思いがけず聖女になってしまったので、吸血鬼の義兄には黙っていようと思います

薄影メガネ

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本編

20 セオドア様のモノ

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 アヒルちゃんをスピアリング卿に連れて行かれて、小屋に二人きりにされたここ数日、私とセオドア様はまるで本当の恋人のように過ごしていた。

 一日に何度も性交を繰り返していたため、簡易的な寝床ねどこでは事足ことたりなくなり……私たちは自室のベッドをダイニングに移動させることにした。暖炉だんろの前にベッドを置き、そうして最終的にはベッドをソファー代わりに、私たちはそこでまったりくつろぐようになっていた。

 セオドア様に抱かれ過ぎて、替えのお洋服が間に合わなくなった今の私は、セオドア様のシャツを着させられている。ぶかぶかのシャツからは、香油こうゆの良いにおいがした。

 セオドア様の体から時折ふわりとかおる、貴族特有の高価な香油こうゆかおり。
 その匂いを嗅いでいると酷く心が落ち着いて、全身をセオドア様の匂いでつつまれている安心感が眠気を誘う。そうしてぶかぶかのシャツを着ているだけで幸せな気持ちになったのに、私は更にあることに気が付いた。
 自らの腕に鼻を近付け、スンスン嗅いでみる。やっぱり体からも、セオドア様の匂いがした。
 行為ののこだと、こんなにちゃんと分かるくらい、人間のセオドア様に愛されている……。セオドア様の匂いが自分の体にも移っているのを感じて、嬉しさと恥ずかしさに襲われた。

 幸せすぎて怖い。これがずっと続かない、夢の一時ひとときだと分かっている。でも、だからこそ、胸を時折よぎる切ない痛みがあっても、一緒にいられるこの瞬間がいとしいと思えた。私にとっては一生思い出に残る、大切な時間だった。

 セオドア様が私の代わりに家事をこなしている間に、こっそり隠れてシャツの匂いを嗅いでしまったり、セオドア様が作ってくれるご飯を待つ生活。
 もうすっかり、体のだるさは抜けたのに、セオドア様は黙々と家事を続けてくれて……代わりますと言っても、「体を休めていてください」と何度も断られてしまった。

 やることがなくて手持ち無沙汰ぶさたにベッドでゴロゴロしている私を、セオドア様は手がくと必ずかまってくれる。
 胸元に抱いて、優しくキスをしてくれたり、ただ抱き締めて一緒に眠ってくれたり……。セオドア様に甘えて、構ってもらうのを、ゴロゴロベッドで待つ生活。
 それもセオドア様は、私が彼を欲しがっているときが分かるのか、必ず応えて体を重ねてくれる。毎晩深くあそこにセオドア様を受け入れながら、沢山愛されて今にいたるのだが……
 あれ? これって何だか私……すごく、セオドア様に甘やかされている……?

 毎日、絶え間なくセックスをされているから、私の体にはセオドア様に触れられたときの感触がいつも残っている。残された感触と、セオドア様の匂いに包まれて、何だか完全にセオドア様のモノになったような気がした。

「セオドア様……あの、先日もそれ読んでいらっしゃいましたよね?」

 今私たちはベッドの上に一緒に座りながら、のんびり各々好きな事をして過ごしている。ちなみに私はアヒルちゃんの抜け羽が入ったもこもこの外套がいとう修繕しゅうぜんしていて、隣に座るセオドア様は書簡しょかんを手に黙々と目を通してお仕事モード──だったのだが、セオドア様は私に話し掛けられると、書簡をたたんでサイドテーブルに置いてしまった。

「何を読んでらしたのですか?」
「スピアリング卿から頂いた書簡を読んでいたんです。状況はある程度把握はあくしておきたいですから」

 お仕事の邪魔をしてしまったかな? と、気にしていると、頭をポンポンでられた。

「……それって、セオドア様もスピアリング卿とクルポッポでやり取りをしていらっしゃるということですか?」
「ええ、エリカが預かっている伝書どりとは別の鳥を、僕もスピアリング卿から預かっていたんです。おかげでだいたいのことは分かりました」

 セオドア様に丁寧に頭をでられて、気持ち良すぎて目をつむると……壊れ物を扱うように優しく抱き上げられて、セオドア様はその美しい体に私を抱き込んだ。
 女の私より白くなめらかな肌。そのうるわしい胸元で、彼の長い銀髪を指にからめてくるくる遊びながら彼を見上げると、柔らかい笑みを浮かべて見られていた。
 遊んでいたことを誤魔化ごまかすように、そろそろと銀髪を指からはずすと、セオドア様はくすりと笑って私のほほに触れた。その整った唇に、しっとりと深く、唇を重ねられる。

「んっ……」

 最初のディープキスは呼吸困難になりかけて、受け入れるだけで精一杯だったのに……。セオドア様にキスされることに私が大分だいぶ慣れてきたことを、セオドア様も感じているようだ。段々とキスの時間が長くなっている気がする。
 そうして舌をからめて、甘いキスをされている合間あいまに、ふと思った。そう言えばセオドア様、エッチをしているときはもっと年相応としそうおうの青年……少年のような口調をされるのに……
 セオドア様はこうして普段、私と話をするときは、元の丁寧な口調に戻られてしまう。エッチのときの、あの話し方が、本来のセオドア様なのかもしれない。それを私に少しでも見せてくれたことが、たまらなく嬉しい。

「もしかして小屋に来て最初の頃、ご飯のときにいなくなっていたのは……クルポッポでやり取りをしていたからですか?」
「はい。すみません、話すのが遅れてしまいましたね。……それに、どうということもないのですが、あの時の僕はジッとしているよりも、多少歩いている方が落ち着いたようなので……」
「……!」

 記憶を失っているのに、セオドア様はいつも全然動じたふうを見せないから、平気なのだと勝手に思い込んでいた。けれど……そんなわけなかった。お散歩はセオドア様なりの対処法だったらしい。
 いくらしっかりしていても、不安がないなんてこと、あるはずがなかったのに……

 罪悪感に申し訳なくなって、セオドア様の手を取る。私の好きな彼の手からは、やはり人間と同じぬくもりは感じられなくて、でも……
 どうしようもないくらい、すごく好き。

「大丈夫ですよ、セオドア様。スピアリング卿が動いてくれています。それに私も……必ずセオドア様を家族の元へお返し致しますから」
「家族……」

 記憶が戻って、セオドア様が私の事を忘れてしまったら、そのときは……セオドア様はリアードの元へ戻る。そして私はもう、セオドア様の視界には入れてもらえなくなる。

 寂しいなと、思ってしまった。
 でも覚悟はできている。それを承知の上で私は抱かれたのだから。
 本来のセオドア様は私のことを妹だなんて思ってもいないし、認めてもいないはず。
 そして、本来のセオドア様は私のことなど愛していない。
 でも今の、記憶を失っている人間のセオドア様に優しくされて、嬉しいと思ってしまった。
 
 バカだなと思う。私を視界に入れてくれる人間のセオドア様は、記憶が戻ったら私を愛してくれたことなど、綺麗さっぱり忘れてしまうのに…………私は彼を、愛してしまった。

 セオドア様の記憶が戻ったとき、記憶喪失のときのことは覚えていない。忘れてしまうという院長先生から聞かされていたお話。
 もし何かのタイミングで記憶を取り戻したなら、リアードの元にセオドア様をお返ししなければ。私はセオドア様に、家族の元に戻すとお約束したのだもの。

 そしてこのセオドア様と過ごした時間は夢の一時ひとときとしてかたらず、私はずっと……セオドア様とリアードを遠くから見守っていよう。
 でもその前に、どうやって彼から離れようか、そればかりが頭をよぎぎる。
 しかしそうして、セオドア様の腕に抱かれながら、彼の胸元で思案しあんしていたら……セオドア様が私の腰に回していた腕に力を入れて、優しく私を引き寄せた。

「今回の件が片付いた後も、僕は君を離すつもりはありませんよ」
「っ!」

 ドキッと心臓が跳ね上がる。
 まるで心を読まれているような、隠し事に気付いているような言葉に、セオドア様はもしかしたら記憶が戻っているのでは? という不安にられて、私は思いきって聞いてしまった。

「セオドア様……もしかして記憶が戻っては……」
「残念ながら僕の心は人間のそれです」

 ……そうよね。記憶が戻っていたら、本来のセオドア様は私を離すつもりはないなんて言わないわ。でも、あんなに沢山エッチしたのに……やっぱり私みたいに半端な聖女では、効果は薄いのかもしれない。スピアリング卿、ごめんなさい……
 少し落ち込んでいると、セオドア様がうつむきがちな私のほほに手を添え上向かせた。

「静かですね。先程からいったい何を考えているのですか?」

 少し心配しているようなセオドア様の顔。けれど私はその疑問に答えず、にっこり笑って彼の胸元にほほ頬を寄せる。甘えると、セオドア様が怪訝けげんに眉をひそめながらも、頭を優しくでてチュッとひたいにキスをしてくれた。

 そういえば、悩ましいことがもう一つあった。私は彼を前にすると、彼に少し触れられたり優しくされただけで、行為中のことを思い出してしまうのだ。まるで守られているような、それでいて生々なまなましい、彼をあそこに受け入れているときの感覚が鮮明によみがえり、いつも私は顔が熱くなってしまう。
 話の途中なのに、抱かれたときの感触を思い出して赤面せきめんしたのを気づかれたくなくて、私はセオドア様の胸元に顔をうずめた。

「どうしました? どこか具合でも……」

 こちらは先程から動揺しっぱなしなのに、セオドア様はそれを微塵みじんも感じさせない。精神年齢は一緒のはずなのに、少しも慌てふためいたり、動揺した素振そぶりを見せない。器が違い過ぎるのだ。でも、ここまで違うと少し落ち込む。
 そもそも、存在自体が高貴なお方だ。自然と周りから人が寄って来ただろうし、人間だった頃も取り巻きは多かったはず。チヤホヤされない方がおかしいというか……

 だから本来のセオドア様に戻ったとき、私もその他大勢の内の一人としてカウントされるだろうことは、容易よういに想像がつく。
 そう考えると、この御璽みじんも動揺を感じさせない落ち着きっぷりも納得できる。こんな事態が起こらなければ、本来なら私は、眼中がんちゅうにない相手ということも。

「私は……セオドア様の基準を満たしてはいないのです。そしてリアード様の本当の家族ではありません。だから本当はこうして一緒にいることも許されない……」
「エリカ……?」

 これを言ってしまったら、セオドア様と肌を合わせるのはこれで最後になるかもしれない……
 でも、記憶を失っているセオドア様と、ずっとこの関係を続けていける訳がなかった。ゆっくりと、セオドア様の胸元に預けていた体を起こし、セオドア様と目の高さを合わせる。私の様子をさぐる、美しいアイスブルーの瞳が、まっすぐに私だけをとらえている。人間のセオドア様に愛されていると分かるのに。ずっと一緒にはいられない。

 本当はセオドア様から離れたくない。でも、ちゃんと言わなくちゃ……
 さびしさに、胸元で手をぎゅっとする。そして──

「……セオドア様。これが終わったら、また……お義兄様とお呼びしてもいいですか?」

 私の告げた別れの言葉に、一瞬、ハッとするようにセオドア様が止まったように見えた。
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