食うために軍人になりました【一人称版】

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第一章

貴族社会と軍部

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 『今の社会をどう思う?』

 そう言われても困るよなぁ。
 俺は領軍に入ってまだ3ヶ月くらいで、それまでは実家住まいでほとんど外に出たこともない。
 実家はダウスターから歩いてで1日、馬で半日の距離にあるシュナ村の外れで小さな果樹園をやっている。
 別に村八分ってわけじゃない。
 果実が育つ土壌がそこだっただけで、村の人達とも関係は良好だ。
 でも、俺は果樹園の仕事をしながら剣や魔法の稽古をしていたせいもあって、村にすらあまり行った事がない。
 そんな俺に社会とか聞かれてもよくわからないんだよなぁ。

「質問が難しかったようだな。なら、質問を変えよう。ライエル男爵を覚えているか?」

 俺が答えない事で何かを察した中将が質問を変えた。

「ライエル男爵ですか? 小官が討ち取った男爵なら覚えておりますが」

「では、その男爵を貴官は尊敬できるか?」

 は? 尊敬? あれを?
 絶対に無理だな。
 俺の知ってる限りではあいつは最低最悪な奴だったからな。
 あれに比べればアルフレッド曹長の方がまだマシだ。
 
「失礼ながら、小官には無理です」

「何故だ?」

「あの男は守るべき民を蔑ろにして私腹を肥やし、更に戦場において自分の責任も果たさずに享楽に溺れていたのですよ? どこに尊敬できるところがあるか、逆にお聞きしたいものです」

 俺の発言にダウスター男爵は苦笑しており、隣にいた大尉と少尉はクスクス笑っている。
 肝心の中将はなぜか満足げな表情だ。

「なるほどな。貴官はなかなか口が悪い。本来であれば不敬罪で処罰されかねん発言だが、今回はここだけの話だ。次からは気をつけよ」

 はっ! そういえば、公然と貴族を批判したら不敬罪になるんだっけ。
 うっかりしてた……。

「だが、貴官の言は正しい。あれは貴族の面汚しもいいところだ。問題なのは近年その面汚しどもが帝国中に蔓延っている事だ」

「中将閣下? それは……」

 俺が話そうとするのを中将は手で制した。
 よく見ると眉間に皺が寄っている。
 話はまだ続きがあるようだ。

「名誉を重んじる帝国貴族。それは過去の遺物となり始めている。自己の利権ばかりを求め、強者に媚び諂っては弱者には尊大になる。退嬰の極みだ。今の帝国は腐敗しきっている!」

「ジェ、ジェニングス閣下、お声が……」

 随分と感情的になっているな。
 かなり口調が荒いぞ。
 大佐が声をかけた事で少し落ち着いたようだけど、冷静に見える中将のこの荒れようには何か理由がありそうだな。
 
「……すまん、みっともない所を見せた。しかし、帝国の腐敗は深刻なモノになりつつあるのだ。そして、その腐敗は軍にまで及んでいる。貴族の子弟が士官学校に入り、そのまま軍に入隊する事もあるからな」

「はぁ、貴族社会と軍、つまり帝国全体が腐りきっているというわけですか?」

「端的に言えばそうだ。そして、この状況をなんとかしたいとお考えなのが、現皇帝であるアヌーク・フォン・ミリアルド・ヴァランタイン陛下だ」

 凄い人の名前が出てきたな。
 現皇帝陛下とはね。
 あれ? 現皇帝陛下が今の貴族社会に憂いておられるのか?
 なら、話は簡単じゃないか。

「陛下が憂いておられるのなら、貴族達に言って行いを正すように勅命を出されれば良いのではありませんか?」

「それが……そうもいかんのだ」

 中将はそう言うと黙ってしまい、代わりに後ろにいた大佐が説明してくれた。
 ヴァランタイン帝国は軍事国家であり、その強大な軍事力で国土を広げてきた歴史がある。
 現在はどこの国とも戦端は開いていないが、国交を結んでいる国は限りなく少ない。
 領土を奪われてきた過去がある国にとって帝国は怨敵と言っても過言ではないからだ。
 その怨敵である帝国に他国が戦争を仕掛けてこないのは、単に帝国の軍事力が大陸でもトップクラスだからである。
 そして、そこにこそ改革が進まない原因があるらしい。
 貴族達は皇帝に忠誠を誓ってはいるが、その内面は一枚板ではなく、皇帝派、皇太子派、公爵派に侯爵派とさまざまな派閥が存在しているそうだ。
 これまでは政治的な権力闘争だけで済んでいたが、今では軍にまでその争いが広がっており、各派閥が有能な将校達を自身の派閥に招いているそうだ。
 そのため、下手に貴族達に圧力をかけるとその派閥の将校達がボイコットする可能性があり、結果として帝国の軍事力が低下する事になりかねないそうだ。
 
「現在、帝国には4人の元帥がいるが、全員が違う派閥についている。三長官と呼ばれるヴォルドン軍隊司令長官は公爵派、ヘルフォード軍令部総長は皇太子派、フェラース軍務大臣は侯爵派、そして新任のウォーレイク元帥が皇帝派だ」

 中将が再度説明してくれる。
 帝国元帥が4人もいる事も意外だけど、よくもまぁこれだけはっきり分かれたもんだ。
 
「現状では陛下に表立って反抗する派閥はない。だが、いずれ簒奪を目論む輩が出てくるだろう。そして、それが内戦に発展でもすればその隙を他国に突かれ、帝国の存亡に関わるやもしれん。だから私はその前に帝国を元の名誉を重んじる誇り高い国に戻したいのだ! そのために私は有能な人材を求めている。リクト軍曹、貴官はヴォルガング大尉、リンテール少尉に勝る強者だ。陛下のため、帝国のために私達に力を貸してくれないか? 私の麾下に加わると言うなら昇進は約束しよう」

 中将が俺を真っ直ぐ見つめながら熱弁してくる。
 これって、俺をスカウトしようとしているのかな?
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