上 下
4 / 19

3-1.正しさと答え

しおりを挟む
〈臨時ニュースです。昨晩、都内の大学の実験室で事故が発生、負傷者が3名出ました。〉

〈尚、同大学の教授のコメントによると事故の原因は担当の学生が勝手に実験のペースを早めた事にあり、この行為は研究者として不適格で、この様な学生に充分な指導が出来なかった事を悔いていると語っていました。〉

「さて、連日ニュースでも取り上げられている研究室での事故についてだが……」
「理事長!違うんです!!あの実験は教授が勝手に……」
「そんな事はわかっている。」
「……えっ?」
「あの男が君の研究に勝手に介入した事も、君が従うしかない立場にあった事も、あの男が研究者として相応しくない事もわかっている。わたしから言わせてもらえば、あの男を研究者として認めた覚えはないのだよ。君には何の非もない。」
「そっ…それじゃあ!」
「しかし、それ故に我々は今、危機的状況に陥っている。」
「………?」
「我がグループの姉妹校の贈収賄疑惑については、君も知っているだろう?」
「…あ、はい。確か政府官僚の息子を入学させる為に、賄賂を支払っていた疑い……に、ついてですよね?」
「そう。根も葉もない噂だが、もうじきその真偽がはっきりとする。しかし、この事件について事情聴取が始まれば、あらぬ疑いが及んで我がグループの信用と信頼が失墜しかねない。」
「…………あの?さっきから何の……」
「ただでさえ、姉妹校の不正疑惑が取り立たされている今、これ以上警察の捜査が及ぶ事は避けなければならないのだよ。」
「ぇえっ!?し…しかし、現にゼミ生が……」
「うむ。非常に残念だよ。マスコミにも情報が流出した今、もはや隠す事は出来ない。だから………責任を取って辞めて貰う事にした。」
「それは……警察の捜査が入る前に、こちらで教授を犯人として差し出す事で、これ以上の詮索をされない様にする……って事ですか?」
「流石だ。理解が早くて助かるよ。しかし、辞めるのはあの男ではないよ。」
「え?じゃあ、誰が辞めるんですか?」
「君だ。」
「……へ?」
「君には、この大学を辞めてもらう。」
「はぁっ!?」
「非常に残念だよ。君の様な真面目で優秀な学生を失う事になるとは……」
「ちょっと待ってください!何故そうなるんですか!?何故教授ではなくわたしが……」
「あの男を、犯罪者にする訳にはいかないのだよ。」
「しかし、理事長だって言ってたじゃないですか!!わたしに責任は無いって!」
「…君も見ただろ?世間へのあの男の発言力を。あの男は、いわば我が大学のマスコットキャラクターだ。彼に非があったことを認めれば、不正の疑惑に拍車がかかり、芋づる式でこちらの大学の経営も立ち行かなくなる。廃校もあり得るんだ。これがどういう事かわかるかな?」
「わかりません!世間に対して、虚偽の報告をする大学の存続なんて知った事じゃありません!!そんな嘘、そのうちバレますよ!!そもそも、1人の生徒の人生を何だと思っているんですか!!」
「そうだね……決して軽くは無いと思っているよ。」
「でしたら!」
「だが…少なくとも、一万人の未来ほどではないと思っている。」
「えっ?………?いち…まん……?」
「廃校になった時、この大学にいる教職員達は直ぐに新たな職場を見つけられるかもしれない。しかし、生徒達はどうなる?姉妹校も加えて1万人以上はいる彼らが路頭に迷う事になるんだぞ?」
「そんな!?……だ、だからって……」
「とにかく、諸々の手続きはこちらで進めておいた。あとは……(ピラッ)この書類に、君がサインを書くだけだ。」
「……これは?」
「君の退学届けだ。あくまで、君が自ら責任を取ってここを辞めるのだからね。」
「………どこまで腐ってんだよ。」
「何か言ったかね?」
「こんなものに、わたしがサインするとでも?こっちは今までの事を全てマスコミに告発しても良いんですよ?」
「……ふむ。」
「選んでください!マスコットを差し出すか、不名誉を被るかを!」
「…話は変わるが、あのゼミのメンバーは君の友達かい?」
「何ですか?いきなり。」
「答えてくれ。彼らは友達かい?」
「……えぇ、そうですよ。友達で……あのマスコットの元で苦楽を共にしてきた仲間です。ここで同意してしまえば、彼らの犠牲も無かった事になります。だから、どんな脅しをされても、それだけは決して出来ません。」
「……ふむ。なるほど。それは都合が良い。」
「は…?」
「今回の事故で負傷した彼らだがね。今、集中治療室に居るのだよ。」
「えっ!?生きているんですか!?」
「辛うじてだがね。しかし、彼らの命運も君が握っているのだよ。」
「……どういう事ですか?」
「彼らが運び込まれた病院も、我がグループの系列……と言えば、わかるかな?」
「っ!?」
「察しが良くて助かるよ。わたしとしても、彼らに死なれたら困るから手荒なことは避けたい。だから、話し合いで解決したいのだよ。それと、転院はお勧め出来ないな。今は危篤状態だから、無理に動かせば彼らは死にかねない。」
「そんな!?(ガクッ)…そんな……」
「さっき君は、こんな嘘が続かないと言ってたね?そんな君に良い事を教えてあげよう。」
「…あ…ああ……」
「正しさなんてないこの世界では、突き通せば偽りすらも真実となるのだよ。」
「っ…っ……」
「さぁ、書きたまえ。」

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

危険な森で目指せ快適異世界生活!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:11,638pt お気に入り:4,117

婚約破棄署名したらどうでも良くなった僕の話

BL / 完結 24h.ポイント:1,334pt お気に入り:2,141

イアン・ラッセルは婚約破棄したい

BL / 完結 24h.ポイント:40,535pt お気に入り:1,402

氷の騎士団長様の悪妻とかイヤなので離婚しようと思います

BL / 連載中 24h.ポイント:52,633pt お気に入り:5,021

【R18】素直になれない白雪姫には、特別甘い毒りんごを。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:63

処理中です...