できそこないの幸せ

さくら怜音/黒桜

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第十章 Trust me,Trust you

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なんとか修一に気づかれず、片岡が迎えに来るまでやり過ごすことができた。だが緊張のせいか、光はちっとも身体を休めた気になれなかった。
微妙に濁した言い方ばかりで、手に入れた会話音が証拠になるとは言えない。しかしどう考えても修一が誘拐犯に接触しているはずだ。どうやって暴く? 誰が信じてくれる?
布団の中で息を潜めながら、光は悶々と考えていた。

「光さん、大丈夫ですか。顔色は良くなさそうですが……」
「……おっさん」

入室するなり真っ先に光の様子を伺いに来た片岡に、遭った出来事をかいつまんで話した。うまく言えない部分は「録音したから聞いて」とボイスレコーダーごと渡す。それから床に投げ捨てられた車のキーを拾って見せると、片岡は目を丸くした。どうやら彼もすっかり忘れていたようだ。

「勝行のランドクルーザーの鍵だろ、これ。あいつ運転好きなのに、帰りは運転手付きの送迎車にしたって変じゃないか」
「ええ。確か、オイル交換に出すと仰ってましたが……」
「それって時間かかるもんなのか?」
「いいえ。作業だけなら一時間もかかりません。納車時間が合わなかったのか、待てない理由でもあったんでしょうか。なんにせよひっかかりますね。ディーラーに確認します」

もしかすると、その運転手と修一がグルなのかもしれない。確信は持てないが、ハッパをかければ何か炙り出せるかも。だがこうなってくると、相羽家の人間が全員疑わしくて迂闊に手が出せない。片岡の捜査が難航する理由もなんとなくわかる。
レコーダーに録音した音声を聴いた片岡は、「はっきり口にしていませんが、間違いなく《黒》ですね」と険しい顔をしていた。

「最初に誘拐犯からの電話を受けたのってあの兄貴だよな」
「そうです」
「そいつと誘拐犯がグルになって、勝行を捕まえたとして……運転手も共犯の可能性あるし、勝行がなんで自分の車を置いてそいつの車に乗ったのかが謎だ」
「勝行さんが用心を怠って飛び出すほどの理由……あるとすれば、光さん絡みでしょう」
「俺?」
「光さんが危険に晒されていると知ればあの方は……あるいは脅されたか」
「……!」

光はハッと思い出した。
かつて自分が桐吾の罠に嵌った時もそうだ。勝行を殺すと脅され、仕方なく向こうの指示に従った。もし勝行が同じ手口を使われ、止む無く向こうの呼び出しに応じたのだとしたら――?

「絶対それだ……くそっ、今すぐあいつをとっちめて場所を吐かせる!」
「しかし確たる証拠がありません。言いがかりだと一蹴にされるかと」
「う……でも、このままじゃアイツが……」
「ひとまず大至急、ディーラーに話を聞いてきます。勝行さんを見送った使用人たちにも再確認する必要がありそうです。光さんはここにいてください」

そう告げると、片岡は再び部屋を飛び出していった。
殺すな。そう命令していたから、きっと命ばかりは無事だろう。けれどあの一味に性的暴行を食らう危険は刻一刻と迫っている。
光は車の鍵を握り締めたまま、クソッと机の天板に怒りをぶつけた。机上にある山積みの参考書群には、やはり光が手作りした押し花栞が挟まっていた。肌身離さず持っておくと言っていたくせに、なんでこんな時に限って置いて行ったのだろう。足手まといだと捨て置かれた自分の姿に見えて、悔しさが込み上げてくる。
手に取り、無意識に裏を向けた。ラミネートフィルムに黒いマジックで何か走り書きされていた。思わずそれを二度見する。

「……コア・M……?」

どこかで聞いたことがあるような、思い出さなければいけないような名前。

(そうだ。こないだインフィニティに居た奴らだ。……なんでそいつらの名前がここに)

机周りを見渡すと、奥にサインペンが一本転がっていた。出発直前、勝行がこれに文字を書いたのであれば犯人への手がかりなのかもしれない。あとで捜索に来た誰かに気づいてもらうための、暗号として。
光は自分のスマホを取り出した。発着信履歴をスライドさせ、咄嗟にオーナーへコールしてみるとすぐに出てくれた。

『おう、どうした光。またライブに出たくなったか?』
「あのさ、変な事聞いていいか」
『久我のパンツの色以外ならいくらでも答えてやるけど、どうした』

どうやら隣に久我がいるらしい。何言ってんだテメエはというツッコミが遠巻きに聴こえてくる。平和すぎる電話口の向こう側にホッとしつつ、光は「変な事」を質問した。

「コア・Mってバンドが、今週出てるライブの場所はどこだ」
『……ん?』

オーナーは首を傾げたのち、それをそのまま久我に伝える。久我はすぐに何かを察したのか、パソコンで情報を調べながら「どうした、詫びの挨拶にでもいくのか」と揶揄ってきた。

『出たぞ。んーと、今週は金曜。うちじゃなくて、渋谷のGAIAガイアだ」
「……渋谷……金曜……」
『まあ、駅は恵比寿の方が近いけど。お前ら、一回行っただろう、ライブ観に。勝行がめちゃくちゃ興奮しながらレポくれたの覚えてるぞ』
「……やっぱり」
『光、どうした。そこに行きたいのか?』

本当におかしなことを聞くなと思ったのだろう。久我と光の会話を中継していたオーナーが、ぼそりと訝し気に尋ねてきた。

「ああ。行きたい」
『何をしに行く』
「そこに勝行がいるかも。確証はないけど」
『GAIAに? そんなはずはない。お前らは二度と近づくなと保に忠告された場所だぞ』
「……え?」
『お前が夏休み前に暴れたあの事件を覚えてるか。あの時お前が殴った男の所有するビルだぞ、そこは』
「……」

そんなところで、過去の失敗が繋がるとは思ってもみなかった。
光は背中をぞくりと震わせる。あの男がいる場所なのならば、勝行は本当に――。

どうするつもりだと問い詰めてくるオーナーと久我に、一言礼だけ述べて一方的に通話を切った。
助けに行く――そう言えば怒られるだろうか。
光は栞をパーカーのポケットに詰め込むと、意を決して部屋から飛び出した。
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