たましいの救済を求めて

手塚エマ

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第十章 ラスボス

第十三話 良い上司

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 ナビに住所を入れてくれと言われた麻子は、操作する駒井に住所を告げた。
 ともあれ車は走り出す。
 
 深夜でも車の行き来はそれなりにある。
 上京してきて、びっくりしたのは『夜でも明るい』。裏通りは別として、どうして午前零時を過ぎたのに、歩道に人が溢れているのか、今でも麻子は謎のまま。

「ホーストコピーとの面談は、どうだった?」

 駒井が運転しながら、さらりと尋ねる。

「私がアメリカで担当した、多重人格障害のクライアントが自殺した件を持ち出して、人殺しだと言われました。そんな奴に多重人格障害者を治せるのかと、ののしられました」
「何て答えたの?」
「今ならそれが出来るかもしれないけれど、あの時は、あれが私の精一杯だったんだと、答えました」

 直線の国道の信号が赤になり、停車する。
 車内はアニメキャラのマスコットが、座席のそこかしこに付けられて、車の振動で揺れていた。
 後部座席には、ご当地キャラのぬいぐるみなど、子供の可愛いが溢れている。
 麻子の足元のゴミ箱は、ティッシュやスナック菓子の袋が雑多に詰め込められている。

「よく我慢したね」

 信号が青に代わり、アクセルを踏んだ駒井の横顔を見る。
 ネオンや車のヘッドライトが交差して、小造りな童顔を照らしている。
 よく我慢したねと言われてようやく、臨戦態勢の緊張が、ほろりと崩れる。同時に涙が一筋流れた。

「はい。……あの。何とかですけど、こらえました」
「誉めてあげるよ。長澤さんは頑張った。自信をくじこうとされたのに、はねのけた」
「でも、本当に、これで良かったんでしょうか」

 一抹の不安が胸に湧く。涙を指で拭いつつ、語尾を弱めた麻子を駒井が一瞥した。

「カウンセリングに正解なんか、ないからね。その時、その時の自分で勝負するしかないんじゃないかな」
「……そうですね」

 駒井の運転はスマートだ。
 ブレーキを踏まれても、左折や右折をされても体が傾かない。
  男女ともに車の運転が合わないと感じたら、性格も合わないことを経験値として持っている。

「院長。お車がすごくファンシーですけど、院長の趣味ですか?」
 
 そうではないと知りつつも、麻子は駒井をからかった。

「二人目の奥さんとの上の子が好きなんだよ。こういうの。勝手にいろいろ付けるんだ」
「おいくつですか?」
「九歳だ」

 九歳といえば、羽藤柚季が記憶を無くし始めるようになった頃。
 たとえ別々に暮らしても、愛されることを知っている無邪気な子供の残酷さを知る。

 そのうち国道から脇道に入り、坂を中間地点ほど登ったら、麻子の自宅マンションだ。
 ここですと、麻子はマンションを指差した。
 車はマンションの共同玄関前に横付けをされ、麻子はシートベルトを外してバッグを抱え持つ。

「わざわざ、ありがとうございました」
「意外に近かったんだね」
「近いことは近いんですけど。地下鉄を下りてから、ここまで少し歩くんです」

 助手席から下りた麻子が一礼すると、運転席で駒井が片手を上げて答える。引き返す車をしばらく見送り、麻子はヒールの音を響かせながら、マンションのエントランスを横切った。
 そして階段を上り出す。

 ホーストコピーは、分身に対して好戦的だ。
 羽藤柚季の味方のカウンセラーにも、当然攻撃するだろう。それを踏まえて車に乗せて、雑談したり、面談の報告などもさせたのだろう。

 いい上司に恵まれたことに、心から感謝する。

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