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第六章 over the clouds
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「ライブ成功おめでとー!」
「おつかれっしたー」
「かんぱーい」
三連休初日夜。ステージは無事成功を収めた。
かつて勝行たちの自宅で飲んだくれたスタッフやサポートメンバーは集い、打ち上げと称して新宿の飲み屋で乾杯していた。高校生二人の前には、これでもかと言うほどの豪華な料理が並べられていく。宴会に慣れていない光は早速挙動不審になる。
「こ……こんなにいっぱい……誰が金払うの」
「ばーか遠慮すんな、俺の驕りだ驕り!」
「何言ってんだオーナー。半分は今日のライブでWINGSが稼いだ金だろ」
「勝行たち、飲み物何にするよー」
「あ、ええとオレンジジュースとコーラで」
勝行がスタッフと話している間、隣に座った片岡が「光さん、ここの竜田揚げはおススメですよ。甘酢あんが美味でして」と料理について熱弁し始めている。更にその隣では、晴樹と保が「やっぱ和食はイイねえっ。光くん、今度一緒に和食パーティーしようよ」「じゃあ作ってほしいものリスト送るわ。ざっと千品くらい」と勝手に盛り上がっていた。
気後れしていた光も空腹には勝てなかったようで、食事に手を付けるや否や、夢中になって腹に流し込み始める。その食べっぷりはいつ見ても凄まじく、爽快だ。
「来月のクリスマスもこのメンツでライブやろうぜ。なあ、光?」
「……うん。今年こそ、絶対入院したくねえ」
「毎年クリスマスに入院って。ネタかよ!」
わはははと大爆笑が起こる。座敷では絶えず誰かの楽し気な声が響き渡っていた。店内の至るところに賑やかな団体客がいる中、彼らの席は妙に目立っていた。
「ねえ奥の席さあ、絶対芸能人でしょ」
「ライブの売上とか言ってるし」
「わかる。あの超カッコいいイケメンくんたち、絶対そうだって」
「サインもらっちゃおうよー」
末席にいると、座敷の入り口付近からそんな会話が聴こえてくる。気づかないふりをしつつ、勝行はオーナーと保の隣の席に移動した。
ここにきて、ようやく夏のリベンジが果たせた気がしていた。前回迷惑をかけた事、今回のライブの成功に改めて謝辞を述べると、保とオーナーには「細かいこと気にするな」と頭を小突かれた。
「あの時は悪い連中にぶち当たったんだ。お前のせいじゃない。まだ俺と保は奴らを潰すために奮闘中なんでな、終わらせないでくれ」
「潰すって……本気ですか」
「あのプロダクション自体が元々【黒】なのよ。前に教えたでしょ。でもあの社長には裏コネクションが多すぎて迂闊に手が出せないの。待ってて。必ず足元掬ってやるわ。ついでに行儀の悪いアレ、使い物にならなくさせてやんなくちゃね」
保の腹黒い発言を聞いた勝行は、病院の待合ロビーで聞いた話も思い出して苦笑しつつ頷いた。オーナーも何らかの恨みがあるのだろうか、「ここからは大人の戦いだと言ったろう」と口元で人差し指を立てた。どうやらこの話は暫く持ち出さない方が良さそうだ。
ひとしきり食べ終わって満足した光は「すっげ眠い」とあくびを何度も零すようになった。気づけば時間は深夜に近かった。
「俺たち、先にお暇させてもらおうか。光、だいぶ疲れただろう」
「んーん……だいじょうぶ……」
「明日休みとは言っても無理しないほうがいいよ」
「まだ……へーき……」
よほど楽しかったのだろうか。目を擦り、舟を漕ぎながらも必死に座り続けていた。しょうがないなあと言いながら席に戻った勝行が髪や頬を撫でると、ふにゃと蕩けた顔を見せる。
「まさか酔ってる?」
「いや、オレンジジュースしか飲ませてないぞ。眠くなったら家ではいつもこんななのか、こいつは」
「この可愛さは反則だな。ファンが見たらなんと言うか」
ついには勝行の身体にべったり凭れかかり、寝息を立て始めた。こうなればもう無理だ。
「あー……すみません、お先に失礼します」
「光ワンコ、今日も電池切れだな。お疲れさん」
「二人とも、週末はゆっくりな」
片岡に車を回すよう指示し、勝行は光を抱きかかえて席を立った。荷物を持った晴樹と保が見送りに来てくれる。表通りで片岡の送迎車を待ちながら、真夜中でも灯りの消えない繁華街を三人で眺めた。
「光くんの喘息発作。今日はたいしたことなくて良かったね」
「夏休み明けてから、いい感じに落ち着いてきてるんじゃない? しっかり休ませた甲斐があったかしら」
「確かに最近、夜中に発作起こして救急騒ぎ……とかはないです」
それはよかったと胸を撫で下ろしながら、保は最近の光の様子を語り始めた。
「あの子なりに、あんたの勉強を邪魔せず自分で頑張ろうと必死なのよ。勝行が戻ってきた時に足引っ張りたくないみたい」
「……逆に俺が置いていかれそうですね」
「大丈夫よ、光はあんたにべったり過ぎて困るくらいなんだし。隣から離れたりしないわ。それに先日から暇さえあればスタジオに籠っててね。編曲もだけど、弾き語りの練習していたの」
「……弾き語りですか?」
「いざという時、勝行の代わりに歌うんだって」
「……へえ……」
撮影や収録後もスタジオのワークステーションを借りて時間いっぱいまで練習していることは知っていたが、歌のことは初耳だった。
すると反対側から「それだけじゃないよ」と晴樹が嬉しそうに突っ込んできた。
「光くんはホントに偉いよ。ちゃんと家で言ってないだろうけど、ベースの練習も始めたし、ギターのコードも覚えてね。自分でスコアが書けるようになったんだよ。ピアノソロの曲も一曲収録してCD試作してたし。君が戻ってくるまでにサポートできることを増やそうと、すっごい努力してるんだよ。だから」
「……」
「無茶苦茶なことして、抱き潰さないでね?」
「……そ、そんなこと。しません」
いい話と思いきや、晴樹に突然謂れのない爆弾発言を落とされて勝行は憮然とした。相変わらずこの男は自分たちの関係を激しく勘違いしたままのようだ。しかしその方がかえって手を出されずに済むかも――と思うと、改めて突っ込むのも面倒なのだが。
「キスマークつける場所、アドバイス通りにしてるみたいじゃん」
「……え……?」
「最近は光くんも溜まってないみたいだから、毎晩お盛んなんだろうけど」
「光と愛し合うのはいいけど、ほどほどにね。あんたたち、まだ高校生なんだから」
保にもおかしなことを言われて、勝行は首を傾げた。
一体何の話だ――?
「ライブ成功おめでとー!」
「おつかれっしたー」
「かんぱーい」
三連休初日夜。ステージは無事成功を収めた。
かつて勝行たちの自宅で飲んだくれたスタッフやサポートメンバーは集い、打ち上げと称して新宿の飲み屋で乾杯していた。高校生二人の前には、これでもかと言うほどの豪華な料理が並べられていく。宴会に慣れていない光は早速挙動不審になる。
「こ……こんなにいっぱい……誰が金払うの」
「ばーか遠慮すんな、俺の驕りだ驕り!」
「何言ってんだオーナー。半分は今日のライブでWINGSが稼いだ金だろ」
「勝行たち、飲み物何にするよー」
「あ、ええとオレンジジュースとコーラで」
勝行がスタッフと話している間、隣に座った片岡が「光さん、ここの竜田揚げはおススメですよ。甘酢あんが美味でして」と料理について熱弁し始めている。更にその隣では、晴樹と保が「やっぱ和食はイイねえっ。光くん、今度一緒に和食パーティーしようよ」「じゃあ作ってほしいものリスト送るわ。ざっと千品くらい」と勝手に盛り上がっていた。
気後れしていた光も空腹には勝てなかったようで、食事に手を付けるや否や、夢中になって腹に流し込み始める。その食べっぷりはいつ見ても凄まじく、爽快だ。
「来月のクリスマスもこのメンツでライブやろうぜ。なあ、光?」
「……うん。今年こそ、絶対入院したくねえ」
「毎年クリスマスに入院って。ネタかよ!」
わはははと大爆笑が起こる。座敷では絶えず誰かの楽し気な声が響き渡っていた。店内の至るところに賑やかな団体客がいる中、彼らの席は妙に目立っていた。
「ねえ奥の席さあ、絶対芸能人でしょ」
「ライブの売上とか言ってるし」
「わかる。あの超カッコいいイケメンくんたち、絶対そうだって」
「サインもらっちゃおうよー」
末席にいると、座敷の入り口付近からそんな会話が聴こえてくる。気づかないふりをしつつ、勝行はオーナーと保の隣の席に移動した。
ここにきて、ようやく夏のリベンジが果たせた気がしていた。前回迷惑をかけた事、今回のライブの成功に改めて謝辞を述べると、保とオーナーには「細かいこと気にするな」と頭を小突かれた。
「あの時は悪い連中にぶち当たったんだ。お前のせいじゃない。まだ俺と保は奴らを潰すために奮闘中なんでな、終わらせないでくれ」
「潰すって……本気ですか」
「あのプロダクション自体が元々【黒】なのよ。前に教えたでしょ。でもあの社長には裏コネクションが多すぎて迂闊に手が出せないの。待ってて。必ず足元掬ってやるわ。ついでに行儀の悪いアレ、使い物にならなくさせてやんなくちゃね」
保の腹黒い発言を聞いた勝行は、病院の待合ロビーで聞いた話も思い出して苦笑しつつ頷いた。オーナーも何らかの恨みがあるのだろうか、「ここからは大人の戦いだと言ったろう」と口元で人差し指を立てた。どうやらこの話は暫く持ち出さない方が良さそうだ。
ひとしきり食べ終わって満足した光は「すっげ眠い」とあくびを何度も零すようになった。気づけば時間は深夜に近かった。
「俺たち、先にお暇させてもらおうか。光、だいぶ疲れただろう」
「んーん……だいじょうぶ……」
「明日休みとは言っても無理しないほうがいいよ」
「まだ……へーき……」
よほど楽しかったのだろうか。目を擦り、舟を漕ぎながらも必死に座り続けていた。しょうがないなあと言いながら席に戻った勝行が髪や頬を撫でると、ふにゃと蕩けた顔を見せる。
「まさか酔ってる?」
「いや、オレンジジュースしか飲ませてないぞ。眠くなったら家ではいつもこんななのか、こいつは」
「この可愛さは反則だな。ファンが見たらなんと言うか」
ついには勝行の身体にべったり凭れかかり、寝息を立て始めた。こうなればもう無理だ。
「あー……すみません、お先に失礼します」
「光ワンコ、今日も電池切れだな。お疲れさん」
「二人とも、週末はゆっくりな」
片岡に車を回すよう指示し、勝行は光を抱きかかえて席を立った。荷物を持った晴樹と保が見送りに来てくれる。表通りで片岡の送迎車を待ちながら、真夜中でも灯りの消えない繁華街を三人で眺めた。
「光くんの喘息発作。今日はたいしたことなくて良かったね」
「夏休み明けてから、いい感じに落ち着いてきてるんじゃない? しっかり休ませた甲斐があったかしら」
「確かに最近、夜中に発作起こして救急騒ぎ……とかはないです」
それはよかったと胸を撫で下ろしながら、保は最近の光の様子を語り始めた。
「あの子なりに、あんたの勉強を邪魔せず自分で頑張ろうと必死なのよ。勝行が戻ってきた時に足引っ張りたくないみたい」
「……逆に俺が置いていかれそうですね」
「大丈夫よ、光はあんたにべったり過ぎて困るくらいなんだし。隣から離れたりしないわ。それに先日から暇さえあればスタジオに籠っててね。編曲もだけど、弾き語りの練習していたの」
「……弾き語りですか?」
「いざという時、勝行の代わりに歌うんだって」
「……へえ……」
撮影や収録後もスタジオのワークステーションを借りて時間いっぱいまで練習していることは知っていたが、歌のことは初耳だった。
すると反対側から「それだけじゃないよ」と晴樹が嬉しそうに突っ込んできた。
「光くんはホントに偉いよ。ちゃんと家で言ってないだろうけど、ベースの練習も始めたし、ギターのコードも覚えてね。自分でスコアが書けるようになったんだよ。ピアノソロの曲も一曲収録してCD試作してたし。君が戻ってくるまでにサポートできることを増やそうと、すっごい努力してるんだよ。だから」
「……」
「無茶苦茶なことして、抱き潰さないでね?」
「……そ、そんなこと。しません」
いい話と思いきや、晴樹に突然謂れのない爆弾発言を落とされて勝行は憮然とした。相変わらずこの男は自分たちの関係を激しく勘違いしたままのようだ。しかしその方がかえって手を出されずに済むかも――と思うと、改めて突っ込むのも面倒なのだが。
「キスマークつける場所、アドバイス通りにしてるみたいじゃん」
「……え……?」
「最近は光くんも溜まってないみたいだから、毎晩お盛んなんだろうけど」
「光と愛し合うのはいいけど、ほどほどにね。あんたたち、まだ高校生なんだから」
保にもおかしなことを言われて、勝行は首を傾げた。
一体何の話だ――?
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