチに誘いません! あと身体使って誘惑したりエッチな事もしないように……」
「――違うだろうがっ!!!」
「きゃんっ!」

 思いついたことを勢いよくいったらフェルディナンにものすごく怒られた。どうやらフェルディナンが私に期待していたのはそんな答えじゃなかったらしい。とっても不味いことにフェルディナンの機嫌を私は最悪なくらいに悪化させてしまった。



*******



「……ふぇ、フェルディナン? わたし、何か悪いこと言った?」

 頭を抱えてキューンとちぢこまり。フェルディナンのお怒りに耐えてからしばらくして。
 紫混じった青い瞳を伏せがちに目線を外されて、それもずっと静かに私を胸元に抱えたまま黙って怒っているフェルディナンが気になりすぎて思わずその腕を引っ張った。しでかしたことを反省してひたすらごめんなさいと謝る子供のように必死に涙目で引っ張っていたら、フェルディナンはチラッとだけ目線を向けてきた。

「――誰も誘うなとは言っていない」
「そう、なの……? エッチしたいって誘ってもいいの?」
「いいに決まってるだろうが。どうしてそれを禁止にする必要があるんだ。君は俺を罰したいのか?」
「ごめんなさぃ……」

 そんなつもりじゃなかったのと平謝りしていたらはぁっとため息を付かれてしまった。 

「まったく……俺はそんなこと一言も言っていないぞ?」
「じゃあ他のことって……?」
「分からないか? 君が無茶をしたことを後々聞かせられるこちらの心情が」

 今度こそよ~く考えて、それから思いついたことをフェルディナンの顔色をうかがいながらおそるおそる口にした。

「あの、……もしかしてわたしがフェルディナンを誘惑して無茶するの承諾させたり、色々と心配させるようなことはしないって約束させたいの?」

 そういったところでようやくフェルディナンの表情がほぐれた。

「まだ話せないというのならその日記についても泣いていた理由も月瑠が言いたくなるまでは話さなくてもいい。だが、今までのように一人で背負い込んで俺に黙って何かやらかすのは無しだぞ? はっきり言って心配でこっちの心臓がもたないからな」
「そこまで心配しなくても大丈夫なのに……」
「君に対してはやり過ぎなくらいが丁度いい」
「それってどういう意味?」

 ジトッと半眼はんがんにらんでみたのにフェルディナンはそれをさらっと無視してしまう。

「それで、返事は?」
「…………」

 えっとぉ~どうしよう……約束を守るってちゃんと言い切れない。というか断言できないんだけど……

 フェルディナンの瞳に映る自分の顔が困ったように眉根まゆねを寄せている。

「何かやらかすのが君の専売特許せんばいとっきょなのは知っている。だが今回ばかりは約束してもらわないと困るんだ。頼むからそんな身体で無茶をしないでくれ」
「わたしそんな得意技持ってた?」
「君がそういう事に関しても無自覚……というよりは鈍感なのか? それは重々じゅうじゅう承知している」
「……フェルディナンが何かひどいこと言ってる」
「違うのか?」
「ううっ、でも! あの、そのぉ……あれっ? そういえば無自覚なことを約束するのって無理だよね?」 
「……どうしてそういう事にだけ気付くのが早いんだ?」
「どうしてと言われても……」

 フェルディナンは少し疲れたような顔をした。

「分かった。約束を建前にして月瑠を縛ろうとした俺が悪かった」

 悪かったと言いながらも、フェルディナンは顔をしかめて目の前にいる私ではなく別の方を見ている。その様子がねている小さな子供の姿に重なってみえた。実物は随分ずいぶんと大きな子供だけれど。
 結局何だかんだで約束を取り付けなかったことに苛立いらだって、フェルディナンは分かりやすいくらいはっきりと不機嫌な顔をした。

 なんだかフェルディナン……一見すると怒っているように見えるけど実は――

「あの、フェルディナン?」
「……何だ」

 話掛けてもフェルディナンは変わらず不機嫌そうにそっぽを向いている。

「ひょっとして、ねてるの?」
「なっ!?」

 刹那せつな、フェルディナンはバッと勢いよくこちらを見てきた。

「どうしてそうなるんだ!?」
「なんとなく?」
「…………」

 びっくりしたように目を見開いて唖然あぜんとした顔を見せるフェルディナンの様子が面白くて仕方が無い。普段は大人なフェルディナンが珍しく声にも動揺が含ませている。
 まあ最近は驚かせてばかりいるような気もするが。そうして戸惑う彼を見ているのが楽しくて私はつい調子に乗ってしまった。

「やっぱりフェルディナンって……」
「何だ?」
「可愛いのよね。うん、やっぱりフェルディナンが可愛い人だから好きなのかなぁ」
「……男相手に可愛いとか言うな。そう何度も言ってるだろう」
「仕方ないじゃない。可愛いものは可愛いんだから?」

 くすくす笑って挑戦的な物言いをしたらフェルディナンは冷え冷えとした寒気をもよおす冷笑で返してきた。

「――言うようになったじゃないか」

 低い声でそう言って、フェルディナンが私を抱く手に力を入れた。

「……へ?」

 グイッと引き寄せられてそれから私はフェルディナンの動揺っぷりが楽しくて、思わず彼を揶揄からかう様な真似まねをしたことを後悔した。
 怒ったフェルディナンから次第に大人の濃厚な雄の匂いが漂い始めてきた。それも怒っているせいなのか瞳の色が光に反射して、血に飢えた獣のような鋭さと怒りの炎を宿して爛々らんらんと輝いている。肉食獣の目が闇夜に光るように私の眼前にいるフェルディナンの瞳もまた、獣と同じ部類の光を宿していた。
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