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第三章 争奪戦
第84話 しかるべき人格者
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「レナが望むなら、後宮に引き取るだけじゃなく、しかるべき身分の人格者に 娶らせる。後宮で飼い殺しにするような真似はしない。お前の不安は、全部俺が何とかする」
「しかるべき身分の人格者?」
サリオンは俯いたまま失笑した。
臥台を下りて窓辺まで行き、窓枠に体をもたれかけさせ、横を向く。
そうしなければアルベルトが、いつまでも床にひざまずいたままだと思ったからだ。
「あんた以上の誰がいる?」
嘲るように言い足すと、和らぎかけたアルベルトの表情が一変する。
気色ばんで立ち上がり、割れた皿や散らばる料理を蹴散らしながら向かって来る。僅かに怯んだサリオンの正面まで来て足を止め、悲憤を湛えた眼差しで 射竦める。
唇は一文字に引き結ばれ、頬をいびつに引きつらせている。
サリオンの目線は次第に伏せられ、背中にあたるカーテンを後ろ手に掴んでいた。
「サリオン」
鬼神のような形相とは裏腹に、落ち着きをはらんだ声だった。
サリオンは上目使いに彼を見る。
眉のひそみに凄まじい怒りをみなぎらせたアルベルトは、体中を嬲るように斬られても、かろうじて立っている武人か何かのようだった。
「お前の気持ちを聞かせてくれ」
アルベルトが一歩足を進めて厳かに言う。
窓枠を背にしたサリオンは、瀬戸際にまで追い込まれ、退路を完全に断たれていた。
サリオンは固唾を飲んで俯いた。これ以上、腹の探り合いなどしたくない。
互いに何を考えて、何を求めているのかを、聞きたいだけだと迫られる。
彼が放った一言は、サリオンを鞭のように打ち据えた。
最下層のオメガは、ベータやアルファの性の玩具だ。
人ですらない。
レナも自分も、ずっとそうして生きてきた。
「……俺の気持ち?」
サリオンは語尾を跳ね上げ、失笑した。
「そんなもの、どこにある?」
両手を頭の横に掲げて笑ったサリオンは窓枠を離れ、アルベルトの傍らを行き過ぎる。
幼い頃から、どれほど嫌だと喚いても、欲しいと言っても拒絶され、意思も気持ちも踏みにじられて無視された。
ないものだとして扱われた。
それは実際、誰にとっても取るに足らない『もの』だった。
サリオンは、いっそ誰かに訊ねてみたくなっていた。
どうしたいのか、本当は。
純白の薔薇が活けられた花瓶を乗せた腰高のテーブルにまで歩み寄り、両手をついたサリオンの背が丸くなる。
「お前の気持ちは、お前にだけしかわからない」
背後から諭すような声がした。
サンダルの音が近づいて、美声の持ち主の手が胸の前で交差する。
そして、そのまま抱き込まれ、頬に頬を寄せられた。
いつでも熱い掌だ。
それとも自分が凍結しているだけなのか。
だから意思も気持ちも、体の深い所にある氷の中に閉ざされて、眠りについたままなのか。
「しかるべき身分の人格者?」
サリオンは俯いたまま失笑した。
臥台を下りて窓辺まで行き、窓枠に体をもたれかけさせ、横を向く。
そうしなければアルベルトが、いつまでも床にひざまずいたままだと思ったからだ。
「あんた以上の誰がいる?」
嘲るように言い足すと、和らぎかけたアルベルトの表情が一変する。
気色ばんで立ち上がり、割れた皿や散らばる料理を蹴散らしながら向かって来る。僅かに怯んだサリオンの正面まで来て足を止め、悲憤を湛えた眼差しで 射竦める。
唇は一文字に引き結ばれ、頬をいびつに引きつらせている。
サリオンの目線は次第に伏せられ、背中にあたるカーテンを後ろ手に掴んでいた。
「サリオン」
鬼神のような形相とは裏腹に、落ち着きをはらんだ声だった。
サリオンは上目使いに彼を見る。
眉のひそみに凄まじい怒りをみなぎらせたアルベルトは、体中を嬲るように斬られても、かろうじて立っている武人か何かのようだった。
「お前の気持ちを聞かせてくれ」
アルベルトが一歩足を進めて厳かに言う。
窓枠を背にしたサリオンは、瀬戸際にまで追い込まれ、退路を完全に断たれていた。
サリオンは固唾を飲んで俯いた。これ以上、腹の探り合いなどしたくない。
互いに何を考えて、何を求めているのかを、聞きたいだけだと迫られる。
彼が放った一言は、サリオンを鞭のように打ち据えた。
最下層のオメガは、ベータやアルファの性の玩具だ。
人ですらない。
レナも自分も、ずっとそうして生きてきた。
「……俺の気持ち?」
サリオンは語尾を跳ね上げ、失笑した。
「そんなもの、どこにある?」
両手を頭の横に掲げて笑ったサリオンは窓枠を離れ、アルベルトの傍らを行き過ぎる。
幼い頃から、どれほど嫌だと喚いても、欲しいと言っても拒絶され、意思も気持ちも踏みにじられて無視された。
ないものだとして扱われた。
それは実際、誰にとっても取るに足らない『もの』だった。
サリオンは、いっそ誰かに訊ねてみたくなっていた。
どうしたいのか、本当は。
純白の薔薇が活けられた花瓶を乗せた腰高のテーブルにまで歩み寄り、両手をついたサリオンの背が丸くなる。
「お前の気持ちは、お前にだけしかわからない」
背後から諭すような声がした。
サンダルの音が近づいて、美声の持ち主の手が胸の前で交差する。
そして、そのまま抱き込まれ、頬に頬を寄せられた。
いつでも熱い掌だ。
それとも自分が凍結しているだけなのか。
だから意思も気持ちも、体の深い所にある氷の中に閉ざされて、眠りについたままなのか。
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