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第16話 牢獄での邂逅

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 日を跨いで、明るい陽の光が外を暑く照らし出し始めた昼頃。

 昨夜から眠ることが出来なかった聖花は、いつの間にか身体と精神の限界が来たようだった。
 そのまま、地べたに横たわって死んだように眠っている。


「‥‥~~がどうしてこちらに、、!?
 ここは~~が御入場なされる様な所では~~」

「~~~~~」

 やっと静かになった地下に、聖花が降りた階段とは逆の方角から『ガ‥ガ‥ガ‥』と重い扉を開けるような音が鳴った。
 扉の向こう側で何やら揉めていたようだったが、牢の中にいた者たちは知る由もない。


コツンッ、コツンッ、コツンッーー

 ヒールの音とは違う、男物の靴音が、眠るのいる牢獄へと、ペースを乱すことなく向かっている。
 途中、その音の主が他の罪人の入る牢を通り過ぎると、知る者はみな目を見開いて、彼の名前を呟いた。

 彼は、彼女聖花の牢の前に着くと、立ち止まった。
 そして、死んだように眠る彼女を見て、軽く笑った。


「‥‥‥『サイレント』」

 その魔術を唱えた彼らの周りに、他の者には見えない防音の壁がスゥ‥‥、と現れた。
 彼は彼女に、語り掛ける。



……ぉ……………………ぉ………ぃ…………。





「……………………(音…?)」





…ぉ………ぉぃ…………





「……………………(だれ?わたしをよんで、いる??)」





………………………おい!起きろ!!起きろって!!!





「……な、なに!!?」

 聖花はの大声によって勢いよく飛び起きた。
 

「なーんちゃってな、カナデ。久しぶり。
 といってもあの時とは顔がちょっと違うけど」

「え?だれ‥‥‥。ぜんぶ、ゆめだったの??あのことも、あのことも‥‥‥‥」

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 聖花がやっとのことで重い瞼を上にあげると、鉄格子の先には一人の男が立っていた。
 どうやら彼女の様子をじっ、と観察しているようで意地悪そうに笑っている。

 その男は、清潔感のある真白な服に処々に金色の刺繍が繊細に施されたやや暗い蒼の背広を羽織っていた。
 ‥‥とても騎士の様には思えないし、だからといってただの貴族にも思えない雰囲気を醸し出していた。
 少なくとも、その口調以外は。

 聖花は辺りを見渡し、昨夜立て続けに起こった悲劇が夢ではないことを再認識した。
 そして、きっと目の前の男は幻なのだろう、と感じ、生気を失った様子で再び床に倒れ込んだ。


「おーい!起きてくれ!!貴女と少し話しがしたいだけなのだ!!冗談を止めて話をする故、確り私と向合ってくれはしないか?」

 彼は直ぐに慌てた様子になって、口調を改め、声を必死に張り上げている。
 聖花は少し顔だけ上げて、ちらりと男を見た。


「名を出すのは不本意だったが‥‥‥‥。
 私はアルバ国王位継承権二位アーノルド・ルクス・アルバと言う。
『ルーツ』と言うのは街を見回る際の仮の名だ。
 ‥‥騙したようですまない。改めてよろしく頼む」

「え、おうたいし、殿下??ーー王太子!?」

「ハハッ、やっと起きてくれたね。まずは座ろうか?」

「‥‥‥‥‥‥‥‥はい」

 男ーアーノルド と名乗った彼は、今度は悪戯げにニカッと笑った。
 聖花も流石に衝撃を受けた様子で、敬称を忘れ後ろにバッと飛び退いて彼を見た。


「殺すなら、どうぞ。
 私にはどうせもう何もありませんから」

 腰辺りの鞘に納められた剣の柄を見て、聖花はその剣で今から殺されるのだろう、と思った。
 それ以外に王太子だという男が彼女の元にわざわざ来るとは考えられないから。

 どの道、外に出れたとしても戻る所などなく、惨めで寂しい思いを抱いて生きていくのだとしたらーー。
 いっそここで、生涯を終わらせよう、と聖花はそう思った。

 だが、それもアーノルドの言葉によって妨げられた。


「いや、何故、そうなるのだ。
 私は貴女がここから出るのを助けようと思って来たというのに‥‥。まさか、カナデだとは考えもしていなかったが、な。
 まあそれは良い。カナデは出たいとは思わないのか?」

「カナデ‥‥‥。私のことですか?」

「貴女が私に教えてくれたではないか。
 ‥‥まさかまた、記憶喪失でもしているのか?」

 助ける、それはつまり彼は、彼女がこの場から逃れることが助けになると思っているということ。

 聖花の想いは一瞬にして打ち砕かれたのだ。
 何故助けようとしているかは教えようとはしないが、何か強い意志のようなものをアーノルドは秘めていた。

 そして、カナデ、と呼ばれた名前の少女はの聖花の身体の持ち主の名前であり、彼女にとって何処か馴染みのある名前だった。

 ひと先ず聖花がはっきりと分かったことは、アーノルドは『ルーツ』という名で以前カナデと知り合い、何故か彼女を助けようとしている、という情報だけだった。


「‥‥‥‥いいえ。
 少なくとも私はここから出たいとは思っていません」

「ここに居たら、少なくとも将来はない。いつかむごく処刑されるだけだというのだぞ。カナデはそれでも良いのか?
 ‥‥私は貴女に、生きていて欲しいだけなのだ」

 アーノルドが悲しそうな表情を浮かべ、彼女を見る。
 だが、それだけでは聖花の意志が変わる筈がない。


「‥‥‥‥止めて。私にはもう何も残っていないの。
 信頼できる友人も、愛する家族も‥‥‥、全て失ったから。
 に戻ったところで、行き場もない。
  何もかもを持っている貴方とは違うのよ。
   分かったら、帰ってくれる?王太子さま?」


 聖花が敬語さえも忘れ、彼女の思いの丈を見ず知らずの男につらつらと打ち明けた。
 すると、その白状を黙って聞いていた彼は、吐き捨てるように呟いた。


「止めろ‥‥。俺には‥‥‥何もない」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥?」

 しかし、あまりに小さく、腹の底から出たような声であったので、聖花には何も聞きとれなかった。
 彼女が不思議そうに顔をしかめていると、彼はハッとした様子で、すぐに気を取り直し、言った。


「私が、貴女の居場所を約束すると誓おう。
 丁度私の知る中に養女を欲している者がいてな。彼なら貴女に友人も、家族も、与えてくれる」

「でも、私の愛した方々ではないでしょう?」

「これから関係を築いて行けばいいのだ」

 ヴェルディーレ家で過ごした、短い間であったが素敵な思い出の数々。
 彼女を愛してくれた家族や友人たち。
 それらを全て捨てて、他の家で別の人間として生きる。

 悪魔の囁きのような言葉に、聖花は少し耳を向けてしまった。
 どうせ何も残っていないのだから、と言い訳するように。

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

「‥‥来週の今頃、また来る。その時に返事を聞かせてくれ。
 良い回答を期待しているよ。では、またな、カエデ。」

 アーノルドが魔術を解除し、その場から動かず、ただ佇んでいる聖花に踵を返し、もと来た道を辿った。

 それから直ぐに彼の身長より遥かに大きい扉の前に行き着くと、慌てた様子の騎士が扉を解錠した。
 騎士は彼に何をしていたのか尋ねようとして、押し黙った。

 アーノルドが鞘に手を当てたからだ。
 何も聞くな、そう告げているように見えた。


「街を視察に行く。急ぎ美容師を呼び、私に化粧を施せ」

 そう言うアーノルドの表情は、カナデや聖花に見せたものとは似ても似つかないほど冷ややかだった。
 彼は、彼女が『良い回答』をするだろうことを当然のように確信して、口角を少し上にあげた。
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