追放された薬師は、辺境の地で騎士団長に愛でられる

湊一桜

文字の大きさ
5 / 58

5. ご馳走になります

しおりを挟む
ーーーーー……
ーーーーーーー……




 いい香りがする。なんとも食欲をそそる肉の香りだ。


 王宮を追放されてから、肉なんて食べていなかった。それでもタンパク源が必要であるから、コオロギでも食べようかと思っていたところだ。
 コオロギ……見た目もおぞましい。肉だ肉だと念じをかけて食べないといけないだろう。
 それなのに……肉!?

 ぱっと目を開いた。
 目の前には、数日間使った小さな焚き火。ぱちぱちと明るい音をたてて燃えている。その脇には、串に刺さった何かの肉が二つ。おまけに串刺しの魚まで。
 少なくとも

「コオロギじゃない!」

思わず声を上げた私に、

「コオロギ?」

男性の声が聞き返した。


 はっと我に返って見上げると、相変わらず破れた服の男性、そうジョーが立っている。だけどジョーの髪は微かに濡れていて、顔に付いていた泥も綺麗に落ちている。まさしく、今のジョーは水も滴るいい男だ。

 その濡れた髪のまま、優しい笑みを浮かべて私を見るものだから、胸がぼっと熱を持つ。こんなにいい男に見られていると思うと、顔だって真っ赤だ。

「な……なんでもない」

 かろうじてそう告げた私に、ジョーは心配そうに言う。

「ずっと眠ってるし、心配した」

「それは私の台詞」

 ツンとして答えながらも、ふと思った。
 私は確かによく眠ったのだろう。今や疲れもすっかり取れ、また活動出来そうだ。だけど、一体どのくらい眠ったのだろう。

「俺は君のおかげで病が治った。
 混沌とする意識の中、ずっと君を見ていた」

 ジョーはまっすぐな瞳で私を見る。そんなに率直に言われると、くすぐったいような気持ちになる。

「私はただ、薬師として当然のことをしただけです」

 そう言いながらも、かぁーっと顔に血が上るのが分かった。


 王宮で仕事をしている時は、こんなにも人から感謝されたことはなかった。具合の悪い人を治療する、それ自体が薬師の仕事であり存在価値だから。
 当然のことなのに、こんなにも感謝されるだなんて。

「あっ、あの!ジョーこそ、狼を追い払ってくれてありがとう」

 ジョーの戦う姿を見て、勇者様かと思いました、なんて言葉が出かかった。

「そっ、それに!こんなに美味しそうな肉や魚まで……」

 コオロギ生活が現実にならなくて良かったと、心から思う。
 でも……待てよ。肉ってまさか、昨日襲撃されたオオカミの肉ではないよね!?

 私はどんな顔をして肉を見ていたのだろう。きっと、嬉しさと不安が混ざった顔だったのだろう。ジョーはこんな私を面白そうに見て笑った。

「そこに池があったから、魚を捕った。肉はウサギ肉だ。
俺にはこのくらいしか出来ないが……」


 もしかして、濡れているのは潜って魚を捕ったのだろうか。なんというサバイバル能力の高さだろう。
 ……分かった。ジョーは冒険家なのだろう。冒険の途中で倒れてしまったのだ。


 色々考える私を、ジョーはじろじろ見る。そんなに見られると恥ずかしい錯覚に陥る。やがて、ジョーはその濃碧の瞳で私を見つめたまま、静かに聞いた。

「君、名前は?どこへ行くつもりだ?
……この辺りは、獣や山賊が出るから危険だ」

 山賊!?オオカミには会ったが、山賊には会わなかった。不幸中の幸いだろう。だけど、そんなことを聞くとさらに恐怖が押し寄せてくる。昨夜はジョーがいてくれたから良かったものの、私一人だったら確実に死んでいた。

 それに、行く宛もないことに気付く。
 私はふらふらっと放浪生活をしていたが、昨夜の恐怖を思い出し、どこか落ち着いたところで生活したいと思ってしまった。だが、王都に戻れるはずもないし、どこへ行こう。
 それに素性を明かしたら……こんな曰く付きの女、連れて行きたくないと思うだろう。
 私は考えた末、ジョーに告げた。

「私は薬師をしていたアン。あるトラブルに巻き込まれて、治療院を出ないといけなくなって。
 だから……どこか落ち着いたところで生活したいと思うの」

 ジョーはまた、じろじろと私を見る。その澄んだ瞳から逃げられなくなってしまう。内面を見透かされるようで、ジョーの前ではどんな嘘も通じないと思ってしまう。

「アン……か」

 ジョーは静かに呟いた。

「アンは俺の命の恩人だから、望むところに連れて行こう。
 俺は今から故郷のオストワル辺境伯領に向かおうとしている。ここなら落ち着いて生活出来るだろう」

 なんという幸運だ。ジョーが故郷で口利きさえしてくれれば、私はどこか暮らせるところが見つかるかもしれない。もちろん見返りは求めていなかったが、ジョーを助けて良かったと心から思う。

「命の恩人だなんて、とんでもない。
 私は薬師として当然のことをしただけです」

 かろうじてそう答えた。




 こうして私は、おそらく冒険家のジョーとオストワル辺境伯領を目指すことになった。

 王宮で仕えていた私には、オストワル辺境伯領について詳しいことは分からない。名前は聞いたことがあった。国境だけあって、度々戦が起こるということも。
 ただ、昔は危険な地帯だったが、現在は凄腕の騎士団が領地を守っているため、以前ほど危険ではないと噂されている。国境のため、オストワル辺境伯領の騎士団は、王宮の騎士団にも匹敵するほどの強さだという。

 その騎士団の強さとジョーの強さは関係ないかもしれないが……ジョーは本当に強かったのだ。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~

しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。 豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。 ――食事が、冷めているのだ。 どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。 「温かいごはんが食べたい」 そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。 地下厨房からの高速搬送。 専用レーンを爆走するカートメイド。 扉の開閉に命をかけるオープナー。 ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!? 温かさは、ホッとさせてくれる。 それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。 冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、 食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ! -

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

<完結>溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。 本編完結済み。 続きのお話を、掲載中です。 続きのお話も、完結しました。

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

嫌われ皇后は子供が可愛すぎて皇帝陛下に構っている時間なんてありません。

しあ
恋愛
目が覚めるとお腹が痛い! 声が出せないくらいの激痛。 この痛み、覚えがある…! 「ルビア様、赤ちゃんに酸素を送るためにゆっくり呼吸をしてください!もうすぐですよ!」 やっぱり! 忘れてたけど、お産の痛みだ! だけどどうして…? 私はもう子供が産めないからだだったのに…。 そんなことより、赤ちゃんを無事に産まないと! 指示に従ってやっと生まれた赤ちゃんはすごく可愛い。だけど、どう見ても日本人じゃない。 どうやら私は、わがままで嫌われ者の皇后に憑依転生したようです。だけど、赤ちゃんをお世話するのに忙しいので、構ってもらわなくて結構です。 なのに、どうして私を嫌ってる皇帝が部屋に訪れてくるんですか!?しかも毎回イラッとするとこを言ってくるし…。 本当になんなの!?あなたに構っている時間なんてないんですけど! ※視点がちょくちょく変わります。 ガバガバ設定、なんちゃって知識で書いてます。 エールを送って下さりありがとうございました!

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

処理中です...