闇精霊に好かれた精霊術師(旧題:ダンジョン最下層でパーティに見捨てられた精霊術師の少年、闇精霊に気に入られ最強の精霊使いになる。)

お茶っ葉

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三章

53話 強くなる理由

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 地面を踏み抜く音がする。突き刺すような殺気。
 戦場に充満する熱に息を吸うのも視界を確保するのも難しい。
 迫り来る鉄の刃を僅かな空気の振動を頼りに回避する、鼻先を掠っていた。

 フレアの両腕には鉄製の鋭利な五本の爪が伸びている。
 近接戦闘用に用意されたそれは複数の魔光石が埋め込まれていた。
 常に相手を視界に収めながら間合いを離していく。一瞬の油断が命取りだ。

「フン、舐めた口を聞くだけあって。この程度は動けるか」
 
 宣言通り終わらせに来たのか、鋭い一撃は容赦のないものだった。
 仮にも前夜祭という体で盛り上げる事を条件に許可された試合だというのに。

「俺が見たいのは、観衆の前で無様を晒すテメェの亡骸だ!!」
「随分と嫌われたものだよ……!」

 瞬間詠唱で放たれる火球ファイアーボール
 隙間も無く次々と炎が降り注ぐ。見栄えも悪けば力任せの魔力の雨。
 大地の盾ガイアシールドを展開しながら外周を走る。フレアはその場から動かない。

 火属性は一般的に癖がなく誰にでも扱いやすい属性として知られている。
 魔法使いを志す者なら、一度は触れる機会があり。使用率では間違いなく他を圧倒している。
 その性質上、同じ魔法使いとの戦闘において不利を強いられる事もままある。

 見慣れているからこそ対策が取りやすいのだ。
 火属性魔法の大半が素直であるというのもそれを助長させている。
 相手に手の内を知られている。それが戦闘で不利に働くのは言うまでもない。

「オラオラッ!! 足を止めんじゃねぇぞ!! コイツも追加だ!」

 中央に陣取るフレアの周囲に炎の柱が立ち上がる。頂点には紅色の宝珠。
 術者の魔法に反応して複数の魔法陣を生み出し、同一の魔法を連動して射出する。
 火属性専用の自動砲台が四つ。フル稼働で戦場を業火で埋め尽くしていく。

「酷い力押しだ……! でも、単純だからこそ押し返すのは難しい……」

 炎で視界が塞がれる。下位の魔法だというのにとにかく質と数が桁違いだ。
 知識とか小手先の技術でどうにかなる規模じゃない。長期戦は望めない。
 一度追い込まれるとじわじわとなぶり殺しにされてしまう。

 精霊術師のフレアには弱点はあってないようなもので。いや、寧ろ強みとなっている。
 僕の知り得ている火属性魔法の内容とあまりにかけ離れている。身体に染み込んだ癖が邪魔をする。
 
「避けきれない……ならっ!」

 隙を見て地面に魔法陣を描く。
 大地が揺れ巨大な腕が突き上がった。鋼鉄の人形アイアンゴーレムが場を荒らしていく。
 フレアは舌打ちをしながら中央を離れた。紅色の宝珠が宙を漂いながら緩やかに移動を開始する。
 瞬間、ゴーレムの周囲で光り輝き集中砲火を浴びせてきた。耐え切れず崩れてしまう。

 集中が途切れれば消滅するものでもないらしい。
 あれだけ強力な砲台でありながらそれ単体でも戦闘力があると。
 精霊術師を相手に常識は通用しない。意識を切り替えないと駄目だ。
 
岩石の雨ストーンシャワー!」
「はっ、その程度の魔法で俺が殺れるか!」
 
 召喚した岩石群を空から落とす。
 軽やかな動作で躱しながらフレアは反撃の炎槍フレイムランスを放つ。
 時間差で砲台からも放たれる槍群を鋼鉄の腕で無理矢理抑え込む。

「それはこっちの台詞だ!」

 爆発する前に石化魔法ペトロクラウドで無力化。
 返す刃で地面から無数の岩針アースグレイブを、捲れ上がった地面から対象を貫く岩が飛び出す。
 フレアは身体を屈めて岩と岩の間を転がるように抜け出す。当然、その行動は僕には読めていた。

 両手を叩いて一度生み出した岩を崩す。
 細かく砕かれた石と砂の粒子が重なり合い、巨大な槌となって再び対象を捉えた。
 
「何っ!?」
「背中を取った! 大地の槌ガイアハンマー!!」

 激しい衝撃。地響きと共に砂埃が立つ。
 槌に押し潰されたフレアの姿は見えない。砲台は沈黙している。
 今の一撃は相当効いているはず。大分油断していたみたいだから。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 ここで初めて歓声が上がった。
 今まで僕たちの試合を固唾を呑んで見守っていたらしい。
 世界中の冒険者たちが集うこの都市で、満足させられる内容であったのなら僥倖だと思うけど。

「その意気よ。遠慮なくぶっ飛ばしてやりなさい!」
「駄目駄目。本番は明日なんだからお互い怪我しないよう程々にだよ!」
「フィリスは何を甘い事を言ってるのよ。立ち塞がる敵は再起不能になるまで叩きのめす。二度と舐めた口を利けなくするのよ!!」
「フィア、うるさい……恥ずかしい」
「フィアー様がこう仰っているんだ。無様な結果を残すんじゃないぞ!」
「仮にも私たちの雇い主様なのですから、セレーネはもう少し言葉遣いをですね……」
「にの~がんばれー!」
「ほらほらケイシアも、フィリスちゃんたちに負けてられないよ!」
「ちょ、ちょっと。見られています、見られていますって。恥ずかしいですよ……!」

「げ、元気だなぁ……!」

 人混みに埋もれるくらい小さな彼女たちが、それでも人一倍目立っていた。
 関係者だと思われているのか妙に距離を置かれている。いや、熱量が高すぎて引かれているだけかも。
 何だかんだみんなも冒険者としての性か。血生臭い決闘を前に少し興奮しているみたいだ。 

 土地が変われば同じギルドでも色々と違いがあるもので。
 ポートセルトでは安全の為に事前に刃を落した武器を支給されるけど。
 中央では自分の愛用する武器を使う事が許されている。元々が騎士の国である名残かららしい。
 己が誇りは命よりも重く。冒険者が台頭した現代でも伝統として残されている。

 血を流す覚悟で臨んだ試合だ。そう簡単に終わるはずがない。
 気を張りながら目を凝らす。冒険者というものはとにかく負けず嫌いな生き物。
 僕がそうであるように、フレアだって心が折れない限り、何度でも立ち上がってくるだろう。

 動きがあった。黒い影が揺らめき砂埃を払いながら魔力が膨れ上がる。
 
「くたばりやがれぇ!!」

 足元から炎が吹き上げた。すぐさまその場から離れる。
 火山の噴火の如く、地面を突き破り地形を変えながら執拗に追いかけてくる。 
 中位の火属性魔法イラプション紅色の宝珠自動砲台は下位の魔法にしか反応しない。
 相も変わらず形振り構わない獣のような戦いぶり。けれどそこには理性も宿している。

 合間に火球を入り交えながら的確に逃げ道を塞いでくる。  

 フレアの身体からは湯気が立ち昇っていた。
 こと戦闘に特化した火属性の中でも特に強力な強化魔法。その初期段階に見られる現象だ。
 ついに本腰を入れてこちらを潰しに来た。ある意味追い詰められているともとれる。
 
 前回戦った時はその真髄を味わう前に膝をついてしまった。
 あれから数年の歳月を経て、更に強力になっただろうアレを放置すれば止まらなくなる。

「奴を止めろ!! 岩槍グレイブランス!!」
「そんな石ころで俺が止められるかあああああああ!!」
「くっ、炎壁フレイムウォールか、近付けない……!」

 フレアは火の精霊様から授かった莫大な魔力を惜しみなく使っている。
 攻めて攻めて攻め勝つ。単純明快にして対策が取り辛く搦め手は通用しそうにない。
 かといって負けじと正攻法でぶつかっても力負けするのは目に見えている。

「オラオラオラオラオラ、最初の威勢はどうした!? 俺はまだ本気を出していないぞ!?」

「お、おい。マズくないか……? 炎がこちらまで迫っているぞ!」
「だ、誰か今すぐあの男を止めろ!」
「うわあああああああ、早く離れろ!! 巻き込まれるぞ!!」

 気が付くと周囲が騒然としていた。
 見ると魔法防壁が精霊魔法の衝撃に耐え切れず、一部が崩れ落ちていた。
 安全地帯がなくなり逃げ惑う人たち。土地が激しく燃え広がっている。
 
 属性力で生み出された炎は簡単には消えてくれない。 
 フィリスとウィズちゃんが水属性で消火にあたっていた。魔法使いたちも協力している。
 ただこちらには誰も近付いてこない。巻き込まれるのを恐れ傍観している。

 一度火がついた僕たちも決着がつくまで止まりそうにない。
 フレアは見た目は派手だけど、少ない魔力で隙を生み出し強力な魔法で一気にトドメを刺す。
 教本に書かれていそうな基本戦術を繰り返している。昔から先生の言う事は素直に聞く優等生だったから。 

 今回の場合時間を稼いで最終段階にまで持ち込むつもりだ。

「させるか、石化の霧ペトロクラウド!!」

 先程も使った土属性上位魔法でありノート様の得意技。
 フレアの利き腕の動きを止める。それだけで攻勢に衰えが見えた。
 術者の意識を分散させれば進行を止められる。同時に隙も生み出せる。

「この程度の魔力で俺を止められると思うな!!」
「それならこちらも数を稼ぐだけだ!! 僕の諦めの悪さを甘くみるなよ!?」

 打ち破られたその上から更に石化を重ねていく。
 何度も何度も繰り返し動きを制限。そのまま真っ直ぐ吶喊していく。
 義足にセットした土属性の魔光石を発動。鋼鉄の足で地面を踏み抜いた。

「ついでにコイツも喰らえ!!」
「させるかああああああああああああ!」

 指向性のある局所的な揺れアースシェイクで相手の足を捕らえ、大振りの拳を叩き込む。
 紅色の宝珠が間に挟み込まれ身代わりとなって爆発。風圧で弾き飛ばされる。
 口に入った砂を血と一緒に吐き出しすぐさま立ち上がる。

「……残念だったな。お前の拳は俺には決して届かない」
「だけど砲台の一つを潰した。余裕をかましていられるのも今のうちだ」
「減らず口を!」

 あの自動砲台は術者の相当量の魔力を分け与えられている。
 そう多用できるものじゃない。それにフレア自身次の段階に移行している。
 
 火属性段階強化魔法――イグニション。
 心火を燃やし段階的に力を蓄え、最後に一気に爆発させる。
 最終段階に至れば一時的に三倍近い能力を得られる火属性の切り札。
 
 対策されるのであれば、より一層力を高めてしまえばいいと先人たちが編み出した秘術。
 魔法使いらしからぬ脳筋に近い考え方だけど、それが今も尚通用するのだから侮れない。
 ただ、この魔法は当然ながらそれ相応のリスクを抱えている。
 
 まず発動中は上位の魔法が使えなくなる。 
 発動自体に負荷が掛かるのか、使用できる下位中位の魔法も威力が七割程度にまで弱体化する。
 三段階目にてやっと通常時の威力を取り戻すも、次いで中位の魔法すら使えなくなってしまう。
 四段階目では二倍近い身体能力を代償に一切の攻撃魔法が放てなくなる。
  
 それらを乗り切った最終――五段階目にてこれまでの全ての制約から解放される。
 一度到達すれば、そこから生み出される破壊は周辺を灼熱地獄へと塗り替える。

 今のフレアは三段階目であり制限も多く、事実、攻めの手は緩んでいる。
 援護が期待できる集団戦ならともかく、一対一の決闘で使うにはあまりにも危険な能力。
 僕に対して使うのはこれで二度目で、当然こちらが弱点を把握している事もわかっているはず。
 にも関わらず発動させたという事は、そうしなければ勝てない相手だと判断したんだろう。

 フレアは僕という個を見下していても。
 大地の精霊術師という一点に関しては油断していない。
 多少の危険を冒してでも確実な一手を選択してきた。
 
「…………強いな。流石に、精霊会では僕の先輩だっただけある」 

 守り中心の土属性で速攻をかけるのは難しい。
 属性の相性を覆すほどの差は僕たちの間にはない。 
 精霊術師同士魔力量は僅差であり、そして実力の上ではフレアが一歩リードしている。

 幼い頃から厳しい訓練を積んできた相手に、たった数年程度で追い付けるものじゃない。
 それでもほぼ互角だ。追い越せはしなくても喰らいついてはいる。フレアにとってかなり屈辱だろう。 
 
「その目……気に入らねぇな。まだ俺に勝つつもりでいるのか」
「当然だよ。僅かな可能性を信じて足掻くのが冒険者だ。初めから諦める馬鹿はいない」
「チッ、昔から気に食わなかったが。増々生意気になりやがって」
「何でそうやって突っかかってくるんだ……僕たちは殆ど関わりがなかったはずだけど?」
「鬱陶しいんだよ。目障りなんだ。あたかも自分が悲劇のヒロインのように気取りやがって!」
「ヒロインって……僕は男だよ!?」
「女の陰でコソコソしているような奴を俺は男とは認めねぇ!!」

 繰り出される強烈な蹴りを受け流す。
 打ち所が悪かったのか骨に重く響く。フレアの身体能力が格段に向上している。
 既に四段階目に差し掛かっているのか、想像以上に進行が早い。
 
「大した実力もなければ、目的もなくただフラフラしては先生を困らせた。さっさと己の不才を自覚して田舎村に帰れば良かったものを!」
「困らせていたのはどちらかといえばお前とドリンだろ!」
「不出来なお前を教えるのに、先生は貴重な時間を使ったんだぞ。その事を俺は許していない!」
「酷い逆恨みだ……」

 フレアがルーミア先生に好意を抱いていたのは、当時、精霊会の誰しもが知っていた。
 普段はやんちゃしていても先生の前では妙に聞き訳が良く、優等生を演じていたのでわかりやすかった。
 出来の悪かった僕が、先生を独占していたのがそこまで気に入らなかったのか。

 いや、それもあくまで原因の一つか。

 精霊会で出会った当初から、僕は他の生徒たちからも目の敵にされていた。
 当時、あの場に集った全員には何かしらの夢があった。目標があったんだ。
 精霊術師として何かを成し遂げようと。その為に努力を重ねていた。

 だけど僕にはそういうのがなかった。――実際はなかった訳じゃないけど。
 ただ自分から望んで精霊術師になった人たちと比べたら、やっぱり弱かったように思う。

 実力もなければ覚悟もない。
 それなのに精霊様に認められている。甘やかされている。

 それが鼻についた。苛立たせてしまったんだろう。
 確かにそう思われてもおかしくない。嫌われる原因は幾つでも思い浮かぶ。

「……フレアは勘違いしているよ。僕だって自分の目標があった。見えにくいだけで、お前と変わらない!」
「黙れ。いつ死んでもいい、そんないい加減な気持ちでいたお前と一緒にするな!」
「…………!」

 驚いた。
 フレアとはそこまで深い親交があった訳じゃない。それなのに見抜かれていた。
 幼い頃から冒険者たちと関わっていて、そういう人物を身近に見てきたからだろうか。
 自分の死期を悟って死に場所を求める人たちを。 

「違う。確かにいつそうなってもいいように準備はしていた。でもそれは戦地に向かう兵士が遺書を書くようなもので、死を望んでいたからじゃない!」

 両親の死に触れて、次は自分の番だと否応に意識させられる。
 人はいつか死んでしまうし。それが今日、明日かもしれない。だから後悔しないようにする。
 それは諦観とはまた別の話だ。誰だって生きられるなら長く生きたい。
  
 いい加減な気持ちで望んだ事なんか一度だってない。

「黙れ!! 先生には夢があったんだ。そんなに死にたければお前が代わりに消えれば良かったんだ!!」
「……フレア? どうしたんだよ」

 以前、帰省した際にフィリスの両親から聞かされた訃報。
 未熟だった僕たちを指導してくれたルーミア先生が、生徒たちに看取られながら消滅したらしい。
 今から半年ほど前の出来事で、まだ二十代前半で精霊術師としても早すぎる最期だった。 

 突然の事で、引き継げる人材もなく精霊会もそのまま解散したらしい。
 その話を聞いてフィリスが寂しそうに笑っていたのを覚えている。

 さっきからフレアの様子がおかしい。
 いきなり死んでしまった人の話を持ち出したり、言っている事が支離滅裂だ。
 まるで何かから逃れようとしているようで…………。

「そうか……お前は。消滅するのが、死ぬのが……怖いんだな」
「それ以上喋るなあああああああああああ!!」 

 激しい感情を拳に乗せて殴りつけてくる。
 冷静さを失った一撃は空を切る。暗に認めているようなものだった。

 誰だって後悔はするもの。
 幼い頃に何気なく選んだ道。それが後々の自分を苦しめるだなんて。 
 当時の感覚では理解できていなくてもおかしくない。気付いたところで手遅れだ。
 
 僕は精霊会でも結局友人はできなかったから、その後の事は知らない。
 もしかしたら、あれから先生の他にも何人も消滅した仲間がいるのかもしれない。
 かつて優秀な冒険者だったレイドが賊に堕ちてしまったように。身近な死は人を大きく変えてしまう。
 
「俺は最強の力を手に入れる。いずれは火の精霊すらも超える力をな。そして復讐してやる。俺の大事な物を奪って行った連中に思い知らせてやる。お前とは違う、生きる為に足掻く」
「そして最後には自分に力を貸してくれている精霊様をも手に掛けるつもりか……?」
「この世界は弱肉強食だ、たとえ精霊であろうと喰われる方が悪い!!」

 フィリスが僕を救う為にノート様を襲ったように。
 現状、精霊術師である事から解放されるには、精霊様を殺害する以外に方法はない。

「お前はどうなんだ。精霊会の頃から大地の精霊の為に強くなるとほざいていたが、悔しくないのか!? 自分の人生を無茶苦茶にされて。お前だって何かを奪われたんじゃないのか!?」
「変わらないよ。僕はあの頃からずっと……」
「何の為に強さを求める。復讐でなければ、限られた短い時間で何が残せるって言うんだ!? 奪われるだけで何が得られるって言うんだ!! 答えてみろ!!」

 フレアは問いかける。
 魔王が存在しない世界で、明確な敵が存在しない世界で。
 冒険者として生きるのに必要以上の力を与えられて。一体何の為に戦うのだと。

「強くなる理由? そんなの決まっている」

 僕はこれでも自分では欲がない方だと思っていた。
 今だって十分満たされている。ここで引退しても、それはそれで幸せな一生を送れるだろう。
 でも人の欲望はいつだって膨れ上がる一方で、更に上を求めてしまうもの。

 ――知ってしまったから。
 誰かと何かを共有する喜びを。楽しくて仕方がないんだ。
 それは諦めずに今日まで全力で生きてきたからこそ得られたもので。
 今更、生き方を変えられるほど僕は器用な人じゃない。

 その結果、誰かを傷付けるにしても。
 行き着く先に、深い悲しみが待っているにしても。
 全てがそうじゃないはずだ。その過程には必ず、掛け替えのない一瞬がある。

 その一瞬の煌めきを、記憶に残したいんだ。


 今でも、目を閉じれば鮮明に思い出せる。
 あの冷たい雨の日に僕を抱き締めてくれた彼女の姿を。
 切り捨ててくれても良かったんだ。深く関わらなければ傷付かなくて済んだはずなのに。
 
 それなのに彼女は、自ら手を伸ばした。
 不器用だなぁと思った。同時にその優しさに心を奪われた。 
 ただこの子の傍に寄り添い悲しみを埋めてあげたい。涙を拭えるような男になりたい。

 父さんから託されたからじゃない。僕自身がそうでありたいと願うようになった。
 あの日芽生えた感情は、ずっといつまでも変わっていない。

 ……ちょっと訂正。多少は変わっているかも。
 大切な人はそれからも増え続け。守りたいものはたくさんある。
 
 あぁ、そうだよ。
 僕が強くなろうと思った理由なんてとても単純で。
 コイツにとって取るに足りない内容かもしれない。だけどその想いは嘘偽りない本物で。
 
「教えてやるよフレア。いつの時代も男は――――――女の子の笑顔の為に強くなるものなんだよ!!」



 ◇



 祈るように組んだ手を胸に押し当てる。
 激しく高鳴る鼓動。熱くて息を吸うのも苦しい。

「本当、ニノって恥ずかしい台詞を恥ずかしげもなく言うわよね」

 隣に立つフィアーは頬を掻きながらこちらを見ていた。

「あの男は、精霊術師が辿る一つの結末です」

 与えられた力に呑み込まれ、自らの境遇を呪い。いつしか精霊そのものを憎むようになる。
 強い感情には強い魔力が宿る。それはつまるところ強い魔力には人を惑わす力がある。
 理不尽だとは思わない。彼らは相応の対価を支払っている。悲しみを背負っている。

 精霊は関わった相手を不幸にしてしまう。破滅へと向かわせる。
 それがわかっていたからこそ私は接触を避けてきた。孤独であろうとした。
 
「ニノは違うわよ。あの子は誰かに責任を押し付けるほど弱くない。寧ろ強すぎて逆に心配になるくらい」
「あの子は望んでいた訳ではなかった。私が無理矢理押し付けたようなもの。それなのに一言も弱音を吐かない……私を責めない。どうしてそこまで強くなれるのでしょうか?」

 ニノだけじゃない彼の父親であるレイも。
 巻き込まれたソールさんも。誰一人私を恨む人はいなかった。
 それどころか感謝されるばかりで、強くて、眩しくて、羨ましい。

「それはきっと貴方が泣き虫で、頼りないからでしょうね」
「うっ……はっきりと言うのですね」
「だって実際そうでしょう? ほら、今だって震えてる。無理しているじゃない」

 フィアーの鋭い指摘に私は俯く。その通りだった。
 覚悟はしていたつもりでも、いざその時になると力を与えるのに抵抗が生まれる。

「でも……だからこそ。ニノは自分が強くなろうと思った。貴方を支えたいと思ったのね」
「えっ……?」
「もしニノが最初に同調したのが意地っ張りの私だったら。一人で何でもできるウィズリィだったりしたら、きっとあの子は今よりももっと弱かったと思うわ。もしかしたらあの男のように私たち精霊を憎むようになっていたのかもしれない。悔しいけど、本当に悔しいけど! 最初に出会ったのが自分の弱さを隠せないノートだったから。ニノは必死に努力して今、この場に立っている。……あの子はどうしようもなく男の子だから」

 男の子。そうだ。強くて優しくて小さくも大きな背中。
 私が受け継いだ宝物はいつの間にか手から離れ、逞しく成長していた。

「だから私は凄く嫉妬している。貴方はニノにとって唯一無二の掛け替えのない存在だから。でも、それと同時にとても感謝しているの。私の好きなニノは貴方が居てくれたからここにいる。……出会ってくれてありがとうって」
「……フィアー」
「私は貴方の過去を詳しく聞いていないしニノの家族の顛末についてもよく知らない。辛い思いをしたってのは何となく想像できるけど。でも、今は満たされているんじゃないの? 幸せなんでしょう?」
「そう……ですね」

 今感じているこの暖かい感情は彼らがくれたもので。
 それはいつしか悲しみを埋めるほど大きく膨れ上がっていた。

 あぁ、そうなのだろう。
 きっとこれからもニノは、穿たれた穴の数だけ幸福を届けてくれる。
 自分がいなくなった後も、いつの日か手の届かない場所へと離れてしまっても大丈夫なように。

 出会いがあれば別れもある。
 
 永劫の時を生きる精霊だから、その事実がどうしようもなく受け入れがたい。
 きっとみっともなく泣いてしまうと思う。この先もずっと引きずって生きる羽目になる。
 それでも止まない雨はないように、後には美しい情景が残される。記憶の中で永遠と息づく。
 
 ――――輝かしい思い出として 

「あの子の姉を語るのであれば、あの子のやりたい事を全力で応援してあげなさい。貰ってばかりじゃない、私たちだって与えるのよ。力だけじゃない、大切なものをね」
「フィアーは強いのですね。自分だけじゃなく相手の事も考えられるだなんて」
「別に強くなんかないわよ。私だってただ意地を張っているだけで、ノートと対して変わらない」

 スッと自然な動きで私の手を握ってくれる。強く握り締めてくれる。
 以前の彼女であれば考えられない行動。これもきっとあの子がもたらしてくれた変化。

「その日が来たら……私も一緒に泣いてあげる」
「ありがとう……」
「今から泣いていてどうするのよ。もう、本当、昔から泣き虫なんだから」
「これが……私らしさですから」

 握られた手をそのままに戦場を見る。彼の背中を追う。
 この先、私はどれだけのものを貴方に返せるのだろうか?
 これまでに貰った物が、これから貰えるであろう物があまりにも多すぎて大きすぎて。
 私のちっぽけな力だけでは、想いだけでは到底釣り合わない。返しきれない。

(それでも……貴方が必要としてくれるというのなら、この身体を、魂を、全てを捧げます)
  
 臆病だった。逃げてばかりいた。
 勇気を出して一歩踏み出してみれば、待っていたのは辛い現実ばかりで。
 後悔した。一度は自ら死を望んだ。失敗ばかりを繰り返した。
 
 でもそれは私がいつの間にか視野が狭くなっていただけ。
 悲しいだけじゃない。幸福な時間は確かにそこには存在していた。
 目を閉じれば何度でも鮮明に思い出せる。私はずっと満たされている。
  
 私はもう孤独じゃない。一緒に泣いてくれる、共有してくれる友人がいる。
 振り返れば笑いかけてくれる人たちがいる。どれも貴方がもたらしてくれたもの。
 
 もう迷わない。
 限られた時間の中で少しでもこの幸福な日々が長く続くように。
 私は貴方が望む未来の為に、この力を惜しむ事なく捧げる事を誓う。

 一瞬一瞬を全力で。貴方の傍で。記憶に刻みつけるように。

「ニノ……貴方に出会えて本当に良かった」



 ◇



「ふざけんじゃねぇ!! そんなくだらねぇ理由で俺の前に立つんじゃねぇよ!!」

 激昂したフレアは巨大な炎を操る。既に最終段階に到達していた。
 火属性魔法が数倍の威力で空を埋め尽くし、全身に降り掛かってくる。
 
 あまりにも膨大な熱量の塊は盾越しでも身体を蝕んでいく。
 こうして耐えているのも奇跡に近い。守りを貫かれるのは時間の問題だった。

《このままじゃマズいよ! アイツ、本気で君を殺すつもりだよ!!》

 これまで傍観していたレムちゃんが騒ぎ出す。

《いい加減変にこだわらずに他の属性を使ってよ、ボクの力を使って!!》
「今の僕は大地の精霊術師だよ。それ以上でもそれ以下でもない」
《もうっニノちゃんのバカ!! 頑固者!! どうしてそう、無茶ばかりするんだよ!?》
「そんなの今更な話だね。知らなかった? 僕は馬鹿だし融通が利かないんだよ」
《よく知ってるけどね! 知ってるけど、これだけは言わせてよ。ばかあああああああああ!!》

 いつしか周囲を覆う魔法防壁は完全に崩れ去り、観客たちも散りぢりになっている。
 今、この場に残っているのは相応の実力者か、命知らずばかり。
 どうやら僕の仲間たちはそのどちらにも含まれるらしい。

「ほら、もう相手の底は見えているわよ。いつものように逆転勝利で終わらせなさい!」
「できる限り早く終わらせてね~! 消火が間に合わないから!!」
「がんばれ~にのー! ふぃりすー!」
「ふふふ……幻覚が見えるぞ。フィアー様がたくさんいらっしゃる」
「セレーネ……大丈夫……?」
「肌を隠す為に厚着で来たのが間違いでしたね。熱で頭がやられています。愛娘の為にもニノ様には頑張っていただきたいものです」
「いやー本当に精霊術師って凄いよね。あまりの迫力に声を出すのも忘れていたよ。ほら、ケイシアも」
「えっ、あ、はい。ま、負けないでください!」

 背中に掛けられる声援。観戦する人の数が減ってもその熱量は変わらない。 
 僕が倒れたら巻き込まれるというのに。そんな未来は微塵にも考えていないらしい。

《はぁ……何でみんなあんなに呑気なのさ。これじゃ焦ってるボクの方が馬鹿みたい》
「ははっ、あれでいいんだよ。変に気負わずにありのままの自分でいられるから」
《もうっ……大きいの来るよ!》
 
 フレアが生み出した炎の渦に囚われる。
 巨大で憎しみに覆われた檻は抜け出す事を許さず。全身を焦がしていく。
 その刹那。背中に熱い視線を感じた。振り向かなくてもそれが誰のものかはわかる。 

 この絶望的な状況の中でも、臆する事なく前を向いていられるのは。
 目には見えない確かな繋がりがあるから。僕だけの力で戦っている訳ではないから。
 精霊術師でありながら、それを忘れて一人孤独に戦っているような男に僕たちが負けるはずがない。

 この全身に溢れる力は、勇気は。きっと彼女がくれたもの。
 ちぐはぐだった心と身体がやっと繋がったような感覚。暖かく抱き締められる。
 迷いを断ち切り、覚悟を決めた彼女に応えるべく導かれるように虚空へと手を伸ばす。

 そして僕はソレを――――掴み取った。
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