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第十一話「唯花と研二」1

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 バーチャルアイドルとして事務所に入ることとなった唯花の仕事は多岐に渡る。
 今まで続けてきた歌手活動はもちろん、生配信や収録、ファンとの交流に至るまで活動の幅は個人でのバーチャルシンガー活動と比べ物にならないほどさまざまである。

 仕事によっては発表となるのが半年後となったりするケースもザラにあり、場合によってはお蔵入りになることさえある。

 事務所内でのスタッフなど個人でやっていた頃以上に様々な人と関わることになり、スポンサーともいえる企業との案件が増えたのも大変になった要因の一つとしてある。

 時折来るバラエティー番組やラジオ番組などの場合はその時の流れでなんとか乗り切れるものだが、今日の仕事はそういうわけにはいかない。
 
 役者としてドラマの撮影に臨むという、事前準備も必要かつ、撮影時間も限られた緊張感のあるタイトなものだ。
 
 学園で演劇は慣れているから、手慣れていると軽く考えていたこともあるが、映像作品を作るということは、なかなか忍耐のいるものだということを実感することになった。
 それは納得いくまで何度でも撮り直して、OKをもらえるまで次のシーンの撮影に進めないという、ストレスのかかるもので、自分のミスで次に進めないからこそ、常に集中して臨まなければならない。改善をして見せなければならないという厳しい世界であるということだ。

 撮影自体は唯花のアバターの都合上、VR空間で行われるが、手順としてはほとんど現実とさして差がない。

 そもそもVR空間の方がカメラを回す手間がない分、優れている場合さえあり、通常の実写映画でも使われることさえある。

 それが技術の進歩といえばそれまでだが、技術スタッフの苦労あってのことということは分かって演技しなければならない。
 特撮と同様、どのような編集がされるのか、話を聞いてよくイメージしながら演技をしなければならない。

 動画配信サービス用の90分間あるドラマ。単発とはいえ、かなりの費用が掛けられた作品で、スタッフや制作会社の力の入れようは連作物と同様で、それだけ期待をされているということであり、下手な仕事はできない。

 撮影自体はVR空間といえど、スタジオにある専用の機材を使うので、唯花はスタジオまで出向いて準備をしていた。

 スタジオにある控室に入って、それぞれすれ違った人に挨拶をしながら唯花は入る。
 バーチャルのアバター姿しか唯花のことを知らない人が多くいる現場において、最初の挨拶は重要で、控え室にいたとしても気を緩めるわけにはいかないのが唯花の仕事柄であった。

(こういうのは、いつまで経っても慣れることはないんだろうな……)

 リアルとバーチャルの境界が存在する以上、気を遣うのは仕方のないことだが、唯花は自分の外見を見られることに抵抗が強いわけではない。

 だが、利便性を考えて、こちら側を選んでしまった以上、ルールを遵守しなければならない。

 こうして活動を続けていく上で、知られていい相手とそうではない相手はどうしてもある。
 それは周りが守ってくれているから、唯花が心配しすぎても疲れるだけで仕方のないことだが、有名人と共演するために会うとなるとどうしても緊張はす生じ、失礼をしないようにしなければならないという礼儀もある。


 時代は過ぎても唯花のようなバーチャルアイドルはたくさんいて、社会的な認知も進んだが、両刀の人もそれなりに増えていて、唯花のようにバーチャルだけで活動する人の肩身が狭い職場に遭遇することもたびたびある。
 
 ドラマの撮影をVRの撮影環境の中ですることが否定的な人も未だにいる。多種多様な思想な共存する世の中に今もある、それもまた現実だった。

 撮影があるから比較的動きやすい服装をこの日唯花はしてきており、撮影の開始時間までの時間を台本を見ながら唯花は待つ。まだ相手役の主演男優は来ていないらしい。

 控え室は別だから、唯花自身が気付いていないだけかもしれないが、様子を見る限りはまだ見ていない。

(……遅いなら遅いで、一人ゆっくり確認する時間が取れるからいいけど。相手の心配が出来るほど、私もこの手の仕事に慣れてるわけじゃないから)

 唯花はまだこの時、気づいていなかった。いや、油断をしていたというべきか。

 完全にバーチャルの世界で仕事が完結していれば、それは起きることのない事態であったからかもしれない。
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