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二分の三~ちょっと休憩~

♀Ⅳ.フェルディナンの苦難

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 入浴場で何時間も過ごしてからようやくフェルディナンは自室へ戻った。それも長くお湯に浸かりながらの行為に疲れてぐったりした月瑠を両腕に抱き上げながら。屋敷の中心部にある豪華な自室の四方を柱で囲われている広々としたベッドの上に月瑠を横たえて、自分もその隣に座りながら最愛の人の頭を優しくでる。
 二人ともお風呂上がりということもあって布を身体に巻き付けただけの簡易的な格好をしている。長くお湯に浸かっていたから月瑠の身体はホカホカと暖かく血色の良いピンク色に染まっている。

 月瑠は頭をでられて嬉しそうにその熱っぽく潤んだ黒い瞳をフェルディナンに向けると、いずるようにもぞもぞと動いて隣で座っているフェルディナンの膝上に頭を乗せてピッタリとくっついてきた。
 そうしてフェルディナンにくっついて少し落ち着いたのか。動きを止めてなごなごしていたと思ったら今度は心細げに見上げてくる。何か物足りないようだ。まごついて考え込むようにしてから月瑠は無言で両手をフェルディナンの方へ伸ばしてきた。どうやら抱き上げて欲しいらしい。ちょうだいとおねだりをされているような可愛らしい姿を見て拒否など出来る訳がない。フェルディナンはそのくったりと疲れて力の入っていない身体を抱き上げて自身の膝上に抱え直した。膝上にチョコンと座って月瑠は嬉しそうにニコニコしながらフェルディナンの腕を胸元に抱え込んだ。

 少しは休ませてやりたいと思っているのに……どうしてこの人はこうなんだ……?

 あまりのマイペースっぷりに半ば脱力しそうになりながらどうにか持ち直す。フェルディナンはベッド横のサイドテーブルに何時いつも置いてある書物を手に取り気を紛らわすことにした。月瑠を片手であやしながら眼鏡を掛けて書物を読み始めたフェルディナンに月瑠は少し不満げな視線を向けてくるが、こういう時はそれにはあえて構わないことにしている。でないとまた月瑠に無理をさせてしまうことを十分過ぎる程分かっていたからだ。
 月瑠はフェルディナンが書物を読んでいる間は基本的に大人しくしている。構って欲しくてちょっかいを出すことはあっても、近くで一人遊びのような事をしているか。ボーッとしていることに飽きて眠ってしまうか。時々そばを離れようとする時はフェルディナンがそれとなくやんわりと軌道修正させるようにしていた。

 全力で遊んで全力で疲れる。まるで抑制の利かない子猫だな……
 それもこれ以上手を出さないように努力しているというのにまるで分かっていない。

 こちらがコントロールしないとまたこの腕の中にいるこの人は何か突拍子とっぴょうしもない事をしそうだ。そう思って表面上はあまり相手にしないようにしながらも目はえず光らせるようにしていた。そうして疲れて眠りに付くのを待っているというのに、三十分経ち四十分経ち、けれども一向いっこうに月瑠は眠ろうとしない。フェルディナンの腕の中で相手にして貰えるのをジーッと待っている。
 根負けして仕方なくフェルディナンは眼鏡を外して手にしていた書物をパタンと閉じた。サイドテーブルに置いてから月瑠に目を向けると、ようやく相手にしてくれるのかと嬉しそうに目を輝かせ始めた。

 まったく、本当に困った人だな……

 心の中だけで静かに溜息を付いてフェルディナンは月瑠の頬をでながら自身の方へグイッと引き寄せた。

「どうして君は寝ないんだ? 疲れているだろう?」 
「まだ大丈夫だもの」
「……最後の一滴まで体力を使い切る気か……」
「えっ?」

 ボソリとつぶやくと月瑠が不思議そうに首をかしげた。

「いやなんでもない、こちらの話だ」
「フェルディナン……?」
「なんでもないから気にするな。それよりもどうしたい? 俺に何かして欲しいのか?」
「うん、……あのね。抱き締めて欲しいの」
「今もそうしているが?」
「えっと、そうなんだけど。そうじゃなくて、もっと強くギュウッてして欲しいの」
「……強く抱き締めればいいのか?」
「うん」

 言われるままに強く抱き締めると、腕の中にすっぽりと収まった細い身体が危うくきしみそうな位に力を入れてしまってフェルディナンはぐさま力を抜いた。

 不味いな加減が分からない……

 フェルディナンは普段から月瑠を抱き締める時、そのほとんどを壊れ物を扱うように相当に力を抜くようにしていた。だから強く抱き締めて欲しいと言われると逆に難しい。そう思って力を緩めて抱き直そうとしたら月瑠から待ったが掛かった。

「さっきのでいいの。緩めなくていいから」
「だが……」
「おねがい」
 
 月瑠の考えている事が分からない。フェルディナンは小さく溜息を付きながら言われたとおりに強く抱き締め直した。華奢な身体がきしむ位の力を込めると「ぅっ……」と月瑠の口から苦しそうな声がれてまた力を緩めようとしたら月瑠が強い目でフェルディナンを見つめてきた。

「ゆるめなくていいの。……おねがいはなさないで」
「しかし君は苦しそうだ。あんまり強くしたら壊れそうで困るんだが」
「そんなに簡単に壊れたりしないから安心していいのに」

 フェルディナンの胸元でくすくすと笑って月瑠は甘えるような目線を向けてきた。

「……大丈夫だからゆるめないで。このままがいいの。わたしフェルディナンに強く抱き締められていたい」
「正直なところ、君が何をしたいのか全く分からないんだが……」
「このままでいいの。気持ちいいから」
「……苦しいのに気持ちいいのか?」
「あの、わたしMマゾじゃないよ? ぜぇっったいに違うからね?」
「そんなに必死に言わなくても俺は君のことをそんなふうに疑っていた訳じゃないんだが……」
「そうなの?」
「ああ、まったくどうしてそう君はこちらが思いもしない発想ばかりするんだ?」
「個性的っていって欲しいです」
「個性的……」
「尊重してくれるとありがたいのですが」
「尊重……」
「フェルディナンなんでさっきからオウム返しにしか返してくれないの?」 
 
 気分を害した月瑠がムーッと怒り顔で見上げてくる。まさか月瑠が口にした言葉全てに付いていけなくて困惑していたとは言えず。フェルディナンはとりあえず月瑠の頭をよしよしとでた。

「誤魔化さないでっ! だまされないんだから!」
 
 いよいよ完全にへそを曲げた月瑠の機嫌をどうやって直そうかと思っていたら今度は急に勢いを殺してポフッとフェルディナンの胸元に寄りかかって来た。

「どうした? ……疲れたのか? やはりそろそろ寝た方が……」
「まだ寝ない」
「……そうか」

 コロコロと表情が変わって気分も変わるが、見ている分には可愛いし面白い。こうなると月瑠が何を考えているのかフェルディナンにはさっぱり分からない。普段は分かりやすくて簡単に先手を取れるくらいに単純な行動を取るのに。恋愛がからんでそれも感情的になられると何を考えているのか移り変わりが早すぎてフェルディナンにはついていけなかった。だから黙って優しく背中をさすっていると月瑠は後悔したような声でぼそぼそと喋りだした。

「また口喧嘩しそうになっちゃった……」

 そう言うなり月瑠はフェルディナンの胸元に顔をすっかり埋め込んでしまって表情を見せてくれない。落ち込んだ雰囲気だけを残してフェルディナンの胸元でズーンと一人反省しているような様子に、フェルディナンは悪いとは思いつつもどうにもこらえきれなくて笑ってしまう。
 気付かれないように密かに笑ってから、どれどれと月瑠を抱き上げてみると。落ち込んで項垂うなだれていたこともあって、首根っこをままれた猫のようにダラーンと力無く無抵抗な状態で抱き上げられ、月瑠はフェルディナンの前に泣きそうな顔をさらした。

「何をそんなに落ち込んでいる?」
「口喧嘩したくないのに。毎回フェルディナンと話しているとどうしてだかそうなっちゃうから。わたしはただフェルディナンに強く抱き締めてほしかっただけなのに……」
「どうしてそんなにそうすることにこだわるんだ?」
「だって抱き締められているとフェルディナンに愛されてるって実感できるから。フェルディナンが一緒にいるって確認出来るし守られている感じがするから、安心するから好きなの。それに苦しいけどフェルディナン温かくて気持ちいいから。だからギュッとしてほしいと思ったの」
「……そうか。もう分かったから。おいで」

 そうまで言われたらやらない理由は無い。フェルディナンに呼ばれておずおずと伸ばされた腕ごと強く引き寄せて、フェルディナンは月瑠の要望通りに身体がきしむくらいに強く抱き締めた。やっぱり苦しそうに息を吐き出しながらそれでも月瑠はほわんとした表情でとても嬉しそうにフェルディナンに身を任せている。そうしてしばらくの間、月瑠を抱き締めてフェルディナンはふとあることを思い出した。 

「それにしても俺に支配されることを嫌がるか。君は思っていたよりも強情な人だな……」

 抱けば抱くほど欲しくなると、そう言われた時の月瑠の顔が恐怖のような感情にいろどられた事を思い出す。それを見てもまだ余裕でいられたのは、何を言おうとも月瑠がフェルディナンを受け入れることを知っているからだ。

 ……俺が目の前で人を殺した時も月瑠は拒絶する感情を諦めて受け入れた。まったく怖がりなのか怖いもの無しなのか。分からないな。

「あの……セックスしている時はあまり頭が働かなくて、考えもつかなかったんだけど。つまりフェルディナンはわたしのモノってことでいいの? 王様なのに独り占めしていいの?」
「ああ、もともと俺が王になったのは君の為だからな。国営はついでのようなものだ」
「つ、ついで!? そんなこと言ったら皆どう思うか……」
「構わない。周知しゅうちのことだ。それでも王にと望んだのは彼奴あいつらだからな。精々せいぜい好きなようにさせてもらうさ」

 びっくりした顔で目をパチパチさせながら月瑠はうーんとうなってそれからハッと何かに気が付いたような表情をしてフェルディナンを見返した。

「あっ! ということは今度からわたしがフェルディナンの首筋にキスマーク残せばいい?」

 何故そう言う事に頭が働くんだ、とフェルディナンは頭痛を耐えるように顔に手を当てた。

「……それは嬉しいが。必要ない」
「えっと、じゃあどうすれば?」
「何か勘違いをしているようだから一応言っておくが。俺は君のものだが、君も俺のものであることには変わりないんだぞ? だから俺は君の首筋にあとを残すことを止めるつもりはない」
「そ、そうなの?」
「君の心をまだ完全に支配出来なくても、君の身体は完全に俺のものだろう? 寝屋ねやで俺を受け入れる君の此処ここ何時いつも従順だが……」
「なっ、な、なにいってるのっ!? フェルディナンのエッチっ! もうっ! どうしていつもそんなことばかり言って意地悪するの? わたし自分の部屋に帰るっ」
 
 布の上からとはいえ、おもむろに秘所の上をフェルディナンに触れられて。月瑠はパニックにおちいったようだった。それもフェルディナンに抱き締められている腕の中から何とか抜け出そうとジタバタと暴れ出してしまう。
 フェルディナンは月瑠を軽く押さえつけて、まだ行為の余韻よいんが残るその熱く火照ほてった身体をクルリとひっくり返した。

「きゃぁっ!」

 本人は自分の状態をあまり分かっていないようだけれど。月瑠があまりにもあっさりとフェルディナンのなすがままにされてしまったのは疲れて身体がいよいよ思うように動かなくなってきているからだ。今はまだ興奮で意識がハッキリとしているせいか元気に起きているけれど、そろそろ疲れに眠気が追いついてくるころだろう。
 フェルディナンが自身の下に組み敷くようにして押し倒し両腕をとらえてベッドに押し付けると。月瑠は力の入らない身体でう~とうなって無駄な抵抗をこころみた。そして無理だと悟ると最後にはうにゅっと泣きそうな顔で必死に訴えてくる。

「やぁっフェルディナン触らないでっ! これ以上近寄らないで~~っ!」
「俺に触るなとか近寄るなとか言える者は君くらいなものだな。それに君の部屋は此処ここだと言っただろう? 君が自分の部屋と言っている部屋は客間だ。一時的に住んでいたとはいえ、もう君が帰る場所は此処ここにしかない。そろそろ諦めなさい」
「でもそれじゃあ、フェルディナンと喧嘩したり家出したいときにわたしはどこに行けばいいの?」
「……どうしてそれをするのが前提なんだ。頼むから何処どこにも行かないでくれないか? 一人になりたいなら俺が部屋を出る。屋敷を出ても泊まる場所なんていくらでもあるからな……というか、そもそもそんなことを真面目に聞かないでほしいんだが……」
「えっとぉ、それってわたしの代わりにフェルディナンが外泊するってこと? そんなのダメだよっ! ただでさえフェルディナンはいるだけで人目を引くほど綺麗なのに、適当な場所で寝泊まりしようとするなんて。そんな危ないことさせられないよ! それするならわたしがやる!」

 ……ちょっと待て。この人は今度は何を言い出したんだ?

「どうしてそうなるんだ。毎回立場が逆だと言っているだろう?」
「大丈夫だよ。シャノンさんも付いていてくれるだろうし。それよりも心配なんだもの。フェルディナン綺麗だから何かあったら大変」
「その訳の分からない君の判断基準はいい加減、本当にどうにかすべきだな」
「いえ、しなくてけっこうです。わたしはこれで満足してますから」
「結構です。じゃないだろうが……それもどうしていきなり他人行儀になるんだ?」
「えっとぉ~ちょっと心の距離を感じたからかな?」
「……そう思うなら頼むから少しは歩み寄ってくれ」
「無理!」
「君って人は本当に……」

 どうしてこの人はこうも人の心をき乱すのが得意なのか。それも許容出来ない事ばかり提示されてはNOと言うしかない。甘い顔などしてはいられなかった。

「じゃあ、フェルディナンが歩み寄って?」
「どう歩み寄れと言うんだ」
「綺麗なの自覚して少しは身の危険についてを考えて欲しいかなと思ったりして」
「……俺は軍人で国王だぞ? 身の振り方は心得ている。それよりも今、俺に力尽ちからづくで押し倒されて組み敷かれているのは君の方なんだが? 勿論もちろん、力関係でいうところの優劣の理解はしていると思うが」
「わかってる。わかってるけどそれとコレとは別なの! いくらフェルディナンが強くても油断したら危ない事なんて沢山あるんだから!」

 ……俺は一体何の相談をされているんだ? というよりも何を説得されている? 
 どうして彼女と話をしていると何時いつも口喧嘩になるんだ?

 そもそも単なる部屋の移動で家を出ていないのだから家出じゃなくてそれでは部屋出だ。それも喧嘩する度に出て行かれてはたまらない。月瑠は出会った時からこうと決めた部分は譲らない。確固たる信念にも似た価値観があるようで。それは良いことなのだがその肝心の価値観があまりにも自分とズレている。生まれた世界が違うからだろうか? とフェルディナンにはどうしても理解出来なかった。

「だがそれを俺が聞けないということも分かっているだろう?」
「……フェルディナンの頑固者」
「強情な君に言われたくない。そもそも君も自分が可愛いことを少しは自覚すべきだな」
「えっとぉ~フェルディナン? それは多分勘違いだと思うの」
「勘違い、だと?」
「なっ、なんでそんなに怖い顔するの? あっ! とりあえず手を離して? ちゃんとフェルディナンの言うとおりもう大人しく寝るからっ」
 
 月瑠は段々とやり取りに疲れてきたようだ。少し怖い顔をしてみただけで、途中で話を中断して逃げるように話をらしながら身体をジタバタと動かしている。ようやく月瑠から寝るという言葉を引き出せたのにどうにも釈然しゃくぜんとしない。
 とりあえずフェルディナンは言われた通り押し倒している体勢はそのままに月瑠の手を解放した。かわりに両肘をベッドにあてがい囲うように月瑠の両脇に置いて、それまで浮かせていた身体を月瑠の上に乗せた。ズッシリとした重みが身体に重なったことに驚いて月瑠はキョトンとした顔をしている。何が起こっているのか分からないようだ。

「あの、フェルディナンわたし寝るからそろそろこの体勢を……」
「君の要望通り手は離したぞ?」
「……っ!? な、なんかちがう……!」

 納得出来ないと頬を膨らませてムーッとしている月瑠にフェルディナンは苦笑して、ご機嫌をうかがうようにそっと優しく唇に口づけた。ゆっくりと唇を離してフェルディナンは優しくたずねた。

「それにしても何故印を残すことに君が固執こしつするんだ?」
「だってわたしも何かやりたい」
「何かやりたいと言われてもな……」

 それではただの遊びではないか。月瑠は本当に印を残したいと思っているのではないようだ。印を残すこと自体に固執しているのではなく、ただフェルディナンにされていることと同等の何かを返したいと思っているだけのようだった。

「あっ!」
「どうしたんだ?」
「あの、ね……」

 どうやら何か思いついたらしい。けれど口振りがどうも怪しい。それがろくでもないことなのではないかと、今までのパターンから薄々フェルディナンは気が付いていた。今度は何を言い出すのかフェルディナンが警戒していることにも気付かずに、月瑠はまたとんでもないことを言い出した。

「フェルディナンのそれ・・にキスマーク付けるとか?」
「…………」

 月瑠が言ったそれとは勿論もちろんフェルディナンの巨大なモノのことだ。

「あっ、あのちゃんと痛くないように場所は選ぶから! それかリングみたいな輪っかをはめてみるとか?」

 何故だか気遣われて。それも顔を赤くしながらとても楽しそうに人のモノに何かしようとしている最愛の人にフェルディナンは頭が痛くなった。

「……たまに思うんだが、君は一体そう言う知識を何処どこで手に入れてくるんだ?」
「へっ? えっ、えっとぉ~それはですね……」

 元の世界で見た漫画とか小説で得た知識です! とは言えないというか言いたくないと月瑠が思っている事をフェルディナンは知らない。

「まあ言いたくないならそれでもいいが。とにかく、それは結構だ」
「でもわたしも何かしたい」
「断る」
「フェルディナン~!」
「駄目だ」
「フェルディナン……」
「駄目だと言っている」
「お願いフェルディナン」
「断る」
「フェルディナン~!」
「…………」

 月瑠は自身では自覚していない疲れと眠気で大分だいぶ開放的になっているようだった。人のことに関しては妙にさとい時もある癖に自分のこととなると、とんとうとくなる。
 先程からずっと月瑠はフェルディナンが相手をしなくなってもあの調子で諦めずにフェルディナンの名前を呼び続けている。それしか言葉を知らないとでもいうかのように。きっとフェルディナンが返事をするまで月瑠は諦めない。

 ――まったく、こんな問い詰め方を彼女は何処どこで覚えてきたんだ。

 呪文の詠唱えいしょうに聞こえてくるくらい連続して名前を呼ばれ続けていると可愛いと思う反面、珍しく覚えた気恥ずかしさにどうにかして口を閉じさせたくなる。チッと舌打ちしてフェルディナンは不機嫌そうに顔をしかめた。

 仕方ないな。あまりこれ以上無理はさせたくなかったんだが……

「……月瑠すまない」
 
 ようやく口を開いたと思ったら謝罪の言葉を口にされて月瑠が名前を呼ぶのを止めた。なに? と不思議そうに目だけで問いかけてくる月瑠の身体を開いて互いに身体に巻き付けた布を手早く取り去る。衣擦きぬずれの音と温かくしっとりとした素肌が触れ合う感触を心地よいと感じながら、月瑠の身体の中心にフェルディナンはスルリと自然に割り入った。なるべくゆっくりと優しくフェルディナンを受け入れ慣れた其処そこへ巨大なモノを挿入すると、月瑠は疲れ切って力の入らない身体をビクッと反応させて弱々しい目線をフェルディナンに向けてくる。

「ぁっ……んっ……ぁ……また、するの……?」
「いいや、もうこれ以上はしない。そろそろ眠りなさい。こうして何時いつものようにつながっていれば怖くないだろう?」

 互いの指と指とをからませながら身体を重ねられて月瑠はホッと安心した表情を浮かべた。どうやら例の話から話題をらすことにフェルディナンは成功したようだ。

「うん……フェルディナン好き……」
「俺も愛してる」
「あのね、寝る前に一つお願いがあるの」
「何だ?」
「もう一度だけ抱いてほしいの……」
「……君はもう疲れ切っているだろう。そんな身体で抱かれたいのか?」
「うん、わたしフェルディナンがほしい」
「本当に仕方のない人だな君は……」
「やっぱりわたしのこと嫌になった?」
「……何よりも君を愛してる」

 抱いて欲しいとせがむ月瑠の言うままにフェルディナンは仕方なく極力加減して月瑠を抱いた。そうして一度だけイカせると月瑠はあっさりと眠りに落ちてしまった。
 どうやら月瑠のいうところの”女子の日”とは酷く情緒を不安定にするものらしい。月瑠は気付いていないようだが何時いつにも増して甘えてくるし、何より酷く怖がりになる。(といっても強弱の違いであってそこまで行動自体は変わっていない)普段はここまで不安を覚えて怖がっていない。どちらかと言うと思うままに本能的に行動してぶつかって行く位に月瑠は素直に物事をとらえて動く。だから深刻な不安を抱える前に大抵のことは片が付いている印象だ。それか何かしら行動してやらかした後で、フェルディナンに怒られることを不安がるというか怖がるならよくあることだった。

「――それにしても君は知らないだろうな。俺と寝室を共にしてからずっと、隣で読んでいる書物の中に混じって異邦人ラヴァーズに関する資料が含まれていることに。君はまだ文字を読めないからな……」

 腕の中ですやすやと安らかな寝息を立てている最愛の人にフェルディナンは優しく唇を落として。それからその細い首筋に唇をわせて自分のものである印を重ねて付けると、からみ合わせた指先がピクリと動いた。しっとりと身体を重ねながら起こさないようにそっと柔らかい頬にも口づける。

 フェルディナンに限らず。月瑠のそばにいる者達は皆そういった書物を読みあさっている。少しでも月瑠の考えを知りたいと思っているようだが。フェルディナンも含め、そう上手くはいかないようだ。
 本物を前にした時感じたのは、書物から得た知識だけでは計り知れない生き物だという事だった。他の者達の月瑠への接し方が、まるで珍獣でも相手にしているようだと何度思ったことか。

 ……やはり実物は格別だな。彼女は手負いの一番扱いにくくて繊細で厄介やっかいな動物そのものだ。それもどうにも憎めない言動の可愛さに毎回、妥協と許容をいられても構わないと思える位に、片時も手放せないと思える位に愛してしまうなんてな……
 出会った当初はこの俺がペースを乱されることになるなんて思いもしなかったが。それだけに手に入れがいがあるというものだ。そうまで俺に思わせる事が出来る何て本当に君は大切で特別できない人だよ……

 それが月瑠に対するフェルディナンの正直な感想だった。



「気まぐれ異邦人ラヴァーズ」著者:ククル・リリーホワイトいわく、
 ~彼女達の性質は往々おうおうにして自由気ままで破天荒はてんこう、周りの者を巻き込んで振り回す非常に厄介やっかいな存在だが我々は彼女達を愛して止まない~
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