できそこないの幸せ

さくら怜音/黒桜

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第十章 Trust me,Trust you

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……
…… ……

耳障りな音がする。低くて鈍い。深海ノイズ。
それを懐かしいと思うのは、病院に居た時の不快なBGMに似ているからだろうか。
被った布団越しに聞こえてきた他人の声だと気づいたのは、意識がはっきり覚醒してからだった。

「……ああ。命と手足さえ無事なら何してもいい。……だろ? 目隠しもいいアイデアだったな。あいつ、暗闇に弱いから」

その声は、光にとって馴染みのないものだった。接点がなさ過ぎて、今日まで会ったことのなかった男。――相羽修一だ。
勝行の机に座り込み、乱雑に置かれた本をパラパラとめくりながら、誰かと談笑している。室内のベッドに光がいることには、全く気付いていないようだった。
光は声を殺し、極力身を動かさないよう注意しながらポケットを弄った。片岡から預かったボイスレコーダーを取り出し、手探りで真ん中の赤丸ボタンを押した。
「カチッ」と鳴るスイッチ音が思いのほか響いて緊張が走る。
――どくん、どくん。
逸る心音に伝導して布団も揺れる。修一と思われる男が椅子から立ち上がる物音が聞こえてきた。

(……バレた?)

冷や汗を垂らしながら身を潜める。だが修一はベッドまで来ず、床に落とした何かを拾って再び座った。どうやら机上にあった車のキーを落としたようだ。その音とスイッチ音が被ったおかげで気づかれずに済んだ。

(ふう……あぶね……)

今ここにいる連中のうち、勝行の味方として最も信用ならない男は彼だ。わずかな布団の隙間から部屋を覗き見してみると、修一しか部屋にいない。会話の相手は電話口のようだった。

「それより面白いこと聞いたが。あんたら、去年アレの片割れを散々可愛がって虐めたらしいじゃないか。警察に漏れてるぞ、その情報。被害届が出れば終わりだな」

車の鍵を面白くなさそうに持ち上げ、修一は会話相手を脅している。その様子はブラックモードになった時の勝行にそっくりだった。

「ああ。今回の件が万事うまくいけば、かくまってやるよ。どうせ男相手に勃つんなら、お揃いでアナル開発してやったらどうだい。あれの性格は難ありだが、顔は保障するよ。売れもしないくせにアイドルやってるらしい。……ああ、もう社長さんのお手付きだったのかよ。さすが節操なしのヤリチンジジイだ」

(勝行のこと……言ってる……? 誰と話してんだ、こいつ)

あたかも勝行を拘束している連中が電話先にいるような話しぶりだ。修一は犯人を知っているのだろうか。そして何よりも聞き捨てならないセリフが混じっていた。光は布団の隙間からじっと修一を観察した。

「――だからさっき言っただろう。相羽の相続人は勝行だ。金を出すのはそいつ自身なんだから、適当に嬲って痛めつけて小切手を切らせりゃいい。終わった頃に迎えにいくよ。あんたも社長も、奴に恨みがあるんだろ? お膳立てしてやったんだ、しっかりやれよ」

修一は饒舌にまくし立てると、電話相手の反論も聞かずに通話を切ったようだった。
電話の相手が誰で、なんと受け答えしていたのかは分からないが、これだけははっきり言えるだろう。修一が誘拐犯に手引きした内通者だと。
ずる賢い勝行自身の演技ではないかと主張し、そうでなければ勝行の命を案じて激昂する。弟を想うあまり苛ついて本音を隠せなくなった『近親者』をわざと演じていたというのなら。なにもかも納得できる。

「何が財産要らない、家督も譲る……だ。真面目に受験もせず、甘っちょろい戯言抜かしやがって。家から逃げられると思うなよ」

舌打ちしながら車の鍵を放り投げる。それは光が潜むベッドのすぐ脇にかちゃりと落ちた。
肩を震わせ、妖しく笑う修一の歪んだ顔はまさに血の繋がりを感じさせる。

「かわいそうに……傷ものにされても兄さんが助けてやるからな」

その不気味さに身の毛がよだつ。

(『相羽家の男は全員狂ってる』……あいつの言った通りだ)

まだ決定的な証拠は何もない。言質を取るまで我慢しなければ。我慢……我慢だ。
光はボイスレコーダーを握り締め、歯を食いしばった。今動いてはいけない。片岡との約束を守るためにも。けれどもう限界はすぐそこまできていた。
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