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第十話「ピアニストの階段」6

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 物置部屋に入り、物が多くて埃っぽさの残る薄暗い部屋に照明が灯ると、そこに一台のピアノが置かれていた。

「中学生の頃まで舞が使ってたものだから、自由に使ってもらっていいよ。
 電子ピアノだから、そこは物足りないかもしれないけど、役に立つのなら使って」

 私は電子ピアノと普通のピアノの音の違いもよくわからなかったけど、光の好意を受け取り電子ピアノを使わせてもらうことにした。

「ありがとう、光。ピアノの演奏なんてしたことないから、役に立つかは分からないけどやってみるね」

 私は光の許可が出たので椅子に座り、ピアノのカバーを開いて鍵盤に両手の指を添える。
 主人公、四方晶子はこのピアノに魅せられて、ピアノコンクールまで行ったんだ。私はその気持ちに少しでも近づかないと。

 光が窓を開けて、窓の傍でピアノと対面する私を見守る。

 私は二人に見守られながら、鍵盤へ向かって白く細い指に力に込めて練習を開始した。
 
 ほとんど触った覚えのないピアノを、私は長い時間、時を忘れて腕が疲れながらも何度も繰り返し練習する。
 
 基礎の基礎から始めるのは大変だが、そうも言っていられない。

 脚本の中にある楽譜は、クラシックの名曲であり、コンクールで演奏する曲だけあって私では全く歯が立たないほどに難しく、デモテープを聞いても、まるで指の動きを想像できないものだった。

「伴奏やベースは小さめに強弱を安定させて、メロディーは強く押さないとダメよ」

 そういって、言葉を掛けたのは、舞だった。
 いつの間にか家に帰ってきて、部屋に入ってきていたようだ。

「……舞、帰ってきたのね」
 
 私は突然の舞の登場に驚きながら、何度も演奏を繰り返した。
 少しずつ舞の言葉を参考に指を動かし、イメージを膨らませていく。
 イメージ通りに演奏をするのは本当に難しい、なかなか指が付いていかない。

「そこは、左手じゃ届かないから、右手で弾かないと。
 自分の指の長さを考えて演奏しないと」

 指が長い方がピアニストは有利、当たり前のことだけど、私の指の長さではとても楽譜通りに弾いたり、映像通りに弾くことは難しく、左手で届かない高音は、どうしても右手でカバーしなければならない。

 何度も練習するが、いつまでも届くことのない高み、気が付けば陽が落ちようとしていた。
 千歳が門限が厳しいというので光が途中まで送り、夕食を食べた後も、私の特訓は続いた。

「うーん、なかなか上手くいかないね、本当にコンクールに出るようなピアニストは凄いんだ……」

「最初は間違えない事を優先して、ゆっくりと弾いて、段々とテンポを上げて近づけていけばいいわよ」

 最後まで舞がアドバイスの言葉を掛けてくれる、イメージと違って舞は面倒見はいいみたい、さすがバイトで鍛えられているだけはある。
 一日演奏してみて分かったこと、長年続けた人でなければ早々出来るものではない、それを肌で感じた。

「でも、凄いよ、一日でこれだけ出来るようになるなんて」

 私の演奏を聴いた後で、そう言って光は誉めてくれた。
 実際、ピアノコンクールに出るような人は一日10時間は弾くという話しだそうだから、私が片手間に練習をしたとしても、本番を迎えても実力のほどはたかが知れていることだろう。

 私には自分がどの程度できるのか、人と比較できるほど続けているわけでも、知識があるわけでもないので分からなかったが、頑張った甲斐があるならそれでいいかなと思った。

「台本読んだけど、とてもピアノの練習をしている余裕はないと思うけど、これでよかったの?」
 
 一日をほとんどピアノの練習に費やしてしまったことに、舞は心配そうだった。

「うん、明日からまた台詞も頑張って覚えるから、大丈夫」

 私は出来るだけ明るく言った。本音を言えばかなり疲れていて、腕もなかなか上がらなくなってきていて、手も突き指したのかと思うほどにヅキヅキと痛んでいた。

「今日はもう、ゆっくりと休むといいよ。身体を壊したら練習どころじゃないからね」

「うん、ありがとう。私、お風呂入ってくるね」

 私は初日からスパルタな様相を呈していた一日目の練習を終えて、お風呂に入るために席を立った。

 これから毎日、GWの本番までこんな日々が続く。それは大変なことではあるけれど、私に出来ることがあるのならと、決意を新たに頑張っていくことに決めた。
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