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第一章
初めて触れた、男性の手
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「それでは今日の試練だ。
今日は初めてだから、手加減してやる」
ニコラスは腕を組んでどかっと椅子に腰かけたまま、口元をにやりと上げた。まるで悪だくみをしている子供だ。
ニコラスの口からどんな無理難題が飛び出すのかと待ち構えるが、飛び出した言葉は意外にも生温いものだった。
「お互いの名前を呼び、握手しろ」
(意味分かんない)
私はきっとニコラスを睨むが、ニコラスはニヤニヤして告げた。
「クロエ。これはお前だけでなく、ルークのためにもなる。
驚くほど女に慣れていないルークを、いい男にする手伝いをしてくれないか?」
そんなことを言われたら、従わない訳にはいかない。ニコラスは、私のことは半ば諦めているのだろう。むしろ、自分の部下であるルークを心配して行動を起こしたのだ。いくら恋愛経験が少ないとはいえ、私にとって異性と握手することくらい、どうってことないのだから。
私は心の中で舌を出しつつ、令嬢スマイルをキープする。そして、にこやかにルークに告げた。
「ルーク様……」
その瞬間、
「ルークでいい」
なんと、本人ではなくニコラスに指図される。マルコスはにやにや笑いつつ続けた。
「恋人同士であれば、呼び捨てタメ口だろう」
(なんでそこまで徹底させるの?
そもそも、恋人じゃないし!)
だが、これ以上ニコラスに反論する気にもならない。一度やると決めたら、誰がなんと言おうがやる。それがニコラスなのだから。
私は心の中でため息をつき、
「ルーク」
彼を令嬢スマイルで見た。そんな私を見て、ルークは相変わらず無表情……いや、固まっているのだ。
(わー、随分なこじれっぷりだね)
私は心の中で彼を嘲笑う。
そんな彼は……
「……く……く……クロエ」
なんと、喉元から言葉を絞り出すように、苦しそうに私の名を呼ぶのだ。そして、その顔は真っ赤。私の名を呼ぶだけで、こうも恥ずかしいのだろうか。”孤高の黒薔薇”と呼ばれる男の本性がこれだ。驚きを隠せない。
そして、そっと手を差し出すと、おずおずと手を伸ばすルーク。その大きな節くれだった手でそっと私の手を握った。
(男の人の手って、こんなに大きくて硬いんだ)
婚約者の手すら握ったことのない私は、不覚にもどきんとしてしまう。そして、力強いのに、割れ物に触れるようにそっと触れるルークの手に、戸惑いを隠せない。
私はニコラスにまんまと乗せられて、ときめいてしまったのだ。……ただの握手なのに。
「どうした?お前ら二人、顔真っ赤だぞ?」
余裕の表情のニコラスに言われ、ばばっと手を引いた。
「マジで異性に慣れてないんだな」
そんなこといちいち言わなくても……慣れていないに決まっている。
もちろん、留学先で男性と剣を合わせることはあった。だが、一度たりとも女性として見られたことがないのだ。だからこそ、こうやって私が女性だと意識させられ、そっと触れられるとドキドキしてしまうのだ。
「じゃあ、今日はここまでだ」
ニコラスが立ち上がると、釣られたようにルークが立ち上がる。彼の顔はまだ真っ赤で、動きすらカチンコチンでぎこちない。
彼は部屋を出る前に立ち止まり、私を見た。相変わらず無表情だが、今なら分かる。この無表情は、緊張して固まっているのだ。そしてその綺麗な顔で、無表情のまま彼は告げた。
「じゃ……じゃあね。クロエ」
「え、えぇ。また今度」
引きつった笑顔で手を振りながら、心の中で思った。
(また今度って、いつ?)
だが、ニコラスのことだ。どうせまた急にやってきて、無理難題を押し付けるのだろう。そして、私とルークが戸惑っているのを笑うのだろう。
「ニコラスの馬鹿」
私はぼやいていた。
それから……ニコラスが帰ってきたのは、二時間ほど後だった。
私は、彼にどんなつもりか問い詰めてやろうと、帰りを待ち構えている。そして、彼が扉を開けて館に入った瞬間……
「ニコラス!」
声を荒げて彼に詰め寄っていた。
ニコラスはいつもの騎士服を着てにこにこしている。どうやら、機嫌がいいらしい。そんなニコラスを、恨みがましく睨み上げた。
「どういうつもりよ。私がなんで黒薔薇の相手をしなきゃいけないのよ」
彼の前に仁王立ちしている私を、ニコラスは余裕の表情で見下ろす。
「悪い悪い。お前もルークも、こじらせっぷりが酷いからな」
「一緒にしないでよ!」
私は顔を歪めて吐き出している。だが、必死なのは私だけで、ニコラスは余裕の表情だ。どうせ他人事だと楽しんでいるのだろう。
「私は恋愛とか結婚とか、諦めているの。
だから、ルークの女嫌いを克服するのなら、他を当たってよね」
「いや、俺は兄として、お前のことをマジで心配してる。
……むしろ、ルークよりもお前のほうが心配だ」
こういう時だけ兄だということを全面に押し出してくるニコラス。そして、余計なお世話だというのに、こんな時だけ心配している風を装うニコラス。そんなタチの悪い兄をぐっと睨む。
「それに、俺としてもこじらせ二人が付き合ってくれたら助かるんだよな。ルークもお前も、正直見てらんねぇし。
家柄としても適格だし、お互いこじらせすぎてお似合いだしな」
「うるさいなあ!!」
ほら。ニコラスは結局、私とルークを見て楽しんでいるのだから。こんなニコラスの楽しみに引っかかってしまったルークには、心底同情する。
ため息をついた私に、ニコラスは勝ち誇ったように告げ、ぽんっと励ますように私の肩を叩いた。
「まぁ、ルークは俺のイチオシだから、頑張れよ、我が妹」
「ま……ニコラスの馬鹿ぁぁああ!!」
私の叫び声が、館中に響いていた。
今日は初めてだから、手加減してやる」
ニコラスは腕を組んでどかっと椅子に腰かけたまま、口元をにやりと上げた。まるで悪だくみをしている子供だ。
ニコラスの口からどんな無理難題が飛び出すのかと待ち構えるが、飛び出した言葉は意外にも生温いものだった。
「お互いの名前を呼び、握手しろ」
(意味分かんない)
私はきっとニコラスを睨むが、ニコラスはニヤニヤして告げた。
「クロエ。これはお前だけでなく、ルークのためにもなる。
驚くほど女に慣れていないルークを、いい男にする手伝いをしてくれないか?」
そんなことを言われたら、従わない訳にはいかない。ニコラスは、私のことは半ば諦めているのだろう。むしろ、自分の部下であるルークを心配して行動を起こしたのだ。いくら恋愛経験が少ないとはいえ、私にとって異性と握手することくらい、どうってことないのだから。
私は心の中で舌を出しつつ、令嬢スマイルをキープする。そして、にこやかにルークに告げた。
「ルーク様……」
その瞬間、
「ルークでいい」
なんと、本人ではなくニコラスに指図される。マルコスはにやにや笑いつつ続けた。
「恋人同士であれば、呼び捨てタメ口だろう」
(なんでそこまで徹底させるの?
そもそも、恋人じゃないし!)
だが、これ以上ニコラスに反論する気にもならない。一度やると決めたら、誰がなんと言おうがやる。それがニコラスなのだから。
私は心の中でため息をつき、
「ルーク」
彼を令嬢スマイルで見た。そんな私を見て、ルークは相変わらず無表情……いや、固まっているのだ。
(わー、随分なこじれっぷりだね)
私は心の中で彼を嘲笑う。
そんな彼は……
「……く……く……クロエ」
なんと、喉元から言葉を絞り出すように、苦しそうに私の名を呼ぶのだ。そして、その顔は真っ赤。私の名を呼ぶだけで、こうも恥ずかしいのだろうか。”孤高の黒薔薇”と呼ばれる男の本性がこれだ。驚きを隠せない。
そして、そっと手を差し出すと、おずおずと手を伸ばすルーク。その大きな節くれだった手でそっと私の手を握った。
(男の人の手って、こんなに大きくて硬いんだ)
婚約者の手すら握ったことのない私は、不覚にもどきんとしてしまう。そして、力強いのに、割れ物に触れるようにそっと触れるルークの手に、戸惑いを隠せない。
私はニコラスにまんまと乗せられて、ときめいてしまったのだ。……ただの握手なのに。
「どうした?お前ら二人、顔真っ赤だぞ?」
余裕の表情のニコラスに言われ、ばばっと手を引いた。
「マジで異性に慣れてないんだな」
そんなこといちいち言わなくても……慣れていないに決まっている。
もちろん、留学先で男性と剣を合わせることはあった。だが、一度たりとも女性として見られたことがないのだ。だからこそ、こうやって私が女性だと意識させられ、そっと触れられるとドキドキしてしまうのだ。
「じゃあ、今日はここまでだ」
ニコラスが立ち上がると、釣られたようにルークが立ち上がる。彼の顔はまだ真っ赤で、動きすらカチンコチンでぎこちない。
彼は部屋を出る前に立ち止まり、私を見た。相変わらず無表情だが、今なら分かる。この無表情は、緊張して固まっているのだ。そしてその綺麗な顔で、無表情のまま彼は告げた。
「じゃ……じゃあね。クロエ」
「え、えぇ。また今度」
引きつった笑顔で手を振りながら、心の中で思った。
(また今度って、いつ?)
だが、ニコラスのことだ。どうせまた急にやってきて、無理難題を押し付けるのだろう。そして、私とルークが戸惑っているのを笑うのだろう。
「ニコラスの馬鹿」
私はぼやいていた。
それから……ニコラスが帰ってきたのは、二時間ほど後だった。
私は、彼にどんなつもりか問い詰めてやろうと、帰りを待ち構えている。そして、彼が扉を開けて館に入った瞬間……
「ニコラス!」
声を荒げて彼に詰め寄っていた。
ニコラスはいつもの騎士服を着てにこにこしている。どうやら、機嫌がいいらしい。そんなニコラスを、恨みがましく睨み上げた。
「どういうつもりよ。私がなんで黒薔薇の相手をしなきゃいけないのよ」
彼の前に仁王立ちしている私を、ニコラスは余裕の表情で見下ろす。
「悪い悪い。お前もルークも、こじらせっぷりが酷いからな」
「一緒にしないでよ!」
私は顔を歪めて吐き出している。だが、必死なのは私だけで、ニコラスは余裕の表情だ。どうせ他人事だと楽しんでいるのだろう。
「私は恋愛とか結婚とか、諦めているの。
だから、ルークの女嫌いを克服するのなら、他を当たってよね」
「いや、俺は兄として、お前のことをマジで心配してる。
……むしろ、ルークよりもお前のほうが心配だ」
こういう時だけ兄だということを全面に押し出してくるニコラス。そして、余計なお世話だというのに、こんな時だけ心配している風を装うニコラス。そんなタチの悪い兄をぐっと睨む。
「それに、俺としてもこじらせ二人が付き合ってくれたら助かるんだよな。ルークもお前も、正直見てらんねぇし。
家柄としても適格だし、お互いこじらせすぎてお似合いだしな」
「うるさいなあ!!」
ほら。ニコラスは結局、私とルークを見て楽しんでいるのだから。こんなニコラスの楽しみに引っかかってしまったルークには、心底同情する。
ため息をついた私に、ニコラスは勝ち誇ったように告げ、ぽんっと励ますように私の肩を叩いた。
「まぁ、ルークは俺のイチオシだから、頑張れよ、我が妹」
「ま……ニコラスの馬鹿ぁぁああ!!」
私の叫び声が、館中に響いていた。
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