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第一章
軍曹
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朝の日差しが窓から入り込んできた。
日差しが顔を明るく照らし、目蓋に差し掛かって俺は目覚めた。
「んんん、ぁあああああぁぁぁ……はぁぁぁあ」
身体を起こして軽く伸びをすると、コリがほぐれ心地よい目覚めを体感する。
日の光で目覚めるのは気持ちがいい。
いつもはあの嫌な声で起こされるから気が滅入るんだよなぁ。
と、考えていると。
『キショウ! キショウ! キショウ!』
廊下から魔法生物の鳥のけたたましい声が聞こえて来る。
ったく! 折角あの声を聞かずに目が覚めたってのに、爽やかな気分が台無しだよ。
いつまで経っても、あの起床喚声には慣れないな。
起床喚声は文字通り起床を告げる声で、軍ではこれが聞こえたら夜中だろうが夜明けだろうが絶対に起きないといけない。
俺が思う世界で三番目に最悪な音だ。
だけど、今日はいつもよりはマシか。
夜中にゆっくり眠れたからな。
下士官である軍曹は隊舎で個室が与えられるから、1人でゆっくり休むことができる。
二等兵は同じ隊舎でも雑居部屋で、しかも4人住まい。
これがまた狭いんだ。
おまけに俺の同室者には図体のデカいおっさんがいて、この人の鼾が煩くて眠れやしなかった。
軍に入って最も辛い試練だったよ。
俺は短期間で済んだから良いが、あの部屋にいた他の同居人達は未だにあの苦行の中にいるのだろうか。
俺のように早く抜け出せることを願わずにはいられないね。
それにしても、未だに信じられないのは、あの特例中の特例である五階級特進だ。
普通、特進と言えば二階級特進で、これまでの帝国軍の歴史の中でも四階級特進までと聞いていたからな。
初の快挙と随分と騒がれたよ。
もっとも、その結果として不幸になった男もいるけどね。
あの論功行賞の後に上級曹長と俺は男爵様の私室に呼ばれた。
「リクト軍曹。貴官にはアルフレッドの父として謝罪させてもらう。見苦しいものを見せた。謝罪を受け取って欲しい」
そう言うと男爵は頭を下げた。
俺は『立派な方だな』と思うだけだったけど、上級曹長は違った。
貴族階位の者が平民に頭を下げるなどあってはならない事らしく、慌てて頭を上げるように逆に平伏していた。
俺にはよくわからなかったけど、とりあえず上級曹長に倣って同じようにし、男爵はようやく頭を上げた。
しかし、ライエル男爵やアルフレッドみたいなクソ野郎もいれば、ダウスター男爵のような人格者もいる。
貴族にも色んな人がいるって事らしい。
その後、隊舎の部屋の割当や給金など待遇面の説明があり、最後に男爵から激励の言葉を戴いた。
「改めて、此度の戦いでの貴官らの働きは素晴らしいものだった。特にリクト軍曹は帝国軍始まって以来の五階級特進でもある。これからの活躍にも期待させてもらうぞ」
「はいっ! ありがとうございます! この不肖リクト、身命を賭して軍務に励む所存であります!」
……なんて、勢いに任せて言っちゃったんだけど。
いきなり躓いたよ。
「……全くわからん」
領軍司令部の一室で俺は机に積まれた書類を前に呆然としていた。
聞いた話では軍曹の役割といえば分隊の隊長なんだけど、他にも兵士の教練や士気、秩序の維持もしなければならない。
更に人材不足のダウスターにおいては他の書類仕事も回ってくるそうだ。
「練兵計画書に練兵場の設備点検表……備蓄目録……ん? 兵士の査定基準書? こんなもの俺にどうしろって言うんだよ」
見たことも聞いたこともない書類ばかりだ。
特に査定基準書なんて、俺より先に軍に入隊してる人達の査定を俺にしろってのか?
何を基準にしたらいいかもわかんないよ!
はぁ……愚痴っても仕方ないか。
仕方ない。
ここは恥を偲んで上級曹長に助けてもらうか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おおおっ! 久しぶりだなっ!」
上級曹長の部屋で意外な人物と出会った。
何でこんな所にいるんだろう?
「どうした? 間の抜けた顔をして! あの時のようにビシッとしないと部下達に舐められるぞ!」
「御忠告は感謝いたしますが、何故こちらにいらっしゃるのですか? ロースター軍曹」
俺を出迎えてくれたのは、先の戦で俺が捕らえたライエル領軍のホウキン・ロースター軍曹だ。
あの時は皮鎧を着込んでいたが、今は軍服姿であの時より若く見える。
陽に焼けたガッチリとした健康的な肢体がそう思わせるのかな?
しかし、なんで捕虜である軍曹がこんな所にいるんだ?
「リクト軍曹。彼はライエル領軍からダウスター領軍に転属となったんだよ」
奥の椅子に座っていた上級曹長が言った。
「そんな事ってあるんですか?」
「別に変な事でもないだろ? 俺もお前も同じ帝国軍なんだからな。それに俺の転属は軍令部からの命令だ。今回の戦で敗れたライエル男爵家だが、あの時も言った通りほとんど資産が残ってなくてな。財政的にかなり厳しい状況なんだ。ダウスター領に払う賠償金さえも満足に払えないんだよ。どうやら、あのコルベッツとかいう商人が安物を高値で売っていたようだ」
うわぁ……あのクソ野郎男爵って見る目なかったんだな。
領地の統治もできない、人を見る目もないって最悪だよ。
田舎の男爵領なんてそんな裕福でもないだろうに。
民のことも考えずに大金を使い込むなんて、絶対に上に立って欲しくないね。
あれ? じゃあ軍曹が賠償金代わりってこと?
「軍曹が賠償の代わりという事ですか?」
「アホかっ! 人をモノ扱いするな! 賠償金は分割で支払う事になっているし、領地の割譲もあって、村3つがこちらの領地に移る。僅かだが税収も上がるだろう。俺はただの軍令部の命令でこちらに転属になっただけだ」
それってライエル男爵領からすればかなりの痛手なんじゃないか?
男爵が戦死して残ってる士官は息子の少尉だけで、下士官も軍曹だけのはずだ。
その軍曹がウチに来たら少尉だけになる。
それに、息子が男爵家を継ぐはずだから軍務だけするわけにはいかない。
どうする気だろ。
「……ここだけの話だが、要はライエル領軍は帝国軍令部から戦力外と判断されたんだ。俺以外にも有能な者達が少数だが、こちらに来ている。エルマー上等兵達もこちらに転属となった」
ああ、前当主の専横と今回の戦いで弱体化したライエル男爵領にはもう期待できないから、マシな人達は全部ダウスターに移してしまえって事か。
ライエル領も可哀想な事だ。
それにしても、軍曹がこちらに来たら指揮系統はどうなるんだ?
中佐であるダウスター男爵を抜いても、上級曹長とロースター軍曹と俺の軍曹二名。
あっ、降格した曹長もいたっけ?
仕事の割振とかどうなるんだろ。
「それでというわけではないが、リクト軍曹は暫くの間ロースター軍曹に付いて仕事をしてくれ。そこで軍曹としての役割を学んでもらいたい。階級は同じ軍曹だが、彼の方が先任だ。そこは理解してくれ」
これは逆に有り難い話だ。
それに俺はこの間まで二等兵だったんだから、人の下についても気にならないしね。
「はっ! 了解しました! ロースター軍曹、よろしくお願いします!」
こうして、俺の軍曹としての生活が始まった。、
日差しが顔を明るく照らし、目蓋に差し掛かって俺は目覚めた。
「んんん、ぁあああああぁぁぁ……はぁぁぁあ」
身体を起こして軽く伸びをすると、コリがほぐれ心地よい目覚めを体感する。
日の光で目覚めるのは気持ちがいい。
いつもはあの嫌な声で起こされるから気が滅入るんだよなぁ。
と、考えていると。
『キショウ! キショウ! キショウ!』
廊下から魔法生物の鳥のけたたましい声が聞こえて来る。
ったく! 折角あの声を聞かずに目が覚めたってのに、爽やかな気分が台無しだよ。
いつまで経っても、あの起床喚声には慣れないな。
起床喚声は文字通り起床を告げる声で、軍ではこれが聞こえたら夜中だろうが夜明けだろうが絶対に起きないといけない。
俺が思う世界で三番目に最悪な音だ。
だけど、今日はいつもよりはマシか。
夜中にゆっくり眠れたからな。
下士官である軍曹は隊舎で個室が与えられるから、1人でゆっくり休むことができる。
二等兵は同じ隊舎でも雑居部屋で、しかも4人住まい。
これがまた狭いんだ。
おまけに俺の同室者には図体のデカいおっさんがいて、この人の鼾が煩くて眠れやしなかった。
軍に入って最も辛い試練だったよ。
俺は短期間で済んだから良いが、あの部屋にいた他の同居人達は未だにあの苦行の中にいるのだろうか。
俺のように早く抜け出せることを願わずにはいられないね。
それにしても、未だに信じられないのは、あの特例中の特例である五階級特進だ。
普通、特進と言えば二階級特進で、これまでの帝国軍の歴史の中でも四階級特進までと聞いていたからな。
初の快挙と随分と騒がれたよ。
もっとも、その結果として不幸になった男もいるけどね。
あの論功行賞の後に上級曹長と俺は男爵様の私室に呼ばれた。
「リクト軍曹。貴官にはアルフレッドの父として謝罪させてもらう。見苦しいものを見せた。謝罪を受け取って欲しい」
そう言うと男爵は頭を下げた。
俺は『立派な方だな』と思うだけだったけど、上級曹長は違った。
貴族階位の者が平民に頭を下げるなどあってはならない事らしく、慌てて頭を上げるように逆に平伏していた。
俺にはよくわからなかったけど、とりあえず上級曹長に倣って同じようにし、男爵はようやく頭を上げた。
しかし、ライエル男爵やアルフレッドみたいなクソ野郎もいれば、ダウスター男爵のような人格者もいる。
貴族にも色んな人がいるって事らしい。
その後、隊舎の部屋の割当や給金など待遇面の説明があり、最後に男爵から激励の言葉を戴いた。
「改めて、此度の戦いでの貴官らの働きは素晴らしいものだった。特にリクト軍曹は帝国軍始まって以来の五階級特進でもある。これからの活躍にも期待させてもらうぞ」
「はいっ! ありがとうございます! この不肖リクト、身命を賭して軍務に励む所存であります!」
……なんて、勢いに任せて言っちゃったんだけど。
いきなり躓いたよ。
「……全くわからん」
領軍司令部の一室で俺は机に積まれた書類を前に呆然としていた。
聞いた話では軍曹の役割といえば分隊の隊長なんだけど、他にも兵士の教練や士気、秩序の維持もしなければならない。
更に人材不足のダウスターにおいては他の書類仕事も回ってくるそうだ。
「練兵計画書に練兵場の設備点検表……備蓄目録……ん? 兵士の査定基準書? こんなもの俺にどうしろって言うんだよ」
見たことも聞いたこともない書類ばかりだ。
特に査定基準書なんて、俺より先に軍に入隊してる人達の査定を俺にしろってのか?
何を基準にしたらいいかもわかんないよ!
はぁ……愚痴っても仕方ないか。
仕方ない。
ここは恥を偲んで上級曹長に助けてもらうか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おおおっ! 久しぶりだなっ!」
上級曹長の部屋で意外な人物と出会った。
何でこんな所にいるんだろう?
「どうした? 間の抜けた顔をして! あの時のようにビシッとしないと部下達に舐められるぞ!」
「御忠告は感謝いたしますが、何故こちらにいらっしゃるのですか? ロースター軍曹」
俺を出迎えてくれたのは、先の戦で俺が捕らえたライエル領軍のホウキン・ロースター軍曹だ。
あの時は皮鎧を着込んでいたが、今は軍服姿であの時より若く見える。
陽に焼けたガッチリとした健康的な肢体がそう思わせるのかな?
しかし、なんで捕虜である軍曹がこんな所にいるんだ?
「リクト軍曹。彼はライエル領軍からダウスター領軍に転属となったんだよ」
奥の椅子に座っていた上級曹長が言った。
「そんな事ってあるんですか?」
「別に変な事でもないだろ? 俺もお前も同じ帝国軍なんだからな。それに俺の転属は軍令部からの命令だ。今回の戦で敗れたライエル男爵家だが、あの時も言った通りほとんど資産が残ってなくてな。財政的にかなり厳しい状況なんだ。ダウスター領に払う賠償金さえも満足に払えないんだよ。どうやら、あのコルベッツとかいう商人が安物を高値で売っていたようだ」
うわぁ……あのクソ野郎男爵って見る目なかったんだな。
領地の統治もできない、人を見る目もないって最悪だよ。
田舎の男爵領なんてそんな裕福でもないだろうに。
民のことも考えずに大金を使い込むなんて、絶対に上に立って欲しくないね。
あれ? じゃあ軍曹が賠償金代わりってこと?
「軍曹が賠償の代わりという事ですか?」
「アホかっ! 人をモノ扱いするな! 賠償金は分割で支払う事になっているし、領地の割譲もあって、村3つがこちらの領地に移る。僅かだが税収も上がるだろう。俺はただの軍令部の命令でこちらに転属になっただけだ」
それってライエル男爵領からすればかなりの痛手なんじゃないか?
男爵が戦死して残ってる士官は息子の少尉だけで、下士官も軍曹だけのはずだ。
その軍曹がウチに来たら少尉だけになる。
それに、息子が男爵家を継ぐはずだから軍務だけするわけにはいかない。
どうする気だろ。
「……ここだけの話だが、要はライエル領軍は帝国軍令部から戦力外と判断されたんだ。俺以外にも有能な者達が少数だが、こちらに来ている。エルマー上等兵達もこちらに転属となった」
ああ、前当主の専横と今回の戦いで弱体化したライエル男爵領にはもう期待できないから、マシな人達は全部ダウスターに移してしまえって事か。
ライエル領も可哀想な事だ。
それにしても、軍曹がこちらに来たら指揮系統はどうなるんだ?
中佐であるダウスター男爵を抜いても、上級曹長とロースター軍曹と俺の軍曹二名。
あっ、降格した曹長もいたっけ?
仕事の割振とかどうなるんだろ。
「それでというわけではないが、リクト軍曹は暫くの間ロースター軍曹に付いて仕事をしてくれ。そこで軍曹としての役割を学んでもらいたい。階級は同じ軍曹だが、彼の方が先任だ。そこは理解してくれ」
これは逆に有り難い話だ。
それに俺はこの間まで二等兵だったんだから、人の下についても気にならないしね。
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