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第四話
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「確かに賭場でよく見かけましたよ。ですがね旦那、あいつは昔からよく通っていましたからねぇ。珍しいことじゃありません」
「なるほど、で、最近変わった様子は無かったか?」
「変わったこと・・」
「市蔵が誰かともめていたとか、命を狙われていたとか、だよ」
神宮は、かつて自分がお縄にした与一という男を呼び出していた。
娑婆に出た後も何かと面倒を見ながらその筋の話を聞くために使っていた。かつて小悪党だったことで、内情にも詳しく頼りにしている。
神社の境内の人目に付きにくい場所に与一を連れ込むと、神宮はさっそく市蔵の話を切り出した。
与一は、殺しの案件ということで最初はオドオドと落ち着きが無かったが、自分に害が及ばないことが分かると、少しずつ喋り出した。
「いやぁ知りませんねぇ、すいませんねぇ、旦那」
「何でもいい、思い出してくれ。これは少しだが、飲み代の足しにでもしろ」
神宮が小銭を渡した。与一はそれを受け取ると金額を確かめて懐に入れた。
「そういやぁ、少し前から、多少羽振りが良くなった感じはしましたねぇ」
神宮は気持ちがオッと反応した。取り調べの本筋に繋がる取っ掛かりの予感がしたのだ。
「どういうことだ」
「賭ける額が急に大きくなったのでさぁ」
「なるほど。どれくらい前からだ」
「二、三月前くらいかなぁ、なあに、大した額じゃあないのですよ。でも、それまでは、勝ち続けたときしか賭けないような額で、しかも、大勝負といった顔でやっていたのですよ。それが、ここのところは最初からその額を賭けるようになり、負けても平気な顔でいるようになったのでさぁ」
「よほど金に余裕が出来たということか」
「そういうことでしょうなぁ」
「それはなぜだ。何かあったのか?」
「いやぁ、あっしは、そこまでは・・・」
「うむ、どうだ、そのへんのところを知る奴は誰だ。ああ、これも取っておけ」
また神宮が小銭を渡した。与一がペコリと頭を下げて受け取った。
「市蔵と親しかったのは源太という同じ取立て屋でさぁ。奴なら知っているかも知れあせんぜ。まったくケチな野郎で、あ、そういやぁ、最近見ねえなぁ」
神宮が頷いた。ようやく、事件解明への歯車が回り出した感覚を覚えた。
「いつもありがとうよ。また頼むぜ」
与一が解放されたとばかりに安堵の表情で足早に去っていった。
その背を眼で追いながら、神宮はすっかり禿げ上がっている白髪混じりの自分の頭を気にするようにさすった。
「取立て屋の源太か・・・」
神宮は早速源太の居所を調べて足を運んだ。
古川沿いの通りを下り、町外れの路地を入った長屋街に源太は住んでいた。与一が言ったように、誰に聞いても、ここのところ全く外に出ず引きこもっているという話だった。
市蔵が殺されたと知って事件に係わり合いになることを恐れていることは、神宮にも容易に想像できた。
「あ、あっしは何もやっちゃいません・・」
案の定、源太は、神宮の姿を見るなり一瞬身構えたものの、顔がみるみる青ざめてブルブルと体を震わせながら首を振った。
神宮は、まあ落ち着けというように右手を出して頷いた。
「心配するな、お前を疑ってはいない」
源太は体を固くして膝を抱えながら、不安そうに神宮に目を向けている。神宮は源太に微笑みかけながら、ゆっくりと近づいて板の間に腰を下ろし、源太の膝を軽くたたいた。
「殺された市蔵について、知っていることを教えて欲しいだけだ」
源太は座り直したが、尚も疑いを持った視線を向けている。
「奴は賭場に通っていたろう。お前も一緒に行っていたのか」
「へい、博打は好きでしたよ。まあ、たまに一緒に行きあした」
「最近、奴の賭ける金が増えていたそうだな」
「そりゃあ、いい仕事が入ることもありますよ」
源太はようやく落ち着いたのか、肩の力を抜き、首を回した。
「借金の取立てに、いい仕事があるのかい」
「つまり、その借金が色々と訳ありのものもあって、まあ、例えば人に知られたくない借金とか、その筋のやばい借金とか。そういう場合は身入りが多くなることがありましてね」
「そういう場合は何故身入りが多くなるのだ」
「借りた奴は、そのことを人に知られたくないので、口止め料を払うんですよ」
神宮は腕を組んで首を傾げた。
「しかし、借りた奴は、わざわざ訳ありの借金だなどとは言わないだろう」
源太がニヤリとした。
「そこが、市蔵の上手いところですよ」
「どういうことだ」
「その借金をするに至った事情や、借主の弱みを掴むのが上手い、ということですよ」
「それをネタに口止め料を要求するのか」
源太が大きく頷いた。
神宮にジワリと腑に落ちる感覚が湧いて来た。その要求が度を超えれば、相手が殺意を抱くのも無理がない。
「いったん良い仕事と分かったら、とことんむしり取ります。その場合は、大声など出しません。借りた奴の払える額まで計算して金を要求します。いつまでも、しつこく」
「ひどい野郎だな」
「ええ、あれじゃあ、いつかはやられるだろうとは思っていました」
神宮が源太を覗き込むように顔を向けた。
「それで、市蔵は、ここのところは、誰から口止め料をもらっていた」
源太がピクッと反応して顔を伏せた。
「まあ、奴も口が固かったですから・・」
神宮が懐から小銭を取り出して源太の前に置いた。
「まあ、何でも良い。覚えていることを話してくれ」
源太がサッと手を伸ばして懐に入れた。
「そういえば、最近、奄美屋の番頭と何回か会っているのは見たなぁ」
「奄美屋とは」
「神田の神保町にある小間物屋でさぁ」
神宮が上体を起こしながらゆっくり頷いた。
「ああ、確か、主人が上方に商売で行ったきり行方知れずとなったとか」
「その店です。今じゃあ商売はそこそこみたいですが、いっときは資金繰りに困っていて、それなりに金も借りていたようですよ」
神宮には、取り調べの道筋がハッキリと見えて来た。
「ありがとよ」
神宮がまた小銭を源太の前に置いた。
「なるほど、で、最近変わった様子は無かったか?」
「変わったこと・・」
「市蔵が誰かともめていたとか、命を狙われていたとか、だよ」
神宮は、かつて自分がお縄にした与一という男を呼び出していた。
娑婆に出た後も何かと面倒を見ながらその筋の話を聞くために使っていた。かつて小悪党だったことで、内情にも詳しく頼りにしている。
神社の境内の人目に付きにくい場所に与一を連れ込むと、神宮はさっそく市蔵の話を切り出した。
与一は、殺しの案件ということで最初はオドオドと落ち着きが無かったが、自分に害が及ばないことが分かると、少しずつ喋り出した。
「いやぁ知りませんねぇ、すいませんねぇ、旦那」
「何でもいい、思い出してくれ。これは少しだが、飲み代の足しにでもしろ」
神宮が小銭を渡した。与一はそれを受け取ると金額を確かめて懐に入れた。
「そういやぁ、少し前から、多少羽振りが良くなった感じはしましたねぇ」
神宮は気持ちがオッと反応した。取り調べの本筋に繋がる取っ掛かりの予感がしたのだ。
「どういうことだ」
「賭ける額が急に大きくなったのでさぁ」
「なるほど。どれくらい前からだ」
「二、三月前くらいかなぁ、なあに、大した額じゃあないのですよ。でも、それまでは、勝ち続けたときしか賭けないような額で、しかも、大勝負といった顔でやっていたのですよ。それが、ここのところは最初からその額を賭けるようになり、負けても平気な顔でいるようになったのでさぁ」
「よほど金に余裕が出来たということか」
「そういうことでしょうなぁ」
「それはなぜだ。何かあったのか?」
「いやぁ、あっしは、そこまでは・・・」
「うむ、どうだ、そのへんのところを知る奴は誰だ。ああ、これも取っておけ」
また神宮が小銭を渡した。与一がペコリと頭を下げて受け取った。
「市蔵と親しかったのは源太という同じ取立て屋でさぁ。奴なら知っているかも知れあせんぜ。まったくケチな野郎で、あ、そういやぁ、最近見ねえなぁ」
神宮が頷いた。ようやく、事件解明への歯車が回り出した感覚を覚えた。
「いつもありがとうよ。また頼むぜ」
与一が解放されたとばかりに安堵の表情で足早に去っていった。
その背を眼で追いながら、神宮はすっかり禿げ上がっている白髪混じりの自分の頭を気にするようにさすった。
「取立て屋の源太か・・・」
神宮は早速源太の居所を調べて足を運んだ。
古川沿いの通りを下り、町外れの路地を入った長屋街に源太は住んでいた。与一が言ったように、誰に聞いても、ここのところ全く外に出ず引きこもっているという話だった。
市蔵が殺されたと知って事件に係わり合いになることを恐れていることは、神宮にも容易に想像できた。
「あ、あっしは何もやっちゃいません・・」
案の定、源太は、神宮の姿を見るなり一瞬身構えたものの、顔がみるみる青ざめてブルブルと体を震わせながら首を振った。
神宮は、まあ落ち着けというように右手を出して頷いた。
「心配するな、お前を疑ってはいない」
源太は体を固くして膝を抱えながら、不安そうに神宮に目を向けている。神宮は源太に微笑みかけながら、ゆっくりと近づいて板の間に腰を下ろし、源太の膝を軽くたたいた。
「殺された市蔵について、知っていることを教えて欲しいだけだ」
源太は座り直したが、尚も疑いを持った視線を向けている。
「奴は賭場に通っていたろう。お前も一緒に行っていたのか」
「へい、博打は好きでしたよ。まあ、たまに一緒に行きあした」
「最近、奴の賭ける金が増えていたそうだな」
「そりゃあ、いい仕事が入ることもありますよ」
源太はようやく落ち着いたのか、肩の力を抜き、首を回した。
「借金の取立てに、いい仕事があるのかい」
「つまり、その借金が色々と訳ありのものもあって、まあ、例えば人に知られたくない借金とか、その筋のやばい借金とか。そういう場合は身入りが多くなることがありましてね」
「そういう場合は何故身入りが多くなるのだ」
「借りた奴は、そのことを人に知られたくないので、口止め料を払うんですよ」
神宮は腕を組んで首を傾げた。
「しかし、借りた奴は、わざわざ訳ありの借金だなどとは言わないだろう」
源太がニヤリとした。
「そこが、市蔵の上手いところですよ」
「どういうことだ」
「その借金をするに至った事情や、借主の弱みを掴むのが上手い、ということですよ」
「それをネタに口止め料を要求するのか」
源太が大きく頷いた。
神宮にジワリと腑に落ちる感覚が湧いて来た。その要求が度を超えれば、相手が殺意を抱くのも無理がない。
「いったん良い仕事と分かったら、とことんむしり取ります。その場合は、大声など出しません。借りた奴の払える額まで計算して金を要求します。いつまでも、しつこく」
「ひどい野郎だな」
「ええ、あれじゃあ、いつかはやられるだろうとは思っていました」
神宮が源太を覗き込むように顔を向けた。
「それで、市蔵は、ここのところは、誰から口止め料をもらっていた」
源太がピクッと反応して顔を伏せた。
「まあ、奴も口が固かったですから・・」
神宮が懐から小銭を取り出して源太の前に置いた。
「まあ、何でも良い。覚えていることを話してくれ」
源太がサッと手を伸ばして懐に入れた。
「そういえば、最近、奄美屋の番頭と何回か会っているのは見たなぁ」
「奄美屋とは」
「神田の神保町にある小間物屋でさぁ」
神宮が上体を起こしながらゆっくり頷いた。
「ああ、確か、主人が上方に商売で行ったきり行方知れずとなったとか」
「その店です。今じゃあ商売はそこそこみたいですが、いっときは資金繰りに困っていて、それなりに金も借りていたようですよ」
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