食うために軍人になりました【一人称版】

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第一章

家名難航

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「そうか。階位申請が通ったか。それなら家名を考えないといけないな」

 司令官室から戻った俺は隊舎の食堂で昼食を摂っていたロースター軍曹を見つけたので、対面の席に座り、昼食を摂りながら家名の話をしてみた。

「できれば家名をどのように考えたのか助言をいただけたらと思いまして」

 俺の質問に少し戸惑ったような表情になるロースター軍曹だったが、しばらくして何かに気づいたように口を開いた。

「あぁ、そう言えば言ってなかったな。俺はダウスター領から帝都を挟んで反対にあるロースター男爵家の三男なんだ。家名はそのまま使っているんだよ」

「貴族家の御出身でしたかっ! これは知らなかったとはいえ、ご無礼を……」

 ロースター軍曹の言葉に俺は姿勢を正して謝罪する。
 不敬罪とか勘弁して欲しいからね。
 しかし、軍曹は気にした様子もなく、笑っていた。

「はははっ、男爵家の三男では跡取りにはなれないからな。それで軍人になったのだ。もう貴族籍も抜いているし、今は同じ階位なんだから気にしなくていい。それと、私の事はロースターでいい。先任とはいえ同じ階級だ。堅苦しいのはよそう」

「わかりました、ロースター殿」

「殿もいらんよ」

 流石に呼び捨てってわけにもいかない気がするんだけど。
 そういえば軍曹って幾つなんだろ?

「失礼ですが、軍曹はおいくつですか? 年長者を呼び捨てと言うのはちょっと……」

「俺は25歳だ。貴官とは10歳離れているが、軍では階級が全てだ。歳下であろうと、階級によっては命令する事もあるんだから、年長者とかは気にしない方がいい」

 言われて見ればそうだよなぁ。
 男爵の子息だって歳下だけど、曹長に命令してたしな。
 まぁ、今は階級が逆転したからそれも無くなったけどね。


「では、ロースター。貴族出身以外の人は家名を考える時ってどうするのが一般的なんですか?」

「神話や伝説から取るのも悪くないが、一般的には住んでる土地の特徴とか地名を混じったりするそうだ」

 うーん、住んでいる土地の特徴と言われてもなぁ。
 俺の実家は山の麓ってだけで、他に特徴となるものは何もない。
 ダウスター領にしたって同じだ。
 『田舎』なんて家名は嫌だしね。
 困ったなぁ。

「どうした? 何を悩んでいるのだ?」

 俺とロースターが考え込んでいると、後ろから声をかけられた。
 サイモン上級曹長だ。
 昼食を摂りにきたようで、手には膳を持っている。
 どうやら、俺とロースターが一緒にいたので声をかけてきたようだ。

「これは上級曹長! 気がつかず失礼しました」

 慌てて敬礼をする俺とロースターを上級曹長は膳を置いてから手で制した。

「そのままでいい。それより、貴官らは何を悩んでいたのだ?」

「実はリクト軍曹の家名を考えておりまして」

 ロースターが上級曹長に事の経緯を説明してくれた。
 上級曹長は話を聞いて俺の横に腰を下ろした。

「なるほど、そういう事か。確かに家名は悩むからな。俺も随分悩んだもんだ」

「上級曹長の家名はサイモンでありますが、どのようにお決めになられたのですか?」

 上級曹長はロースターとは違って平民の出なので自分で決めた筈だ。
 これは参考になるはず。

「俺も結構悩んだんだが、ちょうどその時に祖父が亡くなってな。それで祖父の名を家名にさせてもらったのだ」

 故人の名前?
 言われてみれば、サイモンって家名というよりは名前のように聞こえる。
 あれ? じゃあ、上級曹長の名前って何だっけ?

「あぁ、そうだったのですね。だから、名前と似たような家名だったわけですか」

「そうだ。リモン・サイモン。少々言いにくい名前だが、慣れてくるとしっくりくるぞ」

 俺の疑問に答えるようにロースターが上級曹長に名前を聞いてくれる。
 それにしても親族の名前と言うのは良い案だったが、俺には使えないな。
 だって、ウチの家族は全員健在だからね。
 名前を家名に使ってしまうと、家に帰った時にややこしい事になる。
 残念だが上級曹長の真似はできないな。
 他に方法は無いものか……。
 上級曹長は食事を摂った後も俺の家名を一緒に考えてくれたんだが、食堂に難しい顔をした下士官3人がいるのは一兵卒にはかなり不安だったろうなぁ。
 みんなが何事かと廊下から食堂内を覗き込んでいるのが見えたからね。
 しかし、それも束の間。
 悩む間に結構な時間が経っていたようで、いつのまにか周りには誰もいなくなっていた。
 まぁ、今日の午後からは特に予定がなかったからいいんだけど。

「そうだ。話は変わるが、リクト軍曹に伝えておかないといけない事があったんだ」

 ふいに、サイモン上級曹長が辺りを見回しながら俺にこっそり話しかけた。

「何でしょう?」

「ここだけの話だが、貴官に会いに中央から将校殿が出張ってくるらしい。査察という名目らしいが」

 上級曹長にそう言われたが、はっきり言ってピンとこない。
 将校といえば軍のお偉いさんだろうし、俺みたいなのに用なんかないと思うが。

「それってよくある事なんですか?」

「はっきり言ってないな。こんな地方の田舎領に中央の将校なんか来るわけがない。少なくとも私がここに配属されて20年になるが、今まで一度もなかった事だ」

「ライエル領も同様です。隣のオーマン伯爵領であれば年に何回かはあったと思いますが、ここに来る理由は思いつきません……となると、厄介事ですか?」

「懸念はある。しかし、無下には出来んだろう。下手な扱いをすればダウスター男爵にまで迷惑がかかる」

 サイモン上級曹長もロースターもかなり警戒しているようだ。
 しかし、今はこれ以上心配をしていてもどうしようもない。
 ここへの到着は約3日後だし、普段通り過ごすしか出来ない。
 とりあえず、それまでに家名を考えておくとするか。
 でも、全く思いつかないんだよなぁ。   
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